そしてその女性が待っているという個室の前へ到着。「悪い。待たせた」「もう神城さんおそ~い」席に着いている女性に声をかける社長。「って、え……誰? その子」待ちくたびれていたその女性が猫なで声で話したかと思ったら、そばにいるあたしの存在にすぐに気付き、わかりやすくテンションが下がった声で呟く。「あぁ……えっと……彼女」「……は?」社長がバツ悪くとりあえず彼女の存在だと伝えるも、当然その女性は意味がわからず、すでにイラついてる様子。「ごめんなさい。慧さんが勘違いさせちゃったみたいで」だけど、あたしは気にせずその女性に声をかける。「は? なんのこと? 彼女ってどういうこと?」「慧さん。あたしと婚約してるんです」「は??」「もしかして……そのこと、聞いてなかったですか?」「そんなの聞いてないわよ! 慧さんあたしだけ好きだって結婚しようってそう言ったのよ!」「あぁ……またですか」「またって何!?」「あたしの存在もやっぱり隠してたんですね~」「知らないわよそんなの」「慧さん、酔うとそういうのすぐ約束しちゃうみたいで。実は、あたしと婚約してるくせに、束縛されるのが嫌みたいで。浮気癖があるっていうか、つい魔が差して身体の関係とかそういう約束しちゃうこと今まで何回もあるんですよね。でも結局その度に本気じゃないからって、あたしの元に戻ってくるんです。結婚したいのはお前だけだからって何度もその度言ってくるんで、ついあたしも許しちゃうんですよね」「は……? 何それ……」「きっとあなたにも慧さん同じことしたってことですよね?」「そう……よ……」「慧さんお酒飲むと、ホントすぐそうやってたくさんの女性その気にさせちゃうんですよね~。まぁ正直あたしも愛想尽かしてるとこもあるんですけど、実際こういうことよくあるし、慧さん自分で何もしないから結局あたしがこうやって清算して回ってるんです。あたしはもう慣れてるし情みたいなのもあるんで、こうやって受け入れてますけど。もしあなたがそういうの結婚しても繰り返されてもよかったら慧さん譲りますけど……どうします?」「どう……って。そんなの……冗談じゃないわよ」「ですよね~。まぁ結局慧さん誰とそういうことしても、結局あたしのとこ戻ってくるんでどうしようもないと思います」「もうなんなのっ! もういいわよ! 彼とは
「で、お前の下の名前なんだっけ」「依那です」「あっ。そうそう。とりあえずなんかあったらそれで呼ぶから」「了解です。あたしはなんとお呼びすれば」「なんでもいいよ」「じゃあ、慧さんで、いいですか?」「名前知ってるんだ?」「そりゃもちろん、うちの社長ですから」「へぇ~。ならそれでよろしく」「なんなら婚約くらいまでしときます?」「は!?」「向こうが結婚の話出してるのに、こっちただの彼女役とかだと生ぬるくないですか?」「生ぬるいって……」「多分そこまでアピールする女性だと、ただ別の女性連れて行っても動じないと思うんですよね」「そういうもん?」「はい。そもそもあたしなんかが彼女だと出ていったとこで納得しないだろうし。それならせめて婚約するくらいまでだってわかったら、そこまで言えないんじゃないかと」「なるほど……。なら、それでいくか」「あっ、なのであたしは適当に婚約者のフリするんで、社長も適当に合わせてくださいね?」「お、おぅ……」いや、なぜかムダに張り切ってる自分がいるんだが? なんかこういう時ってなぜだかふっ切れて謎の使命感みたいなの感じちゃうんだよね。「で。つじつま合わせるために一応確認しておきますね」「あ、あぁ……」「社長とその方とは火遊び的な関係でよろしいですか?」「え!?」「そこ大事なことなんで。そういうことされたってことですよね?」「いや……どうかな……。正直それもどうか覚えてないっていうか」「それもですか!?」「向こうはそれがあったうえに、結婚の話もしたって言ってはいるんだけど」「え、社長そんなに記憶飛ぶんですか!?」「まぁ記憶ある時はあるけど。でも基本オレそんな酒強い方じゃないから、なんか飲み過ぎるとオレ誰かれ構わず口説く癖あるらしいんだよね……」「こわっ。えっ、めちゃタチ悪いじゃないですか」「だから今困ってんじゃねぇかよ」え、社長お酒飲んじゃうとそんないろいろとやらかす感じ? しかも記憶なくいろいろ周り巻き込んでるとか、どんだけ迷惑な話なんだよ。 てか、この社長がそんなお酒弱いのも信じられない。 見た目はガンガン強いのとか飲んで逆に女性側を酔わせてる感じなのに。「ていうか、それホントなんですかね……?」「何が」「女性側が勝手に言ってるだけとかではないですか?」「それもわかんねぇけ
