Mag-log in上空で、二匹の怪物が爆散する。
アデーレは爆炎の中から飛び出し、そのまま埠頭近くの倉庫の屋根に着地した。
埠頭の方を見ると、怪物達に囲まれた兵隊たちが苦戦を強いられているようだ。
「数が、増えてる?」
最初は二十匹ほどだったはずの怪物は、四十近くまでに増加している。
一体どこから現れたのか。アデーレが港の周囲を見渡す。
「アデーレ、海だ!」
アンロックンの言葉に促され、アデーレが埠頭から沖の方へと視線を向ける。
港から百メートルほど離れた位置にある深場だろうか。
青黒い海面を更に黒く染める、長く巨大な影が海中を潜行しているようだ。
茂る海藻を見間違えたかとアデーレが目を凝らすが、それは間違いなく港に向けて少しずつ移動している。
「あれは……」
影の正体を見極めようとアデーレが目を細める。
その瞬間、影の上部から水柱が立ち、空中に巻貝らしきものが射出される。
数は五つ。殻は放物線を描きながら、港の方へと飛んでくる。
「まずいっ」
屋根を蹴り、飛来する殻めがけて再び跳躍するアデーレ。
構えた大剣の刃が、赤く燃え盛る炎を
炎の光は軌跡となり、アデーレと貝殻の距離が一気に縮まっていく。
その瞬間、纏う炎が十数メートルほどの炎の刃となる。
それを空中の殻に向けて、アデーレは全力で振り抜く。
「吹っ飛べっ!」
炎の刃は五つの殻を飲み込み、殻は火の玉となって海に撃ち返される。
遥か彼方の水平線に五つの水柱が立つ。だがその直後、再び影の方から殻が発射される。
今度は十個以上飛来するのが確認できた。
「ちょっ、多いって!」
火炎の刃を二、三度振り、同じように殻を打ち返す。
しかし、射出される勢いに収まる気配はない。
アデーレは地上に殻が落ちてこないよう、何度も殻を打ち返していく。
「何度も何度も! アレ何なのっ!?」
空に向けてアデーレが声を荒げる。
だが焦燥を隠せないアデーレに対し、アンロックンは冷静に言葉を返す。
「侵攻型の魔獣だろうね。ああやって兵隊をどんどん送り込んで、敵の領地を奪うって寸法さ」
「送り込むって、さすがに吐き出すにも限界があるんじゃないのッ?」「数百数千を抱えて奇襲してくる奴もいるから、期待しない方がいいよ」
無慈悲なアンロックンの言葉に眉をひそめるアデーレ。
そうこうしているうちに、次々と巻貝の怪物がロントゥーサの港に向けて発射される。
「こんなのキリがないって……」
空中で剣を振り続けるアデーレ。
その姿は、地上にいる人々にはどう映るだろうか。
これ以上目立つのは、今後の活動にも支障が出るかもしれない。
それに、アデーレ自身の体力にも限界がある。
被害を抑える意味でも、この場は早期の決着を求められるだろう。
「アンロックン」
「なんだい?」
「この剣、水中でも使える?」
「フラムディウスは火竜の力の片鱗だよ。多少能力は制限されるけど、水程度では消えないさ」
この剣がフラムディウスという名前だったことを、アデーレはここで初めて聞かされた。
だが、それは大した問題ではない。
炎の大剣が水中でも使えるのならば、アデーレがやるべきことは一つだ。
フラムディウスを両手で構え、軍艦の煙突に着地するアデーレ。
その場で膝を曲げ、両脚に力を込める。
「なら……」
アデーレの体が水面めがけ、放たれた銃弾の如く真っ直ぐ跳躍する。
纏うオーラが彼女の後ろに光の軌跡を残し、空気の焼ける匂いが漂う。
「大本を叩く!」
踏み込みの反動で、船が大きく揺れる。
甲板にいた兵士達が振り落とされぬようその場にかがみ、何が起きたかと周囲を見渡している。
だが跳び出したアデーレを常人の目では追いかけることも叶わず、彼女は誰の目にも止まらぬ速さで怪物の本体であろう影の方へ真っすぐ進む。
アデーレの目に、水面下に潜む怪物の姿が映る。
瞬間、わずかな水柱だけを立てて彼女の体が水面を貫いた。
アデーレの体が、一気に海底間近へと沈む。
体にかかる水の抵抗は炎の力により軽減され、呼吸や会話にも問題はないようだ。
だが、見上げた先に映る光景に、アデーレは声を漏らす。
