Masuk上空で、二匹の怪物が爆散する。
アデーレは爆炎の中から飛び出し、そのまま埠頭近くの倉庫の屋根に着地した。
埠頭の方を見ると、怪物達に囲まれた兵隊たちが苦戦を強いられているようだ。
「数が、増えてる?」
最初は二十匹ほどだったはずの怪物は、四十近くまでに増加している。
一体どこから現れたのか。アデーレが港の周囲を見渡す。
「アデーレ、海だ!」
アンロックンの言葉に促され、アデーレが埠頭から沖の方へと視線を向ける。
港から百メートルほど離れた位置にある深場だろうか。
青黒い海面を更に黒く染める、長く巨大な影が海中を潜行しているようだ。
茂る海藻を見間違えたかとアデーレが目を凝らすが、それは間違いなく港に向けて少しずつ移動している。
「あれは……」
影の正体を見極めようとアデーレが目を細める。
その瞬間、影の上部から水柱が立ち、空中に巻貝らしきものが射出される。
数は五つ。殻は放物線を描きながら、港の方へと飛んでくる。
「まずいっ」
屋根を蹴り、飛来する殻めがけて再び跳躍するアデーレ。
構えた大剣の刃が、赤く燃え盛る炎を
炎の光は軌跡となり、アデーレと貝殻の距離が一気に縮まっていく。
その瞬間、纏う炎が十数メートルほどの炎の刃となる。
それを空中の殻に向けて、アデーレは全力で振り抜く。
「吹っ飛べっ!」
炎の刃は五つの殻を飲み込み、殻は火の玉となって海に撃ち返される。
遥か彼方の水平線に五つの水柱が立つ。だがその直後、再び影の方から殻が発射される。
今度は十個以上飛来するのが確認できた。
「ちょっ、多いって!」
火炎の刃を二、三度振り、同じように殻を打ち返す。
しかし、射出される勢いに収まる気配はない。
アデーレは地上に殻が落ちてこないよう、何度も殻を打ち返していく。
「何度も何度も! アレ何なのっ!?」
空に向けてアデーレが声を荒げる。
だが焦燥を隠せないアデーレに対し、アンロックンは冷静に言葉を返す。
「侵攻型の魔獣だろうね。ああやって兵隊をどんどん送り込んで、敵の領地を奪うって寸法さ」
「送り込むって、さすがに吐き出すにも限界があるんじゃないのッ?」「数百数千を抱えて奇襲してくる奴もいるから、期待しない方がいいよ」
無慈悲なアンロックンの言葉に眉をひそめるアデーレ。
そうこうしているうちに、次々と巻貝の怪物がロントゥーサの港に向けて発射される。
「こんなのキリがないって……」
空中で剣を振り続けるアデーレ。
その姿は、地上にいる人々にはどう映るだろうか。
これ以上目立つのは、今後の活動にも支障が出るかもしれない。
それに、アデーレ自身の体力にも限界がある。
被害を抑える意味でも、この場は早期の決着を求められるだろう。
「アンロックン」
「なんだい?」
「この剣、水中でも使える?」
「フラムディウスは火竜の力の片鱗だよ。多少能力は制限されるけど、水程度では消えないさ」
この剣がフラムディウスという名前だったことを、アデーレはここで初めて聞かされた。
だが、それは大した問題ではない。
炎の大剣が水中でも使えるのならば、アデーレがやるべきことは一つだ。
フラムディウスを両手で構え、軍艦の煙突に着地するアデーレ。
その場で膝を曲げ、両脚に力を込める。
「なら……」
アデーレの体が水面めがけ、放たれた銃弾の如く真っ直ぐ跳躍する。
纏うオーラが彼女の後ろに光の軌跡を残し、空気の焼ける匂いが漂う。
「大本を叩く!」
踏み込みの反動で、船が大きく揺れる。
甲板にいた兵士達が振り落とされぬようその場にかがみ、何が起きたかと周囲を見渡している。
だが跳び出したアデーレを常人の目では追いかけることも叶わず、彼女は誰の目にも止まらぬ速さで怪物の本体であろう影の方へ真っすぐ進む。
アデーレの目に、水面下に潜む怪物の姿が映る。
瞬間、わずかな水柱だけを立てて彼女の体が水面を貫いた。
アデーレの体が、一気に海底間近へと沈む。
体にかかる水の抵抗は炎の力により軽減され、呼吸や会話にも問題はないようだ。
だが、見上げた先に映る光景に、アデーレは声を漏らす。
「うわ……」
海中に沈む影の正体は、五十メートルはあろうかという円錐状の貝だった。
