LOGINえ……? もしかして、呼ばれました……?
いや、まさかね……。あたしじゃないはず。
そしてやっぱり知らないフリしてそのまま足を進める。
「おい、待てって言ってんだろ。前歩いてるそこの女性社員」
思わず怖くて足を一瞬止めて辺りを見回すも残念ながら近くに自分たち以外の女性社員はおらず。
「桜子。もしかして、呼ばれてるのあたしだったりする……?」
後ろを振り向かないでこっそり隣の桜子に確認すると。
「うん。依那だね。あたしじゃなく、ガッツリ依那見てるもん、社長」
「え。どうしよう桜子。怖くて後ろ振り向けないんだけど……」
「うん。でも振り向かなきゃ仕方ないね」
「だよねぇ~……」
うぅ~どうしよ~怖いよ~!
社長となんてめったに話すことないのに、まさか社長がそんな下っ端の社員に直接声かけるなんてさ~!
いや、あたしがそんな話を社内で堂々と話してたからか……。
あ~なんであたしあんなこと言っちゃったんだ~!
「覚悟決めます……」
「うん。頑張りな」
桜子は気休め程度に労いの言葉をかける。
そして、ゆっくりそろ~っと後ろを振り向く。
「私……ですよね……?」
振り向いた瞬間、無表情で立っている社長に恐る恐る声をかける。
「あぁ。お前。名前は?」
えっ! 名前言わなきゃダメですか!?
でもさすがに社長相手に偽名使う訳にもいかないし……。
「逢沢……依那です……」
「部署は?」
「企画部です……」
「企画部の逢沢依那ね……」
そう名前を繰り返して、マジマジと少し離れた場所からあたしを頭からつま先までチェックする社長。
終わった……。
うちの社長、噂では仕事でも女性関係でもメリットがないとわかれば容赦なく切っていくって、なんか聞いたことあった。
どうしよう、これで明日もう職場に席がないとかになったら……。
え、どうやって言い訳する?
どこから聞いてたかわかんないけど、きっとタイミング悪すぎる部分だけしかきっと聞いてないよね……。
あぁ~本音じゃないけど、嘘って訳でもないし。
でも本人に聞かれて喜ばれるような会話じゃないし。
答えが出ないまま目の前の社長をこっそり見てみると。
うわっ、視線怖いけど、なんだこのオーラとカッコよさ。
こんな近くで社長しっかり今まで見たことなかったかも。
確かに生でこうやって見たら、やっぱ超イケメン社長だな、この人。
可愛い好きなあたしから見ても、確かにこのカッコよさは認めてしまわざるを得ないカッコよさだわ。
そういえばうちの女性社員、社長のカッコよさとハイスペック狙いで入社してる人多いって聞いたことあったな。
あたしはルイルイいたし、実際そっち優先じゃなくこの会社に魅力感じて入社したから、必要最低限、社長としての意識しかしたことなかったんだよな。
会社辞めちゃう前に最後に社長のカッコよさ気付けてよかったかも。
あ~、でもでも、ここで辞めちゃったらルイルイ推す資金がなくなっちゃう……!
うわ~それは計算外!
今すぐなくなるのはすっごい困る!
それにまだこの会社で夢叶えてもないのに、今辞めるわけにはいかない!
「あの……あたし……クビ……ですか?」
「は?? 何、クビにしてほしいのか?」
「いえ! とんでもない! まだまだお金欲しいです! この会社でもっと頑張りたいです!」
あっ、つい、心のままの欲望が……。
って、確かにお金も必要だけど、あたしはそれ以上にこの会社にいる意味あるんだから。
「ほぉ~」
「クビにならないならなんでもします! なのでホント、クビだけは……!」
どこまで聞かれたかはわかんないけどこうやって引き止めて名前確認するくらいは何か察したってことだよね。
とりあえず誤解されて取返しのつかなくなる前にクビだけはなんとか免れなきゃ!
「ホントだな?」
「へっ!?」
「なんでもするって言ったな?」
「は……い……」
「わかった」
「ホントですか!? じゃあクビにはならないってことですよね!?」
「あぁ」
「よかった~!」
「てか、そんな簡単に辞めさせるのもつまんねぇしな」
「え……」
「まぁ、どうするかはこれからじっくり考えるとするわ」
「いやそりゃなんでもするとは言いましたけど私も出来ることと出来ないことがきっとあるとは思うので……」
「だからお前に出来る範囲で考えてやるって言ってんだよ」
「ありがとうございます!」
よかった。クビだけはならなくて済んだっぽい!
