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last update Last Updated: 2025-07-24 07:26:36

夕食はノーデンスが作ってくれていた。オリビエをお風呂に入れて寝かしつけ、そっと扉を閉じる。朝はまた笑顔で会えるよう、いつもの祈りを捧げて。

自分の寝室を覗くと何をするでもなく、彼はベッドの端に座っていた。

まだ寝そうになかったので甘くない紅茶を二人分用意し、傍へ持っていく。

「おつかれ」

「あぁ、ありがと」

ノースはこちらに気付くと少し微笑んだ。彼が紅茶を飲んでる間に寝間着に着替え、隣に腰掛ける。

「ずっと留守にしちゃってるけど、最近工場はどう?」

「問題ない。商談も受けないようにしてるから、緊急事態でもない限り俺はのんびりだよ」

ふう、と息をつき、ノースはマグカップを膝に置いた。

「……そっか」

「何か話でもあるのか?」

どう切り出そうか迷っていると、彼の方から本題を振ってくれた。目を細め、酷く落ち着いた様子でこちらへ体を向ける。

「お前すぐそわそわするから分かりやすいんだよ」

「あはは、敵わないな」

白状して、今朝の教室の件について確認した。彼は驚きもせず、淡々と話を聞いていた。

「フランさんに言われたことは全部本当?」

「そうだな」

「君はそれに何て返した?」

「何も返してない」

何も……。

ノースは紅茶を飲みきり、カップをサイドテーブルに置いた。

「何だよその目。本当だって。あの時は本当に、最後までだんまりを貫いた」

「そう……」

「そう。何て返せばいいのか分からなかったから」

明かりをひとつ消した。ベッドの周りだけ赤々としたライトに照らされる。

「何て返すのが正解だった?」

前で両手を合わせながら、ノースは俯いた。

後悔はしてない。武器をつくることが生きる意味だ。疎む者の方が遥かに多いけど、この生業を誇りにすら思ってる。

ひとりの青年に抗議されたところでやめられることじゃない。今まで何百、何千という武器を作り、それを流してきていた。名前も顔も知らない誰かが傷つくことを承知で。半端な気持ちではできないことだ。

だがオリビエの存在がその覚悟を揺らがせる。今まで心血を注いできたことは全て間違いだったのではないかと。

「否定も肯定もしなかった。俺か、一族か……下請けが作った銃かは分からないけど、設計したのは俺だ」

武器によって地獄に叩き落とされる人がいる。そして自分は、残された遺族の苦しみなんて一生知らずに過ごす。

取り返しのつかないことをしてる自覚はあるし、心
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