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すり減った愛の終わりに
すり減った愛の終わりに
Auteur: 花たば

第1話

Auteur: 花たば
目を覚ますと、神崎紗依(かんざき さえ)は二十七歳の頃に戻っていた。すでに一男一女の母親であり、夫は大富豪である九条凛久(くじょう りく)だ。

彼は世界的な長者番付で不動の一位を誇り、有名経済誌で「世界中の女性が最も結婚したい男ナンバーワン」に選ばれ、A国の王室さえも王女を嫁がせたいと望むような男だった。

誰もが彼女を幸運だと言ったが、紗依が生まれ変わって最初にしたことは、離婚協議書を持って彼の忘れられない人のもとを訪ねることだった。

彼女は浅葉栞奈(あさば かんな)の前に協議書を押しやり、淡々と告げた。「離婚するわ。凛久も、二人の子供もあなたにあげる」

栞奈は驚きで目を見開いた。六年間も九条夫人の座にしがみついていた女が、突然自ら身を引くなど信じられなかったのだ。

紗依はただ静かに付け加えた。「あの子たちもあなたのほうが好きみたいだし、私は身を引いてあげる。あなたはただ、凛久にサインをさせるだけでいい。離婚の手続きが済み次第、私はこの家を出ていくわ」

今世では絶対に同じ轍は踏まない。皆に無視される九条夫人でいるのは、もうご免だ。

栞奈は無意識にカップの縁を指でなぞりながら、眉をひそめた。「紗依、一体何の駆け引きなの?」

紗依は栞奈の顔に浮かぶ複雑な表情を眺めながら、穏やかに言った。「駆け引きなんてしていない。ただ、もううんざりなだけよ」

「紗依、九条夫人の座を狙っている女が世間にどれだけいるか分かっている?」

「分かっているわ」紗依は栞奈の目を真っ向から見据えた。「だから、あなたに譲ると言っているの」

栞奈の取り繕っていた仮面が、ついに剥がれ落ちた。

彼女はその協議書を長い間見つめていたが、最後にはそれを受け取った。「そこまで太っ腹だと言うなら、遠慮なくいただくわ。

でも、覚えておいて。一度手に入れたものは、二度と手放さないから」

「安心して」紗依はふっと笑った。「後悔なんてしないわ」

前世で、一生孤独に生きる苦しみはとっくに味わい尽くしたのだ。

栞奈は立ち上がり、カフェの別のテーブルへと移動した。そして優雅にスマートフォンを取り出し、画面をタップする。

電話が繋がると、栞奈の声は瞬時に甘く柔らかくなった。「凛久、今カフェにいるんだけど、迎えに来てくれないかしら?」

紗依は、微かに苦笑いを浮かべた。

かつて彼女が凛久に電話をかけても、十中八九は秘書が出るだけだった。

ところが今、二十分も経たないうちに、永遠に「会議中」であるはずの男がカフェの入り口に姿を現した。

ガラス越しに、凛久が長い脚を伸ばして店へ入ってくるのが見えた。黒の高級オーダーメイドスーツが、彼の広い肩幅と引き締まった腰のラインを際立たせている。

六歳の息子である九条悠人(くじょう ゆうと)と、四歳の娘である九条妃花(くじょう ひめか)は、栞奈の姿を見るなり飛びつき、抱きついたりキスをしたりしてはしゃいだ。

「栞奈さん!」妃花が甘えた声で呼び、栞奈の胸元に小さな顔をすりすりしている。

凛久はケーキの箱をテーブルに置き、指でそっと押しやった。「お前が好きな抹茶のケーキだ。甘さは控えめにしてもらった」

栞奈は目を輝かせた。「さすが、よく覚えてくれているのね」

隅の席に座ったままの紗依は、無意識に掌に爪を食い込ませた。

結婚して六年、凛久は紗依の好みの味すら知らなかった。

前世で病気で入院した際、いちごのケーキが食べたいと伝えると、彼は秘書に適当に買わせた。結果として届けられたのは、紗依が重度のアレルギーを持つマンゴーのケーキだったのだ。

「夜は何が食べたい?」凛久が低い声で尋ねる。「洋食のコースにするか、それとも和食にするか?」

栞奈はふふっと微笑み、バッグから例の離婚協議書を取り出した。「その前に、ちょっと見てほしい書類があるの」

彼女は署名欄のページを開いて見せた。「気に入った屋敷があるんだけど、手元の資金が少し足りなくて。ここにサインしてくれないかしら……」

凛久は万年筆を受け取ると、内容も見ずにそのままサインをした。「俺たちの仲だ、水臭いことを言うな」

「栞奈さん、新しいお家を買うの?」悠人が顔を上げて尋ねた。「パパも隣にもう一軒買ってよ!僕、妃花と一緒に栞奈さんのところに住みたい。毎日ママといるの、もう嫌だよ」

