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夢に散る花、君にさよなら

夢に散る花、君にさよなら

作家:  ベリーラディッシュ完了
言語: Japanese
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概要

ドロドロ展開

偽善

後悔

妻を取り戻す修羅場

同窓会の二次会。 クラスのマドンナだった林堂小夜花(りんどう さやか)と、片瀬水輝(かたせ みずき)が相性ゲームで次々と正解を出し、周囲の熱気は最高潮に達していた。 「相性度ナンバーワンの祝杯だ」と囃し立てられるまま、ぴったりと身を寄せてグラスを飲み干す二人。耳まで真っ赤に染まった彼らを見つめながら、私は目の奥がツンと熱くなるのを堪えていた。 「なに、まだ不貞腐れてんの?」 隣に座る同級生が、私――片瀬結音(かたせ ゆね)を横目で見て鼻で笑う。 「さっきのゲーム、水輝は結音がワサビ苦手なことすら知らなかったじゃん。あの二人、学生時代からずっと両想いだったんだから、ようやく結ばれるってわけよ。みっともないから、もうつきまとうのやめなよ」 私は何も言い返せず、ただ視線を逸らした。 「ずっと両想いだったから、ようやく結ばれる」? ――私と水輝が、極秘結婚してすでに3年になるというのに。 今日こそみんなに打ち明けようと思っていた矢先、当の夫は別の女と腕を絡ませて笑っている。 喧騒の中、スマホが震えた。水輝からのメッセージだった。 【怒らないでくれよ。今日は仕事の繋がりもある連中がいるから、ただ場の空気に合わせただけだって】 【そのうちちゃんと、二人の関係を公表するからさ】 それを見て、ふっと乾いた笑いが漏れた。 テーブルの向こうで私を見た水輝は、機嫌が直ったと勘違いしたのか、安堵したように微笑み返してくる。 違うよ。私が笑ったのは――もう公表なんてしなくていい、と思ったからだ。 誰にも言えず、こそこそと隠し続けるだけの結婚生活は、もう終わりにしよう。

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第1話

第1話

同窓会の二次会。

クラスのマドンナだった林堂小夜花(りんどう さやか)と、片瀬水輝(かたせ みずき)が相性ゲームで次々と正解を出し、周囲の熱気は最高潮に達していた。

「相性度ナンバーワンの祝杯だ」と囃し立てられるまま、ぴったりと身を寄せてグラスを飲み干す二人。耳まで真っ赤に染まった彼らを見つめながら、私は目の奥がツンと熱くなるのを堪えていた。

「なに、まだ不貞腐れてんの?」

隣に座る同級生が、私――片瀬結音(かたせ ゆね)を横目で見て鼻で笑う。

「さっきのゲーム、水輝は結音がワサビ苦手なことすら知らなかったじゃん。あの二人、学生時代からずっと両想いだったんだから、ようやく結ばれるってわけよ。みっともないから、もうつきまとうのやめなよ」

私は何も言い返せず、ただ視線を逸らした。

「ずっと両想いだったから、ようやく結ばれる」?

――私と水輝が、極秘結婚してすでに3年になるというのに。

今日こそみんなに打ち明けようと思っていた矢先、当の夫は別の女と腕を絡ませて笑っている。

喧騒の中、スマホが震えた。水輝からのメッセージだった。

【怒らないでくれよ。今日は仕事の繋がりもある連中がいるから、ただ場の空気に合わせただけだって】

【そのうちちゃんと、二人の関係を公表するからさ】

それを見て、ふっと乾いた笑いが漏れた。

テーブルの向こうで私を見た水輝は、機嫌が直ったと勘違いしたのか、安堵したように微笑み返してくる。

違うよ。私が笑ったのは――もう公表なんてしなくていい、と思ったからだ。

誰にも言えず、こそこそと隠し続けるだけの結婚生活は、もう終わりにしよう。

周囲の囃し立てる声は、さらに大きくなっていった。

誰かがテーブルを叩いて叫ぶ。

「水輝!今や小夜花は、株式会社シラトリの白鳥社長の超お気に入りなんだぜ。あの大型案件を取りたいなら、まずは小夜花様のご機嫌を取るのが必須条件だな!

