小さい頃から、俺、三池勝利は賢かった。
三兄弟の長男として生まれたが、弟たちの自慢の兄であり、両親の自慢の息子であった。小学校5年生の時、学校の前で無料で模試が受けられるというチラシが配られていた。
週末一緒にサッカーをする予定だった友達がその模試を受けるというのに誘われて、受けた模試で何と俺は全国で7位をとってしまったのだ。その後、授業料無料で特待生として迎えると言われて塾に通うことになった。
サッカーの時間が削られるのが嫌だと感じたのは初めだけだった。その後サッカーが上手い転校生が入ってきて、俺様を讃える声が激減し、俺は勉強に専念することにした。
俺はこっち側の人間だったのか、サッカーは脳筋たちに任せよう。
塾での勉強は格段に難しかったが、だからこそ攻略しがいがあった。特に、算数はパズルのようでゲームをクリアするような感覚が好きだった。
「俺の子じゃないだろ、できがよすぎるー!」
派手な金髪の父は俺の成績表を見ては大げさに褒め称えた。「そうよー! 実はこの人の子なのー!」
ノーベル賞を受賞した爺さんを指差しながら、派手な赤髪の母が言う。 両親は美容師で仕事でも家庭でも24時間一緒なのに物凄く仲が良い。「兄ちゃん本当にすげー!」
興奮気味に弟たちが、称えてくる。 「兄ちゃん、かっこいー!」 俺は弟たちのヒーローであった。中学受験も塾に言われてトップの男子校を受けたが合格。
でも、俺は徒歩圏の共学の進学校に進学した。もったいないと言われたら、「近いから」と某少年漫画のキャラクターのようにクールに返した。
中学に入学したらモテて仕方ないだろうなと、入学前から悩んでみたりした。そんな俺の快進撃は中学最初の定期テストで撃沈する。
お前ら今までどこに隠れていたんだと思うくらい頭の良い奴が多かった。 いつも一番で誉められ続けていた俺が上位にくいこんでおらず落ち込んだ。しかし、地元で有名な進学校の制服を着ているだけで家族も近所の人も羨望の目で見てくる。
「あら、将来は東大生ね」 なんて知りもしないおばちゃんから声を掛けられたりした。毎日のように学校内で感じさせられる劣等感に耐えきれず、
いつしか、校則が緩いのを良いことに髪を金色に染めてお調子ものキャラクターとして定着した。 「さすが、俺の子、カッケー髪型だな」 新しい髪型も、学校では浮いたが家族には好評だった。「もっと、派手でも良いくらいよ。」
赤髪の母よりは地味である自覚はあった。「兄ちゃん、スーパーサイヤ人みたい。」
複雑な俺の感情とは裏腹に家族の俺への期待は変わらなかった。 「兄ちゃん、カッケー!」学校の勉強のスピードは驚くよりも早く、高校2年生には高校でするべき勉強を全て終えていた。
その頃には、すっかり進学校の深海魚として定着した。 「浪人すればよくね」 みたなことを言い合いながら、少しグレた連中とつるんでた。高校の最終学年のクラス替え、俺は松井えれなの後ろの席になった。
彼女はちょっとした有名人で、建学以来の才女と呼ばれていた。「同じ班だな。宜しくな。俺、三池勝利、勝利を呼ぶ男」
ミーハーな俺は有名人の彼女と仲良くしたかった。「よろしく」
初対面なのにそっけなく返された。 他の奴に同じようにされたら頭に来るのに、 なんか、そのそっけない反応も良いなんて思ってしまった。それから気がつくと目で彼女を追っていた。
目が合うと嬉しくて、その日少しでも会話できればその会話を何度も頭の中で繰り返した。 秋も深まったある日、松井の進路希望の紙をなんとか覗くと第一志望のところに東京大学理科三類と書いてあった。俺も彼女と同じ大学に行きたいとおもって、進路希望の用紙にでっかく東大と書いた。
