Share

第21話

Author: パントーロ
それから数日間、隆成は星奈の前に一度も姿を現さなかった。

電話にも出ず、別荘にも帰らない。

まるで星奈を避けるかのように、わざとそうしていた。

仕方なく、星奈は隆成を会社で捕まえることにした。

会社のビルの前まで来たとき、後ろから誰かに呼び止められる。

振り返ると、陽の光の下、明るい笑顔を浮かべた若い青年が立っていた。

そよ風に前髪が揺れ、目がきらきらと輝いている。

「星也(せいや)、どうしてここに?」

歩み寄る少年を見て、星奈は思わず昔を思い出してしまった。

二人は児童養護施設で育てられた仲間で、苗字も養護施設の園長のものをもらった。

星也は星奈より少し年下だ。

星奈が六年前にこの街に来てからというもの、二人はほとんど会う機会もなかった。

あの頃、いつも彼女のあとをついて回り、「お姉ちゃん」と泣きながら呼んでいた少年が、今ではこんなにも眩しい青年に成長している。

「園長先生から、離婚裁判を起こすって聞いてさ。手伝いに来たんだ」

星奈はそこで、星也が大学で法律を学んでいたことを思い出す。

星奈は微笑んで星也の頭をぽんと叩き、嬉しそうにお礼を言いつつも、やんわりと断った。

「まさか、あの泣き虫だった子が、今じゃお姉ちゃんを助けに来てくれるなんてね。

でも、私にはもう弁護士さんがいるから、大丈夫。このくらいのこと、あなたに頼むまでもないわ」

その親しげな仕草に、星也は顔を赤くして照れてしまう。

少年のはにかむ様子に、星奈は思わず笑みを浮かべる。

「でもこれは、星奈さんの人生で一番大事なことだから、どうしても手伝いたいんだ」

星也は真剣なまなざしで言い切った。

その気持ちに、星奈ももう断ることはできなかった。

心の中でため息をつきながら、二人は並んで隆成の会社へと入っていった。

星奈が再び会社に現れると、社員たちはざわめきながら噂している。

「まさか星奈さんがまた来るなんて……」

「聞いた?星奈さんと安藤社長、実は夫婦なんだって。でも今は離婚の最中らしいよ」

「そういえば社長がずっと秘密にしてたんだって。あんなにきれいな奥さんがいたなんて、社長も何考えてるのかな……」

星奈の耳にもその声は届いていた。

彼女は眉をひそめる。

夫婦だったことは、もうすでに過去のことなのに、まさか今になってこんなふうに広まるとは。隆成
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • さよならの後に咲く愛   第27話

    数日後、隆成はもうこの小さな町の様子をすっかり把握していた。そして星奈がずっと町の児童養護施設に住んでいることも知った。隆成は養護施設にたくさんの物資を送り、さらに「ここで暮らす子どもたちが大人になるまでの生活費をすべて負担する」と約束した。町の人々からは「親切な安藤さん」と呼ばれるようになり、良い評判ばかりが広がっていった。けれど、どうしても星奈だけには、一度も振り向いてもらえなかった。ある日、庭で、星也が星奈に向けて盛大なプロポーズを準備した。養護施設の子どもたちがみんな、花飾りを手にして脇役を務める。明るく笑い合う中、星也はスイートピーの花束と指輪を持って、不安そうな顔で星奈の前に立った。「星奈さん、ずっと好きだった。小さい頃からずっと、あなたをお嫁さんにしたいと思ってきた。たしかにあなたは、過去のことが原因で結婚や恋愛に傷ついているかもしれない。でも、それでもいい、どうか僕にチャンスをくれませんか?あなたのことを一生守っていきたいんだ。もう、あなたを二度と泣かせたりしない。絶対に、もう悲しい思いはさせない」ちょうどその場にやってきた隆成は、物陰からこの光景を見てしまった。体がひどく冷えきり、何もできずに立ちすくむしかなかった。うまく笑おうとしても、どうしても顔が引きつる。そして気がつけば、頬を伝う涙を抑えられなかった。またしても、星也に負けた。隆成はそう痛感していた。五年間、一度も星奈にプロポーズしたことがなかった。ロマンチックなことなんて、ひとつもしたことがない。そもそも、プロポーズしようなんて考えたことすらなかったのだ。「星奈、彼のほうがきっと、俺よりもずっといい選択なんだ……」隆成は、ひとりごとのようにそうつぶやく。だが、思いもよらないことが起きた。星奈は、星也のプロポーズを受け入れなかったのだ。彼女は、きっぱりと断った。星奈は申し訳なさそうに微笑みながら、「ごめんね、星也。離婚してから、もう二度と結婚しようなんて考えられなくなったの。これからは、この養護施設と子どもたちのために生きていきたい。あなたには、もっとふさわしい女の子が現れるはずよ。私は、離婚歴のある女だもの。そんな私に時間を使わないで」そう言って、その場を去った。この一言が、隆成の心をさらに引き裂い