いっそのこと、お前らくっついちゃえばいいじゃん。そうすりゃ商談もスムーズだろ?

俺たち恋のキューピッドなんだから、めでたくゴールインした暁には特上の焼肉でも奢ってもらわないとな!」

水輝は小夜花を庇うように一歩前に出ると、目尻に甘い笑みを浮かべた。

「小夜花は女の子なんだから、お前らあんまりからかうなよ」

すると小夜花は恥じらうように頬を赤く染め、水輝の肩を軽く押し返しつつ困ったように笑ってみせる。

「もう、やめてよ。結音だっているんだから。結音が水輝のことをずっと好きなの、みんな知ってるでしょ?冗談も少しは配慮してあげてよね」

相変わらずの、気配り上手を装った当てこすりだ。

その言葉が出た途端、場の喧騒がわずかに引いた。

そして全員の視線が、部屋の隅に座る私へといっせいに突き刺さる。

別の誰かが、露骨な嘲笑を浮かべて吐き捨てた。

「同じ大学までストーカーみたいに追いかけて入学したって、何の意味もねえよな。散々媚びへつらっても、結局は脈ナシってことじゃん」

そんな心ない言葉を聞いても、水輝は眉一つ動かさない。

「よせよ。俺たち、同じクラスの仲間なんだから」

グラスを持った私の手がピタリと止まる。

同級生になって十年。片思いが五年。

そして――極秘に結婚してから三年。

なのに、みんなの前ではただの「同じクラスの仲間」。

水輝は息をするように自然に、私との関係を綺麗さっぱり切り捨てるのだ。

その結果として私がいつも通りクラスの笑い者になっても、水輝にとっては痛くも痒くもない些細な問題なのである。

「水輝はマジで優しすぎだろ。結音みたいな陰キャ女に何年もまとわりつかれて、よく平気な顔してられるよな」

「本当それ。俺だったらキモすぎて速攻で逃げるぜ」

「自分の身の程を知れって話。本気で水輝と釣り合うとでも思ってんのか?」

「どう見ても、小夜花と水輝がベストカップルだろ。あいつなんてただのピエロじゃん」

悪意に満ちた言葉が、容赦なく鼓膜を叩く。

私は何も言い返さず、ただ静かにグラスの酒を煽った。

こんな屈辱的な言葉は、水輝と出会い、想いを寄せていると周囲に知られたあの日から、一度だって途絶えたことがなかったのだから。

スマホが震え、水輝からまたメッセージが届いた。

【そう不機嫌になるなって。一人でやけ酒もやめとけ。胃の調子、まだ完全によくなってないんだから】

自嘲気味に口角を上げ、私はスマホを裏返してテーブルに置いた。

私が今日までこの秘密の結婚生活を耐え続けられた理由は、きっとこれなのだ。

『先に好きになった方が負け』。

16歳の時、バスケットコートで水輝の姿を初めて見たあの日から、私はずっと負けっぱなしだった。

水輝を追いかけて遠く離れた街の大学に進学し、就職も水輝に合わせて見知らぬこの都会に残った。

私が水輝に夢中で、自分のすべてを捧げているなんてことは、共通の知人なら誰もが知っている事実だ。

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第1話
同窓会の二次会。クラスのマドンナだった林堂小夜花(りんどう さやか)と、片瀬水輝(かたせ みずき)が相性ゲームで次々と正解を出し、周囲の熱気は最高潮に達していた。「相性度ナンバーワンの祝杯だ」と囃し立てられるまま、ぴったりと身を寄せてグラスを飲み干す二人。耳まで真っ赤に染まった彼らを見つめながら、私は目の奥がツンと熱くなるのを堪えていた。「なに、まだ不貞腐れてんの?」隣に座る同級生が、私――片瀬結音(かたせ ゆね)を横目で見て鼻で笑う。「さっきのゲーム、水輝は結音がワサビ苦手なことすら知らなかったじゃん。あの二人、学生時代からずっと両想いだったんだから、ようやく結ばれるってわけよ。みっともないから、もうつきまとうのやめなよ」私は何も言い返せず、ただ視線を逸らした。