LOGIN《side 第三者視点・領民》
領民たちは、公爵家の変化に戸惑いを感じていた。フライ・エルトール様が公爵位を正式に継承することが決まってから、公爵領では多くの人々が行き交うようになった。
「おい、聞いたか? フライ様が公爵家を正式に継いでから、領地の様子がガラッと変わってきたらしいぞ」
酒場の片隅で、一人の男がひそひそと話し始めた。そこには鍛冶屋の親方、農家の代表、酒場の女将など、領地のあちこちで働く人々が集まっていた。
公爵領にはいくつかの村や町が存在するが、このようにそれぞれの地元の代表が集まるのは稀なことである。
「軍の訓練が厳しくなったのは知ってるだろう? 鬼人族の英雄バクザンって人が傭兵団を引き連れて指導に来ているらしいが、若い衆の鍛え方が半端じゃねぇらしいんだよ」
酒場の女将が口を開くと、鍛冶屋の親方も自分の周りで起きた変化を口にする。
「それだけじゃないぜ。武器工房も拡大してやがる。ドワーフの職人が続々と集まってきてるんだ。剣や鎧の質も向上して
《side 第三者視点・領民》 領民たちは、公爵家の変化に戸惑いを感じていた。フライ・エルトール様が公爵位を正式に継承することが決まってから、公爵領では多くの人々が行き交うようになった。「おい、聞いたか? フライ様が公爵家を正式に継いでから、領地の様子がガラッと変わってきたらしいぞ」 酒場の片隅で、一人の男がひそひそと話し始めた。そこには鍛冶屋の親方、農家の代表、酒場の女将など、領地のあちこちで働く人々が集まっていた。 公爵領にはいくつかの村や町が存在するが、このようにそれぞれの地元の代表が集まるのは稀なことである。「軍の訓練が厳しくなったのは知ってるだろう? 鬼人族の英雄バクザンって人が傭兵団を引き連れて指導に来ているらしいが、若い衆の鍛え方が半端じゃねぇらしいんだよ」 酒場の女将が口を開くと、鍛冶屋の親方も自分の周りで起きた変化を口にする。「それだけじゃないぜ。武器工房も拡大してやがる。ドワーフの職人が続々と集まってきてるんだ。剣や鎧の質も向上してるって話だ。わざわざドワーフのために、街を一から造るほどの力の入れようだ。だからって俺たちの仕事がなくなるんじゃなくて、むしろ忙しくなってやがる。どういうことだ?」 鍛冶屋の親方は、ドワーフに仕事を奪われると思っていた。だが、蓋を開けてみれば、今まで以上に忙しくなり、仕事にてんてこ舞いになっていた。「農地の方もそうだ。エルフを呼び込んで、作物の成長を手助けしてもらっているんだ。森も広げて、自然の要塞みたいにしているらしい。領地内の食糧生産量が一気に増えてるんだろ? 備蓄倉庫もどんどん増えてるし、俺のところでも管理が大変だぜ」 農家の代表は、農民たちからの苦情が多いのかと思えば、そうでもない。フライ様がゴーレムを使って農地をならしてくれるので、体を痛める農家が減り、むしろ時間に余裕ができる者まで現れた。「それだけじゃねぇんだ。聞いた話だと、領境に長い長い防壁を造り始めたらしいぞ。しかも、ただの壁じゃなくて、ゴーレムにもなるらしい」「な、なんだって!? それって……まるで、国を作ろうとし
《side フライ・エルトール》 僕は、二年前に公爵へ正式に就任することが決まり、ある覚悟を決めた。 そのために領地を巡って現状を確認し、一つ一つ、やらなければならないことを書き出していった。 仕事は思った以上に多かったが、それでも小説の未来を知る者として、できることをしておきたかったのです。 主に進めているのは、軍備の増強、食糧の確保、そして領地を守る防波堤の設置です。 1. 軍備の増強 まず、戦力の底上げが必要だと考えました。 公爵家の領地は比較的平和な土地だったため、あまり兵士の練度が高くありません。それでも外敵の脅威がゼロとは言えないため、最低限の冒険者や兵士を配置している程度です。 以前から傭兵稼業をしていたバクザンに協力を頼み、領内の若者たちを鍛えてもらうことにしました。「フライの兄貴よ、何か企んでんのか?」「んー? まぁ、将来に備えておきたいんだよね」「ほう、将来に備えてか。フライの兄貴が言うんだ。何かあるんだろ? いいぜ! 俺の指導は鬼がかっているが、ビシバシ鍛えてやるよ!」 バクザンは楽しそうに引き受けてくれた。「ノクスには、将来的に我が領の騎士団長になってもらいたい。