FAZER LOGIN何を見ていたのかは分からない。智也は、まるでその場で意識を奪われたように、スマホを見つめたまま動かなかった。沙羅は思わず身を寄せた。「智也、何を見てるの?」彼女が近づいた気配に気づいた瞬間、智也はすぐに画面を消した。スマホをしまい込み、それから何でもないふうに言った。「別に何でもない」もし不自然な隠し方をしなければ、沙羅も気に留めなかったかもしれない。けれど、隠そうとすればするほど、そこに見られたくないものがあるのだと分かってしまった。先ほど身を寄せたとき、沙羅はほんの一瞬だけ画面の一部を見ていた。確信までは持てない。けれど、だいたいの見当はついていた。おそらく、玲奈とのやり取りの画面だったのだろう。ただ、そこに玲奈からの新しいメッセージは来ていなかった。沙羅には分かっていた。智也の中には、玲奈に対する何かしらの気がかりが確かに残っている。ただ、その思いがどこまで深いものなのかまでは、沙羅にも判断がつかなかった。沙羅がしばらく黙り込んでいるのを見て、智也が尋ねた。「何を考えてる?」沙羅は首を横に振り、唇を軽く結んで言った。「……何でもないわ」……午前一時半。広場にはもう、ほとんど人影がなかった。玲奈と昂輝は、広場の階段に並んで腰を下ろしていた。二人とも黙ったままで、どちらからも口を開こうとはしない。そうしているあいだにも、時間だけが静かに過ぎていく。長い沈黙のあと、昂輝が顔を向けて尋ねた。「今夜は春日部家に帰るの?」橙色の灯りの下、玲奈の横顔はおとなしく、静かな印象を帯びていた。彼女は昂輝を見返し、首を横に振った。「まだ帰れない」帰らないと聞いて、昂輝は一瞬だけ目を見開いた。それから、そっと問い直した。「じゃあ、どこへ行くつもり?」玲奈はまた首を振った。視線を落とし、どこか沈んだ声で言う。「自分でも分からないわ」その言葉を聞くなり、昂輝は間を置かずに言った。「それなら、うちに来る?」玲奈はきょとんとして彼を見た。「え……?」昂輝は、自分の言い方が唐突すぎたのではないかと気づいたらしい。慌てたように言葉を継いだ。「玲奈、変な意味じゃないんだ。俺はただ、その……」必死に弁解しようとするその様子が、あま
智也の声が響いた、その瞬間だった。かすかにすすり泣いていた沙羅は、はっとしたように勢いよく振り返った。智也の姿を目にした途端、抑えていた感情はもう堰を切ったように溢れ出した。胸の奥に込み上げるのは、安堵よりも先に、どうしようもない悔しさと切なさだった。目に溜まっていた涙が、もう止めようもなく零れ落ちる。糸の切れた真珠のように、ぽろぽろと絶え間なく頬を伝っていった。次の瞬間、沙羅はもう何も構わず、智也の胸へ飛び込んでいた。彼の服をぎゅっとつかみ、その胸を叩きながら言った。「智也、どうして今まで来てくれなかったの……?どうしてこんなに遅かったの?」同じ問いを二度繰り返すたびに、声はさらに掠れていった。智也は沙羅の押し殺すような泣き声を聞きながら、そっと後頭部に手を添えた。そして痛ましげに言った。「悪かった。俺の不注意で、お前ひとりにこんな思いをさせた」沙羅はしゃくり上げながら言う。「智也……私、もう見捨てられたのかと思った……」智也は彼女を抱き返し、やわらかな声で答えた。「そんなはずないだろ」沙羅は智也の胸から少し身を起こし、涙に濡れた目で彼を見た。「智也、お父さんが……」智也は指先で彼女の目尻の涙を拭いながら、静かに言った。「大丈夫だ。俺がいる。病院のことは、俺が手を打つ」沙羅は何度も強くうなずいた。「うん……お願い」泣き濡れた顔を見ていると、智也はやはりもう一度謝らずにはいられなかった。「悪かった。この二日、お前のことまで手が回らなかった」沙羅は首を横に振り、唇をきゅっと結んだまま言った。「大丈夫。分かってる。だって玲奈は、愛莉の本当のお母さんだもの」愛莉の名が出たところで、智也はふと思い出したように口を開いた。「ああ、そうだ。言いそびれていたけど、愛莉もこっちに来てる」それを聞いて、沙羅は一瞬きょとんとした。「愛莉も?今どこにいるの?」「こっちへ来る途中で寝てしまってな。先にホテルへ連れて行った」その答えを聞いて、沙羅の気持ちは少し落ち着いたようだった。自分で頬の涙を拭ってから、改めて尋ねた。「今日は元旦でしょう。昨日はどうして実家で年越ししなかったの?」智也は、まだ赤みの残る彼女の目を見つめて答えた。「お