「ずっと両想いだったから、ようやく結ばれる」?――私と水輝が、極秘結婚してすでに3年になるというのに。今日こそみんなに打ち明けようと思っていた矢先、当の夫は別の女と腕を絡ませて笑っている。喧騒の中、スマホが震えた。水輝からのメッセージだった。【怒らないでくれよ。今日は仕事の繋がりもある連中がいるから、ただ場の空気に合わせただけだって】【そのうちちゃんと、二人の関係を公表するからさ】それを見て、ふっと乾いた笑いが漏れた。テーブルの向こうで私を見た水輝は、機嫌が直ったと勘違いしたのか、安堵したように微笑み返してくる。違うよ。私が笑ったのは――もう公表なんてしなくていい、と思ったからだ。誰にも言えず、こそこそと隠し続けるだけの結婚生活は、もう終わりにしよう。周囲の囃し立てる声は、さらに大きくなっていった。誰かがテーブルを叩いて叫ぶ。「水輝!今や小夜花は、株式会社シラトリの白鳥社長の超お気に入りなんだぜ。あの大型案件を取りたいなら、まずは小夜花様のご機嫌を取るのが必須条件だな!いっそのこと、お前らくっついちゃえばいいじゃん。そうすりゃ商談もスムーズだろ?俺たち恋のキューピッドなんだから、めでたくゴールインした暁には特上の焼肉でも奢ってもらわないとな!」水輝は小夜花を庇うように一歩前に出ると、目尻に甘い笑みを浮かべた。「小夜花は女の子なんだから、お前らあんまりからかうなよ」すると小夜花は恥じらうように頬を赤く染め、水輝の肩
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第2話
なのに、水輝はいつだって誰もが憧れる孤高の存在のように澄ましている。人前では常に礼儀正しく私と距離を置き、視線を交わすことは1秒たりともない。それなのに、二人きりになると、水輝はどこまでも優しくなるのだ。私が生理で辛いときは冷たいものを避けるようにと気遣い、わざわざ温かい黒糖生姜湯を作ってくれたり。深夜まで残業した日には、会社のビルの下まで迎えに来てくれたり。そっと抱きしめて、甘い言葉で慰めてくれたり。周囲から見れば、私は水輝にとって付きまとってくる厄介なお荷物であり、ただの笑い草だ。一方で、そんな私を邪険にせず受け入れている水輝は、度量が広く寛大な男だと思われている。水輝が本当は私の夫だという事実すら、時折、私の一方的な妄想なのではないかと錯覚してしまうほどだ。気づけば視界がじわじわと滲んでいた。部屋の中央では、相変わらず同級生たちがドンチャン騒ぎを続けている。私の夫であるはずの水輝は、小夜花の隣にぴったりと寄り添い、彼女に差し出されたグラスを代わりに引き受けていた。「小夜花は酒に弱いから。残りは俺が飲むよ」そう言って小夜花の耳元で何かを囁くと、小夜花はパッと花が咲いたような笑顔を見せた。水輝のことは、私が一番よく分かっている。あれほど熱を帯びた眼差しは、決してその場の空気に合わせただけの「お芝居」なんかじゃない。その時だった。突然、小夜花の体がぐらりと傾き、そのまま崩れ落ちた。場は一気に騒然となった。水輝はひどく狼狽した顔を見せ、さっきまでの酔いなど一瞬で吹っ飛んだかのようだった。彼はすぐさま小夜花を横抱きにし、外へ向かって駆け出した。私は無意識に立ち上がり、その後を追った。店外へ出た瞬間、水輝は私の手から車のキーをひったくるように奪い取った。「結音、俺は小夜花を病院に連れて行く!車使うぞ、お前は他のやつに乗せてもらって帰れ!」「ちょっと待って、あなたもお酒を飲んでるのに――!」私の制止など全く耳に入らない様子で、水輝は小夜花を抱えたまま、足早に夜の街へと消えていった。私が個室に戻ると、周囲はまだ先ほどの騒動の余韻でざわついていた。「見たかよ、水輝のやつ、どんだけ小夜花のこと心配してんだよ」「本当だよな。小夜花が倒れた時に割れたグラスで手を切ったのに、全く気づ