赤褐色の表面には等間隔に五メートルほどのとげが並び、一部は穴の開いた煙突状になっている。
魚雷でも発射しそうなその煙突からは、地上に向けて射出されていた小型魔獣の先端が確認できる。
アンロックンの言う通り、この規格外の魔獣は兵隊を運ぶ潜水艦だ。
その時、目の前の巨大な魔獣が、アデーレを迎え撃つように鋭い先端部を海面に向けて立ち上がる。
蓋を開いた底部からは、巻貝の本体である軟体生物が姿を現した。
「来るよ、アデーレ!」
叫ぶアンロックン。
直後、巨大な貝殻がアデーレにめがけて倒れ掛かってくる。
アデーレは貝殻を冷静に剣で受け、渾身の力で左側へと飛び退き回避。
しかし殻から伸びる煙突状の筒が、狙いすましたかのようにアデーレの方を向く。
直後その穴から表面が滑らかな大量の触手が出現し、アデーレ目掛けて襲い掛かった。
「うっ!」
両手で剣を構えた姿勢のまま、手足や体、首を触手で拘束されるアデーレ。
アデーレの自由を奪った触手は、彼女を引きずり込もうと穴の中に戻っていく。
彼女が睨む穴の奥には、無数の歯の生えた口のような部分が確認できる。
「そんなところに口あるの!?」
「言ってる場合じゃないよ、アデーレっ」
剣が赤く輝き、オーラが推進力となり放出される。
何とか捕食されぬよう抵抗するが、触手の引き込もうとする力は強く、徐々に引き込まれていく。
これが能力の制限かと、アデーレは内心舌打ちをする。
「アデーレ、剣に鍵を差し込めそうかい?」
「くっ……な、何とか」
「それじゃあ、この鍵を剣に。急いでッ!」
アンロックンに促され、剣から左手を離す。
その直後、左手の中で光が放たれ、それは鍵の形へと変化する。
変身の時に使う鍵とは違い、黄金色の雷雲を象ったものだ。
同時に竜紋の口が開き、鍔に隠された鍵穴が出現した。
「僕の上司の旦那から借りた力さ。変身には使えないけど、力の解放が出来るよ!」
「神様の序列を職場みたいに……ああ、もうっ!」
見た目や上司発言から、アデーレにはこの鍵の力が何なのか、大体理解が出来た。出来てしまった。
確かに現状打破には最適な判断だが、この力を使うことで自分にダメージが来るのではという心配が頭を過ぎる。
しかし、今は化け物に食い殺される寸前。
よもや痛みを恐れてまごついている訳にもいかないのだ。
アデーレは覚悟を決め、かろうじて動く左手で鍵を鍵穴に差し込む。
そして強く目をつむり、わずかに震える手で鍵を回した。
その瞬間、剣から伝わる電気の感触。
電撃は一瞬にして全身を巡り、剣を持つアデーレの手が小刻みに震える。
まるで電気がアデーレの体中に蓄えられているかのような感覚だ。
しかし体はすぐさま限界を迎え、そして……。
重い爆発音がロントゥーサ沖の海中に響き渡る。
同時に、落雷を思わせる金色の閃光がアデーレを中心に放出。
その衝撃は拘束していた触手全てを吹き飛ばし、怪物の強固な殻の一部を砕いて大穴を開ける。
開かれた穴の中には、触手か内臓かも分からぬ肉塊がうごめいていた。
「やっぱり電気だ……」
「解放されたからいいでしょ。それよりほら、今すぐトドメを!」
全身にしびれを感じ、回らぬ舌で愚痴をこぼすアデーレ。
手にする剣を見ると、いつもの赤いオーラではなく金色の光が刃から放たれている。
アデーレは不自由な体を無理やり動かし、切っ先を中身が露出する殻に向けて構える。
「これで……」
両手で強く柄を握りしめたその瞬間、剣から強烈な衝撃が放たれる。
それは前進の為の推進力となり、剣を手にするアデーレが目の前の肉塊めがけて放たれる。
「終わらせる!!」
その切っ先は彼女が瞬きする間もなく、グロテスクな肉塊に突き刺さる。
それでもアデーレの身体は止まらない。
切っ先からは肉を裂き、硬い物を破壊する感触が手に伝わり、固い壁を打ち砕いた後は反対側の海中へと彼女の体が投げ出される。
雷撃の力を得たフラムディウスが、巨大な怪物の身体を一直線に貫いたのだ。
アデーレの背後で複数の重々しい爆発音が響き、水圧が彼女の背中を押す。
魔獣の本体各所から金色の光あふれ出し、その体が膨張を始める。
今にも魔獣が爆発しそうな状況に気付き、目を見開いたアデーレは慌てて海底を蹴り上げ浮上していく。
