Se connecter「爽ちゃん!」
「わっ!」
腕をがっしり痛いくらいにつかまれて。刈谷は間一髪も二髪もまぬがれたのだ。
あわて果てた憂先輩によって。
「大丈夫?!」
「っ、せ、んぱい……」
またブワッと涙が溢れかけるも、憂先輩はなんでか、つかんでいた腕を持ち上げたまま反対の腕で私の身体をがっちり抱きとめている。
あっれーー……? 恥ずかしすぎて、涙、どっかいった。
憂先輩は軽々と私を持ち上げるように、階段の上へと引き戻す。
どうしたことか、それからそのまま先輩ったら、私を後ろから抱きしめてきたからもう大パニック。
「爽ちゃん、俺最低や。」
「へ?」
「勝手に爽ちゃんのこと、知らん女の子に見てしもた。」
「……え?」
「六神君と関係を持っとる女の子なんやって。勝手に決めつけて、ごめんなあ。」
「ええっ?! べ、べつにそんなことで謝らなくたって!」
「あかん……。爽ちゃんが違う女の子に見えてしもうたら、俺、なんかこう」
「こう?」
憂先輩が、後ろから私の顔先で、「なんかこう」の形を手で作ろうとする。でもその手はWhy?の形に変化した。
「続きの言葉が上手く出てこん。」
なんですかそれ。
「でもな?六神君と爽ちゃんが付きおうとる思うたら、色んな感情がうずまいてん」
「い、色んな感情?」
「ぐるぐるした、ぐわんぐわんしたやつ。」
「なんだか、ひ、ひどく抽象的ですね。。」
「あ、俺を馬鹿にしとる。」
「し、してません!」
それより恥ずかしい! 階段下りゆく人々がさめざめと見ています!
いたたまれない視線なのに、憂先輩の声が耳元で響くから、私の心臓は温まってしまう。
小さい身体がすっぽり、先輩の大きな手のひらに収まっている感覚。これが俗にいう『親指姫』の気持ちかもしれない。
親指に姫をつけるだけで愛おしくなる。昔の人のタイトルセンスを尊敬するな。
肩に乗っていた先輩の頭がふわりと浮いて、先輩の髪の毛がさらりと私の頬を撫でる。
やっと解放してくれた先輩。心が安心とちょっぴりの心残りを感じているから憂李月の温度が憎い。
「六神君には、れっきとした彼女がいてですね。超有名なストーリーなんですよ?」
「さっき六神君から事情聞いた。でもそのストーリー、ほんまに有名?俺、知らんかってん。」
そりゃあ先輩、他人に興味ないだろうし。
私がそのままホームを降りようとれば、また先輩に腕をつかまれた。
「爽ちゃんち、こっから遠いんやろ?」
「あ、はい。小田原の方で、」
「遠すぎん?今日は、俺んち来て休み。」
「へっ?」
「俺んち、こっから1、2、3駅やから。そんな青白い顔で遠方はるばる帰されへん。」
「いえッ、さすがに、家は!」
「なんで?」
出た! 秘技、憂李月堕とし。憂先輩が私の顔を覗き込んできた。
どうしよう。 私、男の人の家なんて始めてやし。
アラサーの男女について考えてみれば、これって、大人な関係も視野に入れて誘いをOKしなさいよってことなのかな?
同期の
若いころの方がずっと慎重で壁をつくっていた部分があったのに、仕事のストレスで自暴自棄になってどうでもよくなるって。
あれ? これってまゆゆだけの話かな。
先輩、すごくいいづらいんですけど、刈谷、27歳にして未経験でしてね?ありえないですよね?
