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#7 ターリシュでの朝、ダンケルとの出会い

last update publish date: 2026-07-27 17:13:38

バサリ、翼を生やした男が手紙を持って北の王都へ飛び立った、朝。サルロ、ガリヤ、セキの三人は、騎士団の食堂で座っていた。目の前には羊乳のヨーグルト、平焼きのパン、ソーセージが並ぶ。机の中央には、幾つか調味料の瓶がある。

「全ての糧はあなたのもの。豊穣神アルシフィエラに、感謝を」

司祭がそう祈りを先導した。騎士たちは二本指を立てる祈りの構えをとり、

「感謝を」

と続けた。まず茶を一口。スッと爽やかな気分にしてくれる香りが、口の中に広がる。フウッ、と一息したら、好きに食べていい。

ガリヤは、まずソーセージをパンで包んだ。その後、机に並んだ瓶の内、トマトケチャップのものに手を伸ばした。スプーンでたっぷり掬い取って、ソーセージに塗りたくる。そこから、ガブリといく。

「ガリヤ、もう少し遠慮した方が……」

「俺たちは一人前の騎士なんだぜ? 堂々と食っていいんだ」

その言い分も尤もだ、と思いつつも、サルロは踏み出せないでいる。だが、セキがマスタードをこれでもか、と言わんばかりに使っているのを見て、

(これで、いいのか?)

と思い始めた。少しだけ、ケチャップを拝借する。

さて、一日の活力を得た彼ら。だが、だらだらしていい理由はない。食後のコーヒーを飲むこともなく、騎士館の前、掲示板を見に行った。

そこには、各地の騎士の配置を示す動く地図が貼ってあり、その上に赤いピンのようなものが刺さっている。

「動いてる……」

セキが声を漏らす。

「魔法を使って、騎士団に寄せられた出動要請や、騎士の待機人数をリアルタイムで情報を反映してるのさ。多分このピンも……」

とガリヤが説明する中、サルロは東の山に刺さっているピンに触れた。そこから巻物が現れ、出動要請の詳細が出る。

「どうだ、それ」

「今読んでいるだろう……なるほど、魔王の亡骸を喰ったらしいヒポグリフが出ている」

「ヒポグリフ?」

セキが尋ねる。

「体の前半分が鷲、後ろ半分が馬になっている怪物だ。空を飛び、馬や人を喰う。かなりの脅威だ」

彼女は、まるで雪の中に放り出されたように体を震わせた。

「魔力反応もかなり大きいらしい。すぐにでも行きたい所だが……」

「サバトル国との国境問題があるな」

セキは目をぱちくりさせた。

「ああ、そっか。嬢ちゃんにはわかんねえか。ここ、ターリシュ王国は東の隣国、サバトル国と仲が悪いんだ。教会が間に入って全面戦争にならないよう調整してるが、国境じゃあ、非公式な衝突が頻発してる」

「だから、騎士が向かうことで両国を刺激する可能性がある。難しい話だ」

「あたし頭悪い自覚はあるんですけど、困ってる人を助けて困る人がいるんですか?」

「それが、政治なんだ」

煙に巻かれたような気がして、セキは軽く口を尖らせた。

「騎士ってのは軍隊とは別口で、国に直接仕える親衛隊みたいなもんだが、そのせいで国を代表しちまうのさ。騎士が軽率に動けば、自分の身分とか命とか、そんなもんじゃなくて国全体の不利益になる。それだけ理解してくれよな」

「でも、サバトル? だってそんな簡単に怒っちゃうんですか? 魔物が出たから騎士が対応する、ってだけなのに」

「ザルバトレ帝国」

そう言いながら、ガリヤは地図に触れ、東に動かす。大陸東端から中心部までを支配する、灰色で示された大国が表示された。それこそが、ザルバトレ帝国である。

「魔物を使役したり、魔族の魔法を研究したりしたってことで、教会から破門されてんだよ。サバトルはその属国──支配下にある国。だから、教会側のターリシュが介入すれば、帝国の不興を買うな」

