「レオハード帝国、アラン・レオハード皇太子殿下とエレナ・アーデン侯爵令嬢のおなーり」
入場を知らせる声と共にアランにエスコートされながら会場に入った。
戴冠式には間に合わなかったが、その後の宴会になんとか間に合ったようだ。「奇襲を受けたと聞いたが大丈夫か?」
アランが心配そうに聞いてくる。「ドレス以外は無傷です。後ほど詳細をご報告させてください」
ダンスをしながら彼の質問に答える。流石に、敵地でするにはリスクがありすぎる内容の会話だ。
ダンスを終え周りを見渡す。水色髪がエスパル王国の貴族だろう。 その時、殺気を漂わせる視線に気がつく、振り返れば欲深そうな水色の瞳をした老人が私を見ていた。あれが、ヴィラン公爵ね。
年齢を重ねるほど顔に内面がでるとはいうけど、一筋縄ではいかなそう。 ライオットの話だと現ヴィラン公爵が宰相である間に3代国王が変わっているらしい。そうなると、おそらくエスパル王国での発言力も相当なものだろう。
考えを巡らせていると、急に周りが騒がしくなった。 なぜだか周りの視線を集めている気がする。「エレナ・アーデン侯爵令嬢。令嬢と踊る栄光を私に与えてくれませんか?」
私に声をかけて来た彼は誰だろう。豪華絢爛な衣装に水色髪に水色の瞳、20代後半くらいのその男は周囲の視線から察するにこの宴会の主役。
「光栄です、クリス・エスパル国王陛下⋯⋯」
私は彼の手をとって踊りはじめた。 なんとなく辿々しいステップに感じるのは、戦争に興じて社交には興味がないということなのだろうか。ライオットから前国王は独裁者で、クリス・エスパルも残虐で切れ者だと聞いていた。
しかし、先ほどのヴィラン公爵の視線に比べて威圧感を感じない。むしろ、子犬のようとも言える人懐こさを感じる眼差し、見覚えがるようなこの視線。
♢♢♢
私は高校時代、一番苦手だった人物、三池勝利を思い出してた。
高3の時、私の後ろの席に座っていた人物。髪を金色に染め、いつも誰かとつるんでうるさく騒いでいた。
関わり合いになりたくなくて、そっけなく接していた。それなのに、彼は私をいつも目で追ってくきた。
偶然を装い、掃除当番が一緒になったりしつこかった。「やべー! 全然わからねー!」
黙って問題を解けばよいのに自習中もちらちらと見てくる視線を後ろから送ってくる。 じろじろ見るなと睨み付けると、目があってしまったと言った感じに乙女のように顔を赤くして嬉しそうにする。 ルックスも優れているし、成績も悪いわりに女子にはモテていた彼だったが、私は全く彼に興味が湧かなかった。「松井、俺と付き合ってくれ」
受験を控えた高校3年の年末に私は自分と学年1位を争っていた白川君に告白された。「そういうのは、受験が終わってからで⋯⋯」
私は戸惑いながら返事した、まんざらでもなかった。「分かった」
そう返事した白川くんは年明けには別の女子と付き合っていた。 あと数ヶ月も女断ちできない男なんてどうでもよいわ。 そんなことを思いながら、その告白現場を三池に目撃されていた方が面倒だと思った。私は大切な時期に、
「俺は松井に一途だぜ」という邪魔な視線に耐えなければならなかった。 いつも、飼って欲しくてたまらないペットショップの子犬のような目で見てきて、目が合えば、ないはずの尻尾を思いっきり振っているように見えた。エスパル国王が三池くらい分かりやすい人物なら、やりやすいんだけどな。
「アーデン侯爵令嬢は、何を着てもお似合いですね。今日の姿はお花のようですが、何を表現したのですか?」
彼が私の表情を伺うように聞いてきた。「春なので⋯⋯」
私は短く答えた。相手がどのような意図で話ているか判断できない以上、余計な情報は与えるべきではない。 会話を弾ませる気もなくダンスもうそろそろ終わりか、そんなことを考えていた時だった。「俺の武勇伝を聞いてください」
突然、エスパル国王陛下が突拍子もないことを言ってきた。「はい?」
思わず聞き返してしまった。 「俺、命がけで車に轢かれそうになった好きな女を助けたんです」 ダンスが終わる。あまりの驚きに彼の手が離せない。
車?馬車のことではないよね。車に轢かれそうになった女って私のこと?