魔法使いになったら魔法薬学は勉強したいけどクィディッチはやりたくないなあ。
私が気まずそうに俯いてしまえば、先輩が察してくれたのか。私の腕をパッと離してくれた。
「あ、ちがう。ちがうから、爽ちゃん。」
弁明するように手で“ちゃうちゃう”とメトロノームを刻む先輩。そのリズムは割りかしゆっくりだ。
「俺んち、メゾネットタイプでな?爽ちゃん2階で寝ればええし。俺、1階希望やから。ほんと、勘違いせんとって。」
いつも冷静で慌てた様子は見せないから、今も冷静に、のんびりと弁明しようとしている憂先輩。
「手は出さへん。安心して。って、言葉にする方が逆にあかんかもなあ。」
言いながら私の頭を撫でてくるから、説得力はどこにも見当たらず。でも先輩はふわりと柔らかく笑うから、きっと刈谷は妹のように扱われてるんだろうなあ。
「あ、帰りに爽ちゃんとおんなじ名前のアイス買うてこ?それならええ?」
「わたし、チョコが好きなんです!」
「俺はオーソドックスにバニラ。半分こする?」
「半分こして、マーブル模様作りたいです!」
「ん。じゃあ、俺んち行こっか。」
「ほ、ほい」
「ほい?」
「あ、アイスに釣られて、ほいほいついてく女でも、軽蔑しませんか?!」
な、なに言ってるんだろう刈谷。
顔から火が出そうで、一体自分が何を期待してついていくのか。ってちゃうちゃう、何のために行くのか、もうわけが分からない。
「軽蔑してたら、一緒にアイス半分こする話なんかせえへんよ?」
先輩が私の手を引いて、先輩路線のホームへと連れて行く。
まるで飼い主が、後ろを歩くチワックスを気にするように何度か振り返って。『大丈夫?大丈夫だよ。』って、私に微笑みかける憂先輩。
ホームの風に揺れる先輩への想い。勢い任せにちょっと強め。そのまま流れ出そうで、きゅっとスカートのひだを抑える。
先輩、先輩にとって私は妹ですか?それともペットですか?
体調の悪かった身体が、少しだけうきうきしている。
電車の中、端の一つ空いている席に、先輩が私に「座り?」と促してくれた。
先輩が吊り革を余裕の高さで持って、じっと私を見てくるその視線。そっと見上げれば、ふわりとまた大きな手が私の頭を撫でた。
「せ、せんぱいの鞄、持ちます!」
「ほんま?助かります。」
私が先輩のビジネスバッグと自分の鞄を抱えれば、先輩が「埋もれとる。」と笑いながら言った。
恥ずかしくって鞄を抱える手が震える。しっかり右と左を合わせて、鞄が落ちないよう支えた。
3駅目で降りようと席を立てば、電車とホームの間の隙間を気にしてくれたのか、先輩が私の手を取ってくれて。
車内に残る女性2人組に、「イケメンスーツの彼氏いいなあ。」と背中越しにささやかれた。
彼氏に見えます? 飼い主と小型犬って言われなくって良かったよ。
駅から出て30秒、私と同じ名前のアイスを買おうとコンビニに入った。
「爽ちゃん、どうする? 泊まってくんなら、下着買うとく?」
「うぇっ、そ、そうですねえ……。」
先輩ってすごいなあ。耳と心が合体した恥ずかしさというやつが、全くないのかなあ。
私よりも率先して私の下着を見ている先輩。あの、どうみればいいんですか?
「あ、俺のこと、やばい人や思てみとる?」
「ふぇ?! ええと、ちょっとやばい人ですね。」
「やばくてごめん。もの珍しくって。うっかり変態晒したわあ。」
そんなコンビニの店内には、若そうなカップルがいて。もう少し離れた向こうで情事の必須アイテムを選んでいるから。すぐに視線をそらした。
「ちょっと爽ちゃん、顔赤いなあ。熱あるんちゃう?」
額に貼り付けられた先輩の手が、刈谷の温度を測る。
心地いい先輩の手の感触。額から頬へと手が落ちてきて、さらに私の顔で体温を測る。
「やっぱ顔、ちっちゃ。」
私の顔を、憂先輩の大きな手のひらが覆う。
「あ、あそばれてます?」
「ふふっ、あそんでます。」
その手が顔から離れれば、眉を下げて微笑む先輩がそこにいるから。また顔が熱くなって、でも頑張って先輩と同じように微笑んでみせた。
「爽ちゃんの下着、俺の好きなバニラ色でいこ。」
「っ?!」
Sサイズのアイボリーショーツをさらりと手に取り、カゴに入れる先輩。
あまりにも自然な流れで入れるもんだから、やっぱ西のスパダリは女性の扱いに慣れてるのかなあって。
冷淡冷徹でも、女性と2人の時のボーナスステージは、すでに何度かクリア済み?
