「全く何を考えているのですか、侯爵令嬢らしくない。国際問題になりますよ」
ライオットがバッサリ切った髪の毛先を撫でて来る。
周りを見渡すと人気のない庭園の外れまできたようだ。 妖しい光をはなつ王宮が少し小さく見える。「ごめんなさい。感情的になってしまったわ」
素直に謝ると頭をポンポンとされた。
そんな事、誰かにされた事ないので気恥ずかしくなる。「まあ、大丈夫だよ。何か言われたらお祝いに駆けつけたのに奇襲しされて人質にさせそうになり困惑していたのですわ、って言えばいいよ」
ライオットが彼らしくなく私の口真似をしながらおどけたように言うものだから、思わず私もくだけた返事をしてしまった。
「うん、わかった」
なぜだか彼の前にいると素の自分になってしまう。
完璧令嬢エレナとはかけ離れた姿を見せてしまっているようなのに、私の正体に疑問を感じないのだろうか。6年程前までは頻繁に会っていたとメイから聞いた。
私が何かおかしな事をしても、それは6年の月日が経ったからだと思っているのだろうか。まあ、婚約者乗り換えみたいな真似をしたエレナを憎むのは当たり前だし、憎まれ口を叩きながらも困った時には助けてくれる彼は優しい人なんだろう。
さすが、主人公だな、そんな事を思っていると自分でも場違いな発言をしていた。
「コットン令嬢とは長いんですか?」
鳩が豆鉄砲をくらったような彼の表情を見て私はおかしな質問をしたことに気が付いて気恥ずかしくなった。「アランと侯爵令嬢よりは短いよ」
彼が少し意地悪そうな笑みを浮かべながら返してくる。「優しくて、正義感に溢れて素敵な令嬢ですよね」
ヤキモチを焼いていると誤解されてはどうしよう。言葉が明らかに脳を通過してない。これ以上は黙った方が良い。
「まあ、そうだな⋯⋯」
同意しただけなのに、彼が他の令嬢を誉めている事実に心臓が締め付けられる。「2人ともとってもお似合いです。似たもの同士惹かれ合うのですね」
ライオットの表情が曇ったように感じた。もしかして、似た者同士という意味が血筋の似た者同士という意味として捉えられたんじゃないだろうか。
「2人とも優しくて、正義感に溢れています。磁石のように惹かれあったんですね」
そう、私が言及したのは2人の人間性についてだ。「磁石というなら、違う極同士で惹かれあうじゃないのか?」
気がつくと、またライオットは私の髪の毛先の方を撫でていた。あまりの擽ったさに身をよじる。
この雰囲気はよろしくないわ、流れを変えよう。「私の突拍子もない発言にも、いつも落ち着いていられるんですね。さすが皇子殿下ですわ」
自分でも思ってもない発言をしているのに、返答している彼は動揺したそぶりがない。「驚くこと言うのは昔からだし、侯爵令嬢の行動も昔から不可解なものが多いからな」
少し困ったようにライオットが笑う。「親を殺された子は殺した相手を殺しても良いのですよって言った時に次ぐ不思議な言動だったかなさっきのは」
一瞬にしてうるさかった心臓が氷ついた。彼の親、おそらく踊り子の母親のことだろう。
(殺されたの? そしてエレナは殺人教唆をしようとした?)「エレナ!」
振り向くとそこに、暗く沈んだ紫色の瞳をした少年アランがいた。「兄上、エレナがお世話になったようで、ありがとうございます。彼女は長旅で疲れているようなので失礼します」
冷ややかさと威圧感を感じるその声は帝国の皇太子らしさはあったが、いつものアランの柔和な声とは違っていた。 今はアランのフォローをした方がよいと感じた私は、ライオットに挨拶をするとアランにエスコートされその場を去ろうとした。しかし、それは場違いなあの男の叫びで叶わなかった。
「えれなー!好きだー!」
すごいわ。 三池、エスパル国王になって魔法が使えるようになったのね、場が凍りついたわよ。 らしくもなく現実逃避しかけたが、アランの怒りを隠しきれなくなった声に我に返った。「エスパル国王、その髪はなんですか?」
エスパル国王の手には私がさっき切り落とした眩いばかりの金髪の髪が握られている。
(もしかして、アランは大好きなエレナの髪を切られたと思ってこんなに怒ってる? 早く弁解しないと⋯⋯)「お客様にお似合いの髪型を提案しようと思いまして⋯⋯」
恐ろしいほどトンチンカンな回答をエスパル国王はしていた。
国王の仮装をした三池にしかもう見えない。「一国の王ともあろう方に理容師のようなことをさせるとは、私の婚約者も恐縮しています。長旅で疲れも出ていますのでこれで失礼をさせて頂けますでしょうか?」
