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第3話

Author: ヒット作連発作家
驚きに揺れる隼人の目を見ながら、私は無意識に、まだ何の変化もない下腹へ手を添えていた。

たしかに、悠生に子どもができないことは、誰よりも私がよく知っている。

三年前、検査結果を受け取ったばかりの彼は、書斎にあるものをすべて叩き壊した。

医師に、精子の運動率が極めて低く、自然妊娠はほぼ不可能だと言われたからだ。

だから妊娠検査薬が陽性を示したとき、私は奇跡が起きたのだと思った。

本当は結婚式で、彼に直接伝えるつもりだった。

それに、三浦家を取り仕切るおばあさまにも、きっと喜んでもらえると思っていた。あの人はもう何年も、ひ孫の顔を見る日を待ち望んでいた。

けれど今は……

私はカップを置き、隼人を見た。

「逃げるのを手伝って」

隼人の瞳がまた小さく揺れた。

「でも……明日、結婚式だろ……」

私は目を伏せたまま、この十年のことを淡々と話した。三浦家で暮らし、居場所を失わないように、何もかも悠生に合わせてきたこと。それなのに最後には、母の命の見返りとして引き取られただけの存在みたいに扱われたこと。

「誰のことも恨んでいない。見誤ったのは私だから」

少し間を置いて、私はかすれた声で言った。

「あなたと彼に仕事上の付き合いがあるのも知ってる。迷惑なら、今の話は聞かなかったことにして。ただ……彼には言わないで」

隼人は長いこと黙っていた。

「どうしたいのか言ってくれ。俺が手配する」

驚いて顔を上げると、視線が合った彼は笑った。

「俺に手伝わせてくれ。あのとき君のお母さんが助けてくれなかったら、俺は火の中で死んでいたんだ」

隼人と計画を決めて別れたあと、私はそのまま三浦家の別邸へ戻った。

けれど玄関の扉を開けた瞬間、私は固まった。

リビングでは、酔った陽菜が悠生にもたれかかっていた。

赤くなった顔で彼を見上げ、ふざけるようにネクタイを引っ張っている。

「社長……好きです……すごく好き……」

悠生は陽菜を押しのけなかった。

むしろ片手で腰を支え、酔った彼女をそっと受け止めている。

その目は、私が見たこともないほど優しかった。

十年一緒にいても、私には一度も向けられなかった眼差しだった。

私に気づくと、悠生は陽菜越しにこちらを見た。

その優しさは一瞬で消え、見慣れた冷淡さに戻った。

「彼女は飲みすぎた。ゲストルームを片づけてこい」

当然のような口ぶりだった。まるで使用人に命じるように。

「しない」

私は視線を戻し、そのまま二階へ上がろうとした。

悠生の眉が鋭く寄った。

それも当然だ。十年間、私は彼に何でも従い、一度だって拒んだことがなかった。

彼の顔色が沈み、私へ向けられた目には息が詰まるほどの圧があった。

彼は陽菜を慎重にソファへ寝かせると、立ち上がり、上から見下ろすように私を睨んだ。

「まだ気が済まないのか?」

悠生はネクタイを緩めた。その言い方は一見、折れたようにも聞こえたが、底には隠しきれない苛立ちが滲んでいた。

「ネクタイピンのことか?それとも、今夜あの場に入れなかったから怒ってるのか?

わかった。悪かったよ。彩葉、これで気は済んだか?いい加減、いつもどおりに戻れ」

彼は一歩ずつ近づいてきた。視線は氷のように冷たい。

「明日は結婚式だ。おばあさまは病み上がりの体で、わざわざ帰国してくる。

だから、その被害者みたいな顔はやめろ。式で三浦家の顔に泥を塗って、おばあさまを怒らせるな」

彼を見ていると、怒りで息が乱れた。涙が込み上げてきたけれど、唇を噛んで必死にこらえた。

「おばあさまの機嫌を損ねて、相続の話がなくなるのが怖いんでしょう?」

私が冷たく笑うと、悠生の目は完全に冷え切った。

「彩葉!」

悠生は私の名を呼んだ。そして、信じられないほど冷たい声で言った。

「忘れるな。お前の母親が何のために死んだのか」

悠生は鼻で笑った。その目には、嘲りと、冷たすぎるほどの現実だけがあった。

「今のお前の居場所は、お前の母親の命と引き換えに手に入ったものだろ」

頭の中で、何かが音を立てて、頭の中で理性と呼ばれる糸が、完全に切れた。

つまり、彼の中で母の命は、私の居場所と引き換えにされたものにすぎなかった。

ガシャン!

全身を震わせながら、私はそばにあったグラスをつかみ、思いきり彼へ投げつけた。

悠生の顔色が一変し、とっさに身を翻して、陽菜を完全にかばった。

グラスは彼の肩に強く当たり、砕けた破片が床に飛び散った。

彼は低くうめき、振り返った。私を見るその目は、今にも私を殺しそうなほど険しかった。

それでも彼は、陽菜のことを忘れなかった。

ただ私を一度きつく睨みつけると、酔ったふりをしている陽菜を横抱きにし、大股で二階へ上がっていった。

二人の背中が消えていくのを、私はただ見ていた。呼吸が乱れ、胸が苦しくなる。それでも必死にこらえていた涙が、そこでようやくあふれ出した。

喉の奥に血の味が広がり、下腹にも鈍い痛みが走った。

私は腹を強く押さえ、壁に手をつきながら、一歩ずつ自分の部屋へ戻った。

私はスーツケースを出すと、ぼんやりしたままクローゼットに手をかけた。

出ていく。

この吐き気のする場所に、もう一秒だっていたくなかった。

視界の端に、純白のウェディングドレスが映った。部屋の隅で静かに掛けられているそれは、今となっては、悪い冗談みたいに見えた。

私は目をそらした。

服を詰め込んだ、その瞬間だった。寝室の扉が、激しい音を立てて蹴り開けられた。

ものすごい力で手首をつかまれ、乱暴に引き寄せられた。

私はバランスを崩し、冷たい壁に叩きつけられた。

妊娠している下腹が壁にぶつかり、痛みに息を呑んだ。

次の瞬間、悠生がものすごい勢いで詰め寄り、私の首を乱暴につかんだ。

目の前の彼の顔は、怒りでひどく歪んでいた。

「彩葉、お前はいったいいつまで騒げば気が済むんだ?!

俺はもう頭を下げて謝ってやったんだぞ。つけ上がるな!」

彼のこめかみに青筋が浮いた。噛みしめた歯の奥から、低い声が漏れる。

「言ってる意味がわからないのか?俺はもう限界だって言ってるんだ。これ以上、俺に我慢させるな」

床に置かれたスーツケースに目をやると、悠生はひどく冷たい笑みを浮かべた。

「今度は家出のつもりか?彩葉、自分にそんなことができると思ってるのか」

顎をつかむ手に、さらに力がこもる。

顎の骨が軋むほど痛くて、息が詰まった。

「言ってみろ。俺から離れて、どこへ行く?お前ひとりで生きていけるとでも思ってるのか」

首を締められて、ほとんど息ができなかった。視界がぼやけていく。

それでも私は息も絶え絶えに、一語一語絞り出した。

「悠生……私、妊娠してるの」

そう口にしたのと同時に、下腹に、体の奥を引き裂かれるような激痛が走り、真っ赤な血が両脚の間を伝い落ちた。

瞬く間に、足元が真っ赤に染まった。

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