「でもまぁ、お前がまだどんな社員でどれだけのことが出来るか正直知らねぇしな」
「そう……ですよね。自分なりに頑張ってはいるつもりなんですけど……」
やっぱそうだよね。
社長がこんな一社員がどれだけのことしてるなんて知ってるはずないよね。
「ふ~ん。本村。この……えっと、名前なんだっけ」
社長が隣の男性に確認する。
「逢沢依那です…」
それを見て、自分で恐る恐る名乗る。
そっか。そりゃ名前も知らないくらいだよな。
今まで直接社長と関わる機会なんてなかったし。
いつか直接そういう機会あるかななんてことも思ったりもしたけど、あたしがここに入った時はすでにすごくて遠い存在だったからな。
「あぁ~それ。この逢沢、会社でどれだけ貢献してんのか調べといて」
「了解」
社長と同じ年齢くらいの男性のこの本村って人に社長が指示をする。
確か社長に秘書としてずっとついてる人だよな。
たまに社内で見かける時一緒に見るくらいで、こんな風に話してるのも見たことなかったもんな。
すると社長は今度はこっちをじっと見て。
「まぁ、なんせ、オレ、”悪魔”らしいから」
そう言って少しニヤリとする。
「あたしは大丈夫ですよ」「え……?」「あたしは、絶対。社長……、慧さんの元から、いなくなったりしないですから。あたしは、ずっとそばにいます」「逢沢……」「だから。安心して、あたしを好きになってください」あたしが今伝えられること。あたしは社長に笑顔を向けながら、一番伝えたい言葉を伝える。あたしは、この人にちゃんと好きになってもらいたい。いつかあたしに社長のすべてを見せてもらいたい。あたしは社長のすべてを受け止める存在になりたい。「ん……。わかった……」そして、社長も微笑みながら、そう言葉を返してくれた。「だから。社長も遠慮しないでくださいね」「え?」「社長も、あたしに気を遣わず、伝えたいこと伝えてください。全部受け止めますから」「フッ。何……急に。そんな頼もしい言葉」「あたしは、社長とそういう関係になるのなら、遠慮なく伝えていきますんで」「ん」「あたしは。もっと社長のこと知っていきたいです」「うん……」「なんでもいいです。社長がどんなこと考えてるのか、どんな時間を過ごしてきたのか、何が好きなのか、なんでもいいから知りたいです」「なんでも……?」「はい。あたしは、まだまだ社長のこと全然知らないことのが多いですから」「確かに。オレもそうだな。お前のこと、まだ全然知らないわ」「ですよね」「だけどさ。なんだろな。お前はさ、一緒にいて落ち着くんだよね。そんなお互いのこと知らないのにさ。なんかお前はわかってくれてるような、なんかそんな変な感覚」「じゃあ。社長ももっとあたしのこと知ってほしいです」「うん」「あたしの好きなこと、社長の好きなとこ。これからたくさん伝えていきます」「ん。お前のこと、これからもっと教えて」「はい。もっとあたしのこと知ってもらって、そして、あたしのことホントに好きになってほしいです」「ん。そうなればいいな。ってか、そうさせてよ」「はい。頑張ります!」「じゃあ。これからもそういうことでよろしく」「はい。よろしくお願いします」ここから始まった、また社長との新たな関係。きっと、あたしも社長も手探りで探すような感じかもしれない。あたしは推しじゃない現実の男性に初めて恋をして、初めての恋愛を始めようとしている。そして社長は、きっと多分まだあたしの知らない何かしらのことを抱えていて、恋愛に前向