さすが、帝国の皇太子だ。動揺もせず涼しげな声で返す。
アランはぐいっと、私の肩を抱いてその場を去った。 身長差があるから、かなり厳しい体勢だし痛い。「悪女だから、エレナ・アーデンは、クレオパトラみたいな悪女だからー!」
後ろからエスパル国王の叫びが聞こえる。 ライオットがどんな顔をしているのか確認したかったけれど、なぜだかできなかった。「エスパル国王とは関わるな」
用意された部屋に入るなり珍しく強い命令口調でアランは話し出した。「帝国とエスパル王国は戦争になる」
アランが沈んだ紫色の瞳をしながら続けた。 「その戦争はなんとか避けられませんか? エスパル国王と会談を設けませんか?」「奇襲にあっただろう、話が通じる相手ではないというのが分からないのか?」
少しカチンときたバカにしているようなもの言い、こんな扱いされたのは初めてだ。「エスパル国王はまっすぐな方です。話せば分かり合えるかと思いますが⋯⋯」
だって、正体は三池だ、ただのバカだ。「まあ、独裁者だからまっすぐではあるだろうな。好みのタイプだったのか?」
さっきから、私は誰と話しをしているのだろう。今まで私が知っていたアランとはかけ離れた言動の数々に絶句する。
「婚約者がいるのに、他の男を庭園に誘い出す尻軽な侯爵令嬢なんて聞いたことがない」
エスパル国王が私と同じ世界から憑依した人間だと説明した方が良いのだろうか。私が口を開こうとするより、先にアランが怒鳴り声をあげた。
「しかも、他国の王だ。クレオパトラとはなんだ。2人で考えた暗号か何かか、そなたはエスパル王国のスパイか?」一度落ち着かせないと私の言葉は届かないだろう。
「申し訳ございません。私が浅はかでした。」屈辱だ、こんな小学生みたいな年下の子に頭を下げるなんて。
「しかも、兄上にも近づいているのか? どれだけ男好きなんだ?」
私を非難し続ける彼を止められる術が全く思いつかない。 こんなに叱責された経験がなく思考がどんどん停止していく、何かを言わなければ。「ライオットは私を助けてくれただけで⋯⋯」
慌ててライオットのことをフォローをした。「そなたが兄上を名前で呼ぶのを初めて聞いたよ」
私は俯き、黙った。今は何も言わない方が良い。
私の頭が働いていないから、不用意な失言をしてしまいそうだ。主人公だから、心の中でいつもそう呼んでいたからつい名前で呼んでしまった。
そんなくだらないミスをするなんて悔しい。「エレナなら、絶対、そんなことをしない。エレナは絶対、兄上を選ばない」
少し泣きそうな叫びになってきたアランを私は思わず凝視する。 いつもアメジストのようにキラキラしている紫の瞳に一切の光がない。「だって、兄上は皇帝になれない。エレナは絶対私を選ぶ」
どういう意味だろう、アランはずっとエレナは完璧だの誤解されやすいけど優しいだの誉めてきた。 それは、彼女の内面を賞賛する言葉だと思っていたのに。しかし、今のアランの本音のような言動から察するとエレナは皇帝の妻になりたくて自分と一緒にいると認識しているように聞こえる。
私はようやく動き出した頭で考えを巡らせた。
それが、6年程、エレナと一緒にいて感じたアランの本音なのだろうか。私が黙っていると、
「そなたが悪女というのだけはエスパル国王に同意するよ」 そんな捨て台詞を吐いて彼は部屋を出て行ってしまった。こんな時こそ冷静にならないと、私は今ある情報を整理することにした。
彼を追いかけたところで今はプラスには働かない。「クレオパトラ⋯⋯」
三池はなんとか私に原作の内容を伝えようとしたんだろう。 告白は余計だったけれど、もう会えないからかもと考えたのかもしれない。私の予想が当たっていれば国王による独裁国家というのは対外的なエスパル王国の姿で、
実際はヴィラン公爵の傀儡政権なのではないだろうか。現ヴィラン公爵が宰相の間に国王が3人変わっているのもおかしい。
扱いづらくなった国王を処分している可能性がある。もし、国王に独裁者として権力があるなら、
三池は慌てて告白してくるような暴挙に出ないはず、 乙女のように思いを温めて、片思いも楽しめるタイプの男だ。「駄犬だと思っていたけど、なかなか良いヒントをくれるじゃない」
