Share

第5話

Author: 霜晨月
last update Petsa ng paglalathala: 2025-11-21 17:26:38

男は首をがくりと傾けたまま岩に凭れ、ぴくりとも動かなくなった。

周歓はそっと近づき、男の鼻先に指を当てて息を確かめた。だが、そこには冷たい静寂しかなかった。

顔面蒼白になった。彼はただ生きたかっただけで、逃れたかっただけで、この男を殺すつもりなど欠片もなかった。

しかし、現に人は死んでいる。それも自分が蹴り飛ばし、岩に叩きつけて殺してしまったのだ。どうすればいい?

それに、ここはいったいどこなのか?

周歓が辺りを見回すと、不気味な森のような場所で、遠くにはぽつぽつと灯りが瞬いている。

周歓は必死に気持ちを落ち着け、「毒を食らわば皿まで」と腹を括り、男の死体を引きずって先ほどの穴へ押し込み、近くのシャベルを手に取って埋めようとした。

だが、土をかき始めてすぐに、「いや、違う」と思い直した。

もしここが王宮の外なら、死体を埋めてしまえば誰にも気づかれまい。

しかし、ここが王宮の内部だったとしたらどうだ? 部外者である自分が、王宮内で人を殺した。そんな状況で、どうやってごまかし、どうやってここから出る?

周歓は必死に頭を回転させ、ふと一つの妙案に行き着いた。

彼は穴に飛び降り、男の身体に付いた土を丁寧に払い落とし、その着物を剥ぎ取って自分の身にまとった。

この男はもう動かない。しかし、その身分は、まだ利用できる。少なくとも、王宮から脱出する助けにはなるはずだった。

死体を埋め終えると、周歓は誰のものとも知れぬ衣服を身にまとい、埃にまみれた姿のまま、その場を後にした。

灯りの方へしばらく歩き続けるうち、彫刻を施した欄干や絵画で飾られた建物、亭や楼閣が静謐に点在する風雅な庭園へと辿り着いた。

道すがら、何人もの人影とすれ違ったが、彼らの衣装は周歓の着ているものと同じだった。

周歓は深々と頭を垂れ、極力相手と目を合わせぬよう、足早にその脇を通り抜けていった。

夜の闇が身を隠してくれているおかげか、周歓の異様さに気づく者はひとりもいなかった。

周歓は胸を撫で下ろした。ここは明らかに皇宮の内側であり、先ほどの人々が自分を怪しまなかったのは、この衣服のおかげに違いない。

もし先の男の衣を剝ぎ取っていなければ、今頃は皇宮に侵入した不審者として捕らえられていたはずで、その場合、逃げ出すどころの話ではなかった。

「あのクソ皇帝、本当に無情なやつだ。ベッドを降りた瞬間、手のひら返しとはな」

周歓が小声で悪態をつきながら歩いていると、不意に向かいから輿を担いだ一団がゆっくりと近づいてきた。慌てて手を下げ、うつむきながら道の脇へ身を引く。

輿が近づくにつれ、濃密な香が風とともに漂ってくる。周歓は顔を上げることもできず、ただ輿の上から響いた女の声に耳を澄ませた。

「お止め」

その一声にふさわしく、輿はゆるりと止まった。そこには錦の衣をまとった華やかな貴婦人が端座しており、わずかに顔を横に向け、木偶の坊のように佇む周歓を静かに見据えていた。