わずかな水柱を立てながら、アデーレの体が海面へと飛び出す。
今日一番の水柱が立ち上ったのは、アデーレが空中へと脱出した直後の事だった。
「……ふぅ」
落下の最中に一息つき、剣を下ろすアデーレ。
そして自らの頭に手を伸ばすと、帽子の感触が手袋越しに伝わってくる。
今更になって、これほどまで派手に動いても帽子が脱げていないことに気付くのだった。
上空で、二匹の怪物が爆散する。 アデーレは爆炎の中から飛び出し、そのまま埠頭近くの倉庫の屋根に着地した。 埠頭の方を見ると、怪物達に囲まれた兵隊たちが苦戦を強いられているようだ。「数が、増えてる?」 最初は二十匹ほどだったはずの怪物は、四十近くまでに増加している。 一体どこから現れたのか。アデーレが港の周囲を見渡す。「アデーレ、海だ!」 アンロックンの言葉に促され、アデーレが埠頭から沖の方へと視線を向ける。 港から百メートルほど離れた位置にある深場だろうか。 青黒い海面を更に黒く染める、長く巨大な影が海中を潜行しているようだ。 茂る海藻を見間違えたかとアデーレが目を凝らすが、それは間違いなく港に向けて少しずつ移動している。「あれは……」 影の正体を見極めようとアデーレが目を細める。 その瞬間、影の上部から水柱が立ち、空中に巻貝らしきものが射出される。 数は五つ。殻は放物線を描きながら、港の方へと飛んでくる。「まずいっ」 屋根を蹴り、飛来する殻めがけて再び跳躍するアデーレ。 構えた大剣の刃が、赤く燃え盛る炎を纏う。 炎の光は軌跡となり、アデーレと貝殻の距離が一気に縮まっていく。 その瞬
主人の外出に際し、初めての付き添いを務めることとなったアデーレ。 エスティラの指示に従い辿り着いたのは、ロントゥーサ島にある最も大きな港の埠頭だ。 漁船以外にも客船や輸送船が停泊することを目的としたこの島唯一の港で、国外からの貨物船も寄港する貿易の中継地点として機能している。 しかし、今日はそんな港に、島民には馴染みのない大型軍艦が停泊していた。 船体は鉄製の装甲艦となっており、帆柱はなく煙突を有することから蒸気船だろう。 エスティラ曰く、島に常駐するわずかな衛兵では怪物に対する備えが不十分であることが判明した。 そのため、シシリューア島から共和国軍の一部が派兵されることとなり、この艦はその第一陣である。 そんな兵士たちを、現在島で最も位の高いエスティラが直々に出迎えることとなったのだ。 ちなみに、その提案をしたのは当のエスティラである。 『私の身の安全を任せるのだから、挨拶くらいはしておかないと』 というのが、エスティラの弁だ。 島全体の守備増強が目的だろうという疑問もあったが、アデーレはあえてそれを口にしなかった。 「これはこれは、バルダート家のご令嬢が直々に出迎えてくださるとはっ」 部下達を連れて颯爽と埠頭に降り立ったのは、三角帽がトレードマークの青い軍服姿の男。 彼は埠頭で待っていたエスティラに対し、帽子を脱いで仰々しくお辞儀をする。 その態度から、アデーレの目にも彼がこの船の艦長か、部隊の指揮官だろうと察することが出来た
夜のあぜ道を、私服姿のアデーレがとぼとぼと歩く。 空には三日月。 見慣れた故郷の夜空は、日本では見ることも難しくなった満天の星空だ。 ぼんやりと空を眺めていると、ポケットの中から何かが飛び出す。「お疲れ様だね、アデーレ」 目の前に現れたのは錠前……ヴェスタだ。 結局仕事中に喋ることはなく、アデーレも忙しさからその存在を忘れつつあった。「うん……ヴェスタ様はずっとポケットの中で窮屈じゃなかったの?」「はは。別にこれが僕の本体って訳じゃないから」 それもそうだとうなずくアデーレ。 だが、錠前越しにこちらを眺めているヴェスタの姿を思うと、のん気な神様だと呆れてしまう。「あ、今僕が神の世でのんびり観客決め込んでるって考えたね」「カンガエテマセン。ヴェスタサマ」「神に嘘吐きとは感心できないね。まぁいいけど」 人の考えることなどお見通しとは、さすが神様といったところか。 しかし、これではうかつなことは考えられない。 仕事と錠前によってプライベートが奪われていくことに、ため息を漏らす。 それもお見通しなのだろう。 錠前は笑っているかのようにカチャカチャと音を立て揺れる。「