どうして、私はこの世界に憑依したのが自分だけだと思っていたのだろう。白川君はまだ私のことを好きだったのだろうか?
「もしかして、白川君?」
私は彼に添えた手を離せないまま尋ねた。 すると思いっきり引き寄せれ顔を近づけられ言われた。「三池です⋯⋯」
そっちだったかー? 何であの場所に三池がいたのか。動物園の帰りだったのだろうか。
まあ、そんなことはどうでも良いことだ。「宴会場が少し暑いですね。宜しければ、私と一緒に庭園をあるきませんか?」
私は微笑みを浮かべながらエスパル国王こと三池に微笑んだ。婚約者のいる身としても立場的にも彼を散歩に誘い出すことはマナー違反だと分かっている。
でも、彼とは話しておく必要がある。いつも人に囲まれていて流行に敏感だった彼なら、
ライオットを主人公としたこのライトノベルの内容も知っているに違いない。私は尻尾を振りながらついてくるエスパル国王と庭園に出た。
ずっと苦手で避けてきた相手だが、向き合わなければならない。 扱いやすさを考えると三池で正解だったかもしれない。「私は松井えれなです。久しぶりね! 三池」
「まじで! 松井なの? 『赤い獅子』の世界に松井といるなんて感動する」 水色の髪をふわふわさせながらワクワクしてたまらないというようにエスパル国王こと三池が言った。「え! この物語のタイトルって『赤い獅子』なの?」
ライトノベルのタイトルは『貧乏男爵令嬢は冷血皇子に溺愛される』とか、タイトルだけで内容が分かるものだと思っていた。『赤い獅子』だなんて、物凄く気取ったタイトルだ。
その割に、ウェディング姿のキラキラ表紙で最終巻の内容ネタバレしているしアンバランス過ぎる。これでは『赤い獅子』という異名を持つライオットが主人公というすでに分かりきったことしか分からない。
「三池は元の世界に戻りたくないの? 本の中で定められた運命に贖うこともできるかも分からないのに、何でそんな嬉しそうなの?」
純粋に疑問だったので尋ねた。「俺は別にどこにいても自分が主人公だと思っているし、ここを本の世界だなんて思ってねーよ。」
先程、原作小説の名を教えてくれたのとは矛盾することを彼は言ってくる。「いやっ、でも原作の小説を知っているんだよね」
その登場人物に私たちは憑依していると思うのだが。「そうだけど、ここにいる人間みんな生きてるじゃん。ここが、本の世界だったら俺らの世界だって本の世界でしょ」
なんて屁理屈、彼とは気が合わなそうだ。 「何言ってるのよ⋯⋯」腹が立った、相変わらず三池は能天気、やっぱり苦手だ。
でも、関わらなければ私の知らない情報を彼は持っている。「俺、もし元の世界に戻ったら原作者に会いに行こうかと思っているんだ。たぶんこっちの世界の人間だぜ!」
うっししと笑う彼は本当に楽しそうだ。 でも、そんな気取ったタイトルつける原作者なんて面倒なやつだから三池みたいなのは追い返されるに違いない。「戻れたらだなんてそんな奇跡みたいなこと⋯⋯」
こちらの世界にきて、1ヶ月以上たつのだ。
戻れる可能性を信じられなくなってきていた。 「だって、俺、確実に松井のことは助けたぜ。お前が車に轢かれそうになったから、どーんと思いっきり押したんだ」 彼が命がけで助けようとすくらい私を好きなことは純粋にすごいと思った。「あっ! でも対向車線の車に轢かれたかも」
彼の愛に感動したのもつかの間、張り倒したくなった。「ちょっと、普通腕を引いて歩道に戻したりしてくれない? どーんと押してってそれドラマとかでも轢かれるやつだよね」
そして、自分も弾かれたと⋯⋯何をやってるんだこの男は。「驚きー! 松井もドラマとか見たりするんだ。そういう俗物には興味ないですっていう感じの孤高の女だと思ってた。でも、そういうギャップも魅力的で好き」
そう言って、どさくさに紛れて告白した自分に照れている三池を見てため息をついた。
