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第6話

Autor: ピッタリさん
若葉の額に巻かれたガーゼを見ると、翼の硬い表情が少しだけ和らげて言った。

「若葉、昨日は俺がカッとなりすぎた。たいしたことなくてよかったよ。

でも、最近の君はちょっとやりすぎだ。俺たちはどうせ結婚する仲なんだし。薫は命の恩人で、これからは本当の妹みたいに大切にするって、前に話しただろ。

だからもう少し大人になって、彼女に意地悪するのはやめてくれないか?」

そう言う翼は、声のトンを下げてはいなかった。

するとそれを聞いた行き交う同僚たちが、若葉に奇妙な視線を向けてきた。その視線に、若葉はちくちくと胸が刺されたようだった。

そして、周りのひそひそと話の声も、彼女の耳に入ってきた。

「若葉さんって、こういう人だったんだ。そんな風に見えなかったけど、本当は嫉妬深いんだね」

「そうよね、命の恩人まで目の敵にするなんて、ちょっとひどすぎるわ」

「普段は猫をかぶってるだけかもね。だから私たちには本性が見えないんだわ。なんたって、翼さんは彼女と20年も付き合ってるんだから」

幼馴染で婚約者でもある翼が、他の女のために若葉の評判を落とすようなことをするなんて、誰も思わなかった。

若葉の耳に入る声は、当然、翼にも聞こえていた。

でも、翼は何も説明しようとはしなかった。明らかに、彼女に灸を据えるつもりなのだ。

そして、隣にいた薫も口を開いた。

「翼さん、若葉さんを責めないで。たぶん、仕事を私に譲りたくないだけだから。若葉さんの気持ちも分かるし、大丈夫、私が我慢をすればいいだけだから」

薫の健気な言葉を聞いて、製鉄所の男性同僚たちが次々と彼女の肩を持ち始めた。

「若葉さん!たかが仕事一つのために、こんなか弱い子をいじめるのかよ!」

「そうだそうだ。仕事を彼女に譲ったって、どうってことないだろ。あなたは金持ちなんだから、食いっぱぐれる心配もないだろう」

若葉は、彼らの醜い顔を見て、クスっと笑った。

「仕事一つだって?そんなに気前がいいなら、あなたたちの仕事を譲ってあげたらいいじゃない?

仮に彼女が人助けをしてたとしても、相手は翼でしょ。私に何の関係があるの?なんで私が仕事を譲らなきゃいけないわけ?」

その言葉を聞いて、さっきまでのひそひそ話がぴたりと止んだ。

若葉の言うことにも一理ある、と多くの人が思った。確かに自分だって、簡単に仕事を他人に譲ったりはしないだろう。

それに、若葉と翼はまだ結婚しているわけでもないのだから、彼のために何かの責任を負う必要もないはずだ。

すると、製鉄所の中でも若葉と仲の良い同僚が彼女をかばい始めた。

「翼さん、恩返しするなら、他人を巻き込むんじゃない!誰もあなたに借りなんてないんだから!」

「そうよ。普通なら、人に仕事を譲れなんて言われても断るわよ。あなたが恩返しをしたいからって、他人に無理強いするのはずいぶん図々しいんじゃない?」

それを聞いて、翼の顔色は険しくなり、若葉をきつく睨みつけた。

「若葉、仕事を薫に譲ると約束したのは君自身だろうが。人をからかってるのか?

そんなことをするなら、こっちにも考えがあるからな!」

若葉は彼の捨て台詞を気にしなかった。翼が薫を連れて去っていくのを見送ると、製鉄所に新しく入った機械の研究を続けようとした。

でも、翼の報復は、思いがけず早くやってきた。

あの後、彼女が作業場に入って機械を起動させたとたん、轟音とともに機械が丸ごと爆発した。

ものすごい威力で、若葉の体は吹き飛ばされ、壁に強く叩きつけられた。

強い衝撃に彼女は体中が痛くなり、息をするだけでも血の味がするようだった。

必死にこらえていた若葉だったが、とうとう「うわっ」と鮮血を吐き出してしまった。そこに、駆けつけた静香は、それを見て息をのんだ。

「一体どうしたの、機械がどうして急に爆発なんて……」

若葉は痛みで声も出せなかった。ただ、隅に転がっている見慣れない部品に目をやった。それには、父親が作った特注品だという印が付いていた。その瞬間、まるで氷水に浸されたように、彼女は震えが止まらなくなった。

この部品のありかを知っているのは、自分以外では翼しかいない。

そういうことだったのか。翼のあの言葉は、こういう意味だったんだ。

薫の気を晴らそうと、自分に命を落とさせることだって厭わないというのか。
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