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12・別れのとき

Author: 泉南佳那
last update Huling Na-update: 2025-07-19 06:32:28

「安西さ……ん?」

 そのまま、何も言わない。

「安西さん……」

 沈黙に耐えかねて、もう一度彼の名を呼んだ。

「くそっ! あの男の言った通りだ。おれは最低の、どうしようもない男だよ」

 彼は突然吐き捨てるようにそう言った。

 それから私の手をさらに強く握りしめた。

「きみが……文乃が欲しい」

 文乃。

 はじめて名前を呼び捨てにされて、身体の一番深いところがビクっと脈うった。

「文乃には大事な人がいるのに、きみを不実な裏切り者なんかにしたくないのに、それなのに……、このまま、別れるなんて、どうしても耐えられない。今日で、おしまいだなんて……」

 でも、紗加さんは……と言おうとして、気づいた。

 わたしにだって俊一さんがいる。

 同じことだ。

「それでも、おれはどうしても文乃と一緒にいたい。信じてもらえないかもしれないけど、こんなに人を好きになったのは、生まれてはじめてなんだ……」

 彼もわたしのことを想ってくれているの?

 それもこんなにも熱く。

 けっして報われることのない望みだと思っていたのに。でも……

 手を振り切らなきゃ!

 頭のなかでもうひとりのわたしがヒステリックに声を張りあげた。

 あなたの気持ちに応えられないって、そう言わなければだめ、と。
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  • たとえ、この恋が罪だとしても   12・別れのとき

     ジープがホテルの駐車場に吸い込まれていく。 もう、迷いは一切なかった。 部屋に入るなり、ふたりともコートを脱ぎすて、歩きながら口づけを交わした。 ベッドの置かれた部屋に入るなり、安西さんはせわしなくわたしのセーターとスカートを脱がせた。 おたがいに焦がれていた。  しおれた花が水を欲するようにおたがいを欲していた。 一刻も早く、彼の体温をじかに感じたかった。  そうしないと命が尽きてしまいそうだった。 安西さんは自分の服も剥ぎとると、手早く自分の分身に覆いをかけ、わたしの下着に手をかけて引き抜いた。 真上に彼の顔があった。目を見かわした瞬間、彼がいっきにわたしの中に入ってきた。 それほど、ふたりとも切羽詰まっていた。 「ああ……」 同時に声を上げた。それは快楽というより安堵感に近いものだった。 こうしてふたりが繋がることはとても自然なことなんだと思えた。 月が満ちては欠けるような、水が上から下へと流れるような、ごく自然なことと。 溶けあってしまいそうだ。このまま溶けてふたりを隔てる境界がすべて無くなってしまえばいいのに。 「あ、やの……すきだよ」  「あ……んざい……さ……」    嵐のように激しい交合の末に、ふたりで同時に果てた。 しばらくそのままふたりで横たわったいた。  心が満たされて、わたしは幸せの絶頂にいた。 幸福すぎて、いっそ怖かった。「おれ、あの日さ、ふたりで星を見に行ったとき、すごくわくわくして、めちゃくちゃ楽しかったんだ」 わたしの髪を撫でながら、安西さんは言った。「えっ?」 「この子といると、なんでこんなに気持ちが安らぐのかなって思ってた」「安西さん……」 「今もそう。こうして話をしたり、触れたりするごとにどんどん好きになる」 わたしを自分のほうに向かせ、額を合わせてきた。「もう、文乃を離したくない。ずっとそばにいてほしい」 わたしもあなたのそばにいたい。  想いは同じ。 でも、そう答えることはできなかった。 わたしは彼の胸に顔を埋めて、その気持ちに答えたふりをした。  

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  • たとえ、この恋が罪だとしても   12・別れのとき

     安西さんも疲れたのだろうか、口数がいつもより少ない。 わたしがシートベルトを締めたのを横目で見て、「じゃあ、出すよ」と言ったあとは黙ってしまった。 話しかけなきゃ、と思ったけれど、何ひとつ、言葉は浮かんでこない。 終わってしまった。  もうこれで安西さんとは一緒にいられないのだと、頭に浮かんでくるのはそれだけ。 すこし眠気を感じて目をつぶった。  でも、まだ撮影の興奮から覚めていないせいか、いくら立っても眠りは訪れない。 渋滞にかかることもなく、1時間ほどでわたしのアパートに到着した。 「着いたよ」 そう言った安西さんの声にいつもの軽い調子は影をひそめ、それどころかこわばっているように聞こえた。 どうしたのだろうかと思いながらもわたしは別れの言葉を口にしていた。「ありがとうございました。今日はお疲れ様でした」 言いたいのはそんなことじゃない。  けれど喉元まで出かかっているそれらを、わたしは必死で飲みこんだ。 ぐずぐずと車に乗っていれば口から飛びだしてしまいそうだった。 あなたが……誰よりも好きです。  もっと、そばにいたい…… 思いを吹っ切るように、ドアの取っ手に手をかけた。 そのとき、彼がわたしの右手を掴んだ。 驚いて彼のほうを見ると、もう片方の手をハンドルに乗せて、じっと前を見つめている。

  • たとえ、この恋が罪だとしても   12・別れのとき

    「心配しなくても、何も教えてないよ。個人情報だって言って突っぱねた」 安西さんはわたしのほうに手をのばした。  その手につかまって椅子からゆっくり立ちあがった。「もう歩ける? 疲れただろう? 着替えておいで。そのあと車で送るよ。ここにいたら打ち上げに連れていかれることになるし」 疲れがピークだったのもたしかだし、ふだんから騒がしい場所が苦手なわたしには、とてもありがたい申し出だった。 玄関へ向かって歩いていくと、酒井さんがわたしたちを見つけて近づいてきた。「えっ、文乃ちゃん、帰っちゃうの?」「具合悪そうなんで送ってく」安西さんはそっけなく、そう返した。「そんなこと言って、やっぱりお持ち帰りってわけ? 懲りないね、おたくも」「やっぱり」の部分を強調して、口の端に笑いを浮かべている酒井さんを無視して、安西さんはわたしの背に手をあてて外に出るように促した。 夕陽は海の向こうに沈んで、辺りは薄暗くなっていた。 列をなして海沿いの通りを走る車のヘッドライトがきらめいている。 撮影にかかった時間は休憩や着替えも入れてトータルで約8時間。 ちょうどいつもの勤務時間と同じだったが、緊張しっぱなしだったので、何十倍も疲れた。 ジープに乗りこむと、安心感からか全身が疲労に沈んだ。

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