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第2話

Author: ヒット作連発作家
「結婚する」

あまりにもあっさりした声だった。それなのに、その一言は重く胸に沈んだ。

個室の中では、幼なじみたちがすぐに口笛を吹いた。

「ほらな。十年も一緒にいるんだ、今さら切れないって」

「あー、陽菜ちゃんは気にしなくていいよ。彩葉なんて形だけの嫁でしょ。悠生が本当に可愛がってるのは、どう見てもお前だから」

悠生はそれきり黙った。

けれど、その態度だけでわかった。私の話をこれ以上続ける気など、彼にはないのだと。

彼にとって私は、人ではなかったのだと思う。

十年前の恩を理由にそばに置かれた、面倒な荷物。

ただ、それだけだった。

ふいに、十年前の火事が脳裏に蘇った。燃え盛る炎の中で、母は悠生と隼人を必死に外へ押し出した。けれど母自身は、崩れ落ちた梁の下敷きになり、その場から逃げられなかった。

あの火事のあと、私は三浦家に引き取られた。けれどその代わりに、私は母を失った。

「このいちご、おいしそう」

陽菜の甘ったるい声が、また響いた。彼女は一粒のいちごを手に取り、すぐに置いた。

幼なじみたちがはやし立てる。

「食べたいなら食べればいいじゃん」

けれど陽菜は眉をひそめて、それを置き、甘えるように悠生を見上げた。

「やだ。きれいじゃないもん。社長に洗ってもらったいちごが食べたいんです」

背を向けて立ち去ろうとしていた私は、その一言に思わず足を止めた。

子どもの頃から、悠生は家事など一切したことがない。いつだって私が皮を剥き、洗った果物を、彼の手元まで運んでいた。

私は彼を見つめた。せめて一瞬でも、煩わしそうな表情を見せるのではないかと思った。

けれど彼は、そうしなかった。

「洗ってくる」

悠生はグラスを置き、本当に立ち上がった。

そして振り返り、個室の扉を開けた。

目が合った瞬間、空気が凍りついた。

悠生の目にあった笑みは一瞬で消え、驚きに変わり、すぐに苛立ちと嫌悪の色に変わった。

「何しに来た?」

私は答えず、ただ彼をまっすぐに見つめた。けれど口調だけは、自分でも驚くほど皮肉めいていた。

「悠生。私が贈ったネクタイピンが、どうしてあの子の胸元にあるの?」

彼は私の問いに、少しも動じなかった。ただ、厄介なものを見るような目を私に向けた。

「彩葉、みっともない真似はやめろ」

「みっともない?」

思わず笑いがこぼれた。

けれど、その前に涙が落ちた。

「明日、私たち結婚するんだよね?その前の夜に、あなたは別の女とここで楽しそうに飲んでる。ねえ、みっともないのは私?それともあなた?」

そのとき、陽菜が彼の背後から顔を出し、親しげに彼の腕に絡みついて、見せつけるように私を見た。

「社長、この人誰ですか?怖いです」

そう言いながら、彼女の指はわざとらしく胸元のネクタイピンを撫でた。

悠生の顔が完全に沈んだ。彼は薄着の私を一瞥した。

そしてスーツの上着を脱ぎ、義務でも果たすように、私の肩へ掛けようとした。

「もう騒ぐな。すぐ帰れ。明日の結婚式に支障を出すな」

その言い方は、命令であり、叱責でもあった。

その瞬間、十年分の記憶が一気に押し寄せた。どれも痛いほど鮮明で、さっき個室で聞いた「結婚する」という一言に重なった。

あれは愛なんかじゃなかった。

十年そばにいれば、いつか振り向いてもらえる。

そう信じていたのは、私だけだった。彼にとって私は、愛する相手ではなく、引き受けるしかない義務だった。

だから、もういらない。

「悠生、結婚式は中止にしましょう」

私は彼の上着を軽く払いのけた。

悠生の手が宙で固まり、その目に一瞬、動揺が浮かんだ。けれどすぐに冷たさへ変わる。

「今度は何の芝居だ?」

「芝居なんかじゃない」

私は彼を見つめ、一語一語はっきりと言った。

「悠生。私、もうあなたはいらない」

そう言った瞬間、悠生は信じられないものを聞いたように鼻で笑った。

「彩葉、俺がいなくて生きていけると思ってるのか?」

そう言い終えると、彼はもう私を見ることなく、振り返って陽菜の肩を抱き寄せ、そばにいた警備員へ冷たく命じた。

「彼女を連れていって頭を冷やさせろ。二度と中に入って邪魔をさせるな」

次の瞬間、腕を乱暴に引かれた。私は足元をもつれさせながら後ずさりし、そのまま冷たい壁に背中を打ちつけた。鈍い痛みが、背筋に沿って走った。

バタン。

個室の扉が完全に閉まった。私は壁にもたれたまま、ゆっくりと床に座り込んだ。

十年。

このひとり芝居は、たしかにもう終わらせるべきだった。

スマホを取り出し、私は悠生に関するすべてを削除した。

その次の瞬間、スマホの画面が光った。

画面に表示されていた名前は、隼人だった。

三十分後、隼人は温かいココアを一杯、私の前に置いた。

「大丈夫か?そろそろ、君のお母さんの命日だろ」

目の奥が熱くなった。

私は隼人を見つめた。今でも母のことを覚えていてくれるのは、彼だけなのかもしれない。

そう思って口を開こうとした瞬間、胃の奥から酸っぱいものが込み上げた。鉄っぽい生臭さが混じって、喉元まで一気にせり上がってくる。

「うっ……」

私は反射的に口を押さえ、顔を背けて、何度もえずいた。

隼人の顔色がさっと変わり、すぐに立ち上がって私の背を軽く叩いた。

「どうした?」

「大丈夫」

私はティッシュを一枚引き抜き、口元を強く押さえたまま、喉に残る酸っぱさと苦みを、無理やり飲み込んだ。

「妊娠しているだけだから」

私の背を叩いていた隼人の手が、宙でぴたりと止まった。

それから信じられないというように私の下腹を見つめ、震えた声が、最後に裏返った。

「……三浦悠生は、とっくに子どもができない体だって診断されていたんじゃないのか?!」

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