つまり、ライオットを主人公としたこの物語の悪女はエレナ・アーデンだということだ。 エレナはマリーアントワネットのように時代に翻弄されるタイプではなく、目的のために周りを翻弄していくクレオパトラのような悪女だ。自分とクリス・エスパルの魂が同じだから憑依したというようなことを言っていた。
私とエレナ・アーデンが似ているとも。
三池の仮定が正しいければ、原作などなくても私はこのあとの小説の内容が想像できる気ががした。ずっと腑に落ちなかったことがある。
いくら血筋を重んじるとしてもエレナが6歳程年下の従兄弟のアランに乗り換えたこと。婚約する予定だったライオットを捨てて乗り換えるということは、悪評もそれなりにたつ。
帝国の成人年齢が18歳であることを考えると、アランと結婚するのは6年後。その頃エレナは24歳。
帝国の女性が成人してすぐに結婚することを考えると行き遅れだし、皇后になるのが目的だとしたらそんなに待てるだろうか。私なら待てない。目的は最短で果たしたい。
ライオットとの婚約をし、アランを引きずり降ろすことを考えるだろう。しかし、エレナはアランを選んだ。
皇后ではなく女帝になるためだ。誰かの奥さんという職業に魅力を感じる女もいるかもしれないが、私には全くその感情が理解できなかった。
皇帝の妻など、何の魅力があるのか、私なら確実に自分が女帝になろうとする。「あら、残念。」俺はイヤホンから聞こえた、エレナ・アーデンのサンプルボイスに恐怖のあまりイヤホンをはずしてしまった。声だけで男を誘惑できる。超人気声優さんらしく、見た目が可愛いらしい。でも、この声優さんのスゴさは東京女らしいクレバーさだ。このセリフはエレナがライオットに無理な要求をして、初めてライオットが断った時のセリフだ。エレナはライオットに断られても別プランを持っているので、全く残念とは思っていない。だから、残念そうに言わないのが、このセリフを言う時の正解。適当に言われたことで、ライオットはエレナの要求をのまないと彼女に切り捨てられると思って焦る。結局、ライオットはエレナの無理な要求に従い、帝国に不利なことをしてしまう。このセリフをこんな風に適当に魅惑的に言うということは、脚本からライオットやエレナの関係性や心情の理解をしていないとできない。こんな声でこんなセリフを聞いたらオタクはいくらでもお金を貢いでしまいそうだ。この声優さんは東京で生き残るだけはある。可愛くて声が良いだけでは生き残れない、どういう風な話し方をすれば、人の気持ちを惹きつけるか常に計算している強かな女だ。俺の思っているエレナ・アーデンそのものだ。そんなことがあって楽しみにしていたアニメ第1話を見ようとしていた時だった。俺はオープニングを見た時点で今までにない、吐き気と冷や汗に襲われた。アニメのオープニングのクオリティーがとてつもなく高かったのだ。短期間でこれだけものを作ったアニメ制作会社の人たちを思い浮かべてしまった。きっと、俺のいたようなブラックな職場だ。やりがいを感じるように強制され、寝る間も惜しみ仕事に没頭させられる。『赤い獅子』はネタ元があったから書けた。その上、メディア界のフィクサーにエレナが気に入られたから運良くヒットした。フィクサーのおじさんのように成功していると美女に振り回されたい願望でも出てくるのだろうか。俺はもう強かな東京女に振り回されるのはたくさんだ。
エレナ・アーデンに憑依していたという松井えれなちゃんだ。「本当にとんでもなくバカな子なんだろうな。」そう、きっと彼女はとんでもなく愚かで本能に正直な子だ。だけど、自分自身が異世界だろうと主役であるふるまいができる子。そして実は強かなたくましさのある子に違いない。自分の婚約者の兄の脱獄を手引きしようとしたんだ。あんな完璧ボーイのアラン君より、パンツを履いているか心配のライオットが好き?にわかには信じがたい、男の趣味が悪すぎる。恋愛経験がない恋に恋する女の子なのかもしれない。赤い髪に黄金の瞳をもったワイルドな見た目。「ワイルド系が受けるのは若い時だけなんだよな。経験を積めば、包容力のある男の方が良いってえれなちゃんも分かるだろうに。」俺がライオットに憑依した時、彼はルックスも含めてティーンに受けそうな主人公だと思った。登場人物の見た目も含めて参考にさせてもらった。でも、松井えれなちゃんは俺のようなニートではない。異世界に1度目憑依した時は30分くらいだった。それでも、異世界では自分の世界以上にいる時いじょうの無力感を感じた。