その三人の背後、翼を持った男が現れる。

「なんだ、蒼騎士ってのは臆病なんだねぇ」

「どなたでしょうか」

サルロは、不快感を露にしながら名を問う。相手はセリアード──有翼種族だ。真っ赤な翼が一対。右腰には、スリングで肩に掛けられたライフル銃がある。

「ダンケル・リュウ。王立護国騎士団の中隊長さ」

「教会領から魔王の亡骸を回収するよう拝命した蒼騎士。サルロ・ファージです……して、臆病とは?」

「戦争になるならない、じゃないだろう? ヒポグリフが怖いんだ。君たちは空を飛べないからねエ」

「なっ!」

言い返そうとしたサルロの前に、ガリヤが腕を出す。

「護国騎士団のあんたこそ、このヒポグリフ退治はできねえはずだ。中隊長ともなれば、責任は重大だもんなあ」

全く以て話についていけていないセキは、サルロの裾を引っ張った。

「とりあえず、百五十人の部下がいると考えてくれ」

それだけ言って、サルロはダンケルに視線を戻した。

「だが、あんたにできないことを、俺たちはどうやったらできるかって考えてたんだ。それを馬鹿にするってのは、騎士団の名に泥を塗る行為じゃねえの?」

ダンケルの眉が、ぴくりと動く。

「おそらく、ヒポグリフの体には魔王の遺体が入ってんだろ? とっとと討伐しねえと魔域になって、もっと面倒なことになる。それを、俺たちが討伐しようってんだ。協力こそすれ、見下すってのはなぁ」

彼の深紅の翼が、バサリと羽搏いた。ライフル銃を掴み、銃剣をガリヤに向ける。ライフルの機関部の横には、四角い箱がついていた。

「いいだろう、王立護国騎士団中隊長、ダンケル・リュウ。その名誉に懸けて、ヒポグリフを討伐してみせる!」

そうなれば、事態はすぐに動き出す。周辺一帯の騎士を統括する騎士館長の部屋に、四人は駆け込んだ。

「構わんが……」

館長は、ペンをくるくると回しながら口を開く。立派な顎髭を蓄えた老人だ。

「国境を越えた戦闘行為は厳禁。常に国境結界との位置関係に気を払うこと。サバトルも、すぐに戦争をするとは思えんがね、一応だ」

「しかし、館長」

サルロが口を開く。

「帝国との関係はどう取り持つのです。私は、あまり外交のことには明るくないため……」

「古き約定がある。六三四年ニシカ条約。国際的な、魔域の発生を抑制するための条約じゃよ。魔域を発生させ得る存在は、その発生が確認された国家が責任を持って処分。そのための武力行使を戦争の事由にしてはならない、というものじゃ」

ほう、と彼は感心した。

「サバトルはこの条約に入っておらんが、帝国は結んでおる。そうなれば、我が国との戦争に投じられる戦力もあるまいて」

ホッホッホ、と艦長は笑う。

「それで、ダンケルくん。その三人と同行するのだね?」

「いえ……競争ですよ」

ニヤリ、ダンケルは意地の悪い笑みを見せた。

さて、サルロとガリヤが馬を買い上げる一方で、ダンケルはその翼で空に舞い上がる。

「現場で会おうじゃないか! まあ、君たちが来る前に終わるかもしれないがね!」

羽搏くこともなく、彼は空を滑っていった。

「すごいスピード……どうやったら、あんなに速く飛べるんでしょう」

「どうだったか。ガリヤ、覚えているか?」

「翼に取り込んだ魔力で、空気を吸引、圧縮、排出さ。水を勢いよく噴射したら、反動で体が押されるだろ? あれと同じなんだよ」

三人は馬に跨る。斯くして、競争が始まった。

◆

バッシュ・ファージは、教皇府の上層階、枢機卿の私室を訪れていた。蒼い絨毯に煌々と輝く魔力灯。甘ったるいばかりの菓子盆が置かれた机を挟んで、バルゲル猊下と向き合う。

「バッシュよ、サルロに魔王の亡骸集めをやらせるように言ったのは、君だったな」

紅茶を片手に、猊下は言う。

「あれは優れた素質を持つ騎士。魔への強い耐性もある。このために生まれてきたような存在です」

「故郷を魔域に変えられ、その影響で魔の力を取り込んだ少年……運命のようなものを感じる」

「運命?」

猊下はのっそりと頷く。

「魔王を真に滅するため生まれた、運命の子。そうとは思わんかね」

バッシュは笑った。含みのある笑いだ。

「面白い運命です。しかし、運命は試練を与えるもの。サルロは、必ずや大きな壁にぶつかります」

バルゲル猊下は、にっこりとしている。

「では、今度の会合でどう便宜を図るか、決めておこう」

教会は完璧でも、無垢でも、清廉でもない。そのことを、バッシュは痛い程理解していた。その渦の中に、囚われたものとして。

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