そうだよねえ。30歳だしスパダリだし。刈谷とはレベチなの当たり前かあ。わんわん。
気管支から胸につかえるものがあるけれど、白いご飯を食べて日本酒で流し込めば、きっとつかえも取れるはず。
なんて思っていたら、先輩が本当にレトルトのご飯とワンカップ酒をカゴに入れていた。
こんなところで以心伝心、発揮しなくてもいいですって。
レジに並んでいる前では、さっきのお若いカップルがお会計をしている。
その様子を見てなのか、先輩が小さく「あ、」と声を漏らした。
「買い忘れかなにかですか?」
私が先輩の代わりに取ってきましょうか?と尋ねれば、先輩は片手で口元を抑えて咳払いをする。
「……あかん。なんでもないよ。」
少し先輩の頬が赤く染まっている気がしたのは、気のせい?
「そ、それとですね! 家煎さんの件は、元は水樹さんが言い出したことでして!」「うん。家煎が爽ちゃんを飲み会に無理やり引き込んだこと、よう分かっとるよ。でも、あれはあかんわ。」「ぅえ……?」「家煎の噂。昔、女上司と不倫しとったって話。知っとる?」 ―――思い出した。 そういえば中華ダイニングの女子会でまゆゆが言ってたっけ。人事の家煎さんが、女上司に媚び売るために不倫してたとかなんとか。「あれ、半分ほんま。不倫まではいってへんけど、上司にしつこいくらいちょっかいかけとったってのは本当。」「えぇっ」「家煎は軽い男やから。歓迎会でも家煎が爽ちゃんに近づかんようにするの、大変やった。」 「……もしかして先輩。家煎さんと、仲いいんですか?」「まさか。」「…………」 「同期。仲は良くも悪くもないな。昔一度だけ、一緒にグランピングしたってくらいやし。」 はい? グランピング? あの、有害無益そうなパリピ星の家煎さんと? それってドライな先輩にとっては、とっても仲がいいってことなんじゃないんですか? 次月の週末。 先輩には、家煎さん主催の飲み会には不参加を表明していたはずなのに。 朋政課長に、同期の小窪さんも来るからと言われて、結果的に無理やり参加させられることとなった。もちろん、憂先輩も一緒に。「朋政課長の好きなタイプってどんな子なの〜?」「どこにでも突っ走っていくような子供じみた子ですかねえ。あ、でも特に年齢にも性別にも制限は設けてないですよ?」「ええーじゃあアラフォーの私でもいけるってこと〜?!」「もちろん水樹さんのような世話好きな女性でも、表面上はドライ、中身はウェットな西の憂君でも僕は全然いけます!」「あっはは〜! 残念ながら憂君の表情は今ひとつ変わってない〜!!」 朋政課長を目の前にして、ビールのピッチャーからそのまま飲み干そうとする水樹さん。右隣の私が慌ててジョッキを手渡した。 左隣には小窪さんがいて、私にこっそりと耳打ちをしてくる。 「あれ、今日古馬都さんは来てないんですか?」「ああ。なんか用事があるらしくって。」「そうなんですね。」 やっぱり今日はお子さんとご飯を食べに行くと言っていた古馬都さん。大君と巡ちゃんが
「俺ら同期6人さ、研修から一緒に愚痴言い合って頑張ってきたメンバーじゃん。大した思い出もないけど、定年まで一緒に飲めたらいいよなあとは思う。」「6人とも飲めるしね。」「刈谷が一番ザルだけどな。」 いつも感情のぶれることのない、冷静なむがみん。6人で飲んでいても、むがみんが潰れることはほぼない。 今の台詞は彼が言うからこそ意味を持つのだ。同期と飲めなくなるのが、本当に寂しいんだろうなあって。「じゃあな。星へ気をつけて帰れ。」「うん、ブラックホールに吸い込まれないよう頑張る。」 違う路線のホームへと降りていくむがみん。