即、担任に呼ばれた。「東京の大学ってことか、大学はいっぱいあるからなー」
何が言いたいのか分からないことを言われたが、その日から俺は必死で勉強した。そして2学期の期末テスト、俺はなんと深海から脱出し浅瀬の魚になることに成功したのだ。
次はトビウオになってやると意気込んだ矢先、俺の順位を知った友達が騒ぎ出した。「お前、カンニングしただろー!」
意外なことを言われて驚き絶句した。「前の席、松井だもんな見たんじゃね」
声の大きい連中だったので、クラスがざわついた。先生が教室に入ってきてその様子を見て、
「こんな大事な時期に静かにしろ、で、本当のところどうなんだ三池?」からかうように聞いてきた。お調子者キャラでいたツケなのか、俺はこんな信じられない言動も受け入れなければいけないのかとショックを受けた。
「先生、カンニングなどするわけないでしょう。それでは学習の意味がありません。受験に合格するため、定期テストの役割は弱点を見つけることでしょ」
松井の凜とした声が響いた。
その一言で教室は静まり返り、すぐに授業がはじまった。「あの、松井ありがとう⋯⋯」
俺は小声で話しかけたが無視された。 その反応がまるで礼を言われる程のことではないといっているようで、俺はますます彼女に夢中になった。そして、東大合格発表の日、俺は自分の不合格を知った後、運良く、松井を見つけた。
わずかに嬉しそうな表情でスマホを操作している彼女。
松井は合格したに違いない、俺は告白しようと思った。理系なんか男子がたくさんいるから、きっと彼女を取られてしまう。
やっと、彼女に駆け寄って追いついたその時、すごいスピードの車が彼女に近づいてきたのが見えた。
俺はとっさに彼女を助けようと思いっきり道路に飛び込んだ。目を開けると、そこは西洋風の豪華な椅子が並べられた会議室だった。
周りを年配の男性に囲まれている。 「王の不在は民の不安を招きます。即刻王太子殿下には即位して頂き、戴冠式は2週間後に行います」俺は、瞬時に自分が転生したことを理解した。
全員水色の髪に水色の瞳をしている。美容師の息子として様々な髪色を見てきたが、年配のおっさんたちがこっぞって水色はありえない。
ここは、ラノベ『赤い獅子』に出て来るエスパル王国だ。そして、俺は悪名高い独裁者であり次期国王であるクリス・エスパルになっていた。
クリスは王位継承権を持つ唯一の存在だ。というのも、彼女の母親がこれまた悪女で側室の産む子を赤子のうちに葬ってきたからだ。
28歳で王位についたクリスは、帝国を手に入れるという野心を持ち度々他国に戦争を仕掛ける。単一民族国家であるこの国は、エスパルの人間こそ選ばれた民で他はゴミ的なありえない思想があり、
小さい頃からの愛国心をもつ教育が施され、全ての男女に兵役義務がある。女も戦う、ある意味男女平等だ。
しかし、人権はほぼなく、妊娠してでもいない限り兵役は免れない。本当は戦争になど行きたくないというのが国民の本音なのだろう、
兵役逃れに妊娠し続ける女や、妊婦のふりをする男までいる。 出生率は非常に高いため兵士の数も多く、数と汚い戦法で主人公を困らせるやばい国だ。18歳なのに28歳に転生するなんて、
俺は10年分損した気分になった。どうせなら、帝国の皇太子アランに転生したかった。
12歳なんて俺史上の最盛期、俺なら破滅しないでエレナ・アーデンと幸せになれると思ったからだ。主人公とはいえ、ライオットになるのは戦争が怖いし嫌だった。
エレナ・アーデンは俺の最推しキャラだった。
松井と同じ名前というのも運命を感じたし、何よりクレオパトラもびっくりの悪女っぷり。それからその飛び抜けた賢さ、野心。
