เข้าสู่ระบบ玲奈はその言葉に返事をしなかった。二人で並んで歩いていると、前方から突然、歓声が湧き上がった。先には人だかりができ、ライトがめまぐるしく切り替わっている。何を見ているのかわからないが、皆が声を上げてどよめいている。玲奈と拓海は反射的にそちらへ近づき、人の輪の中に押し入った。エスカレーターの縁から下の河原を見下ろすと、そこには大きくて圧倒されるほどのプロポーズの舞台が設えられていた。ピンクの花の海。巨大スクリーンには思い出の記録。風に揺れる風船とリボン。そして今、主役の男が大きなバラの花束を抱え、花畑の中に立つ女の子のもとへ歩いていく。女の子が花束を受け取ると、男はマイクを手に取った。親友や家族に背中を押され、男は堂々と愛を告げた。一緒に一生を歩みたい――その決意を、まっすぐ彼女に向けて。「今日こうして君の前に立つのは、軽率だと思うかもしれない。ぎこちなくて、格好悪いと思うかもしれない。でも、今夜このチャンスを逃したくない。伝えたいんだ。君を愛してる。君と結婚して、僕たちの何でもない日々を、ずっと一緒に過ごしたい。――結婚してくれますか?」その瞬間、周囲は一斉に沸いた。「受けてあげて!」「答えて!」女の子は頬を赤らめ、囃し立てられながら、こくりと頷いた。「......うん。いいよ」男は指輪をはめ、二人は抱き合い、キスを交わした。玲奈は河原を見下ろす場所の上に立ったまま、その光景を全部見ていた。あまりに温かい場面に、目の奥が熱くなり、涙がこぼれた。――智也と過ごした五年間の結婚生活。いつだって自分が尽くすばかりで、相手が何か驚きや儀式を用意してくれたことは一度もない。二人の関係は、持ちつ持たれつですらなかった。玲奈が泣いているのを見て、拓海が身をかがめ、耳元で言った。「何泣いてんだよ。お前が手に入れるのは、こんなもんじゃない。これよりもっといいんだぞ」玲奈は涙を拭い、踵を返して帰ろうとした。だが振り向いたその瞬間、視線が遠くの智也とぶつかった。智也は人混みの中に立ち、まるで逃がさないと言わんばかりに、玲奈を捉えていた。大勢の人を隔てて、二人の目が合った。言葉はない。玲奈の頬は涙で濡れ、目には怨みが滲んでいた。
拓海の言葉は、心晴のいちばん痛いところをまっすぐ抉った。玲奈はそれを聞いた瞬間、怒りに顔を向けて拓海を睨んだ。「須賀君、もうやめて......!」明は拓海の狙いがわかった。けれど同時に、このやり方が逆効果になりかねないことも怖かった。心晴の手はまだナイフの柄を強く握りしめている。玲奈の手からは血がぽたぽた落ち続けていた。それでも拓海は、玲奈の制止を聞かなかった。むしろ声を張り上げ、心晴に突きつける。「そのナイフを親友に向けてる暇があるなら、その時間で考えろ。どう証拠を集めるか、どうしたら和真にもっと重い判決を食らわせられるか。俺があなたなら、あいつにはとっくに冷たい鉄の手錠をはめさせてる。こんなふうに泣いて、腐って、周りを傷つけてる場合じゃない。......俺が死ぬとしても、あいつに代償を払わせてからだ」玲奈には拓海の火に油を注ぐ言い方を止められなかった。ただ不安げに心晴を見つめ、どうか今の言葉が届いてほしいと願った。拓海の言い方はきつい。でも言っていることは間違っていない。心晴は呆然として、空っぽの目で前を見つめたまま固まっていた。――けれど、耳には入ったのか。彼女はゆっくりと手を下ろしていった。玲奈はすぐにナイフを取り上げ、さっと片づけた。拓海は身を乗り出し、玲奈の血に濡れた手を握り込んだ。そのまま心晴に向かって言い放つ。「覚えとけ。生きてるから、何だってできる。死んだら――それで終わりだ」そう言うと、拓海は玲奈の手を引いて部屋を出た。玲奈はよろめきながらついていくしかなかった。拓海は立ち止まらず、エレベーターに乗せ、そのままマンションの外へ連れ出した。向かったのは診療所だった。拓海は医師に玲奈の傷の処置を頼んだ。処置室で、消毒と包帯を巻かれるたびに玲奈は眉を寄せ、痛みに耐えきれず小さく呻いた。拓海は痛みをわかっている。胸の中では心配で仕方なかった。それでも口は容赦しなかった。「自分が馬鹿やったんだ。黙って我慢しろ」玲奈は顔を上げ、むっとして言い返した。「須賀君、あなた......」拓海は視線を合わせたまま、硬い表情で言った。「誰かを守りたいなら、まず自分を守れ」玲奈は何も言えず、後ろめたさに目を