「でも、なんであたしが……」「今この状況収めるにはそれしかないんだよ」「だからって……」いやいや、そうだとしても急にあたしが社長の彼女のフリしてその人諦めさせるとか無理だから!「タダとは言わない」「……え?」「お前金が必要なんだよな?」「ん?」「もし。それ引き受けてくれたら報酬やる」「え? 報酬!?」「そう。とりあえず彼女のフリしてくれたら3万円。なおかつ、それが上手くいけば成功報酬3倍」え……やば……。 それするだけで、そんなもらえちゃうの……!?今それもらえればルイルイの推し活資金も、この勉強代の食事代もかなり助かる。 正直どっちも安いもんでもないし、ちょっとでもお金はある方が……。と、危ない。普通に欲望に目がくらむとこだった。「いや、でも、そんなの社長がしちゃっていいんですか?」「かまわない。その金は会社とは関係ない金で、オレの個人的な金だから給料にも乗せることもない」「マジですか……」うわ~それってかなり魅力的な話。 てか、社長がそれでいいなら別にいいんじゃない?最初は社長からの提案に驚きはしたけど、どんどん社長からの甘い誘惑に心が揺れてくる。すると。「これは、オレとお前だけの秘密だ」そう言って意味ありげな言葉と表情で更に畳み掛ける。うっ……、ただお金の契約を提案されただけなのに、妙にその言葉に色気を含ませて怪しく微笑む社長。 そんな甘い言葉に聞こえる言い方で言われても……。何その色気。 なぜにこの人はそんな雰囲気ムンムンなのか。 そうか、もしかして社長これが手口なのか? こんな感じで特に深い意味のないことも意味ありげな雰囲気にして、女性はその気になっちゃうとか?? 基本可愛いもん好きのあたしだけど社長がモテる理由なんとなくわかるような気がする。 普段はクールで何考えてるかわからないし仕事をする上で尊敬する対象でしか見てなかったけど。 仕事を離れるとこういう感じなのかと改めて知る。そしてなぜかそんな社長をもう少し知ってみたいと思う自分がいて。「……やります! やらせてください!」気付いたらあたしはそう答えていた。「あっ、でも失敗したらもちろん成功報酬はなしな。もし全部欲しいなら上手く彼女のフリしろよ」「任せてください! 絶対成功させます!」そう張り切って返事をする。正直あたしがそ
それから5分くらい経った頃。まだその場所で待っていると。「逢沢。ちょっといい?」「えっ? 社長? どうしたんですか?」なぜか社長が自分の元に戻ってきて、声をかけてきた。「お前。この前なんでもするって言ったよな」「はい……。言いました……けど」「ちょっと頼みたいことがあるから、一緒に来てくんない?」「えっ?」そう言われて、待っている席を立って、お店の隅の方へ連れて行かれる。「頼みたいことってなんですか?」「あのさ。お前、今から彼女のフリ、してくんない?」「え!? 彼女!? どういうことですか!?」まさかの社長に思ってもない頼みごとをされて、あたしは思わず驚く。「いや、話せば長くなるから簡単に説明するけど。今、一緒にいる女と、どうもオレ酔っぱらった時に覚えのない結婚の約束したみたいで……」「はっ!!??」「いや、オレはそんな約束した覚えないんだけど、オレ酒弱くて、酔っぱらった時って、どうもそういうの向こうの都合に合わせて言っちゃうみたいでさ……」「なんですか、それ……」「オレ覚えてなくて、今この店で待ち合わせしてる相手からそれ言われてさ。相手すっかりその気でなんかどんどん話進めようとして。オレちょっと状況も把握出来てないし耐えられなくなって一旦逃げてきてさ」「はっ? 何その最低なエピソード……」社長ということを一瞬忘れ、あまりのエピソードについ素で呟いてしまう。「でも、このまま帰るのもどうかだし、かといってハッキリ違うとも言えなくて」「いや、結婚する気ないんですよね?」「ない」「なら、そう言えばいいじゃないですか」「でも覚えてないとはいえ、結局オレが酒飲むの断れなくて実際その気にさせたのは確かだし」「えっ? だからといって他の女性の存在伝えるんですか?」「いや、前からすげーアプローチしてくる子だったんだけど、覚えてないって言ったところで全然引き下がんねぇんだよ。でもオレ的にはそこまで勘違いさせて気持ち盛り上がらせただけに、もうこれ以上長引かせたくなくて」「どれくらいお付き合いされてたんですか?」「いや、付き合ってはないけど」「付き合ってないんですか!? なのに、なんでそんな話に?」「基本、オレは誰とも付き合わないっていうのは言ってあるけど、まぁ仕事の付き合いとかでそういう場もいろいろあるんだよ」「だからっ
