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3-8【その名は、ヴェスティリア】

Author: 蕪菁
last update Huling Na-update: 2025-12-21 15:50:41

 海を飛び出したアデーレは、近くの岩礁に着地した。

 巨大魔獣が爆散した海域では波がうねり、小さな渦が巻いている。

「うぅ……まだしびれてる」

 頭を振りつつ、岩場の上で膝をつくアデーレ。

 自らの体を介した強力な電撃は、強化されていた体であっても相当な負担を受けるものだった。

 こわばる体を落ち着かせるよう自身の腕をさすりながら、荒れる海を眺める。

「でも何とかなったし、良かったじゃないか」

「そりゃあそうだけど……はぁ」

 ようやく体の感覚が戻ってきたのか、何度か手首を振るアデーレ。

 何も問題はないと言わんばかりのアンロックンに対しては、わずかな苛立ちを覚えてしまう。

「というか、あんな能力があるなんて聞いていないんだけど」

 やや口調荒めにアデーレが問い詰める。

「ごめんごめん。僕の方で頼んでみて借りれた時だけ、アデーレに渡すことができるんだよ」

「ええ……そんな軽い感じなの? 神様のやり取りって」

「君らが大げさに捉えすぎなんだよ。僕らの事を」

 けらけら笑うアンロックンを、アデーレは呆れた表情で見つめる。

 だが楽し気に笑うこの女神の口約束で、神の力の一端を利用できるというのだ。

 手にしている物の強大さを思うと、改めて正しく扱わなければいけない責任を認識させられる。

 アデーレの身に起きている現象は、世界に影響を及ぼすほどに重大なものなのかもしれない。

「あっ、ところでアデーレ」

 物思いにふけっていると、アンロックンが声をかけてくる。

「そろそろ君の雇い主の様子を見に行った方がいいんじゃないのかい?」

「……あ」

 戦いに対し必死だったあまりに、エスティラのことが頭の中から抜けていたことに気付かされる。

 アデーレはロントゥーサ島の方を振り返ると、ようやくしびれの抜けた体に力を込め、港を目指し跳躍した。

          ◇

 剣から噴射される炎を利用し、アデーレは埠頭近くの建物の屋根に着地する。

 そこでは先ほどまで戦っていた兵隊が、倒した魔獣の亡骸を片付けている最中だった。

 あれは燃やすしかないだろうと思いつつ、アデーレはため息を漏らした。

「あ、君の雇い主がいたよ」

 アンロックンの言葉に促され、人だかりの方を見下ろすアデーレ。

 その言葉の通り、エスティラとロベルトがアデーレの立つ建物の方に歩いてくる。

 周囲には、二人を守るように十人ほどの兵士が随伴しているようだ。

 その時、随伴する兵士の一人がアデーレの方に視線を向ける。

 互いに目を合わせた瞬間、兵士は険しい表情を浮かべてアデーレの方へ指を差す。

「何者だッ!?」

 その言葉に反応した仲間の兵士たちも、一斉にアデーレの方を見上げる。

 兵士たちは手にしていた長銃を構え、屋根の上へと銃口を向けた。

「……撃たれても大丈夫だよね?」

「人間の武器なんかに、僕の力が敗れるわけないだろう?」

 兵士たちを刺激しないよう、アデーレは平静を装いつつ周囲を見渡す。

 しかし小声で話している間にも、兵士たちは殺気立った様子で睨みつけてきている。

 その時、兵士たちに囲まれていたエスティラも屋根の方を見上げ、彼女は驚きの表情を見せた。

「ああっ! ちょっとあなた達、早く銃を下ろしなさい!!」

 エスティラのよく通る声が周囲に響く。

 兵士たちは彼女の指示に戸惑いながらも、引き金から指を離し銃口を下げる。

 しかし、どの兵士もすぐに銃を発射できるよう身構えているのは、アデーレの目にも明らかだ。

 その様な中でも、エスティラは構わず言葉を続ける。

「彼女は化け物に追い詰められた私達を助けてくれた恩人よ。あなた、そうでしょ?」

 そう語りかけてくる彼女の表情は、どこか嬉しそうに見えた。

 向けられる瞳は輝きを見せ、今日まで見たことのない笑みすら浮かべている。