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第3話
スマホの画面を見つめていると、やはり心臓がキュッと締め付けられるように痛んだ。思えば昔から、私と水輝が並んで立っても、どう見ても不釣り合いだった。学生時代、水輝は学年トップの成績で生徒会長も務める、先生たちの期待を一身に背負った優等生。一方の私は、成績はいつも真ん中くらいで、授業中も隠れて小説を読んでいるような、存在感の薄い地味な生徒だった。社会に出てからも、水輝は3年で異例のスピード出世を果たし、若きエリートとして頭角を現した。私はといえば、その水輝と同じ職場で淡々と事務作業をこなすだけの一般職。平穏無事な日々に満足しているような人間だった。だから、私が水輝に一方的な想いを寄せていると知る同級生たちは皆、小夜花を「心優しい子」だともてはやした。小夜花だって水輝のことが好きなのに、結音の気持ちを気遣って、あえて水輝の思いを受け入れずにいてくれているのだ、と。そして裏では私のことを、「身の程知らずにもほどがある」と嘲笑っていたのだ。私と水輝は、人前で親しい素振りを見せたことは一度もなかった。それでも、周囲からいつも冷たい目を向けられる中、水輝だけはさりげなく私を庇ってくれていた。ある時など、私を不良グループから守るために刃物で怪我を負ったことさえある。騒ぎを聞きつけた警察が駆けつけてくれて、ようやく私たちはその場から逃れることができた。あの夜。水輝は泣き腫らした私の目を見つめ、こう言ってくれた。「結音、これからはもう、夜道を一人で歩くなよ」そのたった一言で、何年にもわたる私の片思いが、ついに報われたのだと思えた。それから私たちは自然と付き合うようになり、誰にも内緒で婚姻届を出した。これでようやく、私たちの物語はハッピーエンドを迎えられたのだと、私は信じて疑わなかった。けれど、思いがけず小夜花がこの街に戻ってきた。彼女は競合他社に入社すると、水輝が半年がかりで進めていた大型プロジェクトを横取りしてしまった。そして「悪いことをしたから」と、その埋め合わせにいくつか大口の顧客を水輝に紹介してきたのだ。そうして仕事のやり取りを口実に、二人はどんどん頻繁に連絡を取り合うようになった。同級生たちの間でも、かつて結ばれなかった「ベストカップル」の再燃に、再び熱狂的な視線が注がれるようになった。
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第4話
スーパーの袋を提げた小夜花が、悪びれもなく入ってきた。その手には、我が家の合鍵が握られている。リビングにいる私を見ると、小夜花は明らかに動きを止めた。その目には驚きの色が浮かんでおり、私がここにいるとは微塵も思っていなかったようだ。水輝の顔がサッと強張り、後ろめたそうに私をチラリと見たあと、慌てて言い訳を並べ立て始めた。「昨日は俺が結音の車を借っぱなしにしてたからさ!車を返すついでに、結音には家でちょっと待っててもらってたんだ」小夜花は私に柔らかな笑みを向けると、いかにも「この家の女主人」といった態度で口を開いた。「昨日は水輝にあなたの車で病院まで送ってもらって、本当に助かったわ。お礼を言わなきゃって思ってたのよ。一晩中看病してもらったから、お礼に得意料理を作ってあげようと思って来たの。ちょうどよかったわ、結音も一緒に食べていかない?」水輝の苦しい言い訳と、優しげな口調の裏に優越感を滲ませる小夜花の態度が、神経をひどく逆撫でする。私が眉をひそめて口を開こうとした瞬間、水輝が慌てたように私に向けて目配せをした。それと同時に、着信音が室内に響いた。小夜花のスマホからだ。画面には同級生の名前が表示されている。電話に出ると、相手のやたらと大きな声が漏れ聞こえてきた。冷やかしと興奮に満ちている。