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4.ねえ先輩。ギャップ慣れするにはどうしたらいいですか?

last update Date de publication: 2026-07-19 17:29:07

「爽ちゃん!」

「わっ!」  

腕をがっしり痛いくらいにつかまれて。刈谷は間一髪も二髪もまぬがれたのだ。

あわて果てた憂先輩によって。

「大丈夫?!」

「っ、せ、んぱい……」 

 またブワッと涙が溢れかけるも、憂先輩はなんでか、つかんでいた腕を持ち上げたまま反対の腕で私の身体をがっちり抱きとめている。

 あっれーー……? 恥ずかしすぎて、涙、どっかいった。

 憂先輩は軽々と私を持ち上げるように、階段の上へと引き戻す。

 どうしたことか、それからそのまま先輩ったら、私を後ろから抱きしめてきたからもう大パニック。

「爽ちゃん、俺最低や。」

「へ?」

「勝手に爽ちゃんのこと、知らん女の子に見てしもた。」 

「……え?」

「六神君と関係を持っとる女の子なんやって。勝手に決めつけて、ごめんなあ。」

「ええっ?! べ、べつにそんなことで謝らなくたって!」

「あかん……。爽ちゃんが違う女の子に見えてしもうたら、俺、なんかこう」

「こう?」

 憂先輩が、後ろから私の顔先で、「なんかこう」の形を手で作ろうとする。でもその手はWhy?の形に変化した。

「続きの言葉が上手く出てこん。」

 なんですかそれ。

「でもな?六神君と爽ちゃんが付きおうとる思うたら、色んな感情がうずまいてん」 

「い、色んな感情?」 

「ぐるぐるした、ぐわんぐわんしたやつ。」

「なんだか、ひ、ひどく抽象的ですね。。」

「あ、俺を馬鹿にしとる。」

「し、してません!」

 それより恥ずかしい! 階段下りゆく人々がさめざめと見ています!

 いたたまれない視線なのに、憂先輩の声が耳元で響くから、私の心臓は温まってしまう。

 小さい身体がすっぽり、先輩の大きな手のひらに収まっている感覚。これが俗にいう『親指姫』の気持ちかもしれない。

 親指に姫をつけるだけで愛おしくなる。昔の人のタイトルセンスを尊敬するな。

 肩に乗っていた先輩の頭がふわりと浮いて、先輩の髪の毛がさらりと私の頬を撫でる。 

 やっと解放してくれた先輩。心が安心とちょっぴりの心残りを感じているから憂李月の温度が憎い。

「六神君には、れっきとした彼女がいてですね。超有名なストーリーなんですよ?」 

「さっき六神君から事情聞いた。でもそのストーリー、ほんまに有名?俺、知らんかってん。」 

 そりゃあ先輩、他人に興味ないだろうし。

 私がそのままホームを降りようとれば、また先輩に腕をつかまれた。

「爽ちゃんち、こっから遠いんやろ?」 

「あ、はい。小田原の方で、」

「遠すぎん?今日は、俺んち来て休み。」

「へっ?」

「俺んち、こっから1、2、3駅やから。そんな青白い顔で遠方はるばる帰されへん。」 

「いえッ、さすがに、家は!」 

「なんで?」

 出た! 秘技、憂李月堕とし。憂先輩が私の顔を覗き込んできた。

 どうしよう。 私、男の人の家なんて始めてやし。 

 アラサーの男女について考えてみれば、これって、大人な関係も視野に入れて誘いをOKしなさいよってことなのかな?

 同期の福間ふくままゆゆが言っていた。アラサーになると、男の人との身体の関係が雑になるって。

 若いころの方がずっと慎重で壁をつくっていた部分があったのに、仕事のストレスで自暴自棄になってどうでもよくなるって。

 あれ? これってまゆゆだけの話かな。 

 先輩、すごくいいづらいんですけど、刈谷、27歳にして未経験でしてね?ありえないですよね?

 魔法使いになったら魔法薬学は勉強したいけどクィディッチはやりたくないなあ。

 私が気まずそうに俯いてしまえば、先輩が察してくれたのか。私の腕をパッと離してくれた。

「あ、ちがう。ちがうから、爽ちゃん。」

 弁明するように手で“ちゃうちゃう”とメトロノームを刻む先輩。そのリズムは割りかしゆっくりだ。

「俺んち、メゾネットタイプでな?爽ちゃん2階で寝ればええし。俺、1階希望やから。ほんと、勘違いせんとって。」

 いつも冷静で慌てた様子は見せないから、今も冷静に、のんびりと弁明しようとしている憂先輩。 

「手は出さへん。安心して。って、言葉にする方が逆にあかんかもなあ。」 

  