  • さよならの後に咲く愛   第26話

    十一月の町は、すっかり冷え込み始めていた。ひんやりとした風には、かすかに冬の訪れが感じられた。離婚してから、星奈がこの町に戻ってもう一ヶ月あまりが過ぎていた。このひと月のあいだに、彼女は古びた児童養護施設をすっかり改修した。その間、星也はずっと彼女について回っていた。「もう二度と、星奈を一人でどこにも行かせない」と、頑なにそばを離れなかった。一方の隆成も、わずかな手がかりを頼りに、この小さな町へとたどり着いていた。この一ヶ月あまり、隆成は町中を探し回り、星奈の行方を知っていそうな人すべてに尋ね歩いた。星奈が借りているという部屋の外で、何日も何日も張り込んだが、一度も彼女の姿を見ることはできなかった。最後は星奈の携帯番号や、帰郷したときのフライト情報まで手がかりにして、ようやくこの町にたどり着いたのだ。隆成は、星奈が好きだった食堂に立ち寄り、店主に星奈の写真を見せて尋ねた。「すみません、この人をご存知ありませんか?」低くしわがれた声には、どこか切実さがにじんでいた。店の女将は写真をじっと見つめ、やがて尋ね返してきた。「あなた、この人とどういう関係なの?」隆成は長い沈黙の末、やっと小さな声で答える。「……元夫です」すると、店主の目に一瞬、あからさまな嫌悪の色が浮かんだ。彼女はそれ以上何も言わず、隆成を店から追い出してしまった。だが隆成は、それでも満足だった。そのまま店先に立ち続け、通りを行き交う人々をひたすら見つめていた。三日間、店の前に居座り続けた。そして四日目の朝、ついに星奈の姿を見つける。星奈の後ろには、いつものように星也が付き従っている。どこへ行くにも、星奈のすぐそばで手助けをしているのだ。食堂の女将がからかうように言うと、星也は少しも恥じることなく、得意げにこう答えた。「ずっと星奈さんが好きだったんです。でも、星奈さんは僕の気持ちを受け入れてくれないんですよ」その光景を見て、隆成の胸には、どうしようもない痛みが押し寄せる。星也には、自分にはないものがたくさんある。その正直さも、熱意も、そして誰よりも深い愛情も。自分はどうしても、星也には敵わないのだと、痛感せずにはいられなかった。それでも隆成は、勇気を出して星奈の名を呼ぶ。「星奈、やっ