妹さんもこちらに来てくれたわけだからね」「はい! ありがたき幸せです」 ブライド皇子にアイクがいるように、僕はノクスに将来も領地にいてもらいたい。そのため、強くなれる環境と妹さんが快適に暮らせる生活環境を整えることで、ノクスを我が領へ引き入れた。 学園都市に通っている間は、バクザンと共に傭兵として経験を積み、学園都市を卒業してからは領内で騎士見習いとして色々と勉強中だ。 バクザンが指導することで、この二年間で戦える人材が増えつつある。さらに、学園都市にいるフェル爺さんの紹介で、魔法戦士や騎士を育成した経験のある剣闘士たちも数名雇い入れた。 彼らには、剣闘士として名を上げたいと思っている者が多い。強さだけでなく、出世を望む者たちを引き入れていった。 傭兵や剣闘士だけではなく、
《side フライ・エルトール》 二年間の月日が流れた。 学園都市と公爵領を行ったり来たりする日々は、気がつけばあっという間に過ぎ去っていた。 学園では、エリザベートやアイリーン、ジュリア、レンナたちと過ごしながら、勉学や研究、そして何より仲間たちとの冒険に明け暮れた。 学園都市では、フェル爺さんやバクザン、ノクスと交流を持ちながら、僕なりに当たり障りのない楽しい学園生活を送れたと思う。 公爵領では、次期当主としての責務を少しずつ覚えることになった。両親が教師となり、エリザベートが秘書のように色々と助けてくれた。 奴隷たちも学園都市から公爵領へ連れて帰り、それぞれに仕事を任せている。 現状は、領民たちの生活を見守りながら、父から政治のいろはを学んでいるところだ。 この二年で、僕自身がどれだけ変わったのかは分からないけれど、少なくとも周囲の目が変わったのは感じている。 学園都市では、相変わらず慌ただしい日々が続いていた。 ノクスやバクザンは、それぞれの道で成長し、今や学園でも一目置かれる存在となっていた。 ノクスは魔術を無効化する能力を生かして、学園内外の問題解決に奔走している。一方のバクザンは、相変わらず傭兵業を主にしているため、学園に来ることは稀だ。「フライさん、演習で鍛えた剣を見てください」 ノクスが真面目な顔で頼んでくるたび、僕は思わず笑ってしまう。「まぁ、いつも通り気楽にいこうよ。僕らしいやり方でね」 その言葉にノクスが苦笑し、バクザンが大笑いする。そんな日常が、学園では当たり前の光景となっていた。 演習では、ブライド皇子の側近であるアイクと剣を打ち合っても、ノクスが打ち負けることは少なくなっていた。 さすがに勝てるほどではないが、剣術という純粋な部分では通じ合うものがあるのか、二人が訓練する姿を度々目にしている。 エドガーはブライド皇子の支援を受けて、ゴーレムの開発も順調のようだ。実際に、帝国が大陸全土に向けて戦争を仕掛ける際には、多く投入されること
《side フライ・エルトール》 うーん、僕の思惑とは違う方向に動いていますね。 公爵家の次男として、悠々自適なセカンドライフを異世界で楽しみながら、戦争が起こる頃には、フライ・エルトールなんて名前は小説の中には存在しないので、きっと死んでいるんだろうと考えていました。 それなのに、領地に戻ってからというもの、どうも周囲の空気が変です。 街の人々はやたらと歓迎ムードで、挨拶されるたびに「フライ公爵様、よろしくお願いします!」なんて言われる。 いやいや、そんな話、僕の想定にはありませんでしたからね。 その疑問はすぐに解消された。いや、解消というより、混乱が増したというべきか。「フライ、決まったぞ」 公爵家の居間に呼び出された僕は、父上から唐突に告げられた。「……何が決まったの?」「お前が公爵になることだ。公爵位を継承する準備も進めている」 父上が当たり前のように言う。僕は思わず聞き返してしまいます。「えっ、そんなにすんなり決まるものなの?」「何を言っているんだ。エリックから話は聞いていただろう? エリックが辞退すれば、おのずと次男であるフライに公爵家を継ぐ権利が移るだろう。もちろん、当主である僕が認めればの話だが、僕もそれを認めている」「……てっきり、学園を卒業してからの『いつか』の話であって、『今』じゃないと思っていましたよ!」 とりあえず、エリザベートとアイリーンと婚約させられて、いつかは公爵家の当主になると思っていた。公爵位を継がせると言った父上の言葉も、こんなにも早いとは思わなかった。 父上は肩をすくめる。「もう決まったことだ。お前には公爵としての素質がある。領民たちもお前を支持している」「でも、僕、まだ学生だよ?」「それも問題ないさ。当主代行として、しばらくは僕が動く。お前はゆっくり慣れればいい」 どうやら、完全に既成事実を積み上げられていたらしい。「婚約も正式に決まっ
