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第3話

作者: シュンエイ
口だけが勝手に動いているのに、何を食べてもまるで砂を噛んでいるみたいで、味がしなかった。

玲央は連中と大声で盛り上がりながら、隣の美月にだけは細やかに気を配り、お茶を注ぎ、皿を替え、店員よりも忙しそうに世話を焼いている。

まるで、隣のテーブルに婚約寸前の私が座っていることなんて、最初から存在していないみたいだった。

私は冷めた目で眺める。玲央は普段、身の回りのことに無頓着な男だ。まして私に取り箸を伸ばしたり、カニの殻を剥いたりする発想なんて、最初からない。

それが今はどうだ。玲央はカニの身を丁寧にほぐしながら、美月に笑って聞いた。「もう一杯いく?」

俯き加減に笑い合う二人の息の合い方が、やけに眩しくて、目に刺さる。

指を折って数えてみても、玲央は一度だって私に同じことをしてくれたことがない。頼めば返ってくるのは、苛立った声だけだ。「手ぇ付いてんだろ。自分で剥けよ」

それでも言い返せば、玲央は人前でも平気で不機嫌な顔を作り、私を面倒な女に仕立てる。

視界の端で、美月が得意げに口角を上げた。胸の奥が、ずしりと重く沈む。

覚悟はしていたはずなのに、目の前で見せつけられると、胸がぎゅっと締めつけられる。

私の様子がどこか強ばっているのに気づいた悠斗が、しばらく玲央の手元を眺めてから、軽く笑って茶化した。「おい、玲央。少しは公平にしろよ。日和にもちゃんと注いでやれ。あとでひいきしてるって言われるぞ」

玲央はようやく私をちらりと見て、気だるそうにグラスへ水を足そうとする。

私は先にグラスを取り上げた。「いらない」

玲央の動きが止まる。何かを思い出したように、今度は横にあったオレンジジュースを手に取って注ごうとした。

私は目を上げ、淡々と言い切る。「それも、いらない」

続けて拒まれるとは思わなかったのか、玲央の顔に一瞬だけ戸惑いが走った。私の空気を察した悠斗が、間に入るように近づいてくる。「じゃあ、何がいい?言ってみ」

私は背筋を伸ばし、グラスをテーブルに戻して静かに答えた。「玲央からのものは、全部いらない」

その言葉が落ちた瞬間、個室の空気が一拍、止まった。

美月がすぐに玲央の袖をそっと引く。「玲央くん……日和さん、怒ってるのかな。ごめんね。私が隣に座ったのが悪かったのかも」

言い方がうまい。まるで私のほうが、理不尽に怒りをぶつけているみたいだ。

私はバッグを手に取り、悠斗に軽く頭を下げた。「ごめん。さっき会社から連絡が入って、急ぎの契約書があって。戻らないといけないの。埋め合わせはまた今度するね」

そう言いながら玲央の横をすり抜け、そのまま振り返らずに出て行こうとした。

「日和、お前さ。昨日、玲央が美月とラブソング歌ったことで怒ってんの?」

悠斗が眉を上げ、面白がるように笑う。

「それ、さすがに器ちっちゃくね?」

そこへ美月が口を挟んだ。「昨日はみんなが煽ってただけだよ。そんなの気にしないで。日和さん、ごめんなさい……私、謝る」

困ったように、でもどこか無垢な顔で玲央を見上げる。まるで、私にいじめられている被害者みたいに。

玲央は案の定、美月を引き寄せて腕の中に庇い、やさしい声で言った。「謝らなくていい」

それから私に向き直り、冷たい声で吐き捨てる。「歌を一曲歌っただけだろ。なんで謝らなきゃいけねえんだよ」

私は玲央を見て、それから彼の胸に収まっている美月を見た。

美月の瞳の奥には、含みのある笑みがはっきり浮かんでいる。嘲りなのか、見下しなのか――もう隠す気もないらしい。

私は視線を落とし、胸の奥がさらに沈んでいくのを感じた。

玲央は、自分が悪いなんて一度も思わない。私が少しでも強く言えば、決まってこう返してくる。「美月は愛情に飢えてる子なんだ。お前がいちいち目くじら立てるなよ」

――私のほうが、二つも年下なのに。

私は息を吸い、無理やり笑った。「じゃあ、これからもたくさん歌えばいいよ」

そう言い捨てて、玲央の横を押しのけるように通り過ぎ、外へ出た。

背中で、美月の甘えた声が聞こえる。「玲央くん、日和さん行っちゃった。追わないの?」

「放っとけ。明日になりゃ、勝手に戻る」

夜風が強く、目に溜まっていたものが勝手にこぼれ落ちた。

冷たい手で頬を乱暴に拭う。こんなふうに擦れば、胸の奥の鋭い痛みまで削れる気がして。

五年も一緒にいたのに、どうしてこんなところまで来てしまったのだろう。

髪が風に揺れる。頭の中のぐちゃぐちゃと同じ揺れ方で、余計に苦しい。視界の端では、街角のカップルがふざけ合いながら、互いに串だんごを食べさせ合っていた。

足が勝手に屋台へ向かい、私も一本買ってしまう。口に運ぼうとしたとき、耳の奥で玲央のいつもの声がよみがえった。

「甘いの好きだよな。年取ったら歯にくるぞ。控えろよ」

ひと口かじると、舌先には確かに甘さが広がるのに、喉の奥の苦さは、どうしても消えなかった。

店主がふいにティッシュを差し出す。「涙を拭いてから食べたほうが、甘く感じるよ」

私はぽかんとそれを受け取り、堪えていた雫がまた落ちて、紙をじわじわと濡らしていく。

――これが、恋なんだ。甘くて、苦い。

ホテルに戻り、すぐに単身用の部屋をひとつ押さえた。スーツケースを引いて出ようとした、そのとき。玲央からメッセージが届く。

開いてみれば、相変わらずの調子だった。【日和。今夜は騒ぐべきじゃなかっただろ】
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