痺れる程かっこいい女だと思った。結局、主人公ライオットによって破滅させられるが、
彼を度々惑わし、窮地に追い詰めたのは彼女だった。 アランもほとんど貰い事故みたいな形でエレナと破滅してしまう。最も嫌われ、最も熱狂的なファンがいるのがエレナ・アーデンだった。
アニメ化でエレナを演じる声優さんの人気もあり、金を出すファンがついていると見なされたエレナ・アーデンは、 『悪女エレナ・アーデンの自戒』というスピンオフまで予定されていた。最も、その発売日前におれは『赤い獅子』の世界に飛んでしまった。
楽しみにしていたエレナ様へ貢ぐ機会を失ったってしまったのだ。クリス・エスパルになった以上、まずやるべきことは帝国との開戦を避けるべきだと思った。
俺はこの侵略戦争がうまくいかないことをわかっているし、そもそも戦争なんてするべきではない。それに、この戦争の失敗の責任の全てを背負い処刑される俺の運命にまず逆らわなければならない。
独裁者と呼ばれる自分が提案すればその意見は通ると思った。「帝国侵略をやめたい?」
俺はこの国の宰相である第一の水色じじいヴィラン公爵に戦争を止めるよう提案した。 いかにも、悪そうな感じだが独裁者である俺様の言うことなら聞くだろうと思っていた。 しかし、彼の反応は俺の予想とは全く違っていた。「愚かな帝国民の浄化は急務です。エスパルの民もそれを望んでいます」
クリス・エスパルは独裁者だったはずなのに、ヴィラン公爵は高圧的態度を俺にとってくる。「いや、でも実際みんな戦争で家族を失ったりするのは嫌だろう。目の前の大切な人との幸せな暮らしより大切なものなんてないんじゃないか?」
一瞬、彼の態度に怯んだが、俺は自分の思いを語った。
「ハッハッハッ!エスパルの民にそんな軟弱なものなどおりません。世界をエスパルの手にしないと、不浄の帝国民により土地は汚れるばかりでしょう」
ヴィラン公爵は高笑いした。俺は全く面白い事を言ったつもりもなく、真剣に話をしているのに。
すると、そっと俺の耳に囁いてきた第二の水色じじいがいた。
「それくらいにしておいてください。陛下もお父上のようになるのはお嫌でしょう。」血の気がひくとはこのことだ。
主人公ライオット視点で書かれた『赤い獅子』では野心家な独裁者だったはずのクリス・エスパル国王は、 お飾りの国王だった。 そして失敗があれば全ての責任を負わされ処刑され、意にそぐわぬ事があれば秘密裏に殺される。「申し訳ない、即位のことで頭がいっぱいで混乱しておかしなことを言ってしまった」
俺は慌てて取り繕った。「お父上があのように亡くなられたのです。心中察するにあまりあります」
ヴィラン公爵はそのように俺に頭を下げると、それまで俺に注目をしていた複数の水色の目も消えていった。即位を終え、バルコニーに出てエスパルの民に手を振るように言われた。
なんとか現状をポジティブにとらえようとしても、なかなか難しく鉛のように重い足を動かしバルコニーに出た。「国王陛下万歳! エスパル王国に栄光を!」
あたり一帯水色におおいつくされ、期待にあふれたような、狂ったようなその叫びに囲まれた。 その水色の海に堕ちて、深海に潜ってしまいたくなった。溢れるばかりの期待の目、虚勢を張っても実は大した力もないところが、クリス・エスパルと俺はそっくりだと思った。
戴冠式、各国のお偉いさんが集まった。
帝国からはアラン・レオハードが出席するとの事だった。 敵国とも言えるエスパル王国によく来るなと思った。まあ、アランの護衛に集中する帝国軍のすきをついて、