 内心戸惑うアデーレは返事をせず、ゆっくりとうなずく。

 声で正体がばれないようにという考えだが、容姿でばれないのなら大丈夫かもしれないという考えもあった。

「ほらやっぱり! ロベルト、あなたも見てたでしょうっ」

「え、ええ。確かに彼女でしたが」

 対するロベルトは、どこか困惑した様子でアデーレを見つめている。

 正体がばれたかという不安もあるが、この状況で反応に困るのは、誰だって一緒だろう。

 むしろ命の危機の直後だというのに、不審者を前に嬉々とした様子のエスティラが異常ではないだろうか。

「ねぇ、教えて。あなたは一体何者なの? あなたのような超常の力を持つ剣士なんて、一度も見たことがないわ」

 兵士たちの間を縫って、エスティラが一人建物の方へと歩み寄る。

 エスティラの質問はもっともだ。

 しかし、何者と尋ねられてどう答えればいいのか。

 自分が何者に変身しているのかも分かっていないのだから、アデーレに出せる答えなどあるはずがない。

 だがその時、フラムディウスが勝手に動き、アデーレは必然的に剣を太陽に向けて掲げる形となった。

「彼女の名は火竜の巫女ヴェスティリア! ヴェスタより力を授けられた者だ!」

 まさかのアンロックンが、その名を声高らかに叫んだ。

 ヴェスティリアとは、ヴェスタ信仰において実際に呼ばれる巫女の名である。

 なので間違ってはいないのだが、アデーレ自身に巫女などという自覚は一切ない。

 むしろ唐突に巫女として扱われるのはアデーレにとって迷惑。困惑せざるを得ないことだ。

「ヴェスティリア……そう、あなたは火竜に仕える巫女なのね」

 当人すら困惑する状況なのに、エスティラは納得したかのようにうんうんとうなずいている。

 だが今まで誰にも見せたことのない、どこか年相応にも見える無邪気な笑顔にアデーレの頬が緩む。

「人間たちよ。この島における魔獣の出現は、今後も続くことになるだろう」

 どよめく兵士たち。

「しかし、かつて神が共にあった時代よりも、君達は強くなった。そして同時に、神の力を授かる巫女もいるっ」

「ちょっと、あんまり好き勝手――」

「いいから任せなって……だからこそ! 君達はこれからも研鑽けんさんを重ね、そして正しく勇気ある心で人々を守ってくれたまえ!」

 仰々しく喋るアンロックンを、アデーレが睨みつけた。

 しかしアンロックンは止まらない。すっかり悦に浸っているように見える。

「そして忘れないでくれたまえ。火竜の巫女と、彼女の振るう炎の剣フラムディウスのことを!」

 フラムディウスから炎が吹き上がり、アデーレの身体を包み込む。

 群衆の方からは、突然の発火に悲鳴にも似た声が響く。

「我々は常に、君達を見守っているぞ! それでは、また会おうッ!!」

 炎の消滅と同時に、アデーレの身体は人々の死角へと瞬時に移動する。

 あの大げさな炎の演出は、その場から撤退するための目くらましだったようだ。

 倉庫と倉庫の間にある、人気のない道に着地するアデーレ。

 直後に変身は解かれ、衣装は元の使用人の制服に戻る。

「さぁて。お疲れアデーぶぇっ!?」

 目の前に浮いていたアンロックンを、アデーレが乱暴につかみ取る。

 その顔には、滅多に見せない怒りがにじみ出ていた。

「何、さっきのバカみたいな演説は」

 羞恥と怒り、そして呆れの混じった言葉がアンロックンへ突き刺さる。

 そんなアデーレの怒りを前に、さすがのアンロックンも怯えているかのようにカタカタと震える。

「い、いや、君達の言うヒーローって、こういうものなんじゃないの?」

「違っ……いや、違わないかもしれないけど、私はそういうキャラじゃない!」

「いいじゃないかっ。ああいうのだってかっこいいじゃん!」

「恥ずかしいの! あんな目立ち方、恥ずかしくて人前に出られなくなるでしょうが!!」

 アデーレがすぐにでもエスティラの元に戻らなければと気が付くのは、それから数分後の事だった。

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