アーデン侯爵邸まで送っていくというアランの提案を断り、宴会場を出て庭園を散歩した。
とりあえず冷静になりいつもの自分を取り戻したかった。ただ、第一皇子ライオット・レオハードとレノア・コットン男爵令嬢の姿に、
松井えれな時代に見た、とある日の光景を思い出し震えが止まらなくなってしまったのだ。東大受験の前日、私はいつものように電車で参考書を読んでいた。
「あー、それ最終巻出たんだ。私も後で買いにいこー」向かいの茶髪の女子高生の大きな声が電車内に響いた。
すると向かいのオシャレメガネをかけた女子高生が本から目を離さず答える。 「ライオットとレノアがハッピーエンドでよかった」「あーもう、ネタバレ禁止! 」
茶髪女子が拗ねたようにいうが、表紙が明らかに赤髪男とピンク髪女のウェディングの絵だ。 すでに表紙でネタバレをしている。それにしても参考書を読んでいる私がブックカバーをかけているのに、恥ずかし気もなくあんな俗本を電車で読むなんて。
「一番良かったのは、アランとエレナが破滅したとこかな」 メガネ女子はネタバレに余念がなかった。「だからネタバレ禁止って言ったじゃん。アニメも楽しみだね」
2人のオタク女子高生が楽しそうに話していた。私は、自分の記憶力に感謝した。
友達同士楽しそうに話す女子高生が羨ましくて聞き耳を立てたわけではない。昔から一度聞いたことは忘れないところがあった。
しかし、何であの時あの本に興味を持って購入しなかったのか今は悔やまれる。 あの時の私はしょーもない本、読んでないで勉強しろよと思ったのだ。視野が狭かった。こんなことになるのなら見識を広める為に読んでおくべきであった。
まあ、今となってはあとの祭。「私は今、あのライトノベルの世界にいるんだ」
現実主義だと自負しているが、状況がそのファンタジーな事実を認めさせた。キラキラした紫色の瞳をした実年齢よりも成熟した精神をもつ優しい少年アランのことを思い出す。
「小学生を破滅させるような世界がどこにあるの。立場があると子供扱いされないわけ? あんな良い子なのに」 私はぶつぶつと呟きながら、現実世界で破滅した歴史人物について思い出していた。 こうなったら自分の今持つ知識で立ち向かうしかないからだ。「なんとかしないと、私の出来る範囲で。私の知らないところでアランが悪いことしてる? 」
彼の全てを知ったわけではないけれど、少なくとも私の知っている彼は破滅して自業自得扱いされるような人ではなかった。 破滅回避のため参考になるような破滅した歴史上の人物を頭の中で羅列していく、あまりの人数に精査し分類する必要があることに気がつく。「悪女⋯⋯」
ふとライオットのゴミを見るような視線を思い出し呟く。 ライオットは主人公だ。明らかにエレナに見せた視線は敵意だった。主人公に敵意を向けられては生き残れる気がしない。
彼にとって悪女であるならば、その時点でアウトだ。エレナのせいでアランも破滅したということはないだろうか。
確か、悪役令嬢モノのライトノベルが売れていてアニメ化や映画化までしていると朝の番組で言っていた気がする。正直ライオットが主役のライトノベルは、内容はおろかタイトルさえ分からない。
しかし、作者はある程度、実際の歴史や自分の経験などに影響を受けた文章を書くはずというのが私の推理だ。悪女、王族、それでいて表紙の服装から察するに西洋の歴史ものの影響を受けているという予想からまず第一に思いついたのは、
「フランス革命、ルイ16世とマリーアントワネット⋯⋯」 一瞬目の前が真っ暗になった。「ギロチンで処刑されてるじゃない! いくらなんでもアニメ化作品で小学生にそんなこと」