自分の世界で何もできない人間が異世界に行って何ができるのだろう。今も前にライオットに憑依した時も俺は何もかもが違うこの世界で何かできる気がしない。松井えれなちゃんが異世界でやらかしたと言うことは、彼女が自分の住む世界である程度の万能感を持って暮らしている人間だということだ。そうでもなければ、全く常識も何もかも通用しない世界でやらかすことさえできない。その上、手紙から察するにアラン君以外松井えれなちゃんがエレナ・アーデンのフリをしていたと誰も気づいてなかったとのこと。ものすごく本能的なバカに見えるけど、完璧令嬢エレナのフリをできるレベルだったということだ。俺がパンツもはいてるかわからないライオットのフリをしているのとは次元が違う。それに、アラン君の手紙の20通目までに書かれていた松井えれなの行動記録。たった2ヶ月のことなのに、凱
兄上、帝国に兄上を迎える準備が整いそうです。また、兄上とお話しできるのを楽しみにしています。アラン君の268通目の手紙の最後にそう書いてあった。俺はその言葉に震撼した。俺は彼と会うわけにはいかないのだ。彼は絶対に俺が本物のライオットではないと気がつくだろう。彼は俺が本物の兄ではないと気づいても大切にしてくれると思う。どれだけ彼が器の大きい優しい男かは知っている。しかし、彼はとんでもなく過保護で重い愛を兄に対して持っている。俺にも7歳年下の弟がいるが、もっとドライな関係だ。東京に出てからは盆暮れ正月に会うくらいだ。連絡なんて取り合わないし、年の離れた男兄弟なんてそんなもんだと思っていた。アラン君の兄への想いは、とてつもなくウェッティーだ。なにせ、俺は本物でないことがバレないように1度も手紙の返事をだしていない。それにも関わらず、毎週のように手紙を送ってくる。本物の兄が自分の知らない異世界にいるなんて知ったら、彼は心配のあまり卒倒するのではないか。手紙でアラン君に俺は島生活が気に入っているから帝国に戻りたくないと伝えれば良いかもしれない。でも、ライオットがどういう手紙の書き方をする人物なのか分からない。筆まめなアラン君のことだ、兄弟間でお手紙回しをしていたかもしれない。俺はこの優雅でのどかな生活に甘えていた。弟のアラン君のヒモか現地妻のようなポジション。彼から惜しみない愛を注がれている。傷ついた心を癒されて、今なら普通に東京でまた頑張れそうだ。俺はのんびりした生活で日本での生活を忘れそうになっていた。だから、アラン君の年表ラブレターを見習って自分の日本での生活を書き留めていた。今まで俺が生きて来た自分史みたいなものだ。地方出身の男が東京に夢見て、その非情さに打ちひしがれる話だ。それを出版して、あとがきに俺からアラン君へのメッセージを書いて俺の動向をチェックしてそうな彼に伝えようと思った。「島生活は執筆活
この世界そのものが一夫多妻制で、男尊女卑な傾向があった。しかし、アラン君の行った改革によって急速に男女平等に傾いていった。年齢も性別も関係なく能力によって要職に就けてしまうのだ。貧乏貴族令嬢や貧しい平民が家のために、望まぬ結婚をしなくてもすむ道筋が作られていた。貴族間においても、恋愛結婚する人も増えて来た。ほどなくして、北部の3つの国も帝国領となった。俺は、その1つの国に1時的に身を置いていたことがあった。驚くことに国民たちはエスパル王国が帝国領になったことで豊かになったのを見て、自分の国が帝国領になることを期待していた。愛国心より、自分の生活が豊かになることの方が大事なのだ。エスパルの出身者が帝国において一切の差別を受けておらず、能力さえ示せれば夢のような生活を送れることを示していた。帝国史を学んだり、帝国の要職試験への対策をすることがブームになっていた。そしてその国も、帝国領となり、俺はまた帝国外に移動した。アラン君に判断してもらうことを、人は平等な判断と思うようになっていた。アラン・レオハードという神の前で人は平等で、彼が献身的に帝国民に尽くしているのは誰の目にも明らかだった。彼が同等の権利を与えているエレナ・アーデンも女神のように思われていた。最初はアラン君は幼く皇帝としてどうかと不安を持たれていたらしい。俺の見た彼の姿は地上に舞い降りた天使の子だったからわかる。その外観からは彼を愛でたいという感情は湧いても、彼に従いたいと思わせるのは難しかっただろう。人々の生活を目に見えて変えることで、アラン君は自分が皇帝という地位にふさわしい人間だと納得させていったのだ。今は誰もがひれ伏すほどの絶世の美男子になっていて、その姿が余計に彼を余計に神格化しているようだった。毎週のように届くアラン君の手紙には、いつも花の種が入っていた。その花を育てるのが俺の楽しみだった。「さあ、次はどんな赤い花が咲くのかな?」水をあげていると、とても優しい気持ちになれた。いつ
