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第四話「香水」

Author: ReiN.
last update publish date: 2026-08-09 15:30:51

 今日、全員匂い違うな。

 私は廊下を歩きながら思った。

 最初に気づいたのはセリスだった。

 甘い。果物っぽい匂い。

 でも、ただ甘いだけじゃない。いつもより、少し重い。

 セリスっぽい。

「おはようございます、ルカ」

 セリスが笑う。

 今日も綺麗だった。

 この人は、毎回“完成してる”感じがする。

「おはようございます」

「どうしました?」

「今日は、少し香が強いですね」

 セリスが少し笑う。

「そうですか?」

「はい。いつもより来ます」

「来る」

「こっちまで」

 私が手で示すと、セリスが肩を震わせた。

「……その言い方、ずるいですねぇ」

「そうです?」

 よくわからない。

 そのまま歩いていると、今度は別の匂いがした。

 花の香りだった。

 薄い。近づいて初めてわかるくらい。

 ヴィオラだ。

「夜会には、少々華美ではありませんか」

 ヴィオラだった。

 今日も綺麗。

 この人は、王宮の空気そのものみたいだ。

「夜会前ですから」

 セリスが笑う。

「多少は印象を残しませんと」

「王宮では、近づいて初めてわかる程度が上品とされています」

「それはゼン王国側の美学でしょう?」

「ここはゼン王国です」

 静か。

 なのに怖い。

 また始まった。

 私は二人を見比べる。

 セリスは甘い。

 ヴィオラは静か。

 全然違う。

「ルカは、どちらがお好きです?」

 急に聞かれた。

「え」

「香りです」

 私は少し考える。

「……セリス様は、“来る”感じです」

「来る」

「ヴィオラ様は、“残る”感じです」

 ヴィオラが少し黙る。

 セリスは笑っていた。

「で、どちらです?」

「どっちも匂いします」

「感想が雑」

「すみません」

 ヴィオラが細くため息をつく。

 最近、この人のため息ちょっと増えた気がする。

 その時、後ろの空気が変わった。

 静かに。本当に静かに。

「朝から騒がしいな」

 ルシアだった。

 黒い服に長い髪。何も変わらない。

 でも、この人が来ると空気だけ変わる。

「陛下」

 ヴィオラとセリスが同時に頭を下げる。

 私も少し遅れて下げた。

「おはようございます」

「おはよう」

 ルシアがこちらを見る。

「何をしている」

「香の話です」

「……そうか」

 ルシアは特に気にした様子もない。

 本当に動じない。

 私は少し近づく。

「陛下は、今日も香を使われないんですね」

 ヴィオラとセリスが止まった。

 なんかまずかったっぽい。

「……普通、陛下へそんな距離で近づきません」

「そうなの?」

「そうです」

 でもルシアは気にしていなかった。

「香は使わない」

「なぜです?」

「必要ない」

 静かに言う。

 なんか強かった。

 ルシアは、存在だけで押してくる。

「でも三人とも全然違いますね」

「何がです?」

 セリスが聞く。

「匂いです」

 私は順番に見る。

「セリス様は、“来る”感じです」

「……はい」

「ヴィオラ様は、“残る”感じです」

 ヴィオラが少し目を伏せる。

「で、陛下は……」

「私は?」

「ないのに、いる感じです」

 沈黙。

「違います違います」

 私は慌てる。

「なんか、空気だけ変わるので」

 うまく言えない。

 でもルシアは少しだけ笑った。

 本当に少しだけ。

「面白い表現をする」

「そうです?」

「ええ」

 ヴィオラとセリスが、同時にこっちを見ていた。

 なんなんだろう。

 最近、三人ともよくこっちを見る。

 しかも同じ顔じゃない。

 ヴィオラは静かに見てくる。

 セリスは探るみたいに見てくる。

 ルシアは、ただ見ている。

 意味がわからない。

 そのあと、三人はそれぞれ別方向へ去っていった。

 香りだけ少し残る。

 甘いのと、花のと、何もないの。

 王宮って、匂いまで政治なんだ。

「……ルカ様」

 後ろから、疲れた声がした。

 リーネだった。

「はい」

「今後、香の話題は慎重にしてください」

「なんで?」

「戦争になるので」

 怖。

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