貴婦人が穏やかに口を開く。「そなた、名は何という?」

周歓ははっとし、しまったと内心焦った。服は着ていても、この男の名を知らない。どうごまかすべきか。

「わ……わたくしは……」

しばらく口をもごつかせた末、やけのやんぱちで声を発した。

「しゅ、周歓と申します」

「周歓?」

貴婦人はわずかに眉をひそめた。

「聞いた覚えのない名だな。新入りの宦官か?」

「は、はい! 本日入宮したばかりでございます」

周歓はすかさず相手の言葉に乗じた。

そのとき、貴婦人の傍らに控えていた宮女が鼻を鳴らして言い放つ。

「道理で礼儀を弁えぬわけです。皇后様の御前で跪きもせず、木偶の坊のように突っ立っているとは」

その言葉でようやく、どうして自分が目を留められたのか悟った周歓は、どさりと地面に膝をつき、慌てて叫んだ。

「わたくし、礼儀知らずにて万死に値します! 皇后様、どうかお怒りをお鎮めください!」

初め、周歓は輿にいるのはどこかの妃嬪だろうと思っていた。しかし、大楚の皇宮において輿に乗る資格を持つのは、親王と皇后のみであることを知らなかった。

輿とは、実際には広く快適な椅子に両側から二本の竹竿を通したもので、担ぎ手が二人の場合もあれば四人の場合もある。それらはすべて、乗る者の身分で定められているのだ。

通常、親王と皇后が許されるのは二人担ぎの輿である。

しかし今、目の前の気品ある貴婦人が乗っているのは四人担ぎの輿だった。

それこそが、彼女が他の誰でもなく、大楚において天下の母と仰がれ、朝廷に絶大な影響力を持つ国母──陳ちん皇后である証拠だった。

その輿を一目見れば、彼女の身分がどれほど尊いかは疑いようもない。

「よい、立て」

陳皇后は少しも怒った様子を見せず、ゆったりと輿の背にもたれ、落ち着いた声音で告げた。

「こちらへ。余がよく見てやろう」

周歓は慌てて立ち上がり、小走りで皇后のそばに寄って、そっと顔を上げた。

陳皇后はその顔立ちをじっと見つめ、剣のように整った眉、星のごとき瞳、凛々しさを湛えた相貌を目にすると、思わず舌を巻いて感嘆した。

「なかなかいい男じゃないか。小僧、お前の直属の上司はどこの宦官だい?」

Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App

Pinakabagong kabanata

  • この男、毒花の如く   第265話

    夕暮れ時、周歓が家へ足を踏み入れると、食欲をそそる濃厚な香りが漂ってきた。鶏を煮込む匂いだ。その匂いは、厨房に繋がる裏庭から流れてきていた。裏庭へ向かって歩いていくと、遠くから楽しげな笑い声が聞こえてきた。庭でせわしなく立ち働いているほっそりとした人影は、他でもない孟小桃であった。孟小桃は作業のしやすい粗末な麻の着物姿で、薪を割ったり水を運んだりと、まるで独楽のように、周歓の両親の周りをくるくると動き回っている。厨房で腕を振るっているのは、周歓の父である周勁松だ。寡黙で厳格な性格だが、見事な料理の腕前を持ち、味にもうるさい彼は、三十を過ぎた今でも毎日欠かさず自ら包丁を握っていた。父とは対照的に、母の孫氏は元々豪商の令嬢であり、気さくで親しみやすい性格をしていた。ただ一つの欠点は、何をするにも手先が不器用なことである。おまけに彼女はじっとしていられない性分で、夫が厨房で忙しくしているのを見ると、いつもそばをうろうろと歩き回り、何か手伝おうとするのだ。だが結局は裏目に出て、良かれと思ってやったことで余計な手間を増やしてしまうのが常であった。こうした些細な諍いで、夫婦は日常的によく口論になっていた。周歓にとって、それはとうに見慣れた日常の光景である。しかし、孟小桃が来るようになってから、周家は急に和やかになった。孟小桃は手際が良く、機転も利き、何かあればいつも率先して手伝ってくれる。夫婦が今にも喧嘩になりそうなのを見ると、彼はいつも自然な様子で間に入り、それとなく話題をそらしてしまうのだ。時が経つにつれ、孟小桃は周家を円滑に回す潤滑油となり、一家に笑顔をもたらす存在となっていった。特に孫氏は、孟小桃を見るだけで目尻を下げて喜び、まるで十歳も若返った

  • この男、毒花の如く   第264話

    案の定、沈驚月は微かにまぶたを引きつらせた。「どうしてだ」周歓はさも訳知り顔で分析し始めた。「そんなの聞くまでもないだろう?こいつはすごく綺麗じゃないか。他の扇子を見てみろよ。白か黒ばかりで、つまらないったらありゃしない!これだけが、こんなにも他と違って際立っている。この色を見てみろよ、隣の親父の被り物より、よほど青々とした見事な緑色だぜ。何て言ったっけな……そうそう、『青は藍より出でて藍より青し』ってやつだ!俺に言わせりゃ、この極彩色こそあんたにお似合いだ」沈驚月は鼻を鳴らし、見下すような顔つきで言った。「俗悪極まりないな」周歓は蛙の面に水といった調子で言い返した。「今頃気づいたのか」口では嫌がりながらも、沈驚月はすぐさま店主に振り返って言った。「主人、この三本とも、私がもらおう」周歓は呆気に取られた。「三本とも買うのか?だったら何で俺に選ばせたんだよ。まったく、無駄口を叩かせやがって」沈驚月は彼を横目で流し見た。「つべこべ言わずに、さあ、金を払え」その言葉に、周歓は途端にぽかんと口を開けた。「金を払う?何の金だよ」「もちろん、この三本の扇子の代金だ」沈驚月は腕を組み、笑っているような、いないような表情で彼を見つめた。「でなければ、私がここへお前を連れてきたのは、本気