「俺、昨日の同窓会行けなかったのに、お前ら二人してとんでもないサプライズかましてくれたじゃん!今や小夜花も仕事バリバリこなしてるし、水輝と肩並べるレベルだろ? 学生時代よりさらにお似合いのカップルじゃん!長年の想いがとうとう実ったんだ、これからは末長くお幸せにな!」小夜花は笑って否定しながらも、あろうことかスピーカー通話に切り替えた。私の心は急速に冷え込み、顔から血の気が引いていくのが自分でもわかった。水輝は慌てて声を上げ、話題を逸らしにかかる。「お前、単に昨日の俺の奢り飯を食いっぱぐれたのを根に持ってるだけだろ。今度個人的に奢ってやるから」そうやって電話口で軽口を叩きながら、手元のスマホでは私を宥めるためのメッセージを打っていた。【結音、変に勘繰るなよ。あいつはまだ体調が戻ってないから、本当の事情を説明するタイミングがなかっただけだ】【もう少し待ってくれ。俺たちが結婚式を挙げれば、みんなの誤解も全
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第5話
水輝の声が急にイライラしたものに変わる。「ちゃんと説明しただろ、なんでそんなに突っかかるんだよ!俺の妻はお前なんだから。あいつらが勝手に盛り上がってるだけで……」私は勢いよく車のドアを開けた。想定外の強い反発に驚いたのか、水輝が一歩後ずさる。「私があなたの妻だってこと、わかってたんだ?水輝。これまで何年も、私はあなただけを一途に想って、裏で黙って我慢して、いつも一歩引いてきたのに、あなたは私のことなんて少しも大事にしてくれなかった。家を任せられる都合のいい存在に甘えながら、昔から憧れてたクラスのマドンナも手放せない。二兎を追って両方とも手に入れられるほど、世の中甘くないのよ。結婚式なんて、もうしなくていい。二人でご自由にどうぞ」水輝はその場に立ち尽くし、口をパクパクさせながら何か言い訳しようとした。「俺は……」最後まで言い終えるのを待たず、私は無言で車を出発させた。サイドシートに置かれたスマホの画面が光る。数日後のフライト予約の確認メッセージだった。……それから3日間ホテルに滞在していたが、水輝からは電話一本かかってこなかった。同級生たちのSNSには、相変わらず水輝の姿が頻繁にアップされている。そして例外なく、そのすぐ隣には小夜花が写っていた。以前の私なら、不安に耐えきれずとっくに家に帰っていただろう。だが今の私は、経営管理の知識を猛勉強するのに忙しく、水輝のことなど構っている暇はなかった。しかしその日、会社のグループチャットで共有された業界コンペの受賞告知を見て、私の手は完全に止まった。三ヶ月間、徹夜を重ねて作り上げた私の企画書。その受賞者名が、なぜか競合他社にいるはずの「林堂小夜花」になっていたのだ。私は怒りで全身を震わせながら、すぐに水輝に電話をかけた。電話に出た水輝は、まるで機嫌を損ねた子供をなだめるように、笑いながら甘い声を出した。「あのさ、この賞がタダでもらえるとでも思ってるのか? 受賞したらその後、責任者としてどれだけ仕事が増えるか分かってるだろ?結音は体調が良くなったばかりなんだから、ちゃんと体を休めなきゃダメだろ。心配してるんだぞ。それに、俺たちこれから妊活もしなきゃいけないんだからさ」私は、縁が手に食い込むほど強くスマホを握りしめた。ふん、呆れ
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第6話