別れ際になって、ようやく私に笑顔を見せてくれた。 そのレアな笑顔に励まされて、少しだけ勇気が湧く。スマホを鞄から取り出して、ホーム画面を点灯させる。 映るのは、先輩と二人で一緒に撮った晴雲酒造の煙突の中での写真。煙突内は暗いはずなのに、てっぺんから差す太陽光がいい具合に私たち二人を照らしている。 頭の中にぽわりと灯る光。白い鳩が飛び去って、大きくゆっくりと鐘が鳴る。好きになれる男の人なんて、一生できないと思っていた。 先輩と私、もしかしたら何かが食い違っているだけかもしれないのに。このままもう、りっくんとは一生話すこともできないの? 涙がこぼれない内に。情緒不安定になる前に。震える指で、先輩の番号をタップしようとした。「すみません。ちょっと、道を尋ねたいんですけど。」「え、」 私に話しかけてきた声の主を見れば、私が見下ろせるほどの男の子が一人と、女の子が一人。 どっちもはっきりとした顔立ちの、そっくりな子供だ。今先輩に連絡しようとしていたのに。すでに頭の中身は双子のホラー映画でいっぱい。「あの、おうみ倉庫っていう会社は、どの出口から出ればいいですか?」 物怖じせず、しっかりと私の目を見て話す男の子。そして男の子の影に隠れて、恥ずかしそうにしている女の子。 目測だと、私より20センチ以上は低いはず。「ええと、央海倉庫は私が働いている会社ですけど、東京本部でいいんですよね?」「はい。」「良かったら、道案内しますよ?」「え……いいんですか?」「はい。いいですよ。」 少し目を泳がせた男の子。偶然話しかけた相手が、まさか探している会社の人間だったなんて、当然戸惑うのも無理はない。 証拠になるかと、
祖父の1周忌で実家に帰れば、私に結婚を促す親戚は誰もおらず。それどころか、お決まりの『彼氏はいるんか?』なんていうおじさん等もいない。 みいんな、刈谷爽が昔から不思議ちゃんだということを知っているから。 祖父母の家の庭先でトカゲを捕まえて、首にリボンを巻こうとしていた裸足の女の子。誰も私を捕獲しには来なかった。 一人でグロッキーでトリッキーな物語をつぶやきながら登校した小学生時代。気味が悪い不思議ちゃんに近づいてくる友達はほぼいない。 一人だけ私という人間に線引をしなかったのは、あどけない笑顔の男の子だった。 不思議ちゃんが中学に上がれば、数学の威力を発揮する。 数学検定に数学オリンピック。でも他の教科は平均以下。 鞄につけているキーホルダーは、口から血を流したウサギや首のないゴーストライダー。 いつの間にか宇宙人に変貌を遂げた私は、周りからは精神的な部分を怪しまれた。 それでも信じてくれていた父と母。そして、唯一小学生の頃から仲の良かった男の子。 彼の家は教育一家で、小学校低学年から塾は当たり前。常に母親からは成績1位でいろと言われ続けていたこともあり、中学では学年首位を獲得していた。 でもその首位を、数学だけ私が奪ってしまったのだ。 椅子を蹴られて、睨まれて。それ以来彼は私を無視するようになった。 男の子という存在が怖くなり、女子校、女子大に通った私。 社会人になれば、生きていくために背に腹は変えられず。男嫌いだなんて人種差別をしてはならないと自分に言い聞かせ、心の中でジェンダーの壁をとっぱらった。 女性も男性も、みいんな可愛いピンクのゾウさんとして扱った。 でもね、一人だけ、ピンクのゾウさんになれなかった男の人がいたんだよ――――……。 週明けのど真ん中。 財務に呼ばれて経理部予算案の説明をしにいった際、非常階段で朋政課長と、パンツスーツ姿の女性が話し込む場面に遭遇する。 踊り場で課長は、何かの図表を指差しながら、女性に注意を促している模様。 邪魔をしてはいけないと、気配を消して階段を降りていく。「統計の項目をもっと広い視野で考えてみて。顧客ニーズを意識した、具体的な統計表を作れって僕は言っているんだよ。」 「は、はい。すみません!」 強めな課長の口調に、声を震わせ