帝国に侵略戦争をしかけようとするけど、計画が漏れててライオットに負けるんだよな。俺の隣に座るヴィラン公爵に第2の水色じじいが耳打ちしたのが聞こえた。
「エレナ・アーデン侯爵令嬢を捕らえるのに失敗しました」 淡々と公爵が次の指示を出す。「了解した。プロジェクトFに作戦を変更しろ」
作戦がたくさん用意されているようだが、俺は国王なのに蚊帳の外だ。 「御意」エレナを人質にする計画なんて進んでいたのか、
俺はぼんやりと考えた。 バカだな、エレナはお前らなんかに何とかなる女じゃねーよ。心の中で悪態をつく、もう、何を言ったらヴィラン公爵の気を損ねてしまうのか分からなくて声を発するのが怖くなっていた。
おしゃべりなはずの自分がこんなに大人しくなるなんてな。思わず笑いがこみ上げて来る、国王である立場なのに何の作戦も知らされていない。
「レオハード帝国、アラン・レオハード皇太子殿下とエレナ・アーデン侯爵令嬢のおなーり」
入場を伝える声とともに入場してきたエレナに驚いた。エレナがつんつるてんの安っぽいドレスを着ている。
とても、帝国の皇太子の婚約者が着るドレスではない。 ピンク色のヒラヒラのドレスは丈も短くエレナらしさもなく合成写真のようだ。エスパル王国との侵略戦争はエレナの企みを邪魔するものではなく、むしろエレナはその侵略戦争も利用しようと考えてたので、エスパル王国の暴挙をあえて放置していたと書かれていたはず。
何かの策略が隠れているのか、あの姿にも。
もしや、あの短いドレス丈は身の丈を知れという意味なのか?ピンク色のヒラヒラはよく見ると花びらを形どっている。
帝国に侵略戦争を仕掛けるなど頭の中お花畑かということなのか?間違いなくエスパル王国への挑発行為だ。
実はエスパル王国の帝国への侵略もエレナの思惑によるものだったのか。エレナに恐怖心を感じつつも、今の状況を打開するには彼女に近付くしかないと思った。
小説の中でも彼女がラスボスの悪女だからだ。なんとか興味を引かねばと自分の最大の武勇伝を話したつもりだった。
彼女の正体が松井えれなだとわかると、嬉しさに興奮してしまった。最近、恐怖のあまり誰とも話さず眠れなかったせいか、何を話したかも覚えていない。
ただ、戦争をやめるよう彼女から言われた途端、無力な自分が恥ずかしくて、いつものようにおちゃらけてしまった。
それが、彼女を怒らせたと気づいた時はエレナ・アーデンの特徴とも言える眩いばかりの金髪を握りしめていた。
「国王陛下、我が帝国の令嬢が失礼を致しました。ただ、道中、思いもよらぬことがあった為、彼女も困惑しているようです」
ふと、声のする方をみると燃えるような赤い髪に怒りを抑えるような黄金の瞳で俺をみる主人公ライオット・レオハードがいた。
俺は剣を当てられている彼女の状況に気づき慌てて剣を納めるように周りのエスパル王国の騎士たちに伝えた。「侯爵令嬢はお疲れのようなので、この辺りで失礼しても宜しいでしょうか?」
目の中に獅子が住んでいるようなライオットの圧のある眼差しに、俺は思わず何度もすばやく頷いた。 そして、ライオットに連れてかれる彼女の姿を見送った。ライオットがいた。
俺にとってはここに主人公がいるのは想定外だった。なぜなら、彼の視点で書かれた原作小説によると戴冠式の裏でエスパル王国の侵略がはじまり、
悠長に宴会に参加する弟のアランと対照的に奇襲するエスパル軍と戦っていたはず。それに、エレナ・アーデンに複雑な気持ちと憎しみを抱えているはずなのに、
彼女を見つめるライオットの瞳には俺に対する攻撃的なものとは違い、 心配や労りみたいな優しいものが含まれていた。松井は、運命を変えているのか?