「うわ……」
海中に沈む影の正体は、五十メートルはあろうかという円錐状の貝だった。
赤褐色の表面には等間隔に五メートルほどのとげが並び、一部は穴の開いた煙突状になっている。
魚雷でも発射しそうなその煙突からは、地上に向けて射出されていた小型魔獣の先端が確認できる。
アンロックンの言う通り、この規格外の魔獣は兵隊を運ぶ潜水艦だ。
その時、目の前の巨大な魔獣が、アデーレを迎え撃つように鋭い先端部を海面に向けて立ち上がる。
蓋を開いた底部からは、巻貝の本体である軟体生物が姿を現した。
「来るよ、アデーレ!」
叫ぶアンロックン。
直後、巨大な貝殻がアデーレにめがけて倒れ掛かってくる。
アデーレは貝殻を冷静に剣で受け、渾身の力で左側へと飛び退き回避。
しかし殻から伸びる煙突状の筒が、狙いすましたかのようにアデーレの方を向く。
直後その穴から表面が滑らかな大量の触手が出現し、アデーレ目掛けて襲い掛かった。
「うっ!」
両手で剣を構えた姿勢のまま、手足や体、首を触手で拘束されるアデーレ。
アデーレの自由を奪った触手は、彼女を引きずり込もうと穴の中に戻っていく。
彼女が睨む穴の奥には、無数の歯の生えた口のような部分が確認できる。
「そんなところに口あるの!?」
「言ってる場合じゃないよ、アデーレっ」
剣が赤く輝き、オーラが推進力となり放出される。
何とか捕食されぬよう抵抗するが、触手の引き込もうとする力は強く、徐々に引き込まれていく。
これが能力の制限かと、アデーレは内心舌打ちをする。
「アデーレ、剣に鍵を差し込めそうかい?」
「くっ……な、何とか」
「それじゃあ、この鍵を剣に。急いでッ!」
アンロックンに促され、剣から左手を離す。
その直後、左手の中で光が放たれ、それは鍵の形へと変化する。
変身の時に使う鍵とは違い、黄金色の雷雲を象ったものだ。
同時に竜紋の口が開き、鍔に隠された鍵穴が出現した。
「僕の上司の旦那から借りた力さ。変身には使えないけど、力の解放が出来るよ!」
「神様の序列を職場みたいに……ああ、もうっ!」
見た目や上司発言から、アデーレにはこの鍵の力が何なのか、大体理解が出来た。出来てしまった。
確かに現状打破には最適な判断だが、この力を使うことで自分にダメージが来るのではという心配が頭を過ぎる。
しかし、今は化け物に食い殺される寸前。
よもや痛みを恐れてまごついている訳にもいかないのだ。
アデーレは覚悟を決め、かろうじて動く左手で鍵を鍵穴に差し込む。
そして強く目をつむり、わずかに震える手で鍵を回した。
その瞬間、剣から伝わる電気の感触。
電撃は一瞬にして全身を巡り、剣を持つアデーレの手が小刻みに震える。
まるで電気がアデーレの体中に蓄えられているかのような感覚だ。
しかし体はすぐさま限界を迎え、そして……。
重い爆発音がロントゥーサ沖の海中に響き渡る。
同時に、落雷を思わせる金色の閃光がアデーレを中心に放出。
その衝撃は拘束していた触手全てを吹き飛ばし、怪物の強固な殻の一部を砕いて大穴を開ける。
開かれた穴の中には、触手か内臓かも分からぬ肉塊がうごめいていた。
「やっぱり電気だ……」
「解放されたからいいでしょ。それよりほら、今すぐトドメを!」
全身にしびれを感じ、回らぬ舌で愚痴をこぼすアデーレ。
手にする剣を見ると、いつもの赤いオーラではなく金色の光が刃から放たれている。
アデーレは不自由な体を無理やり動かし、切っ先を中身が露出する殻に向けて構える。
「これで……」
両手で強く柄を握りしめたその瞬間、剣から強烈な衝撃が放たれる。
それは前進の為の推進力となり、剣を手にするアデーレが目の前の肉塊めがけて放たれる。
「終わらせる!!」
その切っ先は彼女が瞬きする間もなく、グロテスクな肉塊に突き刺さる。
それでもアデーレの身体は止まらない。
切っ先からは肉を裂き、硬い物を破壊する感触が手に伝わり、固い壁を打ち砕いた後は反対側の海中へと彼女の体が投げ出される。
雷撃の力を得たフラムディウスが、巨大な怪物の身体を一直線に貫いたのだ。