私の孤独はこいつには孤高にうつっていたのか。「それにしてもなんであの場所にいたの?」
まさか、私の追っかけをしていたわけでもあるまい。「東大の合格発表を見にいったんだよ。松井と同じ大学行きたかったから。」
成績下位の三池がなぜ東大を受けたのだろう、受験料の無駄だ。「東大模試とか受けてた?」
「秋に受けたよ。 E判定だったけど合格確率は0じゃないなら、何回か受ければ受かるってことかなっと思って本番いっちゃいましたよ。何回か受ければ受かる1回を本番に持って来れば良いってことっしょ。まあ、落ちましたが⋯⋯」 もう、何もつっこみますまい。 一途で能天気なポジティブモンスターめ。「俺はエスパル国王になったわけだけどさ。俺そっくりって思うんだよね。この体の主! カリスマ性もあって頭も切れるみたいな」
自己肯定感が天元突破してて本当に羨ましい。「松井とエレナ・アーデンも孤高の女って感じでそっくり。きっと、魂自体は同じで入れ替わったんだよ。俺とクリス・エスパル、松井とエレナ・アーデンがさ」
住む世界が違うけれど、魂が同じなんて設定よく思いつく。「なんか、途方もない宇宙みたいな話ね」
私は現実主義だから、こんなファンタジーみたいな状況で独特な設定を考える彼が理解できない。「そうそう、俺、元々、宇宙飛行士か社長になりたかったんだ」
随分ざっくりしてるな、らしすぎる。「こんなどうでも良い話してる場合じゃない。国王なんでしょ。帝国と戦争になりそうな状態らしいじゃない。戦争を仕掛ける計画があるならすぐにやめさせて」
私はなんて薄情な人間なんだ、つい懐かしさにどうでもよい昔話をしてしまった。
傷だらけになっても私を守ろうとした私の騎士たちを置いてここに来たのは戦争をやめさせるために少しでも交渉しようと決意したからだったのに。
今するべき交渉に集中しなければ、相手が三池ならなんとかなるかもしれない。「松井はエスパル王国が帝国に侵略戦争を仕掛けようとしているのを止めて欲しいんだね」
彼が私の言った内容をそのまま返してくる、私の言っていることを一発で理解できないのかしら。「そうよ、私のことを人質として捉えて戦争を有利に進めようと奇襲したでしょ。やり方も汚いし、そもそも戦争自体どんな残酷なことかわかるでしょ」
「人質? そんなことがあったの? それは俺知らなかった。わりい」
彼が他人事みたいにのほほんとしていることにイライラが募ってきた。「わりい。じゃないわよ。これ以上、血が流れるようなことあってはならないでしょ。戦争がいかに無意味で多くの犠牲を払うことか私たちは歴史で学んできたでしょ」
戦争が起こるかもしれない時、当事者であるはずの彼がこんなに軽い感じでいられるのか理解不能だ。
「なんか、熱いな。こんな熱い面もあったのか、感動するわ。なんか今のエレナ・アーデン侯爵令嬢の姿も凛として松井に似合ってるよな」
話をそらしてくる彼にたまらなく苛立った。 ちゃんと私と会話する気があるのだろうか、ここまでふざけた奴だったなんて幻滅した。「松井、いや、アーデン侯爵令嬢、そなたの光り輝く金色の髪が闇に輝き美しい」
真剣な話をしようとしている時まで茶化して、おとぎ話の王子様の真似事のように私の髪に口づけをしようとして来た彼に一瞬にして頭が沸騰する。
「こんな髪あんたにくれてやるわよ。だから戦争を仕掛ける計画を白紙にしろって言ってるの」彼の腰から剣を抜き、髪をバッサリ切って彼に渡した。いい加減ふざけてないで今するべきことをしなさいよ。
