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第4話

Author: ヒット作連発作家
悠生の手が、はっと強ばった。

彼は私の両脚の間を伝っていく血の跡を見下ろした。

その瞬間、悠生の顔から怒りが消えた。代わりに浮かんだのは、驚きと戸惑い、そして恐怖だった。

手の力が抜け、私はそのまま床に崩れ落ちた。下腹の痛みが、さらに強くなる。

十年間、私に冷たい顔しか見せなかった悠生が、私が痛みにうめいたその一瞬だけ、わずかに動揺したように見えた。

「彩……葉?」

けれど私は顔を上げ、血の味にまみれた笑みを口元に浮かべた。

「驚いた?あなたに子どもができたのよ、悠生」

笑っているうちに、涙と血が混ざり合い、白いスカートの上へ落ちた。

「でもこの子は、あなたには渡さない。さっき私を殺したくてたまらないって目をしていたでしょう。あれで、最後の決心がついたの」

その瞬間、悠生の喉仏が激しく上下した。唇が震え、何かを言おうとしているようだったのに、声は出なかった。

やがて彼は震える体でこちらへ歩み寄り、私の下腹へ手を伸ばした。

「そんなのあり得ない!」

入口から、甲高い声が飛んだ。

陽菜がいつの間にか戸口に立っていた。悠生の白いシャツを羽織り、顔に浮かんだ衝撃は、すぐに傷ついたような表情へ変わっていく。

「社長、彼女は嘘をついてます!ご自分の体のこと、わかっているでしょう?妊娠なんて、そんな……」

彼女は口元を押さえ、目を赤くし、苦しそうに震えた。

「私、本当に社長とは何もないんです。どうしてそんな嘘までついて、気を引こうとするんですか……真実を知ったあと、社長がもっと傷つくとは思わないんですか?」

悠生の瞳が揺れた。

悠生は振り返り、私を見た。

その目に一瞬だけ浮かんだ動揺が、ゆっくりと消えていく。

そして代わりに、いつもの冷たさと、あきれたような失望が戻ってきた。

「そうだな、彩葉。俺はもう、お前と結婚すると言った。それでもまだ足りないのか?子どもまででっち上げて、俺を縛るつもりか?」

全身の血が頭へ逆流していくようだった。

「信じないなら病院で検査を……」

パシン。

頬に鋭い痛みが走った。

次の瞬間、体ごと横へ弾かれ、背中がウェディングドレスのラックに激しくぶつかった。

金属の支柱が倒れ、真っ白なドレスが降ってきた。

その裾は、血にまみれた私の体を覆い隠した。

悠生はそんな私を、上から冷たく見下ろしていた。汚れたものでも見るような目だった。

「彩葉、お前の相手をしている暇はない。立て。ここを片づけろ。結婚式は予定どおりやる」

そのときになってようやく、悠生の視線が私の下に広がる血だまりへ落ちた。

痛ましさも、ためらいもなかった。

あったのは嫌悪だけ。

汚いものを踏んでしまったかのように、わずかに鼻をひそめ、彼は背を向けて去っていった。

扉が閉まった。

私は床に伏したまま、血が少しずつ白いウェディングドレスに滲んでいくのを見ていた。

真っ白な布の上に、それはゆっくりと赤く広がっていった。まるで、彼岸花が咲くみたいに。

どれほど経ったのかわからない。私は起き上がった。

スーツケースを引き寄せ、扉を開け、一歩ずつ外へ歩き出した。

背後の廊下には、私が踏みしめてできた足跡が残っていた。

ひとつ、またひとつ。

真っ赤な足跡だった。

深夜の道はがらんとしていて、タクシーさえつかまらなかった。

震える手でスマホを取り出し、隼人の番号を押した。

電話がつながった、次の瞬間だった。

下腹に、焼けるような痛みが走った。

刺すようでも、締めつけられるようでもない。

体の奥で小さな命が暴れて、引き裂かれる痛みだった。

まるでお腹の中の子が、最後に必死でしがみついているみたいだった。

スマホが指の間から滑り落ち、私は冷たいアスファルトの上に膝をついた。そのまま意識が闇に呑まれた。

……

再び目を覚ましたとき、私は病院にいた。

隼人がベッドのそばに座っていた。彼は何も言わず、ただ一枚の検査結果を差し出した。

そこには、ぼやけたエコー写真があった。

とても小さな、小さな塊が丸まっている。芽を出したばかりの種のようだった。

「子どもは……だめだった」

隼人の声は、ひどくかすれていた。

「運ばれてきたときには、もう助けられなかった。これは……最後の画像だ」

私はその紙を両手で握りしめた。指先の震えが、どうしても止まらなかった。

そのとき、スマホが鳴った。

画面には、おばあさまからの着信が表示されていた。

「彩ちゃん、おめでとう。今日はとうとう結婚式ね。緊張している?私、あなたたちのためにわざわざ海外から戻ってきたのよ……」

口を開いた瞬間、すべての感情が一気に決壊した。

「おば……あさま……」

血を吐くような泣き声が、喉を引き裂いて漏れた。

けれど言い終える前に、別の電話が強引に割り込んできた。

悠生だった。

「彩葉!式場の人間が全員待ってる。どこで何をしてるんだ!こんな真似をすれば、俺が折れるとでも思ってるのか……」

私はそのまま電話を切った。

乱暴に涙を拭い、隼人を見た。

「もう逃げない。式場へ連れていって」

隼人が勢いよく立ち上がり、信じられないという顔で私を見た。

私は説明せず、うつむいておばあさまに一通のメッセージを送った。

それから立ち上がり、血に染まったあのウェディングドレスを手に取った。

……

結婚式場では、シャンデリアがまばゆく輝いていた。

幼なじみたちは陽菜を囲み、はやし立てている。

「おいおい、社長が結婚するってだけでそんなに泣く?まるで自分が花嫁みたいじゃん」

「そりゃつらいよな。でも結婚したって関係なくない?どうせ義理で決まった相手だろ。本気で好きなわけじゃないんだし」

笑い声の中、悠生は無表情でカフスを整えていた。

そのとき、スタッフの一人が慌てて駆け込んできた。顔を妙にこわばらせていた。

「三、三浦社長……新婦が到着しました」

悠生は眉をひそめ、彼を一瞥すると、グラスを置いて大股で外へ出た。

そして、足を止めた。

ホールの中央で、私は血に染まったウェディングドレスをまとい、裸足のまま壇上に立っていたからだ。

赤と白が絡み合った裾は背後に引きずられ、血の川のように伸びていた。

悠生が現れたのを見て、私は笑った。

背後の巨大スクリーンが、それに応えるように明るく灯った。

最初に映し出されたのは――

会員制ラウンジの個室。

彼が陽菜を引き寄せ、グラスの赤ワインの色が、寄り添う二人の顔に妖しく映っていた。

次に映ったのは――

三浦家のリビング。

陽菜が彼にしなだれかかり、彼は目を伏せたまま、私が見たこともないほど優しい眼差しを向けている。

そして最後に映し出されたのは――

一枚の診断書だった。

【暴行による流産】

その瞬間、会場中が息を呑んだ。

ざわめきが広がり、招待客たちの視線が何度も悠生へ向けられる。

けれど、私だけが見ていた。

最前列に座っていたおばあさま――三浦家を束ね、家のすべてを取り仕切ってきたその人が、震える手で立ち上がるのを。

長年、子授けを願って手放さずにいた数珠が、その瞬間、ぱちんと乾いた音を立てて切れた。

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