アデーレの背後で複数の重々しい爆発音が響き、水圧が彼女の背中を押す。
魔獣の本体各所から金色の光あふれ出し、その体が膨張を始める。
今にも魔獣が爆発しそうな状況に気付き、目を見開いたアデーレは慌てて海底を蹴り上げ浮上していく。
わずかな水柱を立てながら、アデーレの体が海面へと飛び出す。
今日一番の水柱が立ち上ったのは、アデーレが空中へと脱出した直後の事だった。
「……ふぅ」
落下の最中に一息つき、剣を下ろすアデーレ。
そして自らの頭に手を伸ばすと、帽子の感触が手袋越しに伝わってくる。
今更になって、これほどまで派手に動いても帽子が脱げていないことに気付くのだった。
結晶魔獣との決戦から数日後。 名目上の休暇を終え仕事に戻ったアデーレは、貯蔵室で待つメリナと落ち合っていた。 だが、勝者であるはずの二人の顔に笑顔はなく、揃って眉をひそめ向かい合う。「やっぱりアデーレの懸念通りだったよ」「そうでしたか……」 大きな戦いを終えた後とは思えないほどに、アデーレは憂鬱なため息を漏らす。「海の底も調べたみたいだけど、あの入り江に停泊してたダニエレ教授の船は見つからなかったって」 メリナの話に対し、アデーレは驚くわけでもなく静かに相槌を打つ。 人気の少ない入り江に停泊していた、ダニエレがこの島に来るために用いた大型帆船。 大学の所有物であるこの船が、件の戦いの後から行方不明になっているのだ。 エヴァが船を悪事に利用していたことは、既にメリナから説明を受けている。 それ故に、あの戦いの直後に見た沖の船に強い懸念を抱いていた。「アデーレは、船を盗んだのはダニエレ教授の助手だって考えてるんだよね」「はい……。その場合、出港の準備を配下の眷属に進ませていたってことになるけど、眷属だけで船を動かしてるってことなのかな?」「それは少し難しいかもね。ムトゥラの眷属は指示に対し忠実な分、自発的に動くことはまずあり得ないから」 傍らに浮かぶアンロックンの言葉を受け、表情を曇らせるアデーレ。 彼女が最も懸念していたことは、銀のムトゥラと化したエヴァ・アソニティスが生存していることだ。 アデーレはあの丘の頂上での戦いで、エヴァに対し致命傷といえる傷を負わせることができた。 それでも倒したという確信が持てず、その不安は小さなトゲのようにアデーレの心で残り続けていた。「つまり、銀のムトゥラは自らが戦いに赴くことで囮になって、その間眷属には船を出港させるための準備を進めていた……かもしれないわけか」 俯き気味のメリナが腕を組み、重苦しいため息をつく。 アデーレは言葉を返すことなく、静かにうなずきながら彼女の様子をうかがう。「万が一、船の奪取こそがムトゥラの目的だとしたら、今回の戦い自体僕らの目を船から遠ざけるためのものだったかもね」 すっかり反省した様子のプルトも会話に加わり、それぞれが魔女の力を得たエヴァの動向に思考を巡らせる。 島に危害を加えることが主目的でなかったという事実は、アデーレにとって衝撃的なものだ。 そ
夜の闇が辺りを包み、三日月のわずかな光が荒野を照らす。 丘の麓にはかつて結晶魔獣だったものの破片が散らばり、破壊の寸前まで追い詰められていた最後の防壁が静かに佇む。 その上に立つアデーレが、静寂に包まれた戦場を見下ろす。 動く者は何もなく、二人の戦士が全ての魔獣を撃破したことを物語っている。 彼女が軽くため息を漏らしたところで、地上で戦っていたメリナが防壁に飛び乗ってくる。「お疲れ様」「あ、はい。終わりましたね」 二人で並び、自分たちの成果を改めて確認する。 前方には戦いによって荒れた土地。 後方には無傷の港町。 暗い町から人気は消えているが、港の方に目をやると何隻もの船が明かりを灯し、沖に出ているのが確認できる。 島民全員が脱出できたというわけではないだろうが、しばらくすれば魔獣が倒されたことに気づいた人々が戻ることだろう。 彼女たちは、島の人々を守るという大切な使命をやり遂げた。 群体で攻め入った魔獣を全て倒すという困難な戦いを乗り越え、この島の平穏を取り戻したのだ。 