しかし、日本の深夜アニメの残虐性はよく問題になっていることや、もしかしたら映像化される時点でアランの年齢設定が変えられている可能性もあることも考え、 完全にライオットの物語がフランス革命の歴史の影響を受けてないとも言えなく恐ろしくなった。 豪華絢爛だった皇宮がベルサイユ宮殿にも見えてくる。「でも、アランだよ。控えめに言って天使だよ」
浮かんできた事実を否定しようと私は呟く。 でも、ライオットはエレナに対してほどではないが、アランに対する視線も冷たかった。「ライオットは19歳だったはず、小学生に対して大人気ない」
愚痴ってみても、彼がアランやエレナに対して良い感情を持ってないのは明らかだった。隣にいた綿菓子のような柔らかい雰囲気のピンク色の髪を持つヒロインを思い出す。
レノアはアランやエレナにも悪い感情を持っているようには見えなかった。ライオットとは皇子と下位貴族の立場でありながら、仲が良さそうに見えた。
「すでにくっついてるのか? 二人で私たちを倒す話? 」ライオットには正直怖くて近づけないが、レノアには近づいて見ようと思った。
「主人公の心を変えるのは、いつだってヒロインのはず。私とアランがいかに善良か知ってもらった方が良い。」「侯爵令嬢、こんなところでどうしたのですか?本当に俺の凱旋を祝ってくれる気は全くないのですか?」
思いを巡らせてると、先ほど私を怯えさせた主人公の声が聞こえた。 振り返りたくなかったが、私はゆっくりと気持ちを落ち着かせながら振り返りライオットに挨拶をした。私のこと追っかけてきたの?「ライオット・レオハード第一皇子にエレナ・アーデンがお目にかかります。」
なんとか、落ち着いて挨拶ができた気がする。「俺の名前くらいは記憶してくれていたようですね。」
鋭い黄金の眼光が私を睨みつけてくる。 敵視するにしても感情を出し過ぎているわ。「アランと一緒にいなくてもよいのですか? 」
彼の言動から察するにアランとエレナはセット行動が基本ということだろう。 「皇太子殿下は忙しいので邪魔にならないようにしているのです」まだ、この世界の私のレベルではアランの助けになるようなことはできないのも事実だ。
「侯爵令嬢はゆくゆくは皇后になられるお方なのだからご一緒された方が良いのでは? 」
一緒にいない理由を話したのに、しつこく意地悪そうに聞いてくる彼に私は黙り込んだ。彼は皇子で私は一介の貴族令嬢にすぎないから、どんなパワハラにも耐えなければいけない。
失礼な対応をしてはいけないのは承知している。 しかしながら、トゲトゲしくしつこい口撃からどう逃げればよいのか。「良かったですね、踊り子の息子などと結婚させられないで。お2人はお似合いです。身長差以外は」
ライオットとエレナは婚約寸前の関係だったと聞いていた、彼の母親は踊り子なのか。「まあ、俺からすれば贅沢な暮らしがしたいがため息子を使って皇室に入る女も、血筋にこだわり子供のような年の子と婚約する女もどちらも品がないと思いますが」
前者は彼の母、後者は私のことを非難しているのだろう。「自分の母親のことをそんな風にいうのですか? 彼女がどんな方かは存じ上げません。でも、殿下をお腹の中で10ヶ月は様々な不調に耐えながら思い育ててくれたのですよ」
彼はは急に息を飲んで絶句した。そう、これは私が日本で母からの無関心に寂しくなった時ずっと考えていたこと。
どんなに兄にしか関心を示さなくても、きっと私がお腹にいた頃は私に関心があったはずと自分を慰めていたのだ。 つわりがあればお腹に私がいるとわかるし、お腹が重くて起き上がるのが難しければ私のことを考えていたはずだと。私の頰を一筋涙がつたうのがわかった。
もう、会えるかどうか分からない日本の家族を思うと込み上げてくるものを抑えられなかった。一瞬、彼が困惑した表情をする。