凛久は微かに眉をひそめたが、二人の子供の期待に満ちた眼差しを見て、あっさりと承諾した。「……ああ、買おう」

「そんなに気を遣わなくていいわ」栞奈が慌てて言った。「悠人と妃花……それに凛久の分も合わせて三つの部屋を用意しておくから、いつでも泊まりに来てちょうだい」

子供たちは歓声を上げて喜んだ。妃花にいたっては栞奈の首に腕を回してキスまでしている。「栞奈さん最高!ママより千倍も好き!」

紗依の心臓は、見えない手に力任せに握り潰されたかのような、重苦しい痛みに襲われた。あまりの苦しさに、呼吸をすることさえままならない。

視線の先には、口元を微かに綻ばせる凛久の姿があった。その眼差しは、紗依が妻として一度も向けられたことのない、穏やかで優しい眼差しだった。

これ以上は見ていられない。紗依はバッグを手に取ると、逃げるようにその場を後にした。

カフェのドアを押し開けて外に出た瞬間、前世の記憶が怒涛のように脳裏に押し寄せてきた。

前世で、彼女は凛久と政略結婚をして一男一女をもうけ、六十二歳まで生きた。しかし、その生涯で幸福を感じたことは一度としてなかった。

なぜなら、凛久の心の中には、常に初恋の相手――栞奈が居座り続けていたからだ。

当時、二人が別れた後、栞奈は海外へと渡った。凛久は数日間酒に溺れて荒れたが、プライドの高い彼が自ら頭を下げて縋ることはなく、すぐさま一族が取り決めた縁談を承諾した。

凛久は、紗依にとって学生時代の憧れそのものだった。神のように気高く、帝都の上流階級の令嬢たちで、この九条家の若き当主に嫁ぐことを夢見ない者などいなかった。

だからこそ、両家の縁談が持ち上がったと知った時、紗依は天にも昇る心地だった。

だが、結婚後に彼女がすべてを捧げて愛しても、返ってきたのは凛久の冷遇だけだった。

やがて、栞奈が帰国した。

彼は紗依に離婚を切り出すことはなかったが、その視線が栞奈から離れることも決してなかった。

さらに残酷なことに、二人の子供たちまでもが栞奈を慕い、実の母親である紗依から次第に離れていった。

晩年、アルツハイマー型認知症と診断された紗依は、凛久から「静養のため」という名目で古い屋敷に一人見捨てられた。

誕生日の日、彼女は震える手で凛久や子供たちに電話をかけた。しかし、彼らが栞奈と一緒に南の島のリゾート地でバカンスを楽しんでいると告げられただけだった。

せめて自分のために温かいお祝いの料理でも作ろうとした彼女は、記憶の混濁からコンロの火を消し忘れてしまい……

猛火に全身を焼かれながら、紗依が最後に思い出したのは、凛久が彼女の指に結婚指輪をはめた時の、あの氷のように冷酷な眼差しだった。

彼女は苦痛の中に目を閉じ、心の底から願った。もし来世があるのなら、二度と彼のために自分の人生を棒に振るような真似はしない、と。

紗依が邸宅に戻った頃には、すでに日が暮れていた。

彼女は休むことなく、そのまま荷物の整理に取りかかった。

凛久のスーツやシャツ、子供たちのおもちゃ、家族写真……ありとあらゆるものを次々と段ボール箱に放り込んでいく。

「何をしている?」不意に背後から凛久の声が響いた。

紗依が振り返ると、二人の子供の手を引いた彼が入り口に立ち、眉をひそめていた。

「ママ、どうして私たちのものを捨てるの!」妃花が駆け寄り、自分のテディベアが箱に詰められているのを見て、顔を真っ赤にして怒った。

悠人も憤然と紗依を睨みつけた。「僕たち、栞奈さんと少し遊んできただけなのに、そんなに怒ることないだろ!」

凛久は紗依を見つめた。その瞳は相変わらず冷ややかだった。「子供たちが栞奈と一緒にいたいと言ったくらいで、これほど意固地になって癇癪を起こすのか?」

「怒ってなんていないわ」紗依は淡々と答えた。

「嘘つき!」妃花が金切り声を上げた。「栞奈さんに嫉妬してるんでしょ!だから私のテディベアを捨てたんだ。最低のママ!」

「僕、大人になったら栞奈さんと住むんだから」悠人が妃花の手を引き、憎々しげに言い放った。「二度と会いに来てやらないからな!」

凛久は子供たちの暴言を咎めることもなく、ただ微かに眉を寄せ、紗依を一瞥した。その眼差しは、まるでヒステリーを起こす見知らぬ女に向けられるもののようだった。

「もういい」彼が唇を開くと、生まれ持った気品を感じさせる低い声が響いた。長い指が無造作にカフスボタンを整える。「この後、取締役会のビデオ会議がある。捨てるなら勝手にしろ。ただし、騒ぎは起こすな」

ドアが閉まった瞬間、紗依の目からついに涙がこぼれ落ちた。

心臓がズタズタに引き裂かれたようで、呼吸をするたびに血の匂いが鼻をつく。

彼女は涙を拭い、散らかった床を見つめて、ふっと笑い声を漏らした。

安心して。もう騒いだりしないわ。

これからの残りの人生、二度とあなたの邪魔はしないから。

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