食堂の隣には、客人との談話のために用意された応接室がある。 食堂に比べると狭い部屋だが、それでも一般的な家屋の一室に比べれば広い。 内装は食堂よりも豪華で、壁には蔓を模したかのような金の模様が張り巡らされ、室内に置かれたあらゆるものが、高級品で揃えられている。(どうしてこうなった……) そんな落ち着かない部屋の端で、アデーレは口を閉ざし自問していた。 中央のテーブルにはティーセットや軽食で彩られたケーキスタンドが置かれている。 傍に設けられた豪華なソファには、綺麗な姿勢で座るエスティラの姿が。 そんな彼女の隣には、黒のモーニングコートにアスコットタイという、誰が見ても執事と分かる壮年の男性が立っていた。 白髪交じりの黒髪に、しわが深く刻まれた穏やかさを感じる顔が印象深い。 女性の下級使用人が男性執事と関わることは少なく、当然新人のアデーレは初対面だ。 故にどうすればいいのか分からない彼女は、閉めた扉の前から動けずにいた。「何突っ立ってるのよ。これ以上待たせないで」 変わらず不機嫌そうなエスティラが、鋭い横目でアデーレを見る。 そこに割って入るように、執事がそっと口を開く。「お嬢様、彼女も初対面の者ばかりの場所で緊張しているのでしょう」 年齢を重ねた男性らしい、低く重みを感じさせる落ち着いた声で語り掛ける執事。 その後彼はアデーレの方に向き直り
午後の仕事は、主人たちの生活スペースで行われる雑務が多い。 これは主人の目につく場所での仕事になるし、来客と対面することも頻繁にある。 そのため、午後は身だしなみも整えるため、午前の服とは別に主人が用意した制服を着用することが義務付けられている。 黒い長袖ドレスに、フリル付きの白いキャップとエプロン。 これが、バルダート家の使用人に用意された基本的な制服である。 前日は主に階下の仕事が中心だったため、アデーレはここで初めて制服に袖を通すこととなった。 「なるほど……」 いわゆるメイド服というものに初めて袖を通したアデーレ。 その完成度の高さに、思わず感嘆の声を上げた。 デザインだけ見れば、煌びやかさは微塵も存在しない地味な衣装だ。 しかし自前で用意した仕事着よりも、生地の材質や縫製の精度が優れたドレス。 ロングスカートながらも動きやすく、なおかつ形が崩れない工夫が随所に施されている。 何より、控えめだからこそ醸し出される気品を受け、アデーレの背筋は自然と伸びる。 国の執政にも関わる貴族の家ならば、使用人の制服にも相応の金と手間が掛けられているということだろう。 今さらながら、アデーレは自分が高位の家に務めているということを実感していた。 「それでは、本日はこちらで調度品の手入れをして頂きます」 先導するアメリアによって、数名のメイドと共に案内されてきたのは二階にある広い食堂だ。 中央には
アデーレがバルダート別邸に到着した時、使用人たちの間では既に怪鳥の話題で持ちきりだった。 使用人たちが集まる、屋敷一階の使用人控室。 主人らが使う部屋とは違い、シックな家具でまとめられた絢爛から程遠い部屋である。 しかしそこは名だたる名家、天下のバルダート家だ。 たとえ使用人が使う家具だろうとも、庶民が一年休まず働いても買うことのできないものばかりである。「アデーレ、本当に何ともないの?」「はい、大丈夫です」 エプロン姿にすまし顔のアデーレを前に、メリナは困惑の表情を浮かべる。 騒動を受けてもなお屋敷にやってきたアデーレには、彼女だけではなく他の使用人たちも驚いていた。 「さすがにあんなことがあったら休んでも大丈夫なのに。真面目だねぇ」 話を聞いていた先輩の使用人も、真面目なアデーレを前に苦笑を浮かべている。 「でもねアデーレ、私はあなたの身に何かあったら嫌だから。こういう時は真っ先に自分の身を守らないとダメだよ」 使用人になるのを提案したこともあってか、特にメリナはアデーレの身を案じているようだ。 こうなると、自分が騒動の渦中で、しかもそれを解決したなどとは口が裂けても言えないだろう。 少年にも秘密にするよう言った手前、このことは隠し続けなければならない。