原作小説も知らないみたいなのに、むしろ知らないからこそなのか。 どちらにしてもやっぱり俺の好きになった女はすげえ女だ。おちゃらけてないで真剣に話そう、彼女なら良い現状打開策を出せるかも知れない。
ヴィラン公爵の目があり自由に動けない。 これが、彼女に会うラストチャンスなのかも知れない。告白、しよう。
しっかりと、ずっと呼んでみたかった彼女の名を呼んで。 実は、ずっとポジティブに捉えようと思っていたが彼女に苦手意識を持たれてるのはわかっていた。告白の成功率なんてE判定だろう。
それでも関係ない。 告白したからといって気まずくなるようなことはおそらくない。 彼女の性格からして必要ならば、苦手な相手だろうと接して来るだろう。今の俺は原作を知っている。
彼女が破滅を逃れるのに作戦を練るには十分な情報を与えられる。今まで相手にされなかったのは俺が彼女にとって必要のない人間だったからだ。
少し切ないけれど事実だ。 俺は周りの騎士たちに解散するように命令した。「そういうわけには行きません。」
騎士たちが拒否の姿勢を示してくる。 「これは王命だ」これから、一世一代の告白をするんだ。
見えない何かにびびってなんかいられない。 騎士たちが解散したのを見届けるとエレナが去って行った方に走った。「あら、残念。」俺はイヤホンから聞こえた、エレナ・アーデンのサンプルボイスに恐怖のあまりイヤホンをはずしてしまった。声だけで男を誘惑できる。超人気声優さんらしく、見た目が可愛いらしい。でも、この声優さんのスゴさは東京女らしいクレバーさだ。このセリフはエレナがライオットに無理な要求をして、初めてライオットが断った時のセリフだ。エレナはライオットに断られても別プランを持っているので、全く残念とは思っていない。だから、残念そうに言わないのが、このセリフを言う時の正解。適当に言われたことで、ライオットはエレナの要求をのまないと彼女に切り捨てられると思って焦る。結局、ライオットはエレナの無理な要求に従い、帝国に不利なことをしてしまう。このセリフをこんな風に適当に魅惑的に言うということは、脚本からライオットやエレナの関係性や心情の理解をしていないとできない。こんな声でこんなセリフを聞いたらオタクはいくらでもお金を貢いでしまいそうだ。この声優さんは東京で生き残るだけはある。可愛くて声が良いだけでは生き残れない、どういう風な話し方をすれば、人の気持ちを惹きつけるか常に計算している強かな女だ。俺の思っているエレナ・アーデンそのものだ。そんなことがあって楽しみにしていたアニメ第1話を見ようとしていた時だった。俺はオープニングを見た時点で今までにない、吐き気と冷や汗に襲われた。アニメのオープニングのクオリティーがとてつもなく高かったのだ。短期間でこれだけものを作ったアニメ制作会社の人たちを思い浮かべてしまった。きっと、俺のいたようなブラックな職場だ。やりがいを感じるように強制され、寝る間も惜しみ仕事に没頭させられる。『赤い獅子』はネタ元があったから書けた。その上、メディア界のフィクサーにエレナが気に入られたから運良くヒットした。フィクサーのおじさんのように成功していると美女に振り回されたい願望でも出てくるのだろうか。俺はもう強かな東京女に振り回されるのはたくさんだ。
エレナ・アーデンに憑依していたという松井えれなちゃんだ。「本当にとんでもなくバカな子なんだろうな。」そう、きっと彼女はとんでもなく愚かで本能に正直な子だ。だけど、自分自身が異世界だろうと主役であるふるまいができる子。そして実は強かなたくましさのある子に違いない。自分の婚約者の兄の脱獄を手引きしようとしたんだ。あんな完璧ボーイのアラン君より、パンツを履いているか心配のライオットが好き?にわかには信じがたい、男の趣味が悪すぎる。恋愛経験がない恋に恋する女の子なのかもしれない。赤い髪に黄金の瞳をもったワイルドな見た目。「ワイルド系が受けるのは若い時だけなんだよな。経験を積めば、包容力のある男の方が良いってえれなちゃんも分かるだろうに。」俺がライオットに憑依した時、彼はルックスも含めてティーンに受けそうな主人公だと思った。登場人物の見た目も含めて参考にさせてもらった。でも、松井えれなちゃんは俺のようなニートではない。異世界に1度目憑依した時は30分くらいだった。それでも、異世界では自分の世界以上にいる時いじょうの無力感を感じた。