気がつくと私の首元にはいくつもの剣がつきつけられ、私はエスパル王国の騎士たちに囲まれていた。「あら、残念。」俺はイヤホンから聞こえた、エレナ・アーデンのサンプルボイスに恐怖のあまりイヤホンをはずしてしまった。声だけで男を誘惑できる。超人気声優さんらしく、見た目が可愛いらしい。でも、この声優さんのスゴさは東京女らしいクレバーさだ。このセリフはエレナがライオットに無理な要求をして、初めてライオットが断った時のセリフだ。エレナはライオットに断られても別プランを持っているので、全く残念とは思っていない。だから、残念そうに言わないのが、このセリフを言う時の正解。適当に言われたことで、ライオットはエレナの要求をのまないと彼女に切り捨てられると思って焦る。結局、ライオットはエレナの無理な要求に従い、帝国に不利なことをしてしまう。このセリフをこんな風に適当に魅惑的に言うということは、脚本からライオットやエレナの関係性や心情の理解をしていないとできない。こんな声でこんなセリフを聞いたらオタクはいくらでもお金を貢いでしまいそうだ。この声優さんは東京で生き残るだけはある。可愛くて声が良いだけでは生き残れない、どういう風な話し方をすれば、人の気持ちを惹きつけるか常に計算している強かな女だ。俺の思っているエレナ・アーデンそのものだ。そんなことがあって楽しみにしていたアニメ第1話を見ようとしていた時だった。俺はオープニングを見た時点で今までにない、吐き気と冷や汗に襲われた。アニメのオープニングのクオリティーがとてつもなく高かったのだ。短期間でこれだけものを作ったアニメ制作会社の人たちを思い浮かべてしまった。きっと、俺のいたようなブラックな職場だ。やりがいを感じるように強制され、寝る間も惜しみ仕事に没頭させられる。『赤い獅子』はネタ元があったから書けた。その上、メディア界のフィクサーにエレナが気に入られたから運良くヒットした。フィクサーのおじさんのように成功していると美女に振り回されたい願望でも出てくるのだろうか。俺はもう強かな東京女に振り回されるのはたくさんだ。
エレナ・アーデンに憑依していたという松井えれなちゃんだ。「本当にとんでもなくバカな子なんだろうな。」そう、きっと彼女はとんでもなく愚かで本能に正直な子だ。だけど、自分自身が異世界だろうと主役であるふるまいができる子。そして実は強かなたくましさのある子に違いない。自分の婚約者の兄の脱獄を手引きしようとしたんだ。あんな完璧ボーイのアラン君より、パンツを履いているか心配のライオットが好き?にわかには信じがたい、男の趣味が悪すぎる。恋愛経験がない恋に恋する女の子なのかもしれない。赤い髪に黄金の瞳をもったワイルドな見た目。「ワイルド系が受けるのは若い時だけなんだよな。経験を積めば、包容力のある男の方が良いってえれなちゃんも分かるだろうに。」俺がライオットに憑依した時、彼はルックスも含めてティーンに受けそうな主人公だと思った。登場人物の見た目も含めて参考にさせてもらった。でも、松井えれなちゃんは俺のようなニートではない。異世界に1度目憑依した時は30分くらいだった。それでも、異世界では自分の世界以上にいる時いじょうの無力感を感じた。自分の世界で何もできない人間が異世界に行って何ができるのだろう。今も前にライオットに憑依した時も俺は何もかもが違うこの世界で何かできる気がしない。松井えれなちゃんが異世界でやらかしたと言うことは、彼女が自分の住む世界である程度の万能感を持って暮らしている人間だということだ。そうでもなければ、全く常識も何もかも通用しない世界でやらかすことさえできない。その上、手紙から察するにアラン君以外松井えれなちゃんがエレナ・アーデンのフリをしていたと誰も気づいてなかったとのこと。ものすごく本能的なバカに見えるけど、完璧令嬢エレナのフリをできるレベルだったということだ。俺がパンツもはいてるかわからないライオットのフリをしているのとは次元が違う。それに、アラン君の手紙の20通目までに書かれていた松井えれなの行動記録。たった2ヶ月のことなのに、凱