昂輝は、玲奈があまりにも真剣な面持ちで願い事をしているのを見て、自分もそっと目を閉じた。そして胸の内で静かに願った。――玲奈を妻にしたい。もし願いが届くのなら、どうか力を貸してほしい。彼はもともと、言い伝えの類を信じる人間ではなかった。願い事をすれば夢が叶う、そんな話も信じてはいない。それでも今は、ほかにできることが何もなかった。だから、すがるような思いで試してみるしかなかったのだ。たとえ望みがかすかでも、それでもなお、試さずにはいられなかった。目を開けると、玲奈がこちらを見ていた。昂輝は唇をほころばせて微笑み、それから言った。「飛ばそうか」玲奈もうなずいた。「うん」二人は広場の中央で、手にした風船を一緒に空へ放った。風船が高く昇り、やがて最後の影すら見えなくなるまで、玲奈はその行方を見上げていた。ようやく視線を戻し、昂輝のほうを向いた。すると、ちょうど彼のまなざしも玲奈へ向けられていた。二人の視線が、まっすぐぶつかる。空気が、不自然なほど静まり返った。しばらくしてから、玲奈は掠れた声で口を開いた。「先輩……少し、話さない?」昂輝には、玲奈が何を言おうとしているのか分かっていた。そして、その言葉を聞きたくなかった。次の瞬間、抑えていた感情が堰を切ったようにあふれ、昂輝は一歩踏み出して玲奈を抱きしめた。強く、逃がさないように腕の中へ閉じ込めた。そのまま彼女の頭上に顎を乗せ、しゃくり上げるような掠れ声で言った。「言わないでくれ。聞きたくない」昂輝には分かっていた。その言葉が口にされてしまえば、自分と玲奈の関係は、もう今までとは違うものになってしまう。そうなれば、これから先、ただ食事に誘うことさえ、叶わない望みになるかもしれない。玲奈は昂輝の胸元に顔を埋めたまま、その言葉を聞き、詰まる声で言った。「先輩……どうして、そこまで……」昂輝は答えた。「あと五年待てと言われても、待てる。怖いのは、君に会うことさえ許されなくなることなんだ」玲奈は胸が痛んだ。それでも、言うべきことは言わなければならなかった。「先輩。鳥と魚は住む世界が違うの。私と先輩も……」だが昂輝は、その先を言わせなかった。「玲奈、お願いだ。もう言わない
玲奈のその言葉に、拓海はわずかに眉を寄せた。訝しむように問い返す。「どこへ行くつもりだ。あいつのところか?どうしてお前は、あいつがいつまでも同じ場所で待ってるなんて思えるんだ?」玲奈は答えなかった。言い争う気にはなれなかった。何より、拓海はまだ怪我をしている。彼女は一歩、また一歩と後ろへ下がり、意識して拓海との距離を取った。拓海は手を伸ばしたが、その指先がつかんだのは空気だけだった。玲奈の手には届かない。玲奈はもう迷わなかった。そのまま背を向け、寝室を出ていく。本気で止めようと思えば、拓海には止められたはずだった。それでも彼は、引き留めなかった。玲奈は階下へ下りながら、ようやく自分のスマホが使いものにならなくなっていたことを思い出した。それでも昂輝のことを考えると、じっとしてはいられなかった。昂輝の気質は、玲奈がいちばんよく分かっている。彼は自分が行かなければ、きっとその場を離れない。そう思った玲奈は、通りに出るとすぐにタクシーを止め、市の中心広場へ向かうよう告げた。料金は現金で払った。彼女は昔から、バッグにいくらか小銭を入れて持ち歩く癖がある。その習慣が残ったのは、愛莉の面倒を見ていたころの名残だった。一度スマホを持たずに出てしまったとき、愛莉が風船を欲しがったのに、現金がなくて買ってやれなかったことがある。