自分の世界で何もできない人間が異世界に行って何ができるのだろう。今も前にライオットに憑依した時も俺は何もかもが違うこの世界で何かできる気がしない。松井えれなちゃんが異世界でやらかしたと言うことは、彼女が自分の住む世界である程度の万能感を持って暮らしている人間だということだ。そうでもなければ、全く常識も何もかも通用しない世界でやらかすことさえできない。その上、手紙から察するにアラン君以外松井えれなちゃんがエレナ・アーデンのフリをしていたと誰も気づいてなかったとのこと。ものすごく本能的なバカに見えるけど、完璧令嬢エレナのフリをできるレベルだったということだ。俺がパンツもはいてるかわからないライオットのフリをしているのとは次元が違う。それに、アラン君の手紙の20通目までに書かれていた松井えれなの行動記録。たった2ヶ月のことなのに、凱
兄上、帝国に兄上を迎える準備が整いそうです。また、兄上とお話しできるのを楽しみにしています。アラン君の268通目の手紙の最後にそう書いてあった。俺はその言葉に震撼した。俺は彼と会うわけにはいかないのだ。彼は絶対に俺が本物のライオットではないと気がつくだろう。彼は俺が本物の兄ではないと気づいても大切にしてくれると思う。どれだけ彼が器の大きい優しい男かは知っている。しかし、彼はとんでもなく過保護で重い愛を兄に対して持っている。俺にも7歳年下の弟がいるが、もっとドライな関係だ。東京に出てからは盆暮れ正月に会うくらいだ。連絡なんて取り合わないし、年の離れた男兄弟なんてそんなもんだと思っていた。アラン君の兄への想いは、とてつもなくウェッティーだ。なにせ、俺は本物でないことがバレないように1度も手紙の返事をだしていない。それにも関わらず、毎週のように手紙を送ってくる。本物の兄が自分の知らない異世界にいるなんて知ったら、彼は心配のあまり卒倒するのではないか。手紙でアラン君に俺は島生活が気に入っているから帝国に戻りたくないと伝えれば良いかもしれない。でも、ライオットがどういう手紙の書き方をする人物なのか分からない。筆まめなアラン君のことだ、兄弟間でお手紙回しをしていたかもしれない。俺はこの優雅でのどかな生活に甘えていた。弟のアラン君のヒモか現地妻のようなポジション。彼から惜しみない愛を注がれている。傷ついた心を癒されて、今なら普通に東京でまた頑張れそうだ。俺はのんびりした生活で日本での生活を忘れそうになっていた。だから、アラン君の年表ラブレターを見習って自分の日本での生活を書き留めていた。今まで俺が生きて来た自分史みたいなものだ。地方出身の男が東京に夢見て、その非情さに打ちひしがれる話だ。それを出版して、あとがきに俺からアラン君へのメッセージを書いて俺の動向をチェックしてそうな彼に伝えようと思った。「島生活は執筆活
この世界そのものが一夫多妻制で、男尊女卑な傾向があった。しかし、アラン君の行った改革によって急速に男女平等に傾いていった。年齢も性別も関係なく能力によって要職に就けてしまうのだ。貧乏貴族令嬢や貧しい平民が家のために、望まぬ結婚をしなくてもすむ道筋が作られていた。貴族間においても、恋愛結婚する人も増えて来た。ほどなくして、北部の3つの国も帝国領となった。俺は、その1つの国に1時的に身を置いていたことがあった。驚くことに国民たちはエスパル王国が帝国領になったことで豊かになったのを見て、自分の国が帝国領になることを期待していた。愛国心より、自分の生活が豊かになることの方が大事なのだ。エスパルの出身者が帝国において一切の差別を受けておらず、能力さえ示せれば夢のような生活を送れることを示していた。帝国史を学んだり、帝国の要職試験への対策をすることがブームになっていた。そしてその国も、帝国領となり、俺はまた帝国外に移動した。アラン君に判断してもらうことを、人は平等な判断と思うようになっていた。アラン・レオハードという神の前で人は平等で、彼が献身的に帝国民に尽くしているのは誰の目にも明らかだった。彼が同等の権利を与えているエレナ・アーデンも女神のように思われていた。最初はアラン君は幼く皇帝としてどうかと不安を持たれていたらしい。俺の見た彼の姿は地上に舞い降りた天使の子だったからわかる。その外観からは彼を愛でたいという感情は湧いても、彼に従いたいと思わせるのは難しかっただろう。人々の生活を目に見えて変えることで、アラン君は自分が皇帝という地位にふさわしい人間だと納得させていったのだ。今は誰もがひれ伏すほどの絶世の美男子になっていて、その姿が余計に彼を余計に神格化しているようだった。毎週のように届くアラン君の手紙には、いつも花の種が入っていた。その花を育てるのが俺の楽しみだった。「さあ、次はどんな赤い花が咲くのかな?」水をあげていると、とても優しい気持ちになれた。いつ