《side アイリーン・ユーハイム》 私は鏡に映る自分を見つめながら、静かに深呼吸をした。 エリザベートの隣に立つたび、彼女の気高さと聡明さに劣等感を抱いた日々を思い出す。 そう、彼女は強く優しく美しく光の下を歩いている。 病気をして、そしてユーハイム家の長女として育てられた私とは違う。 エリザベートは、エルトール家の婚約者として、帝国だけでなく大勢の人から注目を集める。妹の方が誰からも一目置かれる存在だと分かっていた。 だが、そんな彼女が今、フライ様と婚約を結び、次期公爵夫人として歩み始める。その姿を見て、私は心から嫉妬を覚えた。「……本当に、立派になったわね、エリザベート」 心の中でそう呟きながらも、胸が痛む。そんなことはあってはいけない。エリザベートは私のために犠牲になってくれた優しい子。 優しいだけじゃなく、強く、気高く、貴族としてあり続けた。 だけど、私もフライ様をお慕いしている。それは否定しようのない真実だ。だから、手を打たなければならない。 私の立場が彼の隣に並ぶにふさわしいものではないことも、十分に理解している。 それでもあの方の隣にいたい。あの方の子供を宿したい。あの方に触れられ、お仕置きされて、あの方に私を傷つけてほしい。 フライ様には全てを手に入れてもらう。次男として、一生を終えてもらうなど勿体無い。あの方こそが公爵位を継ぐにふさわしい方なのだ。 障害になると思っていたエリック様は、私の話に賛同してくれた。 エリザベートも知っていた。ならば、帝国を動かすのが私の役目ということになる。 私たちユーハイム家は、帝国だけじゃない。この大陸全土の情報を扱う一族だ。 父がフライ様の才能を見抜き、エリック様から公爵の座を譲られるべきだと確信してから、私たちは一丸となって行動した。 エリザベートは知らない。 フライ様のことを純粋にお慕いしているだけ、だけど彼女はそれでいい。 フライ様の立場を固める。純
《side エリザベート・ユーハイム》「エリザベート、私……フライ様が好きなの」 その言葉を聞いたとき、私は思わず目を見開いた。 アイリーン姉様がこんなことを言い出すなんて、全く予想していなかった。「……それは、そういう意味なのですよね? アイリーン姉様?」 声が上擦り、少し硬くなってしまったのは仕方がない。だって、フライ様を先に好きになったのは私で、アイリーン姉様もそれを知っているから。 それに、私がエルトール家へ婚約者候補として嫁ぐことを決めたのは、アイリーン姉様の薬代を私たちの家では賄いきれなかったから。 だけど、フライ様がアイリーン姉様の病を治してくれて、私にとってフライ様は恩人であり、大好きな人になった。 そして、それは私だけでなく、アイリーン姉様も同じだった。「もちろん、そういう意味です。私はフライ様をお慕い申し上げています」 いつも優しくて、私に遠慮ばかりしていたアイリーン姉様が、はっきりとフライ様への気持ちを口にした。「フライ様に憧れないなんて無理だった。あの優しさ、あの力強さ……何より、命を救っていただいただけでなく、家族まで救っていただいたのよ。フライ様から受けた恩は計り知れないわ」 それは分かっている。エルトール公爵家にも恩を感じているけれど、フライ様個人に感じる恩は、何よりも大きい。「でも、エリザベートの立場を考えると、私は言い出せなかった。だから、ずっと黙っていたの」 アイリーン姉様は目を伏せながら語る。 その表情には、躊躇いと覚悟が混じっていた。「では……フライ様が、二人の婚約者を持つということですか?」 自分でも、なんて冷たいことを言っているのかと思う。けれど、これは私にとって簡単に受け入れられる話ではなかった。 エリック様が公爵家の後継を辞退し、フライ様に継いでほしいという意向は、すでにユーハイム家の両親にも伝えられて







