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第6話

Author: 福まみれ
「お前たちに出て行けと言ったのは、ただの怒りにまかせた言葉だったんだ。

あの家は、いつだってお前と陽向の家だよ」

――違う、それは翔太の家だ。

私と陽向の家じゃない。

志保はもう、その話題を続けたくなかった。

「何か用なの?」

「うん。今朝のぬいぐるみのことは、俺が悪かった。お前たちに謝りたくて来たんだ。

でもあの人たちも苦労してるし、しかも俺の恩人の娘だ。厳しく言うわけにもいかないんだよ」

こんな言い訳、志保はもう何度も聞いた。

恩返しのために、私と陽向がずっと我慢しなきゃいけないの?

でも、私たちは何も由紀親子に借りなんてないのに――

志保が黙っていると、翔太はしゃがみ込んで、背中から新しいぬいぐるみを取り出し、陽向に差し出した。

「もう泣くな、陽向。パパが新しいぬいぐるみを買ってきたぞ。どう?」

陽向はまだ目が腫れていた。

「いらない。ぼく、おばあちゃんが作ってくれたぬいぐるみがいい」

翔太はうんざりした顔で、「どれもぬいぐるみだろ。何が違うんだよ」と言った。

その態度に、志保は堪えきれず口を開いた。

「翔太、息子に謝りに来たんじゃなかったの?」

翔太は立ち上がって言い返す。

「別に叱りたいわけじゃない。

でも男の子をこんなに甘やかして育てて――志保、お前も少し由紀から子育てを学んだほうがいい。

心美なんて、ぜんぜん手がかからないのに」

「陽向はまだ熱があるし、薬も飲ませたばかりよ。用事がないなら、もう帰って」

志保は堪えきれず、ドアを閉めようとした。

だが、翔太が手でドアを押さえて止めた。

少し咳払いして、バツが悪そうに言う。

「由紀が、お前の結婚式プランが本当に好きで、初めての結婚だし、すごく大事にしてるから、ぜひお願いしたいって」

その言葉に、志保は自分の耳を疑った。

――どうして、こんな無神経なことを頼めるの?

志保は拳をぎゅっと握りしめる。

「翔太、自分がどれだけひどいことを言ってるかわかってる?」

翔太は一瞬、目をそらしたあと、必死に続ける。

「三倍……いや、十倍の報酬を出す。由紀に悪気はない。お前のプランが本当に気に入っただけなんだ」

「ごめんなさい。無理」

志保は二歩、後ろへ下がり、歯を食いしばって力いっぱいドアを閉めた。

翔太はしばらくノックを続けたが、志保はもう開けなかった。ただドアにもたれかかり、荒い息をつく。

――翔太は、どれだけ自分がひどいことをしているかわかっているくせに、それでも志保を苦しめる。

彼は、志保がまだ自分を愛していると思っているからだ。

けれど、志保はもう彼を必要としていなかった。

これでようやくすべてが終わった――志保は、そう思っていた。

けれど、まさか翔太が、志保の勤めるウェディング会社を売ると脅してくるなんて、夢にも思わなかった。

担当者から電話がかかってきた。

「社長が言っています。もしあなたが由紀さんと彼の結婚式のプランナーを引き受けないなら、このウェディング会社は売却するそうです!」

この会社は、もともと志保の父が作ったものだった。

父が重い病に倒れ、母が付き添い、会社経営が難しくなって、やむなく売却した。

後になって、翔太が「志保を喜ばせたい」と言って、わざわざ買い戻してくれたのだった。

けれど今は、由紀と自分の結婚式を担当させるための「人質」に使われている――

志保は、直接翔太に会って話そうとしたが、断られた。

【今日は由紀とウェディングフォトを撮りに行くんだ】

【翔太、どうしてもそこまでやるの?

私がこの会社をどれだけ大切にしてるか、知ってるはずなのに】

彼が離婚を言い出したときも、すぐに受け入れた。

婚姻届から家まで、彼が望むものは何もかも譲った。

どうして、何度も私を追い詰めるの?

翔太から電話がかかってきた。

声には、どこか諦めた響きがあった。

「志保、誰も君を困らせたいわけじゃない。ただ、仕事として式のプランをお願いしたいだけなんだ。由紀を『お客様』だと思えばいいじゃないか」

志保はかすかな声で答える。

「私にはできない」

「どうしてできない?お前が俺と由紀の関係を気にしているのは分かる。でも、彼女は俺の命の恩人の娘なんだ。無視はできない」

そのとき、電話口で由紀が甘えるように翔太を呼ぶ声がした。

「ほら、ウェディングフォトの時間だよ」

翔太は最後に一言だけ、脅すように言い残した。

「志保、お前がプランナーを引き受けないなら、この会社を売るしかない」

スマホ越しに、カメラマンの声が遠くで響く。

「新郎は新婦の腰に手を回して、もっと情熱的にキスしてくださーい!」

「そう、それでOK!」

志保は震える手でスマホを握りしめ、ただ虚ろに天井を見つめていた。

もう十分、翔太には失望したはずなのに。

どうしてこの人は、私を何度も何度も絶望させるのだろう。

夜になって、由紀からメッセージが届いた。

まず、何枚もの写真。

【あなたとあの子の荷物、邪魔だから全部捨てちゃった。翔太も同意してくれたの(笑)】

【そういえば、レッスン枠もわざとなの。心美はピアノなんて嫌いなのに】

【あのぬいぐるみも、私が心美に切らせた。死人の持ち物なんて縁起悪いから!】

【怒ってる?そのうちあの子と一緒にショック死しちゃったりしないでね……そうなったら、遊ぶ相手がいなくなっちゃう】

【翔太は今夜、私の横にいるよ。まさか、彼が恩返しのために、私に優しくしてると思ってないね?】

【もう赤ちゃんができてるのに、毎日あんなふうにきつくされて、ほんと参っちゃう】

さらに、もう一枚の写真。

――そこには、上半身裸の翔太がベッドの端でベルトを外そうとしている姿が写っていた。

大人なら、次に何が起こるかなんて、説明する必要もなかった。

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