兄上、帝国に兄上を迎える準備が整いそうです。また、兄上とお話しできるのを楽しみにしています。アラン君の268通目の手紙の最後にそう書いてあった。俺はその言葉に震撼した。俺は彼と会うわけにはいかないのだ。彼は絶対に俺が本物のライオットではないと気がつくだろう。彼は俺が本物の兄ではないと気づいても大切にしてくれると思う。どれだけ彼が器の大きい優しい男かは知っている。しかし、彼はとんでもなく過保護で重い愛を兄に対して持っている。俺にも7歳年下の弟がいるが、もっとドライな関係だ。東京に出てからは盆暮れ正月に会うくらいだ。連絡なんて取り合わないし、年の離れた男兄弟なんてそんなもんだと思っていた。アラン君の兄への想いは、とてつもなくウェッティーだ。なにせ、俺は本物でないことがバレないように1度も手紙の返事をだしていない。それにも関わらず、毎週のように手紙を送ってくる。本物の兄が自分の知らない異世界にいるなんて知ったら、彼は心配のあまり卒倒するのではないか。手紙でアラン君に俺は島生活が気に入っているから帝国に戻りたくないと伝えれば良いかもしれない。でも、ライオットがどういう手紙の書き方をする人物なのか分からない。筆まめなアラン君のことだ、兄弟間でお手紙回しをしていたかもしれない。俺はこの優雅でのどかな生活に甘えていた。弟のアラン君のヒモか現地妻のようなポジション。彼から惜しみない愛を注がれている。傷ついた心を癒されて、今なら普通に東京でまた頑張れそうだ。俺はのんびりした生活で日本での生活を忘れそうになっていた。だから、アラン君の年表ラブレターを見習って自分の日本での生活を書き留めていた。今まで俺が生きて来た自分史みたいなものだ。地方出身の男が東京に夢見て、その非情さに打ちひしがれる話だ。それを出版して、あとがきに俺からアラン君へのメッセージを書いて俺の動向をチェックしてそうな彼に伝えようと思った。「島生活は執筆活
この世界そのものが一夫多妻制で、男尊女卑な傾向があった。しかし、アラン君の行った改革によって急速に男女平等に傾いていった。年齢も性別も関係なく能力によって要職に就けてしまうのだ。貧乏貴族令嬢や貧しい平民が家のために、望まぬ結婚をしなくてもすむ道筋が作られていた。貴族間においても、恋愛結婚する人も増えて来た。ほどなくして、北部の3つの国も帝国領となった。俺は、その1つの国に1時的に身を置いていたことがあった。驚くことに国民たちはエスパル王国が帝国領になったことで豊かになったのを見て、自分の国が帝国領になることを期待していた。愛国心より、自分の生活が豊かになることの方が大事なのだ。エスパルの出身者が帝国において一切の差別を受けておらず、能力さえ示せれば夢のような生活を送れることを示していた。帝国史を学んだり、帝国の要職試験への対策をすることがブームになっていた。そしてその国も、帝国領となり、俺はまた帝国外に移動した。アラン君に判断してもらうことを、人は平等な判断と思うようになっていた。アラン・レオハードという神の前で人は平等で、彼が献身的に帝国民に尽くしているのは誰の目にも明らかだった。彼が同等の権利を与えているエレナ・アーデンも女神のように思われていた。最初はアラン君は幼く皇帝としてどうかと不安を持たれていたらしい。俺の見た彼の姿は地上に舞い降りた天使の子だったからわかる。その外観からは彼を愛でたいという感情は湧いても、彼に従いたいと思わせるのは難しかっただろう。人々の生活を目に見えて変えることで、アラン君は自分が皇帝という地位にふさわしい人間だと納得させていったのだ。今は誰もがひれ伏すほどの絶世の美男子になっていて、その姿が余計に彼を余計に神格化しているようだった。毎週のように届くアラン君の手紙には、いつも花の種が入っていた。その花を育てるのが俺の楽しみだった。「さあ、次はどんな赤い花が咲くのかな?」水をあげていると、とても優しい気持ちになれた。いつ