そんな達成感を噛みしめつつ、アデーレが赤い髪をなびかせつつ、わずかに紅潮したメリナの顔を見る。 わずかに目を潤ませ遠くの海を眺めている彼女もまた、自らの戦いの成果を実感していることだろう。 アデーレがもう一度町へと視線を戻そうとしたその時。「ありがとう」 消え入りそうな声で、メリナがつぶやく。「私なんかを信じてくれて、本当に……」 静かな町を見つめたまま、彼女は再び涙をこぼす。 涙はすぐに氷の粒へと変わり、吹き付ける風に流され荒野の方へと消えていく。「お礼を言うのは私の方ですよ」「そんなこと……」 それ以上言葉は続かず、はにかみながらも静かに見つめ合う二人。 しかしこういったやり取りに慣れていないせいか、ほぼ同時に笑い出してしまう。 もう二人の間に険悪な気配は微塵もない。 互いを友と認め、味方と信じあえる仲間がそこにいた。「まあ、【私】はまだ許していませんけどね」 その時、フラムアルクスに変形したアンロックンが低めの声でつぶやく。 普段とは違う、私という一人称。 その上で一切の陽気さを感じさせない威圧的なその声色。 突然のことにアデーレが目を丸くし、顔を上げたメリナは肩を震わせる。 これは相棒であるアンロックンではなく、聖火の女
巨大結晶魔獣の体から、白い光があふれ出す。 体内からは破砕音が轟き、直後に白い閃光が胴体の反対側から突き出す。 体を射抜かれた魔獣は悶絶するように二本の触手を震わせると、結晶同士がこすれ、ぶつかり合う断末魔のような騒音が轟く。 直後に落下するメリナ目掛け触手を振り下ろすも、彼女の背中を支えるアイギスが旋回し巨大な触手を容易く回避する。 触手はそのまま小型の魔獣が集まる地面に叩きつけられ、多くの魔獣を巻き添えにしつつ巨大魔獣が地面に倒れる。 立ち上る土煙の中から、砕けた結晶の破片が周囲へと飛び散る。 やがて倒れた巨大魔獣の体から白い炎が噴き出し、内側から巨大な爆発を引き起こす。 岩や結晶、氷片……無数の破片が空中へと散乱し、それらは地上に落ちる前に霧散していく。 巨大魔獣の撃破を空中で見届けると、メリナは自らの右手に再びグラギデンドを生み出す。 その後眼下に残る魔獣の群れに視線を移すと、彼女の視線に呼応するようにアイギスが地上の向け急降下。 目の前に迫る結晶魔獣が前方へと突き出された穂先で貫かれ、直後にアイギスの翼による突進を受け真っ二つに砕ける。 その後再び上空へと舞い上がったアイギスが、足に掴んでいたメリナを魔獣の群れへと投げ込む。 慣性により前方に向け落下していくメリナは、そのまま地面を滑るようにして着地。 その間もグラギデンドを縦横無尽に振り回し、周囲に集まる魔獣をなぎ倒していく。「ここからッ!」 穂先を地面に突き立て、ブレーキをかけて強引に停止するメリナ。 その直後、氷壁の方から彼女の周囲目掛け、白い炎の矢が降り注ぐ。 矢は次から次へと魔獣を貫いていき、地面に突き刺さると同時に周囲の空気を凍り付かせながら爆散する。 メリナが氷壁の方を見上げると、フラムアルクスを構えたアデーレが壁の下に向け大量の矢を放っていた。「なんとも壮観だね」 文字通り、矢継ぎ早に放たれる炎の矢を前に、プルトがやや困惑した様子でつぶやく。 負傷により前線へ出られないと弱り果てていたアデーレだが、断続的に矢を放つその光景はそれに反する勇ましいものだ。「それがアデーレ……ヴェスティリアなんだよ」「ロントゥーサ島の守護者、か」 メリナの脳裏に、かつてアデーレに救われたときの記憶が蘇る。 自分を使用人として育て上げ、人並みの生活を与えてくれた