「ごめんね憂君! ちょっと遅れた! 課長につかまっちゃって!」 ゆるふわなミルクティー色の髪を靡かせて、バレッタで綺麗に髪を留め直す古馬都さん。 肩の後ろへと髪をやる仕草が、とっても色香を放っていて。まばらにいる社員さんたちの視線を感じる。「いえ。大丈夫です。」 少しだけ気まずそうに視線を落とす憂先輩。私はどう見ていいのか分からず、“私なら大丈夫ですよ”と無理に平常心の笑顔を作る。 「あ、こんにちは刈谷さん!」「こんにちは。」 私に、まばゆい美しい笑顔を向ける古馬都さん。この人が未だ独身だというのが信じられない。 背は高く、身体のしなやかな作りが古馬都さんの美顔に大変見合っている。それに比べて身長147センチで胸だけ大きめの私は、あまりにも滑稽だ。 いつ見ても、どこにも勝てる要素がないことに胸の痛覚が反応する。人と比べて劣等感を感じるのは、今に始まったことじゃないのに。 なんでかな。先輩に近しい女性だと思うと、今まで感じたことないほどの絶対的敗北感を感じてしまう…。 「で、憂君、私に用事ってなんだった?仕事の話?」「いえ。」「暫くインフルで休んでたから、きっと憂君に沢山迷惑かけたよね。」「いえ、全然。」 はう。 憂先輩から誘ったという、真実はいつも一つの事実。 関節がカクカクと、角度をつけるようにしか動かない。 せっかくの貴重な二人のお昼休み。私が邪魔をしてはいけないと、素早く頭を下げてその場を後にしようとする。 でも、すぐに古馬都さんに呼び止められた。「そういえば刈谷さん! 今度|家煎《いえいり》君主催の飲み会行くんだって?」 「うぇっ!? い、いえ、私は、」「こないだの合同会じゃ全然喋れなかったし、私も行こうかなって思ってるの!よろしくね!」「い、いや。あの私は、」「家煎君、刈谷さん来るのすっごい楽しみにしてたよ? 早速狙われてるけど、あれはオススメしないなあ〜。」 このタイミングで、その話。 家煎さんって仕事が早すぎる。まだ午前中に出た話しじゃなかった? まずいよなと先輩に向けられない自分の顔がオートマチックにこわばれば。前からカタリと器がぶつかる音が鳴った。 「その飲み会って、いつ?」「え?」「その飲み会って、いつですか?」 憂先輩が、私を一瞥して
『爽ちゃん、仕事忙しいよな。次いつ夕飯一緒いける?』「ええと。そうですねえ、来月初めの金曜日はどうでしょうか?」 『そこまで二人きりになるの、待てん。今週の金曜は?』「すみません。。今週は祖父の1周忌で実家に変える予定でして。来週はりっくん、研修ですもんねえ。」『いややわ。どうにかなる。』 電話ですれ違いを確認したところで、先輩とお付き合いをして1ヶ月が経ちました。 年末調整業務がようやく終わったと思えば、すでに決算に向けた業務が波のように押し寄せる日々。 羅列する数字とにらめっこするのは嫌いじゃないけれど、やっぱり横浜支部とは比べ物にならない量。エクセルの枠だって小さくなるし、用紙もA3以上のポスター並。 目に良いブルーベリー効果を狙って、できる限り朝はパンにブルーベリージャムを塗って食べている。心ばかりの効果すら期待はできないのだけれど。 そもそも部署の数が倍になるから、取りまとめるにも相当な精神力を要する。 