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3.ねえ先輩。先輩の機嫌をとるにはどうしたらいいですか?

last update publish date: 2026-07-18 19:00:17

 久々の飲み会でお酒よりも人に酔ってしまったのかフラフラする。こんなに大人数の中で気を遣って遣われて、たった数時間のことでも気苦労が絶えなかった。

「刈谷さん!二次会行く?」 

 嬉々として水樹さんに言われるも、心労がそのまま顔に出ちゃっていたのか。

「刈谷さん、大丈夫?顔色悪いかも。」

「ええと。ちょっとだけ、疲れちゃいました。」 

 コンビニ前の明かりだけで、顔色を読み取ってくれた水樹さんに感謝すべき? 

 でも今日はちょっとだけ二次会という未開の地が気になるのも事実でして。 

 なんせ憂先輩が古馬都さんとだいぶ前の方を歩いていて。「憂も二次会に付き合わせて部長の相手させてやろう。」という誰かの声が聞こえてくる。 

 今日は人数多いし、憂先輩も連行されちゃうかもしれない。 

「あんま無理しない方がいいよ?別に今の世の中飲み会なんて強制じゃないんだから。」 

「あ、ありがとうございます。」 

 水樹さんの厚意に反して、「行きたいです!」とも言えず、そのまま「お言葉に甘えて帰ります。」と伝えてしまった私。 

 その頃にはもう先輩の姿は見えず。私は水樹さんたちの前でお辞儀をして。そのまま角を曲がって駅の方へと向かった。

 もっと自分のはっきりとした意思を頭の中で即座に固めたいし、その固めた丸いやつをポーンて相手とキャッチボールできる勢いで投げたいのに。

 刈谷が固めた丸いやつはドロ団子だから、すぐに壊れちゃうんだよね。

 飲み屋が続く道を歩いて行けば、犬は棒に当たるし、刈谷はどこかで見たことのある背中に差し当たった。

 憂先輩に近いほどの背丈、広い背中に黒い髪。

 接待だったのか、向こうの方にいるビジネスマンに頭を下げている。

「むがみん?」

「……は、刈谷?」

「なになに、孤高の接待?」

「ソロの芋づる式接待。」

 今の今まで醸し出していたデキるビジネスマンの風貌はどちらへ?私を見た瞬間、急に気怠げに肩を落とすんだから。

 横浜支部の同期である彼は六神むがみ君。通称むがみん。

 最近同じ同期である実来春風みらいはるかちゃん(通称ぱるるん)という女の子と、付き合って別れて、そしてまた付き合い始めたのだ。

 今どきの彼氏彼女はリユース方式なの? 

「え、刈谷は?もしかして歓迎されてない歓迎会とか?」 

「うるさいなー。宇宙人は好かれもしないけど嫌われもしないんだよー。」

「そんな平均値をゆく宇宙人は一匹でお帰りですか?」

「うるさいなー。そうだよ孤高の宇宙人だよぉ。」 

 上からふっとむがみんが笑って、私もふっと睨みながら口角を上げてみた。

「すげー懐かないハムスターみたいな顔。」

「ありがとうよ。今日はこれからぱるるんと過激な夜を過すの?」

「あいつの姿形を思い浮かべてみろ。過激というより喜劇だろ。」 

「あ、むがみん照れてる。」

「悪い?」

「ふふ。」 

  同期に会えてなんだか私もどっと肩の荷が下りちゃったー。ちょっとだけ愚痴ってみようかなあ。

「なんか知らない人だらけの中って疲れるね。今日は総務と人事と経理の合同歓迎会でさ。人酔いしちゃったよ。」

「あーわかるわー。まだ満員電車のがいくらかマシだよなあ」

「うん。まだ本部の同期とも全然打ち解けてないし。むがみん見て脱力しちゃったー。」

「あんま無理すんなよ?春風はるか福間ふくまもお前が異動して心配してたし。」

「うん。実は二次会サボってきちゃったんだ。」 

「その意気。」

 むがみんとダラダラ会話しながら駅まで行けば、脱力感のせいか改札の手前でつい足がもつれてしまう。

 むがみんが支えてくれた。

「大丈夫か?顔色良くないし。刈谷んちってけっこう遠いんじゃなかった?」

「うん。だいじょうぶだよ……」

「いやよくないだろ。」

 むがみんが私の腕を引いて、壁際まで連れて行って壁にもたれかからせてくれる。この日本語、合ってる?