あたしは仕事が終わると、楽しみと共に最優先していることが2つある。 ルイルイの推し活とあと1つはうちの会社がプロデュースしたお店に勉強しに行くことだ。 うちの会社はいろんなカフェやレストランをプロデュースして人気店にしていて、あたしが入社する前から今まで、もう数えきれないくらいのお店を手掛けている。いつか自分が理想とするお店をプロデュースしたいという夢のために時間があればそのお店を1つずつ回っていて。お店のコンセプトだったり料理だったりインテリアだったり、いろんなことを自分の目で足で確かめてその日までにリサーチして備えている。今日の夜はルイルイの推し活の予定もないし、前から気になっていたレストランに行こっかな。そう思って仕事が終わり次第、早速予定していたレストランへ向かいお店に入ると。「すいません今ちょうどいっぱいで。10分くらい待っていただければご案内出来ると思うのですが」すでにお客さんがいっぱいらしく入口で店員さんにそう伝えられる。「10分か……」「もしよろしければこちらの椅子で少しお待ちいただけましたら」「じゃあ、少し待ってます」「かしこまりました」そう言われその椅子で待つことにする。そっか。ここ人気店だったの忘れてたな。 予約するべきだったか。 でもいつもの感じでその時思い立ったお店に行きたいのが基本だしな。 仕方ない。 まぁ中で待てるし、その間にこの場所からお店の雰囲気チェックしとくか。人気店だと、こういう待機場所も待ちやすくなってるから有難いよな。 あたしも自分でプロデュースするなら、こういうとこからこだわりたいな。うちの会社そういう意味ではいろんな人がいろんなお店プロデュースしてるから、やれることもこだわりだしたらいくらでもいろんなこと出来るんだよな。 料理だけプロデュースしてるお店もあるし最初からお店の内装から決めてるお店もある。担当する人たちがどれだけのプロデュース力(りょく)があるかにもよるんだろうけど、あたしもいつか1からこだわって全部プロデュース出来るようになりたいな。そう思いながらお店の中をマジマジと見てると……。「いらっしゃいませ」また後ろから誰かがお店に入ってくる。「お待ちしておりました」名前名乗らなくてもそんな風に言ってもらうなんて常連さんなのかな。「お連れ様、先に来られてま
そんなことがあったことも、すっかり忘れかけていた数日後。「すいません! 乗ります!」今にも締まりそうなエレベータのボタンを押して、中に乗り込もうと、中の人へ声をかけると。「あっ……」たまたま中にいた社長に気付いて、思わず声が出る。どうしよう。社長一人だ。 なんか前の流れのままだと気まずいな。 ってか、そもそもあたしのことなんて覚えてないか。「なんだ? 乗らないのか?」ドアを開けたまま乗り込まないあたしに社長が声をかける。「あっ……乗ります」この前のこと一応謝る方がいいのかな……。 でもあんなの覚えてないだろうし、また変な印象つけちゃうの嫌だしな。少し戸惑いながらも中に乗り込み、壁際にいる社長を背後にして、前方の方に立つ。「外回り?」「えっ?」すると社長から話しかけられて思わず驚いて反応する。「今、駅前のカフェの仕事担当してるみたいだな」えっ、社長なんであたしの仕事内容把握してんの!? あの時初めて知ったレベルだよ? かなりの社員いるのに、絶対一人ずつの仕事なんて把握出来ないはずだし、絶対社長そんなことに気を回せるほど暇じゃないはずなのに。「あっ、はい。そうです。ちょっと他のカフェの調査に行ってて」「そっ。収穫はあった?」「えっ、あっ、まぁ……。っていうか、なんか社長が意外すぎて……」思わず呟いたあたしの言葉に。「何が?」すかさず社長が反応して言葉を返す。「いや一社員に社長がわざわざこうやって仕事の内容把握して声かけてるんだなって」「はっ。まさか。この会社に何人社員がいると思ってんだよ。そんな何百人の社員の仕事いちいち把握してられるかよ」「……え? なら……なんで……」「お前だからだよ」「えっ!?」社長の意外な言葉に、思わずあたしも勢いよく振り向いて社長を見る。「言ったろ。この前、お前の仕事ぶり見せてもらうって」「あたしのこと……。覚えてるんですか?」「逢沢だろ?」「あっ、はい。ホントに覚えてた……」「覚えたって言ったろ」「でも今までこんな喋る機会もなかったのに、あんな一瞬の出来事で印象のないあたしなんかのこと覚えたりするんだなって……」「いや。かなり印象あったろ、あんなん」「え?」「あんな必死に金欲しいとか、オレのこと悪魔だとかいろいろボロクソに言ってるヤツ、今までいなかったからな」