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第6話

Author: リンゴ
楓の手がかすかに震えながら、離婚届に自分の名前を書いた。ペン先が止まった瞬間、ぽたりと涙が書類に落ちた。

涼子は鼻で笑う。「本当に哀れだわね。あれほど律を愛してるくせに、一度も振り向いてもらえないなんて」

雅人は、さすがに気の毒そうに楓を見た。「結局、うちはお前に負い目がある。何か償いが欲しいなら言いなさい」

楓は涙を拭いながら、かすれた声で言った。「……最後に、律と一週間だけ一緒に過ごさせてください。この離婚届は、一週間後に渡してほしいんです」

「いいだろう」

部屋を出た瞬間、楓は堪えきれず泣き崩れた。胸が熱くなり、全身が興奮で赤く染まっていく。

三年耐え続けて、ようやく手に入れた「離婚届」だった。

もっと苦戦すると思っていたのに――

涙は途切れず流れ、心臓が痛いほど跳ねる。

――神さまが、あまりにも惨めな私を哀れんでくれたのかもしれない。

悠真との約束まで、あと一週間。一週間後、すべてが終わる。

楓は深呼吸して、徐々に気持ちを落ち着かせた。

その時、隣の部屋から甘い声が漏れてきた。

「律くん……ダメ……声、大きい……誰かに聞かれちゃう……」美波の半分抗うような甘え声が、壁越しに生々しく響いてくる。

「聞こえても構わないだろ。誰に文句が言える」律の低い声と荒い息づかいが、耳に刺さった。

やがて女の喘ぎ声は大きくなり、ベッドが壁にぶつかる音が規則的に続いた。

ここは本来、楓のための寝室だった。それを二人は、ためらいもなく密会の場所にしていた。

楓は乾いた笑いをもらし、帰ろうと扉に向かった。その瞬間――扉が勢いよく開いた。

律は、不倫を見られてもまるで動じない。

むしろ邪魔されたと言わんばかりに眉をひそめた。「……なんでお前がここにいる」

中から、美波のとろけた声が響く。「家政婦さん?ねぇ律くん、服持ってきてもらって?」

律が返答しようとした瞬間、楓が口を挟んだ。「持ってきます。美波さん」

律の視線を避け、楓は奥へ入った。ベッドは乱れ、まだ乾ききっていない痕跡が残っている。

楓は見なかったことにしてクローゼットを開け、ドレスを一着取り出して美波に渡した。

そのドレスを見た瞬間、律の呼吸が止まった。

それは、結婚三周年を忘れた律が「罪滅ぼし」に楓へ贈ったものだった。楓はそれさえも、ためらわず美波に差し出したのだ。

律は楓の顔に残る、くっきりした平手打ちの跡にも気づいた。誰がやったか言われなくてもわかる。

そして悟った。

今日、自分がしたことは全部、楓への当てつけだったのだと。なのに、自分の母に叩かれ、自分の不倫を見せつけられても、楓は怒らず、受け流し、黙って許してみせる――こんなにも、自分を愛していたのか。

心が乱れ、律は居心地悪そうに目をそらして部屋を出た。

その間も、楓は一度も律を見なかった。

美波はドレスのすそを整えながら、楽しげに言った。「もし昔なら、楓さんが余裕ぶってるって思ったよ。自分が勝ってるって、得意になってるんだって」

楓はきょとんとして美波を見る。

「でも、今は違う」美波は脚を組み替えて笑う。「楓さんの目には、もう律くんへの愛がひと欠片もない」

遥は思わず固まった。周りにいる仲睦まじい夫婦たちが互いを見るときの「眼差し」を、一組ずつ思い返してみる。どれだけ思い返しても、その中に「美波が律を見るときの眼差し」だけは存在しなかった──

遥はゆっくりと顔を上げ、何かに気づいたように美波を見つめる。だが美波は、その視線を受けてもただ意味深に口元をゆるめただけだった。

そして、次の瞬間。彼女は窓に背を向け、そのまま軽やかに身を翻して飛び降りた。

「きゃあっ!律くん助けて!!」

楓の思考が真っ白になる。背後から扉が乱暴に開いた。

「美波!!誰か!医者を呼べ!!」律は顔を真っ赤にして叫び、必死に外を覗き込む。

しかし、楓と目が合った瞬間――その眼差しは怒りと憎悪に燃えた。「楓……お前、演技がうまかったんだな。今まで優しい妻を演じるの、さぞ疲れただろう?」

律は唇を歪めて言い放つ。「祈っておけ。もし美波に何かあれば……お前には、生き地獄を味わわせる」
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