――けれど、ここまで来たのなら。たとえ和真を二言三言罵るだけでも、あるいは一発平手打ちするだけでも。それだって心晴の鬱憤を晴らすことになる。玲奈はそう思っていた。玲奈が泣き崩れる姿を見て、拓海は胸が痛くてたまらなくなった。彼は勢いよく玲奈を抱き寄せ、頭を自分の胸元に押し当てた。そして静かに言い聞かせる。「信じろ。必ずあいつに代償を払わせる」玲奈は怒りで全身を震わせ、声を荒らげた。「でも、和真が死んだって......それで心晴の潔白は戻らない!」拓海は大きな手で玲奈の頭頂を撫で、声を低く落とす。「わかってる。......でも信じろ」その言葉を聞いているうちに、玲奈の気持ちは少しずつ落ち着いていった。最後には、かすれた声で、ほとんど無意識に頷いた。「......うん」拓海は玲奈を落ち着かせると、彼女を連れて心晴の家へ戻った。玄関に着いた途端、室内から心晴の泣き声が聞こえた。明は部屋の中で心晴を抱きしめ、何度も繰り返し語りかけていた。「もう終わった。自分を責め続けるのはやめよう、な?」心晴は何ひとつ聞き入れない。明に向かって繰り返す。「離れて......離れてよ」明は強く抱き締めたまま言った。「離れない」心晴は泣きながら、涙で顔をぐしゃぐしゃにして、懇願するような声を絞り出した。「お願い......少しだけ、ひとりにして」玄関先でそれを聞いた玲奈は、呼吸を整えてから中へ入った。戻る途中、玲奈はわざわざ遠回りして、城南にある心晴の好きな豚の角煮を買ってきていた。部屋に入ると、玲奈は手にした容器を持ち上げ、心晴に見せるように揺らして言った。「心晴、ほら。好きな豚の角煮、買ってきたよ。少し食べる?」だが玲奈が入ってきたことで、心晴の情緒は落ち着くどころか、いっそう崩れた。「出てって......みんな出てって!」玲奈は一瞬固まり、不安げに尋ねた。「......私も、だめ?」心晴はさらに大声で叫ぶ。「出てけ!みんな出てけ、出てけ!」玲奈にも、もうどうしようもない。彼女は明に言った。「長谷川さん......少し、ひとりにさせてあげよう」こうして玲奈たちは一緒に部屋を出た。リビングに立つと、玲奈は焦燥に駆
玲奈の返答は隙がなかった。それでも拓海は不安を拭えずに言った。「家にはキッチンもある。俺が作るから、お前はあの子のそばにいてやればいい。こんな時間に外へ出すのは心配だ」玲奈は顔を背けるようにして拓海を見て、譲らずに言い返した。「でも、心晴が城ケ丘のあの店がいいって言ったの」それを聞いて、拓海は黙り込んだ。だがすぐに言い添える。「なら俺も一緒に行く」玲奈は拓海を見て言った。「心晴がまだここにいる。代わりに見てて。和真がまた戻ってくるかもしれないから」拓海は「明がいるから大丈夫だ」と言いたかった。けれど玲奈はそれ以上聞く気がなく、背を向けてエレベーターのほうへ歩いていった。拓海は彼女の背中を見送りながら、胸騒ぎが消えなかった。明も玲奈の様子がおかしいと感じ、拓海に言った。「拓海、彼女について行って。ここは俺がいるから」その言葉で拓海は迷いが消え、すぐに玲奈を追いかけた。マンションの出入口に着いたとき、玲奈はちょうどタクシーに乗り込むところだった。止める間もなく車は走り去る。しかも向かった方向は城ケ丘ではなく、城葉台だった。この瞬間、拓海は確信した。さっきの玲奈の言葉は全部、嘘だ。拓海はためらわずに別のタクシーを止め、運転手に言った。「前の車を追ってくれ」車で三十分ほど走ると、ある住宅区画の入口で前のタクシーが停まった。玲奈は降りると、人の流れに紛れて中へ入っていった。だが敷地に入る直前、拓海が彼女を力強く引き戻した。拓海は怒りを滲ませて玲奈を睨みつけ、声を荒らげた。「何をするつもりだ?」玲奈は拓海だとわかると、わずかに驚いた。それから、いかにも無実という顔で言った。「別に、何もしないよ」拓海は刃物みたいに鋭い目をしていた。玲奈を見据えたまま言った。「城ケ丘に豚の角煮を買いに行くんじゃなかったのか。ここは城葉台だ」玲奈は周りをきょろきょろ見回してから答えた。「あ、道を間違えたのかも」拓海は、間違えただの故意だのはどうでもよかった。ただ玲奈の腕を掴んで言った。「戻るぞ」玲奈は拒んだ。「帰らない。帰りたいなら、勝手に帰れば」拒まれた瞬間、拓海は意図を悟った。彼女は最初からここへ来るつ
