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第9話

Author: リンゴ
律は勢いよくドアを開け、目を細めて中に鋭い視線を投げた。「どういう意味だ、それは」

ビジネスの世界で場数を踏んだ悠真でさえ、律のただならぬ雰囲気に息を呑んだ。

律が一歩ずつ詰め寄る。声は氷のように冷たかった。「三年の約束って何だ?本当に好きなのはお前って、どういうことだ?」

悠真は全身をビクッと震わせ、おどけたように愛想笑いを浮かべた。「いやいや、誤解だよ律さん。家族の間の話さ。俺たち兄妹で三年って期限で賭けをしてただけ」

律の顔から険しい色が消え、こわばった体もやや緩んだ。「楓がいなくなったって?前に荷物まとめてたし、旅行にでも行ったんだろ」

悠真は安堵の息をついた。「そうか、それならよかった」

話が終わると、律は家には戻らず、そのまま会社へ向かった。

深夜三時まで仕事を続け、疲れ果てて椅子にもたれながら思わず口にした。「……楓、水を持ってきてくれ」

しかし、広いオフィスには自分の声だけが響くだけだった。

律は苦笑した。こんな大変な時に、楓は家にも戻らず、外で遊び歩いて、メッセージにすら返事もしない。

甘やかしすぎたのかもしれない。

妻の座を一生与えてやろうとまで思っていたのに、楓はそれでも自分の言うことを聞かずに、際限なく自分の我慢を試している。

――言うことを聞かない妻は、ちゃんと罰を与えて調教するべきだ。

律は顔を険しくして、電話をかけた。「……澤村(さわむら)先生ですか?離婚届を用意してくれ」

向こうでキーボードの音が響く。

「適当でいい、ただ妻をちょっと脅してやりたいだけだから」

あれだけ自分を愛してた楓だ、少し脅してやるくらいがちょうどいい。小さな罰だ、反省したらまた許してやればいい。

待つ間、律はぼんやりと、結婚したばかりの楓を思い出していた。

あの頃はどう喜ばせればいいかも分からず、ドジばかりだった。初めて料理を作ったときは、しょうゆを油と間違えて使い、律はむせ返りそうになった。初めて一緒に寝た夜は、顔を真っ赤にして唇を噛みしめ、必死に彼を受け入れていた。

美波が戻るまでは、自分だって楓に優しかった――

律の目が陰る。

けれど、美波が帰ってきてから、楓はどんどん変わった。昔の素直で可愛い子は消え、嫉妬深くて意地悪な女になっただけだった。

そのとき、電話の向こうから声がした。「律さん、離婚届は作れません」

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