ということですから、私は仕事の業務でいっぱいいっぱい。平日ご飯に行こうにも、どちらかが残業で都合がつかず。 もっとうつつを抜かしたい私に、疲労ばかりがのしかかり、おうちに帰っておよそ30分で夢の中。 つまり、先輩とは酒蔵巡り以来デートは出来ていない状態です。 「来期の予算申請、もう財務に回したんだって?さっすが数字の鬼だね刈谷さん!」 経理部課長代理の水樹さんが、すれ違いざまに私の肩を叩いて言った。「早かったですかね? 消耗品の予算、去年よりも1割増で出しておいたんですけれど、」 「助かる助かる! だあれがペーパーレスするかってのよ。裏紙なんて、ペンで大きく『あ』って書いて裏紙にしてやるってのよ! ねえ?」 節約しないにしても、わざわざ無駄に『あ』って書くのは面倒な気もします。 お子さんが一人いらっしゃるという水樹さんは、いつも気さくに話しかけてくれる良き上司だ。 このまま出世街道を突き進みたい気持ちはあれど、お子さんのためにせいぜい課長止まりの心構えで定年まで頑張っていきたいと、歓迎会で話してくれた。「ねえ! それよりさ。刈谷さんこの間、朋政課長に呼び出されてたじゃん?」「あ。ああー……。そうでしたね。」「刈谷さんって朋政課長と仲いいの?」 爛々と輝かせた目で、食い入るように見つめられる。 水樹さ
松岡醸造には、酒蔵には珍しく、大吟醸のソフトクリームなんてもんもある。 爽ちゃんと半分こしようと、一つだけ買うた。 一つだけ買うて半分こて。これってどう考えても誰かさんへの当てつけやんな? 俺の性格の悪さがこんな場面でも発揮するとは。 爽ちゃんだけを一点に見つめて、彼女の目の前にソフトクリームを差し出す。 すぐにキラキラと目が輝きだして、なんや、ご飯を待ちわびたワンコのようにもみえるのは内緒にしとこ。「半分こしよか。」「え? わ、私と半分こ、ですか?」 「いややった?」「い、いえいえ! ええと、ではりっくんからお先にどうぞ!」 爽ちゃんの小さな顔が赤くなっとる。キラキラさせたり、赤くなったり忙しないなあ。 言われた通り、先に一口ぱくりとソフトクリームを頬張る。唇に冷たい感触が残って、舌で舐め取れば、爽ちゃんに穴が開くほど見られた。 「どないした?」「……りっくんの色気にやられそうです。」「なんやそれ。」 “色気”なんて俺にある? 妙に照れくさくなって、今度はソフトクリームを爽ちゃんの口元に差し出した。 小さく口を開けて、舌を出す姿に脳内が悶えかける。自分の口がニヤけているんやないかと、慌てて手の甲で隠した。「ん! ちゃんとお酒の風味がありますね。でもさっぱりしてる!」「うん。アルコール分はないらしいけど、さっぱりしてて美味いな。」 大吟醸ソフトは美味いし、爽ちゃんはそれ以上にかわいい。そんなことはずっと前から知っとる。 でも、俺が持つソフトクリームを、そのまま俺の手首を両手でつかんで食べる爽ちゃん、かわいくてたまらん。 リスとか、ハムスターとか、今までは小動物にも似たかわいさを感じていたけれど。自分の彼女となってからは、もっとそのかわいさが際立ってかわいい。 語彙力が瀕死になるな。「爽ちゃん、口、ついとる。」「あ、ハンカチ、」 爽ちゃんが鞄からハンカチを取り出そうとしたところで、その唇についた大吟醸ソフトを指で拭う。「爽ちゃんの唇の温度で、いい具合に温まっとる。」 自分の指についたソフトクリームを一舐めすれば、爽ちゃんがピクリと反応するのが分かった。 顔を赤くして、不意にうつむく。今俺から見えるのは、爽ちゃんの頭。艶のある髪が天使の輪っかを作っとる。 爽ちゃんの行動一つ一つがたまらなく愛お