ひとしきり涙を流した後、目元をぬぐい立ち上がるメリナ。「ごめん……ありがとう、アデーレ」 普段とは違う、どこか刃のような鋭さもうかがわせるベルシビュラの姿。 だがアデーレに向けたその笑顔は、アデーレがよく知るメリナ・バラッツィのそれと変わらない優しいものだった。 そんな彼女に向けうなずき、満足げにほほ笑むアデーレ。 そしてもう一度、今度はメリナと共に迫り来る魔獣たちの方を睨む。 和解を果たした今、この目の前に迫る危機を共に乗り越えなければならないのだ。 落ちた槍をメリナが手に取り、続いてアデーレが突き立てていたフラムアルクスを引き抜く。 だが、その反動で彼女の体が揺れ、メリナの肩に寄りかかる形になる。 アデーレの表情はわずかにこわばり、それを目の当たりにしたメリナが眉をひそめる。「すみません。実はちょっと本調子じゃなくて」「本調子じゃないって……そっか、そうだよね。たくさん傷ついたんだから」 格好つけた手前、自らが弱っていることを誤魔化すようにアデーレが苦笑を浮かべる。 だが、それを必要以上なまでに深刻にとらえてしまったのだろうか。 寄りかかるアデーレの肩を抱き、その場に座らせるようメリナが促してくる。 しかし、アデーレはもう一度フラムアルクスを杖にしつつ、座ることを拒否。 弱っていることを隠しきることはできていないが、それでも全ての苦痛を強引に押し込める。 そんな彼女の強がりに、それでもメリナは手を差し伸べる。「無理しないで。ここは私に任せてくれていいから」「いえ、目の前のアレを倒すまで、休むわけにはいかないんで」 笑ってみせながらも、魔獣の群れへと視線を外さないアデーレ。 ここまでの激闘の末、ある程度の侵攻は抑えられていたが、もはや一部の個体は最後の防壁に到達している。 このまま巨大魔獣までもがこの場に辿り着けば、結晶魔獣たちが港町になだれ込むのを防ぐのは難しいだろう。 文字通りの正念場。アデーレの言う通り、戦士に休む暇はない。 それはメリナも分かっていることで、姿勢を立て直すアデーレの無理する姿を、彼女はただ黙って見守るのだった。 二人の眼下では、既に結晶魔獣が防壁に攻撃を仕掛けている。 それを確認したアデーレは、右腕の炎を燃え上がらせながらフラムアルクスを構える。「まずはあの巨大魔獣を倒しましょう。こ
高速ですれ違うアデーレとエヴァ。 互いに背を向け、攻撃を振り切った体勢で立ち止まる。 全力を込めた一撃は、アデーレの体に大きな疲労をもたらす。 彼女の体が大きくよろめき、フラムアルクスを突き立て膝を付く。 肩には大きく切り裂かれた傷跡があり、血が吹き上がるように流れていく。 手応えを確信しているのか。 口元を吊り上げ、あざ笑うかのような顔を浮かべながらエヴァが振り返る。 そして、トドメと言わんばかりにもう一度背中の触手をもたげたその瞬間……。「ガはッ!?」 結晶で構成されたエヴァの左半身が、大きく粉砕される。 砕けた体が氷片のように宙を舞い、月明りを反射しながら美しく輝く。 その瞬間を驚愕の表情で眺めるエヴァは、一体何を思うのだろうか。 アデーレの放った一閃が、ついにその体を打ち砕いた。 痛みに耐えるように歯を食いしばり、アデーレが半身を失ったエヴァの方を見る。「と、届かなかっ……偉大な、魔女の……みとめ、ないッ」 敗北を受け入れていないであろうエヴァが、ろれつの回らない声で叫びながら顔を歪ませる。 残された右半身で必死にバランスを取り、残された触手を振り乱しながら跪くアデーレに迫ろうともがく。 しかしその足掻きもむなしく、彼女は一歩たりとも前進することなく崩れ落ちる。 歯を剥き出しにし、怒りを露わにしながらも右手をアデーレの方へと伸ばすエヴァ。 バランスを崩した体は、そのまま陥没穴の方へと転げ落ちていく。「認める、ものか――ッ!!」 半身のない体で、エヴァが裂けんばかりの絶叫を上げながら落ちていく。 もはや陶酔していた結晶の魔女の力も、アデーレの体に届くことはない。 その声も周囲の轟音にかき消され、彼女の気配は荒野の中に消えていった。「……倒せた、かな?」 フラムアルクスを支えに立ち上がり、アデーレが穴の方を覗く。 転げ落ちたエヴァの姿は確認できず、残された結晶魔獣が群れを成してアデーレを倒さんと上っている。 魔獣の群れに飲み込まれたエヴァを探すのは難しいだろう。 姿が確認できないことに一抹の不安を覚えつつも、最大の障害を退けたことには変わりない。 そして、アデーレには人々を守るという優先すべき大事な仕事が残されている。 しかし、渾身の一撃を放った彼女には、これ以上戦う力はほとんど残されていない。