もう、本当にどこかに行って欲しい。「今日のドレスも似合っていないですね」
女が泣いているのに口撃の手を緩めない。主人公とは思えない陰湿さに、何もかもどうでもよくなってくる。
もうすでにこれ以上ないくらい嫌われてそうだし、どうとでもなれば良い。「じゃあ、今度、皇子殿下が私に似合うドレスをプレゼントしてください」
ライオットの顔が一気に彼の真っ赤な髪と同じように赤くなった。明らかに彼はダメージを受けている、足元もふらついているし、あと一発で撃退できそうだ。
もしかして、この世界でも男が女に服をプレゼントする意味は「その服を脱がしたい」的なものなのか。「侯爵令嬢は退化しているのではないですか?6年程前の方が令嬢としての言動をわきまえてましたよ。」
結構、しどろもどろで返してくる。180センチくらいありガタイもよい彼だがなんだか倒せそうだ。「皇子殿下は、私の進化にお気づきにならないのですか? 」
私は、胸の開いたドレスの胸元を示しながら挑戦的な眼差しで言ってやった。「な、何を言ってるんだ。し、失礼する」
ライオットは真っ赤な顔をして、黄金の瞳をぐるぐるさせて去っていった。私は彼への恐れの感情が消え、別の感情が顔を出したことに気づいた。
「これって面白い女ムーブならぬ面白い男ムーブってやつなのかしら」 いかにもウブそうな彼ごときに私は破滅させられるのだろうか。私を敵視せず、普通に接してくれれば仲良くなれそうなのに。
らしくもなくお色気ネタを使ってドッと疲れた私はさすがに帰宅した。「お父様、お母様、今度お茶会を催そうと思うのですが⋯⋯」
こちらの世界に迷い込んで来てから一度も揃わなかった家族が揃ったので私は提案をしてみた。「好きになさい! 」
ミリア・アーデン侯爵夫人、この世界で私の母に当たる人だ。 ナイフとフォークを置いて一言興味なさげに放たれた言葉に少し寂しくなった。両親に興味を持たれない自分は私も経験して来たが、優秀な兄に隠れてしまっているからだと思っていた。
しかしながら、エレナの場合は一人っ子だ。一人娘なんて親が過干渉になるものだと思っていた。
アランの話によるとエレナは完璧令嬢と名高いらしいから優秀なはずだけど。 そもそも、両親はエレナの中身が変わっていることに全く気がつかないのだろうか。アーデン侯爵邸は静かだった。
私が話しかけなければ、誰も私に話しかけてこない。 身分の差があるからそのようなものなのだろうか。日本にいた時、私の両親は忙しく、兄も大学途中からアメリカに留学してしまったので、
家に一人でいることが多かった。しかし、この邸宅には何十人もの使用人が働いているのに静かだ。
私の前だからだろうか、使用人部屋にいけば仕事の愚痴や恋バナとか話してたりするのだろうか。私は使用人たちからレノアの情報を集めることにした。
「レノア・コットン男爵令嬢ですか? 」私の専属メイドであるメイに尋ねると、少し戸惑ったような表情をされた。
「あの、どんな些細なことでも教えて欲しいの。今度のお茶会に呼ぼうと思って」驚きを隠さないメイの顔に私は自分の失敗を悟った。
「私って普段どんな令嬢と仲良くしてたかしら? 実は高熱を出したことで記憶が曖昧で、コットン男爵令嬢とは仲良くなかったかしら? 」アランから最近エレナが高熱を出したことがあるという情報を得ていたのでとっさに言い訳に使った。
「お嬢様は皇帝派の高位貴族の方とお茶会をしてました。コットン男爵令嬢は貴族とはいえ田舎の貧しい男爵家の方なのでお嬢様がお呼びしても遠慮をされるかと」主人である私の質問には答えなければならないと思ったのか、戸惑いつつもメイは話してくれた。
「私の部屋でお菓子でも食べながら話さない? 」
