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第二話「白薔薇宮廷」

Author: ReiN.
last update publish date: 2026-08-09 15:29:42

 白薔薇宮廷には、席が三つしかない。

 正室が一人。

 側室が二人。

 それ以上は増えない。

 ゼン王国では、婚姻は恋ではなく制度だった。

 正室は王統と内政を担う。

 側室は外交を担う。

 海で成り立つ国だから、結婚はそのまま交易になる。

 港が増える。

 船が通る。

 金が動く。

 だから白薔薇宮廷は、半分くらい国家機関だった。

 たぶん、恋愛する場所じゃない。

 私は窓の外を見ながら、ぼんやりそんなことを考える。

 港には朝の船が入ってきていた。

 帆が白い。

 海鳥がうるさい。

 王都は海の音がする。

「ルカ様」

「ん」

 リーネが紙束を持って立っていた。

「今日の予定です」

「多い」

「減らしました」

「これで?」

「かなり」

 私は紙を見る。

 昼食会。

 外交使節との顔合わせ。

 夜会。

 謁見。

 茶会。

 意味がわからない。

「彫刻は?」

「夜会のあとでしたら」

「死ぬなぁ」

「死にません」

 リーネは即答した。

 最近気づいたけれど、この子は私に妙に容赦がない。

「そもそもですね」

 リーネが言う。

「側室という立場を、もう少し理解してください」

「してるよ」

「本当に?」

「外交のやつでしょ」

「雑」

「すみません」

 リーネが頭を抱える。

 最近みんなこれをやる。

「白薔薇宮廷は、この国の顔なんです」

「うん」

「ヴィオラ様は名門貴族出身。国内安定の象徴です」

 正室。

 綺麗な人。

 姿勢がまっすぐで、歩くだけで床まで綺麗に見える。

「セリス様は大陸最大の商業国家の姫。交易同盟そのものです」

「商人っぽいよね」

「本人の前で言わないでください」

「なんで?」

「褒め言葉にならない可能性があります」

「でも本人、商売好きそう」

「そういう問題じゃありません」

 怒られた。

「そしてルシア陛下はゼン王国の女王です」

「それは知ってる」

「なら、なぜ平然としてるんですか」

 私は少し考える。

「静かだから?」

「は?」

「怒鳴らないし」

 リーネが変な顔をした。

「普通、もっと怖がるんですよ」

「でもルシア様、そんな怖くない」

「怖いです」

「そう?」

「そうです」

 私は窓の外を見る。

 海が光っていた。

 この宮廷に来てから、ずっと不思議だった。

 みんな、ルシアを恐れている。

 でも私には、あの人が怒る姿があまり想像できない。

 静かで。

 重くて。

 でも、押しつけてこない。

 ただ、見ている。

 ずっと。

「……問題は、ルカ様なんですよ」

 リーネが疲れた声で言う。

「私?」

「平民出身の彫刻家が、女王の意思だけで側室に入ったんです。宮廷中がひっくり返りました」

「へえ」

「へえじゃありません」

 でも、実感がない。

 私は石を削っていただけだ。

 王都の端で。

 粉だらけになりながら。

 そしたら、ある日ルシアが来た。

 変な人だと思った。

 女王なのに護衛を減らして、工房に一人で入ってきて、完成前の石をずっと見ていた。

『私をどう思う』

 と聞かれたから、

『面白い人』

 と答えた。

 そのあと、なんか王宮にいた。

 流れがおかしい。

「……ルカ様」

「ん」

「聞いてます?」

「聞いてる」

「何を」

「色々」

「雑」

 また怒られた。

 私は少し笑う。

 リーネは本当に有能だ。

 有能だけど、最近ずっと疲れている。

 多分、私のせい。

「ちなみに」

 リーネが言う。

「宮廷では今、“王を惑わせた職人”って呼ばれてます」

「ださ」

「そこですか?」

「もっと良い呼び方なかったのかな」

「問題そこじゃないんですよ……」

 私は椅子に座ったまま、指先を見る。

 石の粉がない。

 最近ずっとこれが落ち着かない。

 爪の間に白がないと、手が軽すぎる。

 宮廷は綺麗だ。

 綺麗すぎる。

 服も。

 床も。

 人も。

 完成されすぎている。

 だから時々、削りたくなる。

「ルカ様」

「ん」

「今、絶対よくないこと考えましたよね」

「なんでわかるの」

「顔です」

 私は少しだけ笑う。

 窓の外では、港へまた新しい船が入ってきていた。

 交易国家ゼン王国。

 金と海と婚姻で動く国。

 その中心にある白薔薇宮廷。

 正室一人。

 側室二人。

 本来なら、均衡するはずの場所。

 でも今、そこに平民の彫刻家がいる。

 たぶん、それが全部おかしい。

 私は机の上の紙束を閉じる。

 それより、石を触りたかった。

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