ソファに腰を下ろしたとき、玲奈は心晴の様子を見て息をのんだ。髪は乱れ、体のあちこちに痣がある。唇には血がにじみ、爪の間にまで血の跡が残っていた。何があったのか――考えるのも怖い。問いただすことなど、到底できない。玲奈はそっと手を伸ばし、恐る恐る心晴の手に触れようとして、小さく名を呼んだ。「心晴......」手の甲に冷たさを感じた瞬間、心晴はびくりと震え、勢いよく身を引いた。玲奈を見ても視線は定まらず、玲奈を誰か別の人間だと思っているのか、後ずさりし続けながら、口の中で繰り返していた。「だめ......来ないで......やめて、やめて」玲奈の胸がきゅっと締まった。彼女は心晴の手を強く握り、必死に言い聞かせる。「心晴、私だよ。玲奈だよ。ほら、見て......私を見て」だが心晴には届かない。激しく首を振り、耳をふさぎ、涙をぽろぽろ落とし続けている。玲奈はたまらず抱きしめ、背中を何度も叩きながら、不安げに問いかけた。「心晴、どうしたの......?何があったの......?」心晴は答えない。荒い息だけが、ひどく大きく聞こえた。玲奈が心配になって抱きしめる腕を緩めようとした、その瞬間――心晴が玲奈の肩に噛みついた。痛みが走ったが、玲奈は声を上げなかった。心晴は容赦なく力を込め、肩の肉を噛み千切ろうとするかのようだった。ようやく口を離すと、心晴は玲奈に向かって叫んだ。「この......!この野郎!」玲奈の目からも、涙が止めどなくこぼれ落ちた。玄関の外では、駆けつけた拓海がその一部始終を聞いていた。不安げに明を見ると、明は焦りと動揺で顔を強張らせていた。拓海は近づき、明の肩を軽く叩いた。言葉はない。けれど、慰めと気遣いがその仕草に詰まっていた。明は振り返り、拓海を見た。顔には申し訳なさと自責が滲んでいる。「......俺のせいだ。俺が、あいつにあんなふうに......あんな辱めを受けさせた」拓海は口を開きかけたが、何も言えなかった。明は視線を落とし、低く続ける。「俺が遅かった。もっと早ければ......あと数分早ければ、ああはならなかった」拓海はその気持ちが痛いほどわかった。今は言葉を重ねても仕方がない。だか
拓海は玲奈を抱いたまま、彼女が腕の中で思いきり吐き出すのに任せた。胸に寄りかからせ、顎を彼女の頭頂にそっと当てる。目にも胸の内にもあるのは、ただ玲奈への痛ましさだけだった。何があったのかは聞かない。今こうして傍にいること自体が、いちばんの慰めになる。泣き切ったあと、玲奈はようやく少し楽になった。心晴のことが頭をよぎり、彼女は拓海の胸元から顔を上げて言った。「心晴が......連絡取れなくなったの」拓海は目を落として答えた。「知ってる。もう明が探しに行ってる」玲奈は首をかしげた。「長谷川さん?」拓海はまだ玲奈を抱えたままで、下ろす気配がない。玲奈も自分が抱かれていることを、たぶん一瞬忘れていた。拓海は頷いて言った。「うん。心晴を呼び出した相手――それが明だ」玲奈は眉を寄せ、納得できないまま尋ねた。「どうして?」拓海はふっと笑って言った。「恋だろ」玲奈は少し考え込んだ。明が心晴を好きだなんて知らなかったし、いつから想っていたのかもわからない。けれど拓海がそう言うなら、根も葉もない話ではないのだろう。「......うん」そう返したところで、玲奈は自分がまだ拓海の腕の中にいることに気づき、慌てて身をよじって下ろしてもらった。地面に立って落ち着くと、玲奈は言った。「私、心晴のところへ行きたい」拓海は、玲奈が離れても怒るどころか、口元を少し緩めた。そして彼女が気づかない隙に、さっと手を握る。そのまま車のほうへ連れていきながら言った。「行こう。明と合流しよう。たぶん、もう心晴は見つけてる」拓海はドアを開け、玲奈を助手席へ促した。玲奈は振り返り、ぶつかった車を見た。フロントはひどく潰れ、土埃と落下物で覆われている。彼女は少し迷い、名残惜しそうに呟いた。「車......」拓海は玲奈を車内へ押し込むように座らせ、シートベルトまで締めてから、立ち上がって微笑んだ。「もういい。あとで新しいの買ってやる」玲奈も本気で買ってもらうつもりではなかった。今は何より、心晴を見つけて無事を確かめるほうが先だ。だから何も言わなかった。拓海が運転席に乗り込むと、明へ電話をかけた。車内は静まり返っていて、玲奈には受話口から







