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35話

last update publish date: 2026-09-16 14:13:50

逃げ道は与えた。

それなのに、何でお前はーー

震える声で「やります」と答えた真子に、司の胸が締め付けられる。

痛い、苦しい。

真子がここに来る前に、散々心を殺そうとしたのに、また、うまくいかなかった…

ダメなんだ。

真子を選んじゃダメなんだ。

司は額に手を当てると、真子から見えないようにその目を隠した。

隠された瞳が、悲痛に揺れる。

その間、呼吸を整えていた真子は、最後にふうっと息を吐き出すと、

「話は以上でしょうか、門脇社長」

覚悟を決めたような真子の声に、司は思わず顔を上げた。

「本当に、それでいいのか?」

つい、思ったことが、そのまま口をついて出た。

司のその言葉に、真子が反応する。

前にも、こんなふうに彼に問われたことがあった。

それは司が真子の妊娠を知ったときだった。

「その子らはお前の子であって、俺の子ではない。育てるのは勝手だが、俺の目の届かないところでやれ」

真子は俯いていた顔を上げて、一言、

「もちろんです」

そう言ってから、

「産むことを許してくださりありがとうございます。決して、
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    逃げ道は与えた。 それなのに、何でお前はーー 震える声で「やります」と答えた真子に、司の胸が締め付けられる。 痛い、苦しい。 真子がここに来る前に、散々心を殺そうとしたのに、また、うまくいかなかった… ダメなんだ。 真子を選んじゃダメなんだ。 司は額に手を当てると、真子から見えないようにその目を隠した。 隠された瞳が、悲痛に揺れる。 その間、呼吸を整えていた真子は、最後にふうっと息を吐き出すと、 「話は以上でしょうか、門脇社長」 覚悟を決めたような真子の声に、司は思わず顔を上げた。 「本当に、それでいいのか?」 つい、思ったことが、そのまま口をついて出た。 司のその言葉に、真子が反応する。 前にも、こんなふうに彼に問われたことがあった。 それは司が真子の妊娠を知ったときだった。 「その子らはお前の子であって、俺の子ではない。育てるのは勝手だが、俺の目の届かないところでやれ」 真子は俯いていた顔を上げて、一言、 「もちろんです」 そう言ってから、 「産むことを許してくださりありがとうございます。決して、門脇社長にも、門脇社長のご家族の皆さまにも、ご迷惑をおかけするようなことはいたしませんので」 「ーーーー」 真子から目を逸らし黙りこくる司に、真子は深々と頭を下げた。 司はその姿を目にし、たまらず、その場から立ち去ろうと踵を返す。 だが、ふいに立ち止まると、 「本当に、それでいいのか?」 真子はゆっくりと頭を上げ、 「もちろんです」 司の背中に向かってもう一度、そう答えた。 真子の答えを耳にして、司はそれ以上何も言うことなく、早足にその場から去っていったーー 以前の記憶を思い出して、真子は苦笑すると、 「他に、何か方法があるんですか?」 もちろんです、とは言わず、そう尋ねてみる。 瞬間、司の顔に苦しさと悲しさが混ざったような表情が浮かんだ。 それを自覚した司は、慌てて顔を下に向けると、 「話はもう済んだっ!さっさと出ていけっ!」 そう言って、顔を下に向けたまま、社長室のドアを指差した。 司に何かを期待したわけじゃない。ただ、前とは違う言葉を言いたかっただけーー 真子は司に向かって「失礼しました」とお辞儀をすると、し