 いかんなあ。彼女持ちのむがみんに迷惑かけちゃ。 

「うちこっから割りと近いし、うち来れば?」

「え?」

「多分春風が来てるし。あいつがいれば刈谷も安心だろ。」

「いや。さすがに二人の邪魔しちゃいかんよ」

「同期に遠慮すんな。むしろ春風喜ぶって。」

 同期の優しさが身に染みるけど。二人の愛の巣にお邪魔する図を参照すれば、刈谷の気まずさが目にプカプカと浮かぶ。

「タクシー使うか。」

 むがみんが私の手を引いてくれて。

 私は「いいよー。電車の中で寝てくから。」って言っているのに、この馬鹿力独走者の耳には届かない。

 だから、独走者には独走者で対抗するのが正解みたいです。

 目の前に現れた西の独走者、憂李月で。

「……どうしたんですか。」 

「わっ、す、憂さん?」

 人には無関心なむがみんが、珍しく目を丸くしている。

 そして夜風があるのに心なしか頬を赤くしている? え? 憂先輩の美貌に見惚れちゃった? わかるわかる。

「確か、横浜支部の、」

「あ。はい、横浜支部国際営業部三課の六神です。」

「本部総務課の、憂です。」

「はい。存じています。」

 普段の憂先輩なら、同じ会社の人間がいても自分から話しかけることなんてないはず。

 だって社内ですれ違っても会釈すらされないって、さっきも経理部長が大声で嫌味言ってたくらいだし。

「で、刈谷さんをどうするつもりですか。」

「は?いや、こいつ、体調悪いみたいで。こいつんちこっから2時間近くかかるんですよ。うちが近いから、とりあえずうちに連れて帰ろうかなと」

「は?」

「……え?」

「……」

 憂先輩の後ろにはタクシーの列ができていて、週末でもまだ早い時間のせいかお客さんは少ない。

 タクシーの運転手さんも大変だろうなあ。そんなことを思っていれば、憂先輩がじっと見てくる視線が刈谷の視界に入り込む。

 私がタクシーから憂先輩に視線を移せば、いつも私に向ける優しい先輩の目じゃない。

 細目で睨まれていて、心臓も喉の奥につかえるなにかも、全部がぜんぶ縮こまる。

 蔑むような先輩のドライな瞳。

 怖くて視線を外して。それから緩んだむがみんの手も外した。

「ありがとうね、むがみん。わたし、本当に大丈夫だから!」

「え?でもさっきふらついてたし、」

「だいじょぶだいじょぶ!鈍くさいだけだから。」

「……知ってるけど。」 

 憂先輩に、適当に愛想笑いを浮かべて、「失礼します。」と言って頭を下げた。

 先輩は何も言わず……。 あんなに優しかった先輩。どうしちゃったんだろう。

 逃げるようにして帰っちゃってごめんなさい。男の人に睨まれるの、やっぱり刈谷にはまだ難しいや。 

 高校生の頃、男の子に椅子を蹴られて睨まれたのが、ずっとトラウマなんだよね……。

 私が数学でその子の首位を奪っちゃって。相当悔しかったんだと思う。

 あの時の私を蔑むような瞳。無音な圧力ほど怖いものってないんだ。

 どうしよう。憂先輩に睨まれたこと、そんなに怖かったのかな。

 急に目に涙が溜まり始めて、疲れてるせいか周りがどんどんぼやけていく。

 怖いの? 怖かったの? 本当はね、悲しかったの。

 刈谷には優しいと思っていた、関西弁のふわりと柔らかい憂先輩。

 いきなりあんな風に突き放されちゃって、悲しくて仕方がない。

 一言でいいから、先輩の声が欲しかったな。

 涙がこぼれないよう頭を振って前に進めば、どこかの知らないおじさんと肩がぶつかった。

「どこ見てんだ!気をつけろよッ!」

 すごい剣幕で睨まれて、「すみません」が最後まで言えず。おじさんはずかずかと反対方面を歩いて行く。

 にじむ涙を手の甲でぬぐう。

 私も早く帰ろうと、ホームまでの階段を下りようとした。

 ばくばく心臓が鳴り止まない。

 ぼやけて霞んで、視界がよろしくないせいか、段差がよく分からなくって。

 かくんと膝が崩れた。

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