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第4話

Author: にがうり玉子
涼太の瞳が一瞬縮んだ。

「俺は……」

何か言おうとしたが、葵はすでに皮肉っぽく唇を歪めていた。

「冗談よ。妊娠なんてしてない。ただの健康診断だったわ」

涼太は一瞬呆然とし、すぐに眉をひそめた。「健康診断?どうしたんだ?」

葵は冷静に答えた。「ちょっと調子が悪くて。それより、玲奈の付き添いで来たの?」

涼太は気まずそうに咳払いした。

「誤解するな。たまたま会ったから送ってきただけだ」

なんの意味もない言い訳。

それでも葵の体調についてこれ以上尋ねようとはしない。

葵はすでに感覚が麻痺していた。淡々と言った。「授業があるから、先に帰るわ」

そう言って振り返った。

出口まで来ても、涼太は追いかけてこなかった。

……

葵は真っ直ぐに大学へ戻った。

気のせいか、周囲の人々が彼女を指さしているように感じた。

不審に思いながら寮のドアを開けると、ルームメイトが慌てて駆け寄ってきた。

「大変!葵、大変なことになってる!」

ルームメイトは震える手でスマホを差し出した。

「学校の掲示板に、あなたの写真が……その、あんな写真が!」

葵の頭がガーンとなった。スマホを受け取ると、画面いっぱいに不適切な写真が並んでいた。

しかし写真を見た瞬間、彼女は少し安堵した。

「これらの写真は合成されたものよ」即座に言った。「本物は一枚もないわ」

一瞬、涼太が撮影した写真をネットに流出させたのかと思ったが、幸い全て偽物だった。

ルームメイトは困ったように言った。

「もちろん分かるわ。あなたには足にアザがあるけど、これらの写真にはないもの。明らかに偽物よ。

でもネットの連中はそんなこと気にしない。見て、ひどいこと書かれてる……待って葵、何するの?」

葵は迷いなくスマホを取り出していた。

「もちろん警察に通報するわ」冷たい声で言った。「この投稿者を見つけてもらうの」

軽薄な冗談程度ならまだしも、ここまで悪質なら黙っていられない。

しかし警察に電話をかける前に、もう一人のルームメイトが慌てて飛び込んできた。

「葵!あんたの彼氏が誰かと殴り合いの喧嘩してるわ!」

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