私はお茶とお菓子、それから秘密アイテムお酒を用意して半ば強引にメイを部屋に誘った。 お酒には人の判断能力を鈍らせたり、口を軽くさせたりする効果があるらしい。それに良く社会人がノミニケーションといって飲み会で仲良くなったりするというのを聞いたことがある。
私は未成年だから飲酒するわけにはいかないけれど、メイは問題ないはずだ。私にワインを注がせてしまった以上飲まなければならないと判断したらしい。
私が次々とワインを注ぐのであっという間に酔っ払ってしまった。「コットン男爵令嬢はですね、一応貴族令嬢ですが、まあ平民と変わりませんよ」
「ほらほら、グラスが空いてますよ」
お酒の力すごい。口がかなり軽くなってるし、言葉も砕けてきてしまっている。 「自ら志願して第一皇子の遠征にもついていったようです」メイが少し意地悪そうな顔で言った。
「え、あんなふわふわした子が戦うの? 」 純粋な疑問だった、バトルには向いてなさそうな優しそうな感じの子だったから。「まさか、怪我した兵士の世話とかそんなのをしているみたいですよ?まあ、あわよくば第一皇子や高位貴族に見初められようという魂胆でしょう」
メイが少し得意げになって話してきた。「戦場っていつ死ぬかもわからないという場所でしょ、そんな動機で行く?ナイチンゲールみたいな崇高な精神の持ち主なんじゃないかしら? 」
いや、ワンチャンあっても普通に戦場には行かないでしょというのが私の見解だ。
「ナイチ? まあ、とにかく周りはみんなコットン男爵令嬢のことそんな大層な方とは思っていませんよ」 平民のメイが男爵令嬢のレノアを馬鹿にしたように話すのは不思議だった。しまった、ナイチンゲールはこの世界にはいなかったんだった。
でも、メイはあまり気にしてないみたいでホッとする。基本、周りはみんなそう言っているという言葉は好きではない。
大体は自分がそう思っていることを周りのせいにして非難する時に使う言葉だ。彼女は辛口な人なのか、私の悪口も言われてそうだなと考えながら彼女の表情を伺うとその瞳は涙で濡れていた。
「う、うぐ、この帝国で血筋の悪い人間は夢なんて持てないですよ。死んだような生活です。死ぬかもしれない戦場がなんだというのです」お酒って涙脆くなる効果もあるのだろうか、本当に怖い。
「まって、大丈夫? どうしたの?これで涙を拭いて? 」 私はナプキンを渡すとメイはそれで涙を拭いて鼻を噛み始めた。「私は、幸せです。こうやって侯爵家に雇って頂き未来の皇后となられるお嬢様のお世話ができる。今、お嬢様とこうしているのも夢のようです」
私は他の人が言っているというようにレノアの悪口を言うメイに少し嫌悪感を持ったことを反省した。
彼女は自分の環境に感謝でき、些細なことに幸せを見つけられる人なのだ。それは私にはないもので、私はいつも満たされなくもっともっとと求めてしまう。
よくいえば向上心が高いともいえるが、日本での私の環境も経済的に困窮していたわけでもなく、他人から見れば幸せなのかもしれない。自分でも周囲から見て恵まれている自分の環境に、なぜか不満を見出さずにいられない性格を自覚していた。
「あら、残念。」俺はイヤホンから聞こえた、エレナ・アーデンのサンプルボイスに恐怖のあまりイヤホンをはずしてしまった。声だけで男を誘惑できる。超人気声優さんらしく、見た目が可愛いらしい。でも、この声優さんのスゴさは東京女らしいクレバーさだ。このセリフはエレナがライオットに無理な要求をして、初めてライオットが断った時のセリフだ。エレナはライオットに断られても別プランを持っているので、全く残念とは思っていない。だから、残念そうに言わないのが、このセリフを言う時の正解。適当に言われたことで、ライオットはエレナの要求をのまないと彼女に切り捨てられると思って焦る。