「こ……これ、何だよ……?」水輝の声は微かに震えていた。彼は足早に歩み寄ると、テーブルの上の『離婚協議書』を乱暴につかみ取った。紙がくしゃくしゃになるほど強く握りしめるその指先は白く鬱血し、関節は青筋が立っている。「結音、いい加減にしろよ!?」バンッ!と、水輝はその協議書をガラステーブルに叩きつけた。鼓膜を刺すような甲高い音が響く。その顔に浮かんでいるのは、私がこれまで何度も見てきた「ウンザリだ」という不機嫌な表情。だが今回だけは、その苛立ちの下に、彼自身でさえ気づいていない「得体の知れない焦り」がはっきりと隠れていた。「同窓会でお前のことほったらかしにしたからか? それとも小夜花が賞を獲ったからか!?俺は散々説明してやってるだろ! なんでお前はそう物分かりが悪いんだよ。どうしてそんな些細なことでいつまでもグチグチと……!お前が不満に思ってることくらい分かってる、けど、来月には結婚式を挙げるって約束したじゃないか!海外から取り寄せた3カラットのダイヤの指輪だって用意したんだぞ!ウエディングフォトもこの街で一番いいスタジオを予約してやったし、ハネムーンのスケジュールだってアシスタントに組ませているところだ!」水輝は血走った目で私を睨みつけた。「これ以上、俺にどうしろって言うんだよ!」スーツケースのファスナーを最後まで引き切る。カチャリと金具が噛み合うその冷たい音は、私の8年間にわたる青春に、自らの手で終止符を打つ音のようだった。私は顔を上げ、静かに水輝を見つめた。8年。16歳の夏、バスケットコートで白いユニフォームを着て、額に汗を光らせていた彼を初めて見たあの日から、私の眼差しはずっと彼だけを追い続けてきた。地元の田舎から遠く離れた街の大学まで追いかけて進学し、彼がバスケをしている時は水を渡し、試験勉強で徹夜している時は夜食を差し入れ、彼が失恋して落ち込んでいる時は、ただ黙って隣に寄り添った。結音は水輝の「忠実な飼い犬」だ。呼ばれれば尻尾を振ってすっ飛んでいく、都合のいい馬鹿な女だ。周囲の誰もが知っていて、そうやって私を嘲笑っていた。それでも彼と秘密の婚姻届を出した時、私はようやくこの長い片思いが報われて、暗闇から抜け出せたのだと信じて疑わなかった。大好きな絵を描くことも、情熱を注
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第7話
「いい加減にしろよ!言っておくがな、俺は離婚なんて絶対に認めないからな!絶対にな!俺から離れて、一人でまともな生活ができるとでも思ってんのか!?この街でお前には俺しかいないんだぞ!たかだか手取り十数万円の安い給料で、俺がいなくなったら家賃も払えないくせに。大好きな絵を描く画材だって買えなくなるんだぞ!一時の感情でヒステリー起こすな! 後になって泣きついてきても遅いからな!」私は水輝の手を思い切り振り払った。私の手首には、彼に強く握られた赤い指の痕がくっきりと残っていた。「水輝。私のこと、見くびりすぎよ」私は彼の目を真っ直ぐに見据え、一言一言、噛み含めるように言った。「私が大学院への進学を諦め、デザインの道も捨てたのは、しがない事務員にしか成れなかったからじゃないわ。私がこれらをすべて投げ打ってでも、あなたにはそうするだけの『価値がある』と信じていたからよ。夫婦なら、苦楽を共にして支え合うものだと思ってた。私があなたに尽くしていれば、いつか必ずその思いに応えて、私を大切にしてくれると信じてた」でも、今はっきり分かったわ。あなたにそんな価値はなかったって」私はスーツケースの持ち手を引き、玄関へと向かった。ドアに手をかけたところで、この3年間を過ごした我が家を最後に一度だけ振り返る。リビングのソファは、私が選んだライトグレーのもの。汚れが目立ちにくくて座り心地がいいからとこだわった。ベランダのポトスは私が苗から育てたもので、今では手すりいっぱいに緑の蔦を伸ばしている。キッチンの鍋や食器も、私が少しずつ吟味して買い揃えたものだ。この家のどこを見渡しても、私の温もりと生活の痕跡が残っている。ここはかつて、私が夢見た「家」だった。水輝と一緒に、この先もずっと一生を添い遂げるはずの場所だった。しかし今の私には、この空間がただひたすらに冷たく、絶望の象徴にしか見えなかった。「その離婚協議書はそこに置いておくわ。サインしたら、さっきメッセージで送った黒川弁護士に連絡して。もし意地を張ってサインしないつもりなら、こっちは裁判を起こすわよ。法廷で争うことになれば、お互い世間体も悪くなるでしょうしね」言い終わるや否や、私はドアを開け、もう二度と振り返ることなく外へ出た。背後の閉まりかけたドアの隙間から、水輝
