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第7話

Author: 福まみれ
由紀からメッセージが届くたびに、志保の心はどんどん冷え込んでいった。

送られてきたメッセージは、すぐに削除され、スクリーンショットを撮る間もない。

けれど、今回は画面録画でしっかり保存しておいた。

志保はその動画を端末に残し、胸の中に渦巻く負の感情を押し殺して、陽向と一緒に静かに食事をした。

結局、志保は結婚式のプランナーを引き受けなかった。

そして翔太は本当にウェディング会社を売却した。

その後、翔太からメッセージが届く。

【お前を困らせたかったわけじゃない。

ただ、由紀がお前のせいで泣いたから、何かけじめが必要だった。怒らないでくれ。

由紀の機嫌が直ったら、また会社は買い戻すつもりだから】

その言葉に、志保は皮肉な笑みを浮かべるしかなかった。

翔太も自分が間違っていることはわかっている。それでも、いつも志保にだけ我慢を強いる。

以前は、翔太を由紀と自分の間で悩ませたくなくて、できるだけ彼の気持ちを思いやってきた。

けれど――彼は一度たりとも、志保を本当に思いやったことはなかった。

その夜、志保は翔太の異母弟・仁(じん)に会うことにした。

「翔太の持ち株、安く譲ってもいいわ。ただし、取引は25日後にして」

仁はいたずらっぽい笑みを浮かべて答える。

「兄貴は俺のこと大嫌いだけど……そんなことして本当に恨まれてもいいのか?」

「関係ないわ。あなたがいらないなら、他の人に売るだけよ」

「待って待って、お義姉さん、その話、俺がもらうよ」

取引の話を終えた仁は、鼻歌まじりにその場を去った。

帰り道、仁は偶然、翔太と出くわす。

ふたりは血のつながった兄弟だが、顔を合わせれば喧嘩腰になるほど仲が悪い。

だが、今日は珍しく仁が先に声をかけた。

「兄貴、ちょっと気になることがあってさ。持ち株の半分はお義姉さんが持ってるんだろ?

もし兄貴が愛人のためにお義姉さんを傷つけ続けたら、全部俺に売っちゃうかもよ?」

翔太は鼻で笑って、冷たく言い放つ。

「そんな夢みたいなこと、やめとけ。志保は絶対に俺を裏切らない」

志保がどれだけ傷ついているか、翔太にも分かっていた。

でも、少し優しくすればすぐに許してもらえる――

志保が自分をどれだけ愛しているか、翔太は自信があった。

彼女が本気で自分を裏切ることなんて、あるはずがない――そう信じていた。

志保は、仁が何を言ったのか知らなかったし、知るつもりもなかった。

ここ数日、陽向はずっと浮かない顔をしていた。

ようやく熱が下がったので、志保は陽向を連れて星を見にキャンプへ出かけた。

もうすぐテントが張り終わるというとき――

突然、陽向の泣き叫ぶ声が響いた。

志保が駆け寄ると、そこには由紀と心美がいた。

心美は陽向の望遠鏡も、ソーセージも、光るスニーカーも、光るジャケットも奪っていた。

由紀は口汚く罵りながら、なおも地面に倒れた陽向を蹴ろうとしている。

「由紀、いい加減にして!うちの子をこれ以上いじめたら許さないから!」

志保は陽向をかばって立ちふさがり、由紀を睨みつける。

「なんでうちの子の物を勝手に取るの?なんで暴力まで振るうのよ!」

由紀は勝ち誇ったように言い返す。

「この子の物なんて、私が目をつけてあげただけでも感謝すべきよ。

私が欲しいって言えば、翔太が全部私のために取り上げてくれるのよ」

その傲慢さに、志保はめまいを覚えるほどだった。

「いい加減にして!あなた、どこまでもひどいことをするつもりなの!?」

「好き放題するわ。あなたみたいな役立たず、どうせ何もできないでしょ?」

そう言うなり、由紀は志保を山の斜面へ突き飛ばし、自分はわざとらしく地面に座り込んで泣き叫びはじめた。

「翔太、大変!志保さんが私を妬んで、突き飛ばそうとしたの。

私が避けたから、志保さんが転がり落ちちゃった……どうしよう……!」

志保は転げ落ちて頭を打ち、しばらく動けなかった。

痛みを堪えながら見上げると、翔太が駆け寄ってきた。

けれど、彼が最初に発したのは非難の言葉だった。

「志保、お前はなんてひどい女なんだ!

前も由紀を『不倫女』だって言いふらしただろう?今度は彼女を突き落とそうとするなんて……どうかしてるよ!」

陽向が翔太の服を掴んで必死に訴える。

「違う!おばさんがぼくの物を奪って、ママを山から突き落としたんだ!ママは悪くない!」

その瞬間、由紀は心美を小突き、心美は泣き叫びながら志保と陽向を指さす。

「おじさん、助けて!ママとあたし、いじめられたの!

あの人たちが、死んじゃえばいいって言った!」

心美の泣き声に、翔太の怒りはさらに膨れ上がる。

彼は陽向の襟首をつかんで怒鳴った。

「お前は母親に似て、嘘ばかりつく子に育ったな。

これからは俺が直接お前をしつける!」

「ぼく、嘘なんかついてないのに……うわぁぁん……」

陽向は大声で泣き出した。

翔太はそんな陽向に見向きもせず、そのまま陽向を車へ連れていこうとする。

「ママ!ママ助けて!パパと一緒に行きたくない!」

頭がくらくらし、吐き気と怒りで立ち上がるのもやっとの志保は、必死に陽向を呼びながら追いかける。

「陽向、大丈夫だからね!ママがいるから!翔太、息子を返して!」

けれど、志保が近づくより先に、車は走り去ってしまった。
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