  • この男、毒花の如く   第263話

    「悪いが、今は手が離せないのでな。大将軍殿の相手はしていられないよ」周歓は気だるげにひらひらと手を振ると、顔を背けて薛炎と酒を飲み続けた。沈驚月は下唇を噛み、すぐさま一歩前に出ると、周歓の手からひったくるように酒を奪い取った。「何をする……」周歓が文句を言う間も与えず、沈驚月はぐいと顔を仰向け、ごくごくと喉を鳴らして壺に残っていた酒を一気に飲み干した。周歓は目を丸くして勢いよく立ち上がると、大声を張り上げた。「おい!なんで全部飲んじまったんだよ!?それは皇太子殿下が薛炎殿に振る舞った酒だぞ!」沈驚月は横目で睨みつけた。「なんだ?太子殿下の酒は、この私が飲んではいけないとでも?」「お前……!」周歓が言い返そうとしたところを、薛炎がぐいと引き止めた。薛炎は愛想笑いを浮かべて言った。「飲んでいただけますとも。大将軍殿、お好きなだけお飲みください!」沈驚月は口元を拭い、空っぽになった酒壺を周歓の胸元へ放り投げた。「酒は飲み終わった。これで私と一緒に来てもらえるな?」周歓は美味しい酒を堪能する間もなく、沈驚月に引っ張られて驍騎営を出ると、有無を言わさず馬車に押し込まれた。沈驚月もすぐさまその後から周歓の隣に腰を下ろし、御者に向かって声をかけた。「西市へ向かえ!」ここ洛陽では、高官や貴族の多くは東市の周辺に居を構えており、東市で売られている品物も、そのほとんどが高価な珍品であった。一方、異国の豪商たちは西側に集まっているため、西市で出回る品物は比較的日常的で、庶民向けのものが多い。日はすでに高く昇り、一日の中で最も賑わう昼時の市が立っている時間帯であった。二人は人通りの多い賑やかな大通りを歩いていた。沈驚月は大股でぐんぐん進み、周歓は訳が分からないままその後を追いかけて尋ねた。「俺を昼の市なんかに連れてきて、一体何をするつもりだ?」「ここに来て、買い物以外に何をするというのだ」沈驚月は振り返ることもなく、両目を真っ直ぐ前へ向けたまま、いかにも悠然とした様子だった。周歓はますます訝しんだ。「いや、天下に名だたる沈大将軍のそばに、従者の一人もいないわけがないだろう?どうして俺を供の者として引っ張り回すんだよ」言い終わるか終わらないかのうちに、沈驚月がふいに足を止めた。周歓は避けきれずに、ゴツンと沈驚月の後頭部に鼻をぶつけ、痛み

  • この男、毒花の如く   第262話

    詳しく尋ねようとした矢先、ふいに遠からぬ場所から馬の蹄の音が立て続けに響いてきた。周歓が顔を上げて見やると、見覚えのある人影が高頭の大馬に跨り、深紅の披風を羽織って、兵士たちに囲まれながらゆっくりと陣営の中へ歩み入ってくるのが見えた。その見慣れた姿を目にした途端、周歓の心にあった疑念はすっかり吹き飛んだ。「沈驚月!?あいつ、どうしてここへ来たんだ」薛炎が言った。「なんだ、お前知らなかったのか。沈驚月殿は今や大将軍となり、都の禁軍三十万を総べるお立場だ。我ら驍騎衛も当然その例外ではない」「大将軍だって!?」周歓は思わず舌を巻いた。今回の政変において、沈驚月は統帥の一人として、確かに少なからぬ功績を上げていた。しかし、蕭晗が沈驚月にこれほどの厚い信任と優遇を与えようとは、周歓は思いもよらなかった。薛炎は周歓の肩を叩いて言った。「お前も斉王殿下も、恩賞を固辞するからだろうが。斉王殿下が兵を率いて兗州へお戻りになられたのはまだいい。あの方は藩王という身分ゆえ、陛下の御傍に残ればいらぬ疑いを招きかねないからな。だが、お前はどうだ。あれほどの大功を立てておきながら、いかなる官職も望まないとは。沈驚月のほかに、陛下は誰に恩賞を賜ればよいというのだ。それに、沈驚月はなんといってもあの沈琮の末裔だからな」周歓は言った。「確かに。沈琮もかつて大将軍を務めていたからな。そう考えると、彼ら沈家代々の伝統とも言えるだろう」「だが、あの頃と今とでは事情が違う。かつて沈琮が大将軍に任じられた時はそれこそ順風満帆だったが、今の沈驚月は危急の際に命を受け、どうしようもない厄介事を引き継いだようなものだからな」周歓は好奇心をそそられ、それ