あのときの気まずさを忘れられず、この習慣が身についたのかもしれない。市の中心に着いたころには、にぎやかだった人波も、もうかなり引いていた。広場は広く、玲奈はどれだけ見回しても昂輝の姿を見つけられなかった。あちこちに目を走らせても、その姿はどこにもなかった。見つからないまま時間だけが過ぎ、玲奈の胸にはじわじわと不安が広がっていく。もし自分を待ち続けているのだとしたら――そう思うと、落ち着いてなどいられなかった。今すぐ昂輝に連絡を取りたかった。けれど、手元にスマホはない。近くにいる人に頼んで電話を借り、綾乃へ連絡しようかとも思ったが、誰一人として貸してはくれなかった。玲奈はとうとう、人からスマホを借りるのを諦めるしかなかった。人がいなくなるにつれ、広場の明かりまで少しずつ落ちていく。不意に玲奈の目に涙が滲んだ。まさにその瞬間だった。足元に
彼の想いが、まったく届いていなかったわけではない。拓海は声を落として言った。「そばにいてくれないか」玲奈は身を離そうとした。だが、拓海の岩のように重い体がそのままのしかかってきた。息が詰まりそうになり、どうすることもできず、玲奈は彼を抱きとめたまま答えた。「……うん」……その頃――市の中心広場は、人であふれ返っていた。今夜は大晦日。広場にはすでに大勢の人が集まり、年越しの瞬間を待っている。昂輝は、あえていちばん人の多い中央までは入っていかなかった。彼はまだ、自分の大切な人を待っていたからだ。手元のスマホを見下ろす。電話はすでに十回以上かけていた。だが玲奈は一度も出なかった。その後は電源が切れているという案内に変わった。それでも昂輝は諦められず、何度も発信を繰り返していた。もう時間は目前まで迫っているのに、玲奈はなかなか姿を見せない。昂輝は、ずっと決めていた。零時ちょうどになったら、玲奈に想いを伝えるつもりだったのだ。長いあいだ、ずっと好きだったことを。胸の奥で何度も何度も繰り返し練習してきた言葉を、今夜こそ彼女に伝えるはずだった。けれど肝心の玲奈が来ないのなら、その言葉はいったい誰に向ければいいのだろう。昂輝の手には、二つの風船があった。それぞれに願い事と祝福の言葉を結びつけてある。もともとロマンチックな性格ではない。けれど彼なりに、懸命にそうあろうとしていた。不器用でも、自分なりのやり方で玲奈を大切にしたかった。少しでも、自分の気持ちに気づいてほしかった。それなのに結局、彼女の目に映ることはなかった。人混みの中に立ちながら、昂輝はふいに、自分が何のためにここにいるのか分からなくなった。まるで抜け殻のように、ただ群衆の中に立ち尽くしている。人が行き交うその場所で、自分だけが場違いな存在のように思えた。そのとき、そばにいた誰かが彼の腕を軽く叩いた。「ねえ、お兄さん。一緒に年越ししない?」昂輝は振り返った。端正な顔に、一瞬だけ喜びが浮かんだ。だが相手が玲奈ではないと分かった途端、その笑みはあっけなく消えた。彼は表情を冷やし、近寄りがたい空気をまとったまま、声をかけてきた女性に言った。「すみません。約束している人がいるので」女性は
スマホが洗面器の中で画面を消していくのを目の当たりにして、玲奈は眉をひそめ、拓海を見た。「あなた……」その視線を受けて、拓海もさすがに気まずそうな顔をした。申し訳なさそうに口を開く。「悪い。わざとじゃないんだ。……新しいの、買うから」いかにも真面目くさって言っていたが、玲奈には分かっていた。さっきのは、どう見てもわざとだった。玲奈は彼の黒い瞳を見つめたまま、少し腹を立てて言った。「須賀君、今の絶対わざとでしょう」拓海は慌てて、いかにも無実だという顔を作った。「違うって。本当にうっかりだ」玲奈はそれ以上言い争う気になれず、彼に向かって手を差し出した。「スマホ貸して」すると拓海は怪訝そうに尋ねた。「スマホ?何に使うんだよ」玲奈は包み隠さず答えた。「電話するの」その言葉に、拓海は思わず起き上がりかけた。少し身を起こし、目を沈ませて問い返す。