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    確かに行くべきではない。 門脇会長からは、とことん嫌われている。 けれどーー 麗子さんには恩がある。 彼女の家庭を壊してしまったという、罪悪感もあるーー だが、小森はどうやら、それすら読んでいたらしい。 続けて小森からメッセージが届く。 『真子ちゃんの気持ちはわかるよ。会長に恩義を感じているんだよね?』 『けど、今は時期が悪いかな。会長、高梨さんのお見舞いに病院来てたみたいなんだけど、そこで倒れたらしいんだ』 『だから処置が早かったんだけどね。その点は良かった。ただ、高梨さんの入院の理由を会長は知っていることになる』 真子はそこでうつむいた。 『それに何より、会長が倒れたことで司くんがまいってる』 真子の胸が、鷲掴みされたように痛んだ。 前にも一度、司のその姿を見たことがあったからだ。 あんなに大きな逞しい背中が、あの日だけは、あまりに脆く、弱々しく見えた。 「お前になんて、出逢わなければよかった…」 絞り出すような声で、司からそう言われたことを思い出す。 ピコン メッセージの受信音に、真子は再びスマホに目をやった。 『司くんにも会長にも、高梨さんが付いてるよ』 真子は、フッと笑った。 部外者の出る幕はなし。了解です。 真子がメッセージを打つ。 『止めてくれてありがとう、悠介くん。危うく場違いなことをするところだった』 すぐさま小森から、 『そんなつもりで言ったんじゃないよ。だから、自分を責めないで』 小森の思いやりに、真子は、ふっと笑った。 『それに、僕にお礼もいらないよ。僕はただ、真子ちゃんの傷ついた姿を自分が見たくないってだけだから』 『そろそろ着くから、またね』 真子が『うん、ありがとう。商談、がんばってね』と送ると、小森からガッツポーズをした白猫のスタンプが送られてきたのだった。 ーーーーーーーーーーーーーーー 次の日。 真子は予定通り仕事に復帰した。 いつも通りに仕事道具を車に詰め込んでいた時、真子の会社の社長である千田(せんだ)が話しかけてきた。 「清川さん、身体はもう大丈夫?」 真子は千田に頭を下げて、 「はい、もう大丈夫です。一週間も休みをいただいてしまって申し訳ありませんでした」 千田は、いやいや、と

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    小森のその質問に、真子はキョトンとしている。 小森は困ったように笑うと、 「あれ?僕何か変なこと聞いちゃった?」 真子も困ったように笑って、 「ん?あれ?今、悠介くん、お隣さんは一人暮らしの高校生って言った?」 「うん、言ったよ。言ったけど…それがどうかした?」 だが、真子はヘラヘラと笑うと、 「えー、うっそだ〜。お隣さんが高校生とか、冗談だよね?」 だが、悠介が眉を下げて自分を見つめている姿に、真子は口を閉じると、次に難しい顔をして額を抑えた。 「真子ちゃん?」 心配する小森に、真子はふーっと長く息を吐き出して、 「その高校生って、黒い学ランを着た、背の高い子?」 「ああ、うん。そうだね、その子で合ってると思う。けど、ねえ真子ちゃん?そろそろ、僕にもちゃんと分かるように教えてくれる?」 だが、自分の考えで頭がいっぱいだった真子には、小森の言葉が届かなかった。 代わりに、なんてこった、というように唇を噛む。 その学ランを着た高校生とは、時間が巻き戻る前にも、アパートの中で何度かすれ違ったことがあった。 なんなら、つい先日も階段ですれ違っている。 朝、可燃ゴミを出しに行った帰りに、階段で学ラン姿のその子とすれ違った。 「いってらっしゃい」と声を掛ける真子に、その子は決まって「っす」と、だけ返事をする。 その子の目にはいつも、さらさらの前髪がかかっていて、真子とすれ違う時は決まって目を伏せたまま、こちらを見ようとはしなかった。 思春期の男の子らしいな そんな風に微笑ましく捉えていたのだがーー キャラ、違いすぎませんか? 「真子ちゃんっ‼︎」 小森の強い呼びかけに、真子はビクッと反応した。 「ごめん、ごめん」と顔を上げると、小森がかなり焦ったような顔をしていたものだから、 「ごめんね」 と、真子は笑って、再度小森に謝った。 「僕の話、聞こえてた?」 どこか沈んだ声の小森に、真子は弁明するように、 「ごめん、ちょっと考え事してて…ごめんなさい、聞いてませんでした。ごめんなさい!」 真子は頭を下げた。 その後頭部を黙って見下ろしている小森だったが、ちらりと目線を上げて、自分を伺っている真子のその仕草に、思わず笑ってしまう。 真子は顔を上げると、

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