  • この男、毒花の如く   第261話

    帝と皇太子を守った功績により、薛炎と薛氷も昇進を果たしていた。今の二人はもはや蕭昱の近侍ではなく、左右の驍衛を領し、禁軍である驍騎衛を統率する立場にある。懐竹は蕭昱のあまりにも痛々しい表情を見て、たちまち心を打たれて言った。「皇太子殿下……懐竹はもちろん、皇太子殿下のお側を離れたりいたしません」蕭昱は目を輝かせ、大喜びで言った。「本当!?絶対に離れないね」懐竹は泣き笑いのような顔になり、ただ頷くほかなかった。情に訴えかけるとは見事な手だ。傍らで見ていた周歓は、思わず心の中でニヤリとした。懐竹は身分が低く、その上かつては陳皇后の男寵であったのだから、宮中ではさぞかし冷たい目で見られてきたことだろう。蕭昱は皇太子という尊い身分でありながら、懐竹の出自など少しも気に留めず、心の底から彼に優しく接しているのだ。懐竹が深く恩義を感じないわけがなかった。それに、一人きりになった蕭昱がひどく孤独であることも確かであった。本来なら蕭昱の側には薛炎と薛氷がいた。この兄弟は長年蕭昱に寄り添い、とっくに家族も同然の絆で結ばれていたのだ。ところが今や、兄弟はたった一枚の辞令で驍騎営の配下に組み込まれてしまったのである。そして蕭昱は皇太子という立場ゆえ、容易に皇宮を離れることはできず、当然ながら昔のように頻繁に顔を合わせることもできなくなった。あの日、別れ際に蕭昱は周歓に対し、自分の代わりに薛炎と薛氷の様子を見に行ってほしいと頼んでいた。翌日、周歓は蕭昱からの重大な頼みを引き受け、一壺の酒を手に、皇城の外に駐屯する驍騎衛の陣営へと足を運

  • この男、毒花の如く   第260話

    「今夜は……ここに残ってくれ。行かないでほしい」激しい情事の後、蕭晗は全身の力をすっかり抜け落とし、周歓の胸に抱かれながらそう懇願した。周歓は彼の背中を優しく撫でるだけで、何も答えなかった。蕭晗は恨みがましい瞳で彼を見つめた。「どうして……そなたはかたくなに朝廷に残って官に就こうとしないのだ。そなたが一言頷きさえすれば、朕はそなたを一人に次ぎ万人の上に立つ地位に就かせてやれるというのに。これでもまだ……何か不満があるというのか」「不満などありませんよ」周歓は蕭晗の汗に濡れた鬢髪を指で掬い上げ、うつむいて彼を見つめた。蕭晗は潤んだ瞳で見上げ、眉をひそめて言った。「ならば、なぜだ」周歓は涙の痕が滲む蕭晗の目元の泣きぼくろを指先で優しくなぞり、低い声で言った。「私はもとより、官吏の器ではありませんから。私がしたいのは、たった一つだけです」蕭晗は胸を早鐘のように鳴らしながら尋ねた。「何だ」周歓は意味ありげな笑みを浮かべ、蕭晗の耳元に顔を寄せた。「天下を納めるよりも、陛下をこの腕に抱くほうが、よほど面白そうに見えますのでな」言葉が終わるか終わらないかのうちに、周歓は身を翻し、再び蕭晗を下に組み敷いた。蕭晗が抗議の声を上げようと口を開いた途端、その唇は塞がれ、喉の奥からただ微かな甘い喘ぎ声だけが途切れ途切れに漏れ出すばかりであった。程惟湘の言った通りだ。周歓という男は、紛れもなく傲慢

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status