「あいつの番号、覚えてるのか?」玲奈は首を振った。「覚えてない」その答えに、拓海はほっと息をついた。だが同時に、まだ腑に落ちない様子で聞く。「じゃあ、誰にかけるつもりだ?」玲奈はやはり正直に答えた。「綾乃さんに。東先輩の番号、持ってるから」しばらく上体を支えていた拓海だったが、痛みが強くなってきたのか、そのまままたベッドへ身を沈めた。少し痛みが落ち着いてから、ようやく自分のスマホに手を伸ばす。取り出したスマホを、玲奈へ差し出した。玲奈も手を伸ばして受け取ろうとしたが、その指先が届くより先に、拓海はスマホをひょいと持ち上げ――そのまま、洗面器の中へ放り込んだ。スマホが水の中へ沈んだ瞬間、玲奈は反射的に手を伸ばして拾おうとした。だが拓海が、その手首をつかんで止める。怪我をしているくせに、力は十分すぎるほど強かった。玲奈の動きなど、たやすく封じられてしまう。こうして拓海のスマホも、玲奈の目の前であっけなく息絶えた。それを見届けると、拓海は満足そうに笑って、ようやく玲奈の手首を離した。玲奈は腹立たしげに彼をにらみつけた。「須賀君、ほんとにどうかしてる」拓海はそっと手を胸元に当て、わざとらしく痛そうに息を漏らした。「そんなふうに言うなよ。心が痛む」玲奈は白い目を向けた。「痛い目に遭って
玲奈が春日部宅に戻ったのは、家族の中で一番最後だった。広間に入ると、秋良と綾乃がソファに腰かけていた。その様子からして、どうやら彼女を待っていたらしい。戸口に立った玲奈は、身をすくめるように小さな声で呼びかける。「兄さん、綾乃さん」秋良が振り向き、鋭い目を向ける。「こっちに来い、話がある」声の硬さからして、良い話ではないことがすぐに分かった。幼いころから玲奈は兄を怖れていた。本心では兄が自分を大切に思っていると分かっていても、それでも畏れを抱いてしまう――それは血のつながりによる圧のようなものかもしれない。玲奈は茶卓の前に立った。綾乃が座るよう促そうとしたが、それより先に
彼は、沙羅を安全な場所へ送り届けたら、またホールへ戻ってきて自分を探すはず。玲奈は、そう信じていた。けれど結局、それは儚い夢に過ぎなかった。智也は戻らず、電話すら一本寄越さなかった。迎えに来ると言ったはずなのに――彼が連れて帰ったのは沙羅だった。拓海は、呆然とする玲奈の視線を追い、その先にある光景を目にした。彼もまた、智也と沙羅が寄り添う姿を見たのだ。そして玲奈の胸の痛みを察すると、冷笑を洩らす。「玲奈......お前は人生を賭ける相手を間違えた。自分を裏切っただけじゃない。お前は......」――俺をも裏切った。だが、その言葉だけは飲み込んだ。
小燕邸に戻ると、愛莉はすでに洗面を終え、寝室で横になっていた。智也は外からドアを叩き、声をかける。「愛莉、パパ入っていいか?」「うん、入ってきて」娘の声が返る。扉を開けると、愛莉はベッドに腰掛け、タブレットでアニメを見ていた。彼の姿を見つけるなり、嬉しそうに声を上げる。「パパ!」智也はベッド脇に座り、娘の髪を撫でながら、優しい口調で尋ねる。「眠くないか?」愛莉は素直に首を振った。「パパ、ぜんぜん眠くないよ」智也は彼女の小さな鼻を軽くつまみ、穏やかに笑う。「じゃあ、パパから話したいことがある」「うん、何?」娘のあどけない顔を見ていると、
玲奈の瞳には、一片の波風も立っていなかった。悲しみも、怒りも、喜びもなく――ただ淡々とした静けさだけがあった。その時、ようやく智也は悟った。彼女が口にしているのは、離婚の話なのだと。助手席に座る玲奈は、静かに顔を上げ、彼を見ていた。智也はまだ信じられず、問い返す。「......今、なんて言った?」結婚して五年。彼女はずっと従順で、全力で愛莉の世話をし、両親に仕え、決して自ら波風を立てることはなかった。智也は、そんな玲奈を好ましく思っていた。大人しく、騒がず――だからこそ、二人の結婚生活は五年も続いたのだ。だが今、その「おとなしい妻」が、自ら離婚を切り