結局、ライオットはエレナの無理な要求に従い、帝国に不利なことをしてしまう。このセリフをこんな風に適当に魅惑的に言うということは、脚本からライオットやエレナの関係性や心情の理解をしていないとできない。こんな声でこんなセリフを聞いたらオタクはいくらでもお金を貢いでしまいそうだ。この声優さんは東京で生き残るだけはある。可愛くて声が良いだけでは生き残れない、どういう風な話し方をすれば、人の気持ちを惹きつけるか常に計算している強かな女だ。俺の思っているエレナ・アーデンそのものだ。そんなことがあって楽しみにしていたアニメ第1話を見ようとしていた時だった。俺はオープニングを見た時点で今までにない、吐き気と冷や汗に襲われた。アニメのオープニングのクオリティーがとてつもなく高かったのだ。短期間でこれだけものを作ったアニメ制作会社の人たちを思い浮かべてしまった。きっと、俺のいたようなブラックな職場だ。やりがいを感じるように強制され、寝る間も惜しみ仕事に没頭させられる。『赤い獅子』はネタ元があったから書けた。その上、メディア界のフィクサーにエレナが気に入られたから運良くヒットした。フィクサーのおじさんのように成功していると美女に振り回されたい願望でも出てくるのだろうか。俺はもう強かな東京女に振り回されるのはたくさんだ。
エレナ・アーデンに憑依していたという松井えれなちゃんだ。「本当にとんでもなくバカな子なんだろうな。」そう、きっと彼女はとんでもなく愚かで本能に正直な子だ。だけど、自分自身が異世界だろうと主役であるふるまいができる子。そして実は強かなたくましさのある子に違いない。自分の婚約者の兄の脱獄を手引きしようとしたんだ。あんな完璧ボーイのアラン君より、パンツを履いているか心配のライオットが好き?にわかには信じがたい、男の趣味が悪すぎる。恋愛経験がない恋に恋する女の子なのかもしれない。赤い髪に黄金の瞳をもったワイルドな見た目。「ワイルド系が受けるのは若い時だけなんだよな。経験を積めば、包容力のある男の方が良いってえれなちゃんも分かるだろうに。」俺がライオットに憑依した時、彼はルックスも含めてティーンに受けそうな主人公だと思った。登場人物の見た目も含めて参考にさせてもらった。でも、松井えれなちゃんは俺のようなニートではない。異世界に1度目憑依した時は30分くらいだった。それでも、異世界では自分の世界以上にいる時いじょうの無力感を感じた。自分の世界で何もできない人間が異世界に行って何ができるのだろう。今も前にライオットに憑依した時も俺は何もかもが違うこの世界で何かできる気がしない。松井えれなちゃんが異世界でやらかしたと言うことは、彼女が自分の住む世界である程度の万能感を持って暮らしている人間だということだ。そうでもなければ、全く常識も何もかも通用しない世界でやらかすことさえできない。その上、手紙から察するにアラン君以外松井えれなちゃんがエレナ・アーデンのフリをしていたと誰も気づいてなかったとのこと。ものすごく本能的なバカに見えるけど、完璧令嬢エレナのフリをできるレベルだったということだ。俺がパンツもはいてるかわからないライオットのフリをしているのとは次元が違う。それに、アラン君の手紙の20通目までに書かれていた松井えれなの行動記録。たった2ヶ月のことなのに、凱