「登場人物が生きてないんですよ。」2作目もダメ出しをくらった。心理描写については1作目より褒められたが、キャラクターに魅力がないらしい。それは、そうだ俺自身が女や人間に失望している。そんな俺に魅力的なキャラクターなど書けるはずもない。適当な甘い言葉にフラフラする薄っぺらい人間しか俺には書けない。人間という存在に魅力を感じていない、今すぐ人間をやめて鳥にでもなりたいくらいだ。俺の信じた人間は、結局俺のことをそこまで愛してもくれていなかったじゃないか。困った時に手を差し伸べてくれる人など1人もいなかった。女なんて調子の良い時だけ近づいてきて、俺を暇つぶしに使っていただけだ。出版社のブースで気落ちしながらダメ出しをくらっていたら、急に辺り一面が光って、ライオット・レオハードに憑依した。ライトノベルをひたすらに書く毎日を送ってたせいか、俺は異世界に転生したとすぐ判断した。あの時の俺はラノベ作家として成功することしか考えてなくて、ひたすらに異世界の情報を集めた。しっかりとモデルがいるから魅力的な登場人物が書ける気がした。兵士達は不幸皇子ライオットに気を遣って言いづらそうにしていたが、6歳の弟に乗り換えた強欲美女が気になって仕方なかった。一時的な記憶喪失を装い、とにかく彼女を中心とする人物の詳細を集めた。女性不信を最高に極めていた俺は彼女を徹底的に悪として書くことにした。俺の知っている女の強かさやズルさを詰め込んでやろうと思った。物語の中で思いっきり破滅させてやることで、俺を傷つけた女という存在そのものに復讐してやろうと思った。アラン君は自分の一番の後ろ盾であるカルマン公爵家を粛清しただけではない。皇帝に即位するのと同時に公の場で紫色の瞳の逸話も完全否定してしまった。彼が自分の立場を弱くすることを自らしていることが心配だった。俺の心配をよそに帝国の領土はとてつもないスピードで拡大していった。俺はその都度、帝国外の国に引越しをした。どこにいっても豪邸暮らし
『赤い獅子』での、アラン・レオハードは何にもできない世間知らずのおぼっちゃまだ。美しい婚約者エレナの言うことを疑うことなく、何でも聞いてしまう愚かな男。俺は以前ライオットに憑依した時、伝え聞いたアラン君の境遇は恵まれ過ぎていた。自分でも気がつかないうちにアラン君に嫉妬していて、こんな酷いキャラクターにしたのだろう。本当の彼は、とてつもなく聡明でライオットに対しても深い愛情を持っていた。忙しいだろうに、ライオットが寂しくないようにと毎週のように長文のお手紙をくれる。アラン君の人柄を表すような優しい文字と文章に俺は癒されていた。そして、それと同時に毎日のように考えてしまう松井えれなを少し恐ろしく思っていた。アラン君の婚約者の体を借りながら、勝手に他の人間に恋をして脱獄の手引きをして正体を明かす。アラン君にとって彼女は地獄の使者のような存在だろう。なぜ、彼女が剣を携えた騎士の中で自分の正体を明かしたり、好きな男を思い危険を顧みず脱獄の手引きをできたのか考えた。アラン君の最愛のエレナ・アーデンの体に入っていたからだ。そんな可能性を知りつつ彼女が自由に降り回っていた可能性に辿り着くと純粋で無鉄砲なだけではない松井えれなが余計に気になってしまった。21通目のアラン君の手紙から細かすぎる感想付きの年表のような展開がはじまった。この体の主ライオットとアラン君の出会いから時系列に沿って書かれていた。アラン君は0歳の時から、周囲の人々が話す言葉を完全に理解していたようだ。彼は全ての会話の内容を覚えていて、その時自分がどんなことを感じたかが書かれていた。ユーモアのある、優しい兄上が大好きで恋しいというのが行間からひしひし伝わってきた。アラン君は本当に兄ライオットに対して過保護だった。「兄上、パンツは履いていますか?」と書かれていた時には、ライオットは3歳児か何かなのかと笑いそうになった。アラン君はものすごく警戒心の強い子のようだった。「兄上、周囲の人間はみんな詐欺師です。親切な人はみんな兄上を陥