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第17話

Author: ルーシー
智也は愛莉を席から落ちないように彼女を抱き上げた。

同時に、愛莉が指し示す方向へ視線を向けた。

暗い照明の中でも、一目で玲奈と昼間に会った昂輝がそこにいるのが分かった。

彼らが座っているVIPシートは、普段、彼が愛莉と沙羅の演奏会に来る時いつも座る席だった。

つまり、この東昂輝があの席を買った人物だということか。

その時、絶えない拍手と喝采の中で、昂輝は玲奈の方に身を乗り出し、こっそりと何か言ったようだ。すると、玲奈の口元には微かな笑みが浮かんだ。

距離がそれほど遠くなかったので、智也はすべてをはっきりと見ることができた。

玲奈は智也の前では、こんな笑顔を見せることがほとんどなかった。笑ってもいつも媚びを売るような表情ばかりだった。

玲奈がこんな風に誰かに笑う姿を見るのは初めてだった。

彼は漠然と、玲奈が昂輝との関係が先輩後輩のような単純なものではないと感じたが、あまり深く考えなかった。

視線を戻し、智也は小さな頭をあげて答えを待つ娘を見下ろし、微笑んで淡々と言った。「確かにママだ」

愛莉は父親から確信を得ると焦るように言った。「でも、ママはパパのお嫁さんじゃないの?何で他の男とあんなに近くいるの?あの距離、もうすぐキスしそうなくらい近いよ」

智也は黙り込み、また玲奈たちの方向をちらりと見た。彼女は昂輝ととても仲がよさそうに楽しく話し込んでいた。

娘の質問にどうやって答えるべきか分からず、愛莉の前髪を軽く撫でながら言った。「演奏に集中して、沙羅はあと一曲で演奏が終わるぞ」

不満そうな愛莉だが、父の言葉には従うしかなかった。「分かったわ」

一方、嵐のような拍手に包まれた時、VIPシートに座っている昂輝は隣の玲奈の様子が気になり尋ねた。「どうした?具合でも悪い?」

玲奈は無理やりに笑顔を見せて、首を振った。「何でもないですよ」

昂輝は心配そうに彼女の手を取り、脈を測ったが、彼女の鼓動は安定していた。

ただ、その表情は明らかに心が晴れていない様子だった。

玲奈は昂輝に気を遣わせまいと、小さい声で言った。「本当に何もないんですよ。気にしないでください」

しかし、昂輝は言ってくれなければずっとこのまま待つよと言っているかのようにじっと彼女を見つめていた。

仕方なく、玲奈は本当のことを話した。「この『時雨(しぐれ)』っていう奏者が深津さ
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メイメイ
この男!なにも知らないとは言え…コイツと付き合ってほしくないなぁ(苦笑)田舎の先生の方が…知らんけど(笑)
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