兄上、帝国に兄上を迎える準備が整いそうです。また、兄上とお話しできるのを楽しみにしています。アラン君の268通目の手紙の最後にそう書いてあった。俺はその言葉に震撼した。俺は彼と会うわけにはいかないのだ。彼は絶対に俺が本物のライオットではないと気がつくだろう。彼は俺が本物の兄ではないと気づいても大切にしてくれると思う。どれだけ彼が器の大きい優しい男かは知っている。しかし、彼はとんでもなく過保護で重い愛を兄に対して持っている。俺にも7歳年下の弟がいるが、もっとドライな関係だ。東京に出てからは盆暮れ正月に会うくらいだ。連絡なんて取り合わないし、年の離れた男兄弟なんてそんなもんだと思っていた。アラン君の兄への想いは、とてつもなくウェッティーだ。なにせ、俺は本物でないことがバレないように1度も手紙の返事をだしていない。それにも関わらず、毎週のように手紙を送ってくる。本物の兄が自分の知らない異世界にいるなんて知ったら、彼は心配のあまり卒倒するのではないか。手紙でアラン君に俺は島生活が気に入っているから帝国に戻りたくないと伝えれば良いかもしれない。でも、ライオットがどういう手紙の書き方をする人物なのか分からない。筆まめなアラン君のことだ、兄弟間でお手紙回しをしていたかもしれない。俺はこの優雅でのどかな生活に甘えていた。弟のアラン君のヒモか現地妻のようなポジション。彼から惜しみない愛を注がれている。傷ついた心を癒されて、今なら普通に東京でまた頑張れそうだ。俺はのんびりした生活で日本での生活を忘れそうになっていた。だから、アラン君の年表ラブレターを見習って自分の日本での生活を書き留めていた。今まで俺が生きて来た自分史みたいなものだ。地方出身の男が東京に夢見て、その非情さに打ちひしがれる話だ。それを出版して、あとがきに俺からアラン君へのメッセージを書いて俺の動向をチェックしてそうな彼に伝えようと思った。「島生活は執筆活
この世界そのものが一夫多妻制で、男尊女卑な傾向があった。しかし、アラン君の行った改革によって急速に男女平等に傾いていった。年齢も性別も関係なく能力によって要職に就けてしまうのだ。貧乏貴族令嬢や貧しい平民が家のために、望まぬ結婚をしなくてもすむ道筋が作られていた。貴族間においても、恋愛結婚する人も増えて来た。ほどなくして、北部の3つの国も帝国領となった。俺は、その1つの国に1時的に身を置いていたことがあった。驚くことに国民たちはエスパル王国が帝国領になったことで豊かになったのを見て、自分の国が帝国領になることを期待していた。愛国心より、自分の生活が豊かになることの方が大事なのだ。エスパルの出身者が帝国において一切の差別を受けておらず、能力さえ示せれば夢のような生活を送れることを示していた。帝国史を学んだり、帝国の要職試験への対策をすることがブームになっていた。そしてその国も、帝国領となり、俺はまた帝国外に移動した。アラン君に判断してもらうことを、人は平等な判断と思うようになっていた。アラン・レオハードという神の前で人は平等で、彼が献身的に帝国民に尽くしているのは誰の目にも明らかだった。彼が同等の権利を与えているエレナ・アーデンも女神のように思われていた。最初はアラン君は幼く皇帝としてどうかと不安を持たれていたらしい。俺の見た彼の姿は地上に舞い降りた天使の子だったからわかる。その外観からは彼を愛でたいという感情は湧いても、彼に従いたいと思わせるのは難しかっただろう。人々の生活を目に見えて変えることで、アラン君は自分が皇帝という地位にふさわしい人間だと納得させていったのだ。今は誰もがひれ伏すほどの絶世の美男子になっていて、その姿が余計に彼を余計に神格化しているようだった。毎週のように届くアラン君の手紙には、いつも花の種が入っていた。その花を育てるのが俺の楽しみだった。「さあ、次はどんな赤い花が咲くのかな?」水をあげていると、とても優しい気持ちになれた。いつ
