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第21話

Autor: よつば日和
息が詰まるような裁判を終えた夏美は、翔を連れて海外に戻り、静かで日当たりの良い新居で暮らし始めた。

ここには克哉の影も、杏奈の悪意もない。ただ親子のための、穏やかな空間だけが広がっていた。

夏美は翔の療育にほとんどの時間を費やしながらも、自身の研究を続けることも忘れなかった。

彼女は最新の脳科学とAIの技術を応用して、翔に合わせた、ゆるやかで継続的な治療プログラムを開発した。

一度は壊されたAIロボットも、夏美が念入りに改良を重ねたことで、翔の最高の「相棒」になった。

そのロボットは、センサーで翔の細かな感情の波や体のサインを読み取り、彼が好きな心地よい音楽を流したり、優しい光の変化でコミュニケーションをとったりする。簡単な知育トレーニングだってできるのだ。

忍耐強い愛情と科学技術が合わさり、奇跡は静かに起こった。

翔のこわばっていた体は次第に力が抜け、叫んだり泣きわめいたりする回数も明らかに減っていった。

彼は夏美と、前より長く目を合わせられるようになった。たまに、ほんの少しだけ口角が上がることもあった。

夏美が思わず涙ぐんだのは、ある晴れた日の午後のこと。翔がロボットをいじっていたかと思うと、不意に顔を上げて彼女を見つめ、はっきりとこう呼んだのだ。

「ママ」

それはもう意味のない音の羅列ではなかった。はっきりと、甘えるような響きを帯びた呼び声だった。

夏美の涙腺は一瞬で崩壊し、彼女は翔を力いっぱい抱きしめた。

小さな体から伝わる温もりと信頼を感じ、これまでの苦労も葛藤も、すべてこの瞬間のためにあったのだと心から思った。

翔の状態がどんどん良くなるにつれて、簡単なコミュニケーションもとれるようになってきた。

ある日、夏美が見せた古い写真を見ていた翔が、不意に小さな眉をひそめた。そして、写真を指さしながら、途切れ途切れにこう言ったのだ。

「あめ……いっぱい……あまい……くらくら……」

写真に写る杏奈を見て、夏美の心臓がどくんと重く沈んだ。

彼女が根気強く何度も問いかけ、翔のつたない言葉と身振りを組み合わせた結果、胸が張り裂け、怒りに震えるような真相が明らかになった。

杏奈は母子の仲を引き裂くために、なんと幼い翔にこっそりと大量のお菓子やジュースを何度も与えていたのだ。

そのせいで翔の血糖値は不安定になり、感情や行動のコントロー
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  • そして昨日、銀杏は落ちた   第23話

    夏美は弘樹の手の中できらめくブローチを見つめた。そして、彼の不器用だけど、心の底からの告白を聞いていた……克哉が突然また現れたことで心に巻き起こった大波が、不思議とすーっと静まっていくのを感じた。彼女は心を決めた。克哉が今、落ちぶれていようと、残された才能で再び頭角を現そうと、もう自分とは何の関係もないのだと。二人の間の愛憎は、すべてとっくに終わっていた。法廷で、翔を抱いて毅然と彼の元を去ったあの瞬間に。克哉の存在が、もう自分の心を少しでも乱すことはあってはならない。だから、たとえ克哉が賞金を手にしても、彼とこれ以上関わることはない。夏美は目の前で、緊張のあまり手と足が一緒に出てしまいそうな弘樹を見た。彼の瞳の奥にある、不安げだけど揺るぎない愛情を見て、ふと微笑んだ。その笑顔は、分厚い暗雲をかきわけた先に差し込む月明かりのように、明るく、そして優しかった。夏美はブローチを受け取らなかった。代わりに一歩前に進むと、驚きに少し見開かれた弘樹の瞳に見つめられながら、そっとつま先立ちになった。そして、優しく、でも確かなキスを彼の唇に落とした。弘樹は完全に固まってしまった。頭の中は真っ白で、ただ唇に残る柔らかく温かい感触だけが、やけにリアルだった。彼女らしい、本の匂いとほのかな花の香りが混じった、上品な空気が漂う。優しいキスが終わり、夏美は少し後ろに下がった。頬はほんのり赤く染まっていたけど、その瞳は星のように輝き、まっすぐに彼を見つめていた。「もう待たなくていいですよ」彼女の声ははっきりと落ち着いていて、色々なことを乗り越えてきた人のように、澄んでいて確信に満ちていた。「ありがとうございます。この間、何もかもを捧げるようにそばにいてくれて、私を尊重してくれて……あなたのおかげで、私はまだ大切にされ、深く愛される価値がある人間なんだって思えました。そして自分の気持ちもはっきり分かりました」夏美は少し言葉を切り、さらに柔らかく、でも力強い口調で続けた。「いつからかは分かりません。黙って私のために何でも用意してくれた時かもしれないし、辛抱強く子供につきあってくれた時かもしれません。​もしかしたら、たった今、このブローチを持って告白してくれたその瞬間かも……気づいたら、私の心はあなたに惹かれていました。今度こそ

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  • そして昨日、銀杏は落ちた   第20話

    世紀の難問を解いたことで得た名声と賞金を元手に、夏美はすぐに自分の研究チームを立ち上げた。彼女は、脳科学とコンピューター科学が交差する分野の研究に全力を注いだ。特に、自閉症の子どもに向けたAI療育の分野では、母親としての思いと、研究者としての鋭い視点をつぎこんだのだ。進捗は予想以上だった。半年も経たないうちに、夏美のチームは画期的な論文を発表した。トップクラスの学術誌に掲載されると、すぐに世界中の学会から大きな注目を集めた。かつて克哉に「ガラクタ」と罵られ、杏奈によって夢ごと壊されたあの試作品は、彼女の手でより洗練されたかたちで再構築された。そして、驚くべき応用の可能性を示したのだ。夏美はもう、誰かに寄りかかる女でもなければ、同情されるべき被害者でもない。彼女は彼女自身。工学界に現れた、誰もが注目する期待の星なのだ。同じ頃、国内では、夏美と克哉との子どもの親権をめぐる裁判が、世間の注目を集める中でついに始まった。法廷は、厳かな空気に包まれていた。夏美が、きっちりとしたスーツを着て、落ち着いた表情と澄んだ瞳で入ってきたとき、そこにいたほとんどの人が息を飲んだ。彼女の姿からは、かつての弱々しさや悲しみはすっかり消えていた。そこには、試練を乗り越えた強さと、落ち着きだけがあった。一方、向かいの被告席に座る克哉は、必死に平静を装っていた。しかし、目の下のクマや少し丸まった背中、そして瞳の奥に隠しきれない疲労と落ちぶれた様子が、彼の今の状況を物語っていた。克哉の会社が倒産し、評判が地に落ちたことは、今や誰もが知っている。何もかも失ったと言っていい。裁判官に親権を求める理由を述べるよう促されたとき、夏美は少しもためらわなかった。そして、何の感情も見せなかった。まるで他人の物語を語るかのように、淡々とした口調だった。そして克哉が自分にしてきたことを、一つひとつ、筋道立てて証言した。克哉が、彼女に黙って離婚を成立させるため、裏でどんな準備を進めていたのかを語った。別の女のために、彼女をどんなに冷たく扱い、価値を否定したのかを語った。彼女が心血を注いで書いた技術報告書を、彼が紙くずのように扱い、足で踏みつけたことにも触れた。彼が、杏奈がAI技術で偽の動画を作るのを黙認し、さらには手助けまでしたこと。そして

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  • そして昨日、銀杏は落ちた   第18話

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