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第8話
【業務提携とか言って、実質カップル宣言じゃん!ついにくっついてくれたかー!】【高校からの推しカプが、仕事でもプライベートでも結ばれるとか激アツ!尊すぎる!】【結音もこれでさすがに諦めがつくっしょ。とっくに身を引くべきだったんだよ】【結音には3秒だけ同情してあげるw ま、水輝と小夜花は末長くお幸せにってことで!】私は感情の動かない冷めた目でそのタイムラインを眺め、淡々とスワイプした。そして、水輝や小夜花に少しでも繋がりのある同級生たちの連絡先とアカウントを、端から順番にすべてブロックしていく。視界から消してしまえば、ただのゴミだ。煩わしいノイズは、あともう少しで始まる私の新しい人生には必要ない。それからの1週間、私は誰とも連絡を取らなかった。ホテルの部屋にこもり、デザインの専門書を読み漁っては感覚を取り戻す作業に没頭する。同時に、大学時代に描いたデザイン画のデータをすべて引っ張り出し、一枚一枚修正を加えてポートフォリオとしてまとめ上げた。出来上がった作品集を、大手から小規模な個人事務所まで十社以上に送りつけた。だが最初は、どこからも良い返事はもらえなかった。「3年も実務から離れているのは致命的だ」「ただの事務員からデザイナーへの転身なんて無謀すぎる」。そんな冷たい言葉で、何度も門前払いされた。それでも私は折れなかった。不採用の通知が来るたびに、ポートフォリオを見直し、修正を重ねる。10回断られたら、10回ブラッシュアップする。その繰り返しだった。そしてついに、ある小さなデザイン事務所が面接の機会をくれた。面接の当日。私は飾り気のない白いシャツにジーンズという身軽な格好で、自作のポートフォリオを抱えて事務所へ向かった。事務所の代表を務める女性――篠原さんは30代半ばの気さくな人だった。私のポートフォリオを熱心にめくり、いくつか専門的な質問を投げかけた後、ふっと口角を上げてこう言った。「結音さん、採用よ。3年のブランクはあるけれど、デザインに対する熱意が作品からすごく伝わってくるわ。確かなセンスがあるし、腹を括って努力する気があるなら、きっと結果を出せるはずよ」その言葉を聞いた瞬間、不覚にも泣きそうになってしまった。自分の能力と夢を、ひとりの人間として正面から肯定してもらえたのは、一体何年ぶりのことだ
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第9話
ピシャリと容赦なく閉ざされた結音家のドアを前にして、水輝は全身の血の気がサッと引いていくのを感じていた。結音の父に怒声を浴びせられ、水輝はようやく思い出したのだ。三ヶ月前、結音が流産したあの日のことを。あの日、結音は下腹部を襲う尋常ではない激痛に耐えながら、水輝のスマホに何度となく着信を入れていた。しかし水輝はそれを邪魔だとばかりに無視し続けた。ようやく電話に出た時も、ひどく苛立った声で言い放ったのだ。「結音、今度はなんだよ?こっちは取引先の人間と重要な打ち合わせ中だ。用があるなら家に帰ってからにしろ」結音は激痛から息を呑み、震える声で哀願した。「水輝……お腹が、すごく痛いの……流産、しちゃうかもしれない……お願い、帰ってきて、一緒に病院に行って……」しかし水輝は数秒黙り込んだだけで、当然のようにこう返した。「だから、こっちは今手が離せないって言ってるだろ。自分で救急車でも呼べよ。