「登場人物が生きてないんですよ。」2作目もダメ出しをくらった。心理描写については1作目より褒められたが、キャラクターに魅力がないらしい。それは、そうだ俺自身が女や人間に失望している。そんな俺に魅力的なキャラクターなど書けるはずもない。適当な甘い言葉にフラフラする薄っぺらい人間しか俺には書けない。人間という存在に魅力を感じていない、今すぐ人間をやめて鳥にでもなりたいくらいだ。俺の信じた人間は、結局俺のことをそこまで愛してもくれていなかったじゃないか。困った時に手を差し伸べてくれる人など1人もいなかった。女なんて調子の良い時だけ近づいてきて、俺を暇つぶしに使っていただけだ。出版社のブースで気落ちしながらダメ出しをくらっていたら、急に辺り一面が光って、ライオット・レオハードに憑依した。ライトノベルをひたすらに書く毎日を送ってたせいか、俺は異世界に転生したとすぐ判断した。あの時の俺はラノベ作家として成功することしか考えてなくて、ひたすらに異世界の情報を集めた。しっかりとモデルがいるから魅力的な登場人物が書ける気がした。兵士達は不幸皇子ライオットに気を遣って言いづらそうにしていたが、6歳の弟に乗り換えた強欲美女が気になって仕方なかった。一時的な記憶喪失を装い、とにかく彼女を中心とする人物の詳細を集めた。女性不信を最高に極めていた俺は彼女を徹底的に悪として書くことにした。俺の知っている女の強かさやズルさを詰め込んでやろうと思った。物語の中で思いっきり破滅させてやることで、俺を傷つけた女という存在そのものに復讐してやろうと思った。アラン君は自分の一番の後ろ盾であるカルマン公爵家を粛清しただけではない。皇帝に即位するのと同時に公の場で紫色の瞳の逸話も完全否定してしまった。彼が自分の立場を弱くすることを自らしていることが心配だった。俺の心配をよそに帝国の領土はとてつもないスピードで拡大していった。俺はその都度、帝国外の国に引越しをした。どこにいっても豪邸暮らし
『赤い獅子』での、アラン・レオハードは何にもできない世間知らずのおぼっちゃまだ。美しい婚約者エレナの言うことを疑うことなく、何でも聞いてしまう愚かな男。俺は以前ライオットに憑依した時、伝え聞いたアラン君の境遇は恵まれ過ぎていた。自分でも気がつかないうちにアラン君に嫉妬していて、こんな酷いキャラクターにしたのだろう。本当の彼は、とてつもなく聡明でライオットに対しても深い愛情を持っていた。忙しいだろうに、ライオットが寂しくないようにと毎週のように長文のお手紙をくれる。アラン君の人柄を表すような優しい文字と文章に俺は癒されていた。そして、それと同時に毎日のように考えてしまう松井えれなを少し恐ろしく思っていた。アラン君の婚約者の体を借りながら、勝手に他の人間に恋をして脱獄の手引きをして正体を明かす。アラン君にとって彼女は地獄の使者のような存在だろう。なぜ、彼女が剣を携えた騎士の中で自分の正体を明かしたり、好きな男を思い危険を顧みず脱獄の手引きをできたのか考えた。アラン君の最愛のエレナ・アーデンの体に入っていたからだ。そんな可能性を知りつつ彼女が自由に降り回っていた可能性に辿り着くと純粋で無鉄砲なだけではない松井えれなが余計に気になってしまった。21通目のアラン君の手紙から細かすぎる感想付きの年表のような展開がはじまった。この体の主ライオットとアラン君の出会いから時系列に沿って書かれていた。アラン君は0歳の時から、周囲の人々が話す言葉を完全に理解していたようだ。彼は全ての会話の内容を覚えていて、その時自分がどんなことを感じたかが書かれていた。ユーモアのある、優しい兄上が大好きで恋しいというのが行間からひしひし伝わってきた。アラン君は本当に兄ライオットに対して過保護だった。「兄上、パンツは履いていますか?」と書かれていた時には、ライオットは3歳児か何かなのかと笑いそうになった。アラン君はものすごく警戒心の強い子のようだった。「兄上、周囲の人間はみんな詐欺師です。親切な人はみんな兄上を陥