 言いながら私の頭を撫でてくるから、説得力はどこにも見当たらず。でも先輩はふわりと柔らかく笑うから、きっと刈谷は妹のように扱われてるんだろうなあ。

「あ、帰りに爽ちゃんとおんなじ名前のアイス買うてこ?それならええ?」 

「わたし、チョコが好きなんです!」

「俺はオーソドックスにバニラ。半分こする?」

「半分こして、マーブル模様作りたいです!」

「ん。じゃあ、俺んち行こっか。」

「ほ、ほい」

「ほい?」

「あ、アイスに釣られて、ほいほいついてく女でも、軽蔑しませんか?!」

 な、なに言ってるんだろう刈谷。

 顔から火が出そうで、一体自分が何を期待してついていくのか。ってちゃうちゃう、何のために行くのか、もうわけが分からない。  

「軽蔑してたら、一緒にアイス半分こする話なんかせえへんよ?」

 先輩が私の手を引いて、先輩路線のホームへと連れて行く。

 まるで飼い主が、後ろを歩くチワックスを気にするように何度か振り返って。『大丈夫?大丈夫だよ。』って、私に微笑みかける憂先輩。

 ホームの風に揺れる先輩への想い。勢い任せにちょっと強め。そのまま流れ出そうで、きゅっとスカートのひだを抑える。

 先輩、先輩にとって私は妹ですか?それともペットですか?

 体調の悪かった身体が、少しだけうきうきしている。

 電車の中、端の一つ空いている席に、先輩が私に「座り?」と促してくれた。  

 先輩が吊り革を余裕の高さで持って、じっと私を見てくるその視線。そっと見上げれば、ふわりとまた大きな手が私の頭を撫でた。

「せ、せんぱいの鞄、持ちます!」

「ほんま?助かります。」 

 私が先輩のビジネスバッグと自分の鞄を抱えれば、先輩が「埋もれとる。」と笑いながら言った。

 恥ずかしくって鞄を抱える手が震える。しっかり右と左を合わせて、鞄が落ちないよう支えた。

 3駅目で降りようと席を立てば、電車とホームの間の隙間を気にしてくれたのか、先輩が私の手を取ってくれて。

 車内に残る女性2人組に、「イケメンスーツの彼氏いいなあ。」と背中越しにささやかれた。

 彼氏に見えます? 飼い主と小型犬って言われなくって良かったよ。

 駅から出て30秒、私と同じ名前のアイスを買おうとコンビニに入った。

「爽ちゃん、どうする? 泊まってくんなら、下着買うとく?」

「うぇっ、そ、そうですねえ……。」

 先輩ってすごいなあ。耳と心が合体した恥ずかしさというやつが、全くないのかなあ。

 私よりも率先して私の下着を見ている先輩。あの、どうみればいいんですか?

「あ、俺のこと、やばい人や思てみとる?」      

「ふぇ?! ええと、ちょっとやばい人ですね。」

「やばくてごめん。もの珍しくって。うっかり変態晒したわあ。」

 そんなコンビニの店内には、若そうなカップルがいて。もう少し離れた向こうで情事の必須アイテムを選んでいるから。すぐに視線をそらした。

「ちょっと爽ちゃん、顔赤いなあ。熱あるんちゃう?」

 額に貼り付けられた先輩の手が、刈谷の温度を測る。

 心地いい先輩の手の感触。額から頬へと手が落ちてきて、さらに私の顔で体温を測る。

「やっぱ顔、ちっちゃ。」

 私の顔を、憂先輩の大きな手のひらが覆う。

「あ、あそばれてます?」

「ふふっ、あそんでます。」

 その手が顔から離れれば、眉を下げて微笑む先輩がそこにいるから。また顔が熱くなって、でも頑張って先輩と同じように微笑んでみせた。

「爽ちゃんの下着、俺の好きなバニラ色でいこ。」

「っ?!」

 Sサイズのアイボリーショーツをさらりと手に取り、カゴに入れる先輩。

 あまりにも自然な流れで入れるもんだから、やっぱ西のスパダリは女性の扱いに慣れてるのかなあって。

 冷淡冷徹でも、女性と2人の時のボーナスステージは、すでに何度かクリア済み?

 そうだよねえ。30歳だしスパダリだし。刈谷とはレベチなの当たり前かあ。わんわん。

 気管支から胸につかえるものがあるけれど、白いご飯を食べて日本酒で流し込めば、きっとつかえも取れるはず。

 なんて思っていたら、先輩が本当にレトルトのご飯とワンカップ酒をカゴに入れていた。

 こんなところで以心伝心、発揮しなくてもいいですって。

 レジに並んでいる前では、さっきのお若いカップルがお会計をしている。

 その様子を見てなのか、先輩が小さく「あ、」と声を漏らした。

「買い忘れかなにかですか?」

 私が先輩の代わりに取ってきましょうか?と尋ねれば、先輩は片手で口元を抑えて咳払いをする。

「……あかん。なんでもないよ。」

 少し先輩の頬が赤く染まっている気がしたのは、気のせい?

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