「登場人物が生きてないんですよ。」2作目もダメ出しをくらった。心理描写については1作目より褒められたが、キャラクターに魅力がないらしい。それは、そうだ俺自身が女や人間に失望している。そんな俺に魅力的なキャラクターなど書けるはずもない。適当な甘い言葉にフラフラする薄っぺらい人間しか俺には書けない。人間という存在に魅力を感じていない、今すぐ人間をやめて鳥にでもなりたいくらいだ。俺の信じた人間は、結局俺のことをそこまで愛してもくれていなかったじゃないか。困った時に手を差し伸べてくれる人など1人もいなかった。女なんて調子の良い時だけ近づいてきて、俺を暇つぶしに使っていただけだ。出版社のブースで気落ちしながらダメ出しをくらっていたら、急に辺り一面が光って、ライオット・レオハードに憑依した。ライトノベルをひたすらに書く毎日を送ってたせいか、俺は異世界に転生したとすぐ判断した。あの時の俺はラノベ作家として成功することしか考えてなくて、ひたすらに異世界の情報を集めた。しっかりとモデルがいるから魅力的な登場人物が書ける気がした。兵士達は不幸皇子ライオットに気を遣って言いづらそうにしていたが、6歳の弟に乗り換えた強欲美女が気になって仕方なかった。一時的な記憶喪失を装い、とにかく彼女を中心とする人物の詳細を集めた。女性不信を最高に極めていた俺は彼女を徹底的に悪として書くことにした。俺の知っている女の強かさやズルさを詰め込んでやろうと思った。物語の中で思いっきり破滅させてやることで、俺を傷つけた女という存在そのものに復讐してやろうと思った。アラン君は自分の一番の後ろ盾であるカルマン公爵家を粛清しただけではない。皇帝に即位するのと同時に公の場で紫色の瞳の逸話も完全否定してしまった。彼が自分の立場を弱くすることを自らしていることが心配だった。俺の心配をよそに帝国の領土はとてつもないスピードで拡大していった。俺はその都度、帝国外の国に引越しをした。どこにいっても豪邸暮らし
『赤い獅子』での、アラン・レオハードは何にもできない世間知らずのおぼっちゃまだ。美しい婚約者エレナの言うことを疑うことなく、何でも聞いてしまう愚かな男。俺は以前ライオットに憑依した時、伝え聞いたアラン君の境遇は恵まれ過ぎていた。自分でも気がつかないうちにアラン君に嫉妬していて、こんな酷いキャラクターにしたのだろう。本当の彼は、とてつもなく聡明でライオットに対しても深い愛情を持っていた。忙しいだろうに、ライオットが寂しくないようにと毎週のように長文のお手紙をくれる。アラン君の人柄を表すような優しい文字と文章に俺は癒されていた。そして、それと同時に毎日のように考えてしまう松井えれなを少し恐ろしく思っていた。アラン君の婚約者の体を借りながら、勝手に他の人間に恋をして脱獄の手引きをして正体を明かす。アラン君にとって彼女は地獄の使者のような存在だろう。なぜ、彼女が剣を携えた騎士の中で自分の正体を明かしたり、好きな男を思い危険を顧みず脱獄の手引きをできたのか考えた。アラン君の最愛のエレナ・アーデンの体に入っていたからだ。そんな可能性を知りつつ彼女が自由に降り回っていた可能性に辿り着くと純粋で無鉄砲なだけではない松井えれなが余計に気になってしまった。21通目のアラン君の手紙から細かすぎる感想付きの年表のような展開がはじまった。この体の主ライオットとアラン君の出会いから時系列に沿って書かれていた。アラン君は0歳の時から、周囲の人々が話す言葉を完全に理解していたようだ。彼は全ての会話の内容を覚えていて、その時自分がどんなことを感じたかが書かれていた。ユーモアのある、優しい兄上が大好きで恋しいというのが行間からひしひし伝わってきた。アラン君は本当に兄ライオットに対して過保護だった。「兄上、パンツは履いていますか?」と書かれていた時には、ライオットは3歳児か何かなのかと笑いそうになった。アラン君はものすごく警戒心の強い子のようだった。「兄上、周囲の人間はみんな詐欺師です。親切な人はみんな兄上を陥