小夜花もここにいるんだ、あいつを一人にしておくわけにはいかない」そして、一方的に通話ボタンを切ったのだ。あの時、結音は一人きりで冷たい床に倒れ込み、脂汗を流して痛みにのたうち回っていた。結局、結音のすすり泣く声を聞きつけた隣人が異常を察知して救急車を呼んでくれたのだ。病院に運ばれたものの、医師からは「お腹の赤ちゃんは助からなかった」と告げられた。結音は真っ白な病室のベッドで天井を見つめたまま、ひと晩中声を殺して泣き続けた。だというのに、水輝が病院に姿を現したのは翌日の昼だった。手には見舞い用のフルーツバスケットを提げ、顔には相変わらず「面倒くさい」という苛立ちを張り付けていた。「ただの流産だろ?大げさなんだよ。医者も何日か休めば元に戻るって言ってたし。俺はまだ仕事が残ってるから戻るぞ。あとは家政婦でも手配しておくから」結音の体がどれほど傷ついているのか。心にどれほどの絶望を抱えているのか。気遣うような言葉はただの一言もなかった。水輝はフルーツを適当に置くと、妻の顔を見ることもなく、さっさと病室から出て行ったのだ。……誰もいない静まり返ったマンションに帰宅した水輝は、初めて自分の住むこの部屋を「広すぎて、ひどく冷たい」と感じていた。焦りに駆られて部屋中を引掻き回し、結音の持ち物を探したが、彼女は自分の痕跡など微塵も残
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第10話
「えっ?」小夜花は呆然とし、手にしたコーヒーをこぼしそうになった。「何言ってるの?この案件、半年も前から進めてきたのよ?人もお金も限界まで注ぎ込んできたのに、今さらやめるなんて言われても――」「やめると言ったらやめるんだ」水輝は立ち上がり、小夜花からそっぽを向くように窓際へ歩み寄った。「小夜花。今後、俺に直接連絡してくるのはやめてくれ。仕事の用件なら、すべて秘書を通すように。プライベートな関係は、これで終わりにしよう」小夜花の顔から、さっと血の気が引いた。彼女はコーヒーカップをデスクに乱暴に置き、水輝の背中に歩み寄ると、目頭を赤くして声を荒らげた。「どういうつもり!?結音が出て行ったからって、私に八つ当たりしないでよ!あの女との結婚はどうせ妥協で、本当はずっと私のことが好きだったって、そう言ってくれたじゃない! タイミングが来たらあんな女とはさっさと離婚して、私と結婚するって……!」水輝は振り返り、一切の温度を感じさせない瞳で小夜花を見下ろした。「妥協だなんて、俺は一度も言った覚えはない。結音と結婚してからの3年間、あいつはずっと俺の正当な妻だった。……俺が最低のクズだったんだ。あいつを少しも大事にしていなかった。昔は、俺はお前のことが好きで、お前と俺こそがお似合いの運命の相手だと思い込んでいた。だが、結音が俺の元から消えて、ようやく気付いたんだ。俺はとっくの昔に、結音なしでは生きられない人間になっていたことに。あいつがいなくなって、初めて分かった……家に帰って明かりがついていることも、脱いだ服が綺麗に洗われていることも、具合の悪い時に誰かがそばで看病してくれることも……当然のことなんかじゃない。すべて、結音が俺のために命を削って尽くしてくれていたことだった。俺はそれを当たり前だと錯覚し、ただ搾取していただけだった」小夜花は歪んだ笑いを浮かべ、気づけばその目からポロポロと涙を溢れさせていた。「水輝……あなた、本当にバカね!あいつが出て行ってから、あなたがそんな抜け殻みたいになって……もう2ヶ月よ!? いい加減に目を覚ましたら!? あの女はとっくにあなたのことなんか忘れてる!もう絶対に戻ってなんかこないわ!」「ああ……分かっている」水輝の声はひどく低く、果てしない苦渋と絶望の色が滲んでいた
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