「それ……やめませんか?」「え?」「あたしが最後には離れていく前提で考えるの」「でも……。わかんないだろ」社長が契約にこだわろうとしていたこと、恋愛に前向きじゃないこと。きっとここは、何か意味あることで繋がっているような気がして。社長はまだきっと全部の心を開いてくれていない。何かをまだ隠しているような……。何かまだ一歩踏み出せていないような、そんな感覚。多分、社長の中に何かがあって、多分それが社長を邪魔している。何か少し引っかかる。だけど……。きっと社長はあたしに対しても少しずつ心を開いてくれていて、そして新たな関係を進めようとしてくれている。恋愛に関して、社長は何かしら構えてて、慎重で、誰に対しても、表立って口にする言葉と、どこか心に秘めて言わない言葉があって。それがお酒を飲んだタイミングで、少し見え隠れする。普段は、決して女性と必要以上に近づこうとせずに警戒するほど慎重なのに、お酒を飲むと、なぜか結婚の話が出たり、相手がその気になる関係にまでなってしまう。最初その話を聞いた時は、ただ単に酒癖が悪い、女性にもだらしない人なのかと思ったけど。だけど、普段の社長は、女性からの露骨なアプローチも受け入れないような人。そんな人が、お酒を飲んでしまった時見せる姿や口にする言葉は、ホントは一体どんな意味が隠されているのか。ホントは、そこに何か意味があるのか。そして、好意を持っていると自分で意識しても、そこからは慎重に契約という形を取ろうとする。だけど。なんとか、あたしのプッシュの強さで、付き合うカタチまでにはこじつけたことで、ここから始めようとしてくれている。そして、なぜか社長のその言葉に、仕事ではこんなに成功している人なのに、何か自信のないようなそんな感情をどこか感じて。それはあたしに対して……という訳ではなく、社長自身が何かそう感じているような……。だから。なぜだか、そんな社長をあたしが守ってあげたい、と思ってしまった。あたしごときが、なんでそんな感情になったのかもわかんないけど。ましてや、恋愛経験もないあたしが、社長に何も出来るはずもないんだけど。だけど。今こうやって少しずつ、あたしに対して心を開いてくれている社長に、あたしが出来ることをなんでもしたいと思った。それは身の回りの世話とかそういうのだけじゃなく、社長
「あの。これからあたしは全力で社長に好きなこと伝えていってもいいのでしょうか?」「そうしてくれるんじゃなかった?」「はい! それはそうなんですけど。あの……。なんで……そこまで契約にこだわろうとしてたんですか……?」「……その方が、全部お前が自由になれんだろ」え……? どういう意味……?「ほら……契約ならさ。お互い好きになれなくても傷つかずに済むだろ」「……それは、うまくいかない前提だったってことですか……?」「そういう訳じゃないけど……。でも……。本気になるかもしれないからこそ、オレは契約という形にこだわりたかったっていうか」歯切れの悪い社長の返答。だけど、なんとなく少しずつ見え隠れする社長の感情。多分きっと。社長が契約にこだわろうとしてた理由というのが何かあって。それは多分、本気になる可能性があるからこそ、こだわっていて。なんとなく、それは社長の過去に何か関係していそうな、そんな気がして。「だから……。一つお願いがあるんだけど」「え? なんですか?」「もし。お前がやっぱりオレを好きになれなくて、本物の相手だと思えなかった時は、ちゃんと遠慮なく伝えてほしい」「え……?」「ただし。もしオレから離れていくときは、ちゃんとオレにそれを伝えてからいなくなってほしい」……どうして……離れていく前提で、この人は話しているのだろう。「あたしは。絶対変わらないです。社長といれば、もっと好きになっていく自信しかないです」「……だと、いいけどな」「なんで、もっと先の終わる時のこと考えちゃうんですか? あたしたちこれから始まるんですよね?」「だけど。人の気持ちなんて、いつどうなるかわかんないだろ……」やっぱり、社長は、何か抱えている……?