白色の炎を纏い、新たな力を会得したアデーレ。 冷たい月明りによる手痛い攻撃を受けたためか、いよいよエヴァの顔から余裕というものが消え失せる。 彼女は無言のまま、その結晶で作られた鋭利な腕をアデーレへと向ける。 それに呼応するように、脚を止めていた周囲の魔獣たちが一斉に動き出す。 これまでと変わらない、数による一斉襲撃でアデーレを圧倒しようという魂胆だろう。 背中の触手を伸ばしたエヴァも、両腕を広げながら迫り来る。 魔獣たちがアデーレの間合いに入った瞬間、彼女はその場で回転しながら後方に移動する。 その間、柄の両端に刃が付くフラムアルクスが、手首の捻りによって波打つように中空を舞う。 揺らめく姿はそよ風。しかし敵を切り裂くその瞬間、刃は光の筋となって魔獣の体を一閃する。 しかし、エヴァは身を逸らすことで流れるような斬撃を回避。 回避する彼女をアデーレは深追いせず、一気に距離を離してから燃え盛る炎の矢をフラムアルクスにつがえる。「諦めの悪いことで」 吐き捨てるようなエヴァの言葉に続き、双方の間合いに結晶魔獣が割って入る。 直後、アデーレの手から炎の矢が放たれ、それは一直線に結晶魔獣の胴体を貫く。 抜けてきた矢をエヴァは紙一重で回避するも、今度は射抜かれた魔獣の爆発が彼女を後方へ押し返す。 刃の斬撃と矢の一撃を合わせたアデーレの動きは、舞いを奉納する巫女のそれを思わせる。 白いコートを大きくなびかせ、時折ずれる帽子の位置を直す姿は壮美にも映る。 そのトリッキーな戦闘スタイルは、魔獣たちを確実に翻弄していく。 普段の火竜の力とは正反対となる動きは、もはや別の戦士といっても過言ではない。「いいね……体が軽いっ」 その場で軽く跳躍し、眼下に目掛け弓を構えるアデーレ。 大きく燃え盛る右腕から多数の矢が一斉に生成され、魔獣目掛け放たれる。 炎の矢は白い光跡を残しながら地面へと降り注ぎ、群れとなった魔獣を無作為に貫いていく。 上空からの射掛けは止むことを知らず、白い流星雨が魔獣の群れを打倒していく。 対するエヴァも、降り注ぐ矢を瞬間移動の如き素早さで回避すると、背中の触手で地面を叩き飛び上がる。 結晶の刃となった腕がアデーレを捉え、彼女の心臓を貫かんと突き出される。 しかしフラムアルクスと研ぎ澄まされた腕がぶつかり合い、エヴァの
港での騒動から二日後。 アデーレとの因縁を思い出したエスティラは、実に活き活きとしていた。「お、お嬢様。そろそろ朝食に向かわれては……」「ダメよ。そんなこと言ったって逃がさないんだから」 天蓋付きのベッドや、白を基調とした二人掛けソファ。 それに合わせたテーブ
アンロックンとひとしきり言い争いをしていたアデーレは、埠頭へ続く道を急いでいた。 長い髪を振り乱し、ロングスカートをなびかせながら。 目指す先は当然、雇い主であるエスティラの元だ。(そういえば、キャップが戻ってない……) 変身解除と同時に服装が元に戻ると思っていたアデーレ。
海を飛び出したアデーレは、近くの岩礁に着地した。 巨大魔獣が爆散した海域では波がうねり、小さな渦が巻いている。「うぅ……まだしびれてる」 頭を振りつつ、岩場の上で膝をつくアデーレ。 自らの体を介した強力な電撃は、強化されていた体であっても相当な負担を受けるものだった。 こわばる体を落ち着かせるよう自身の腕をさすりながら、荒れる海を眺める。「でも何とかなったし、良かったじゃないか」
主人の外出に際し、初めての付き添いを務めることとなったアデーレ。 エスティラの指示に従い辿り着いたのは、ロントゥーサ島にある最も大きな港の埠頭だ。 漁船以外にも客船や輸送船が停泊することを目的としたこの島唯一の港で、国外からの貨物船も寄港する貿易の中継地点として機能している。 しかし、今日はそんな港に、島民には馴染みのない大型軍艦が停泊していた。 船体は鉄製の装甲艦と