「登場人物が生きてないんですよ。」2作目もダメ出しをくらった。心理描写については1作目より褒められたが、キャラクターに魅力がないらしい。それは、そうだ俺自身が女や人間に失望している。そんな俺に魅力的なキャラクターなど書けるはずもない。適当な甘い言葉にフラフラする薄っぺらい人間しか俺には書けない。人間という存在に魅力を感じていない、今すぐ人間をやめて鳥にでもなりたいくらいだ。俺の信じた人間は、結局俺のことをそこまで愛してもくれていなかったじゃないか。困った時に手を差し伸べてくれる人など1人もいなかった。女なんて調子の良い時だけ近づいてきて、俺を暇つぶしに使っていただけだ。出版社のブースで気落ちしながらダメ出しをくらっていたら、急に辺り一面が光って、ライオット・レオハードに憑依した。ライトノベルをひたすらに書く毎日を送ってたせいか、俺は異世界に転生したとすぐ判断した。あの時の俺はラノベ作家として成功することしか考えてなくて、ひたすらに異世界の情報を集めた。しっかりとモデルがいるから魅力的な登場人物が書ける気がした。兵士達は不幸皇子ライオットに気を遣って言いづらそうにしていたが、6歳の弟に乗り換えた強欲美女が気になって仕方なかった。一時的な記憶喪失を装い、とにかく彼女を中心とする人物の詳細を集めた。女性不信を最高に極めていた俺は彼女を徹底的に悪として書くことにした。俺の知っている女の強かさやズルさを詰め込んでやろうと思った。物語の中で思いっきり破滅させてやることで、俺を傷つけた女という存在そのものに復讐してやろうと思った。アラン君は自分の一番の後ろ盾であるカルマン公爵家を粛清しただけではない。皇帝に即位するのと同時に公の場で紫色の瞳の逸話も完全否定してしまった。彼が自分の立場を弱くすることを自らしていることが心配だった。俺の心配をよそに帝国の領土はとてつもないスピードで拡大していった。俺はその都度、帝国外の国に引越しをした。どこにいっても豪邸暮らし
『赤い獅子』での、アラン・レオハードは何にもできない世間知らずのおぼっちゃまだ。美しい婚約者エレナの言うことを疑うことなく、何でも聞いてしまう愚かな男。俺は以前ライオットに憑依した時、伝え聞いたアラン君の境遇は恵まれ過ぎていた。自分でも気がつかないうちにアラン君に嫉妬していて、こんな酷いキャラクターにしたのだろう。本当の彼は、とてつもなく聡明でライオットに対しても深い愛情を持っていた。忙しいだろうに、ライオットが寂しくないようにと毎週のように長文のお手紙をくれる。アラン君の人柄を表すような優しい文字と文章に俺は癒されていた。そして、それと同時に毎日のように考えてしまう松井えれなを少し恐ろしく思っていた。アラン君の婚約者の体を借りながら、勝手に他の人間に恋をして脱獄の手引きをして正体を明かす。アラン君にとって彼女は地獄の使者のような存在だろう。なぜ、彼女が剣を携えた騎士の中で自分の正体を明かしたり、好きな男を思い危険を顧みず脱獄の手引きをできたのか考えた。アラン君の最愛のエレナ・アーデンの体に入っていたからだ。そんな可能性を知りつつ彼女が自由に降り回っていた可能性に辿り着くと純粋で無鉄砲なだけではない松井えれなが余計に気になってしまった。21通目のアラン君の手紙から細かすぎる感想付きの年表のような展開がはじまった。この体の主ライオットとアラン君の出会いから時系列に沿って書かれていた。アラン君は0歳の時から、周囲の人々が話す言葉を完全に理解していたようだ。彼は全ての会話の内容を覚えていて、その時自分がどんなことを感じたかが書かれていた。ユーモアのある、優しい兄上が大好きで恋しいというのが行間からひしひし伝わってきた。アラン君は本当に兄ライオットに対して過保護だった。「兄上、パンツは履いていますか?」と書かれていた時には、ライオットは3歳児か何かなのかと笑いそうになった。アラン君はものすごく警戒心の強い子のようだった。「兄上、周囲の人間はみんな詐欺師です。親切な人はみんな兄上を陥