  • さよならの後に咲く愛   第25話

    そのとき、雫が少し恥ずかしそうに現れた。星奈を見ると、どこか気まずそうな表情を浮かべている。「ごめんなさい、星奈さん。私、あなたと隆成さんがそんな関係だったなんて知らなくて……でも安心してください。確かに、私と隆成さんは少し曖昧な関係だったこともありますが、一線を越えたことは一度もありません」星奈は思わず苦笑する。誠実に謝る雫を見ていると、なんだか力が抜けてしまう。自分がまるで、雫を問い詰めて追い込むような、悪者になった気がした。でも、本当はただ、早く離婚したかっただけだ。それに、これまでのことも、すべて雫のせいというわけじゃない。彼女もまた、何も知らずに巻き込まれた被害者だ。そう考え直し、星奈はすぐに気持ちを切り替えた。「雫さん、これまでのことはあなたのせいじゃないわ。私と隆成がお互いの関係をはっきりさせなかったのが悪かったの。でも、もう見ての通り、私たちは離婚したの。あなたも、これからは堂々と奥さんになるといいわ」予想外にも、雫は慌てて手を振り、必死で否定した。「そんな、絶対に無理です!星奈さんでさえ、隆成さんを手に負えなかったのに、私なんかが相手にしたら絶対に大変なことになります。今日は星奈さんに謝りたくて来たんです。これからはもう、会社にも顔を出しません」そう言うと、雫はそそくさとその場を立ち去り、隆成の方を一度も振り返ることはなかった。星奈はなんとも言えない気持ちで、ただ呆然とその後ろ姿を見送った。もともと、隆成のしつこさから早く解放されたくて離婚したはずなのに、離婚届を手にしても、やっぱり彼の執着からは逃れられないのかもしれない。そのとき、隆成のくぐもった声が響いた。「星奈、俺ってそんなにだめなのか?お前にもう一度も信じてもらえないほど、どうしようもない男なのか?君が離婚したいって言うから、渋々だったけど受け入れたよ。確かにいろいろ複雑だったけど、俺たちの間違った結婚にはきちんと終止符を打った。でも、五年も一緒にいたんだ。まったく気持ちが残っていないなんて、そんな簡単に割り切れるものなのか?もう一度だけでいい、俺を信じて、もう一度だけチャンスをくれないか?もう何も無理は言わない。せめてお前の新しい連絡先だけでも教えてほしい。お前が何の音沙汰もなく消えてしまうの

  • さよならの後に咲く愛   第24話

    今度こそ、隆成がまた時間を引き延ばすことがないようにと、星奈は彼の車に直接乗り込んだ。役所までの道のり、二人はずっと無言だった。本来なら三十分ほどの距離なのに、隆成はわざとゆっくり走り、一時間半もかけて到着した。星奈は何度もスマホで時間を確かめ、少しでも早く済ませようと焦っていた。車を降りるなり、星奈は隆成の袖をつかんで、急ぎ足で役所のロビーへと入っていく。隆成が乗り気でないのとは対照的に、星奈は結婚した日をふと思い出していた。あの日も、たしか自分から積極的に動いていた気がする。隆成の方は、そのときもどこか煮え切らず、ゆっくりした足取りだった。そう思い出すと、星奈の焦りも少しずつ和らいでいった。ロビーには離婚手続きのために訪れた夫婦が何組かいた。目の前で次々と離婚届を出す人たちを眺めているうちに、隆成の心はふっと軽くなっていくのを感じた。これまで自分が星奈にしてきた過ちの数々を思い返しながら、「離婚して、また一からやり直すのも悪くない」と、どこか前向きな気持ちが湧いてきた。この間違いだらけの結婚生活に、ようやくピリオドを打ち、これからは新しい幸せを目指そう。そんな思いが心をよぎる。今回の離婚で、隆成はもう何も強引に求めることはしなかった。心の中では、すでに決めていた。これからは、自分が星奈を追いかけ直す番だと。この五年間、ずっと星奈ばかりが自分のために尽くしてきてくれた。これからは、自分がその役割を担うべきだと強く思った。二人は離婚届を出し、役所を後にした。星奈は長い鎖が外れたように、軽やかな声で言った。「やっと終わったわね。隆成、五年間ありがとう。これからはもう、何の関係もないから」そう言って、星奈はすぐに背を向けて歩き出した。だが隆成がすぐに前に立ちふさがり、手首をつかんで引き止める。「星奈、俺たちは終わってなんかいない」隆成の表情は真剣で、どこまでも揺るぎないものだった。「これからは、俺がお前を追いかける番だ。必ずもう一度、お前とやり直してみせる」星奈は少しあきれたような目で隆成を見る。「いい加減、私を解放してよ。あなたのことを好きな人なんて、他にいくらでもいるのに、どうして私にだけこだわるの?」隆成は否定しなかった。「だけど、やっと分かったんだ