「あたしは……嫌です」「えっ?」「契約は……嫌です。社長と、ちゃんと恋愛したいです」「逢沢……」だから、あたしは、最初から可能性を狭めるのは嫌だ。「契約じゃなく、お試しでもいいです。とにかく、一度二人で始めてみませんか?」「え?」「あたしは、社長に本気で好きになってもらいたいです。っていうか、絶対好きにさせます!」「ハハ。なんでそんな男前なんだよ、お前」「だって、社長がどういう好きかわからないなら、あたしが頑張るしかないじゃないですか」「まぁ確かに。お前そういうの得意だもんな? 推し?だっけ。そういうの普段から慣れてるだろうし」社長は、推しじゃないんだけどな。もうちゃんと好きな人なんだけどな。「なら。いいですか? あたし頑張っちゃって。絶対、社長に本気で好きになってもらいたいんで」「……わかった。じゃあ、とりあえず始めてみるか」「ホントですか!?」「あぁ。オレもお前と、本気で恋愛してみたくなった」「社長……!」「ならオレもそういう感じでいくから」「そういう感じって!?」「今までは、まだなんとなく社員で預かってるカタチだし、恋愛じゃないって思い込んで割り切ってたけど、ちゃんと恋愛として始めんなら、お前との接し方もそれなりのもんに変わってくるだろ」「それなりのもん……とは……?」「は? それ言わす? んなの、男と女の関係に説明なんていらねぇだろ」「えっ!? そういうことですか!?」「それならそれで遠慮しねぇからな」「へっ!?」「何? 覚悟ねぇならやめる?」「いや、やめないです! 大丈夫です!」「フハッ。冗談だよ。んな、顔こわばらせなくても大丈夫だから」「えっ、冗談……ですか?」「ってことに今はしとくわ(笑)」「えっ、どっち……!?」「まぁ、徐々にオレに慣れてけよ(笑)」「はい。了解です……」えっ、じゃあ、これは社長とおつき合いを始めるってことでいいんだよ……ね?「あの……。一応確認させてもらっていいですか?」「何?」「これは、これから社長とおつき合いを始めさせていただける、ということでよろしいでしょうか……?」「え? 何、仕事の確認?(笑)」「いや、まぁあたしにはそれくらい重要な確認事項でありまして……」「ん~。じゃあ、それは一度持ち帰って考えさせてもらっていいかな?」「はい!?」「ハ
「だからさ。これからそれお前が教えてよ」「……はい? えっ、好きって気持ちをってことですか?」「そう」「いやいや。あたしもわからないですよ! 現実にこんな風に好きな人出来たの初めてなんですから!」「だから。お前なりのその好きって気持ち」「え? あたしなりの気持ちですか……?」「そう。お前がどういう時にそう思うのか知りたい」「え?」「正直今まで好意を向けられたこと何度もあるし、あからさまに好きだって伝えてきた相手いっぱいいたんだけど。それってさ。オレの何を見てそう思ったのかとかわかんなくて。どうせ上辺だけしか見てないような相手、どうでもいいって思ってた」「あたしは……そういう人たちとは一緒にしてほしくないです……」「うん。わかってる。お前はそういうヤツらとは違うって」「よかった……」「なんかさ。お前は多分誰とも違うような気がしたから。だから。もっと知りたくなったんだよ。お前のこと」「社長……」「なんとなくお前とは、まだこれで終わりたくないというか。実際お前と店巡る約束とかもしてる訳だし、もっといろんな時間を過ごしてみたい。だから、オレ的にそういう時間も含めてお前をこれからもっと知っていきたいって思ってる」「はい」「だから。もし。オレもお前も恋愛として思ってるような”好き”という感情にならなければ、それも契約だと思えばお互い負担にならないかなって思って、それを提案しようと思ってた」「だけど。あたしは、ちゃんと、恋愛としての好きだと思います」「うん。だから、そうなったら契約恋愛ってカタチにするのはどうなのかなって思い始めた。だけど、契約恋愛っていっても、普通は、本気で好きになったら終わりってなるんだけど、オレたちの場合は真逆。本気で好きになれたら契約じゃなくホントに付き合えばいいし。違うと思えば契約って形だから、それで割り切ればいい」あたしは、絶対もう好きだから、契約ってカタチになって、社長がやっぱり違うってなったら絶対あたしは割り切れない……。
「………………」え……? なぜ黙る!?え、あたし、好きって言いましたけど!?え、この流れだと言っても大丈夫な感じでしたよね!?ちょっと社長なんか言ってーーー!!「あの……。社長……?」「……あのさぁ」「はい!」「さっき、オレがお前にしようとしてた提案なんだけど」「あっ、はい」「あれさ。新たに契約作んないかって言おうと思ってた」「え……!? また契約ですか!?」「そう。今度はお互いを好きにさせる契約」「……ん? え?」「これからお互いを知って、好きになれるかどうかの契約恋愛をする、っていうのはどうかって」「えっ。でも、あたしは……」「うん。お前からまさかそういう言葉言われると思ってなかったから、どうしようかなって」「どうしようって……?」「自分的にはさ、お前へのこの感情って、好きっていう感情なのか、どういうモノなのか正直よく自分ではわかんなかった」「はい……」「そんで、お前も正直オレのこと、どう思ってるかとかもわかんなかったし……」「はい……」「だけど。今日お前とまた会って、いろいろ自分の気持ち話していくうち、あぁこういう感じなのかなと思った」「何を……ですか?」「好き……って感情?」「ホントですか!? それって社長もあたしを好きって感じてくれてるってことですか!?」「多分。そうなんだと思う。……でも、オレは正直恋愛っていうモノが得意じゃない。だから、正直、今感じてる好きが、オレとお前の好きが同じかどうかもわからない」「え……?」