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第47話

Author: ルーシー
昼休みになると、昂輝は少し早めに仕事を終え、12時前に小児外科にやってきた。

玲奈は重度火傷を負った男の子の入院手続きと処理を終わらせ、手を洗い白衣を脱いだ。

昂輝はずっと彼女を待っていた。時折話しかけて来る看護師と軽く会話を交わしていた。

病院を出た時には、すでに12時半近くになった。

昂輝は車で玲奈を中心部へ連れて行き、高級中華レストランに入った。

窓際の席からは、久我山の中心部を見渡すことができるのだ。

昂輝は玲奈の好みを覚えており、料理を注文した後、彼女に温かいお茶を入れてあげた。

「何を見てるの?」

玲奈は視線を戻したが、昂輝の質問に答えず、逆に彼に問いかけた。「うちの病院は久我山では大した規模ではありませんから、先輩がうちに来るのはもったいないですよ」

昂輝の実力なら、彼を欲しがる病院はいくらでもある。

それなのに、彼は玲奈がいる病院に来たのだ。

それがどういう意味なのか、バカじゃない玲奈はもちろん彼の意図を感じ取っていた。

昂輝は微笑みながら答えた。「能力があるからこそ、必要とされる場所に行くべきだと思うぞ」

曖昧な答えだが、間違いとは言えなかった。

玲奈は落ち着かなくて、昂輝を見つめながら言った。「でも、先輩を必要としている場所は他にもたくさん……」

言い終わる前に、その言葉は昂輝に遮られた。「でも、この病院はどこよりも俺を必要としてるだろう?」

彼はまっすぐに玲奈を見つめ、その目には素直な熱が含んでいた。

玲奈も彼を見つめ、心の中では少し落ち着かなった。

その時、料理を運んできた店員はその緊張した空気を和らげた。

店員が離れた後、昂輝は言った。「先に食べよう」

昼ご飯は豪華で、料理は見た目も味も申し分なかった。

昂輝は玲奈に料理をよそってあげながら、突然言った。「週末、一緒に講義を聞きに行かない?」

玲奈は箸を止めて聞き返した。「どんな講義ですか」

昂輝は言った。「俺の先生の講義だよ」

玲奈は一瞬呆然とし、やがて苦笑しながら言った。「私にはその先生の講義に行く資格がありません」

昂輝は笑った。「俺が資格にならない?」

玲奈ははっと気づき、失笑した。「そうですね」

昂輝の博士の指導教授である宮口学(みやぐち まなぶ)は医学会の伝説的な人物で、多くの特許や研究が全部彼のグループから生み出されたものだ
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