  • さよならの後に咲く愛   第23話

    会社を出ると、間もなく星也が追いかけてきた。「星奈さん、待ってよ、どうしてそんなに早いんだ?」さっきまで隆成の前であれほど毅然としていた小さな男が、今はまた陽だまりのような笑顔に戻っている。息を切らしながら駆け寄ってきて、少しすねたように星奈を見上げた。「星奈さん、また僕を置いていかないでよ」その甘えるような、どこか幼さの残る声は、星奈が昔、養護施設で飼っていた子犬にそっくりだった。星奈は心の中で、そっとため息をつく。実は星也の気持ちには、ずっと前から気づいていた。だからこそ、星奈は星也を巻き込みたくなかった。星也は名門大学の大学院生、自分は高校を卒業してすぐに働き始めた。しかも、星奈は星也より六歳も年上だ。星也には、もっとふさわしい相手がいるはず――そう思って、六年前にこの町を出て、都会に来て隆成と出会った。けれど、六年経っても、星也の想いは変わらなかった。「さっきは、ずいぶん『星奈』って呼び捨てにしてたくせに、今さら『さん』づけ?」星奈が淡々とそう言うと、星也は照れくさそうに頭をかいた。「だって、星奈さんを助けたかったんだよ。あんな安藤なんて放っておいて、きっぱり離婚しちゃえばいい。もし穏便に終わらせてくれるなら一番いいけど、そうじゃなかったら、絶対に彼に一文なしで出ていってもらうから!」星奈は呆れたようにうなずき、それ以上は何も言わなかった。まさかその翌日、隆成から連絡が来るとは思っていなかった。「星奈、最後に一度だけ、一緒に離婚ごはんを食べてほしい。食べ終わったら、ちゃんと離婚しよう」「いいよ。場所は?」指定されたのは、かつて星奈が好きだったけれど、あまり行くことのなかったレストランだった。そこは味付けが薄くて、星奈の好みに合っていたけれど、隆成の口には合わず、結婚してからはほとんど行くこともなかった。店に着くと、顔なじみの店員が笑顔で包み込むように案内してくれた。「主任さん、今日は社長さんがずいぶんお待ちでしたよ。これはまた大きな契約でも取れたんですね?」星奈は静かに微笑んだ。昔、二人でこの店に来るときは、いつも会社の取引先という名目だった。彼らの結婚は、どこかずっと秘密のままだった。個室のドアを押そうとした瞬間、中から扉が開く。隆成が複雑な

  • さよならの後に咲く愛   第22話

    隆成は動揺を隠せなかった。目の前には、太陽のように明るい青年――星也の存在が、今の自分にとってどれほど脅威であるかを思い知らされる。星也は静かに笑みを浮かべ、その奥に冷たい光を秘めていた。彼はさっと弁護士の資格証を取り出す。「僕は、星奈が雇った離婚弁護士です。これからは星奈の離婚に関するすべてのこと、僕が担当します」その言葉に、隆成の顔が一気に曇った。星也が「星奈」と呼ぶたびに、隆成は無性にその口を塞ぎたくなった。隆成は星奈の方を振り返る。「星奈、離婚のことは今までずっと村上先生が担当していたじゃないか。こんな若造に、俺たちのことが分かるはずがないし、そもそも関わる資格なんてないだろ」「分からない?」星也は鼻で笑った。その目には、なぜか涙が浮かんでいる。「僕は星奈と一緒に育ってきた。この二十年以上、彼女のことはすべて、心に刻み込んできた。絶対に忘れたことなんてない。初めて働いたときの給料で、子どもたちに山ほどプレゼントを買ったこと。節約して残したお金を、児童養護施設の修繕費に回していたこと。あなたと結婚してからは、最初は本当に嬉しそうだったのに、やがて絶望に変わり、夜な夜な一人で泣いていたこと。全部、僕は知ってる。で、あなたは?あなたは星奈の何を分かってる?」星也は指を突きつけて問い詰めた。星奈がこの結婚でどれほど苦しんできたか、星也にはすべて分かっていた。いったい何度、夜中に電話をもらっただろう。弱りきった声で、星奈が必死に気丈にふるまっていた、そのすべてを。ずっと我慢してきたが、今日だけはどうしても抑えきれなかった。「安藤さん、あなたの分かってるっていうのは、星奈を我慢させて、苦しませて、悲しませて、泣かせることなのか?それ以外に、あなたは星奈の何を分かってるんだ?」星也は一語一語、怒りと悔しさを込めて訴えた。隆成の顔が一気に青ざめ、思わず二歩後ずさりし、大きな窓ガラスにぶつかる。ガラスが低く震える音が響いた。隆成は首を振り、星奈に向かって作り笑いを浮かべる。「星奈、この若造は何も分かっちゃいない。ただの思い込みだろ?俺は、この何年かお前に冷たくしたり、無関心だったかもしれない。でも、それでもお前のことは本当に好きなんだ。……いや、愛してる。ごめん、星奈。今まで、それ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status