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#6 旅の第一歩、ターリシュ王国へ

last update publish date: 2026-07-26 17:01:03

背の高い蒸気船が、要塞化された港へと入った。夕焼けに照らされる、コンクリートで固められた砲台に、ライフルを担いで見回りをする兵士。中でも目立つのは白塗りの盾を持った、鎧の騎士だろう。

「いやあ、立派なもんだ」

舷梯を降りながら、ガリヤが言った。

「あの騎士がターリシュ王国の、護国騎士団ってわけか。どうよ、サルロ。ターリシュの剣技大会でチャンピオン取るってのは」

「我々は国王陛下に謁見するんだ。もっと態度をだな……」

ヘッ、とガリヤは軽く笑う。

「じゃ、まずは飯だな。旅と言えば美味い飯! そうだろ、サルロ」

「観光をするつもりはないんだが……」

サルロが呆れて応じると、クゥウ、とセキの腹が鳴った。

「あ、あの……」

「そうか」

微かに、彼は笑む。

「なら、食事としよう。空腹では手紙も書けないからな」

「俺相手と言ってること違うじゃねえか」

が、その前に入国の手続きがある。審査官の待つゲートに並び、四十分。ガリヤが退屈に欠伸を見せる中、やっと順番が回ってきた。

騎士二人と従者一人は、トランクケースに同じような金属製のタグをつけていた。教会から派遣された、ということを示す、祈りの手を模した紋章が刻まれたものだ。

入国審査官は、それに書かれた文言を読み上げる。

「『此の者、龍斬りの蒼騎士サルロ・ファージなり。アレシウム教会の誇りと太陽神グレルヴァルドの聖名に於いて、身元を保証する』……蒼騎士様が、何の御用で?」

「魔王の亡骸が力を強めていると聞いてな。回収の旅をしている」

「へえ……そりゃあ大変なことで」

審査官は、インクをつけていない、掌ほどはあろうかという大きなスタンプを持ち上げた。ポン、と押されれば、金属のタグへ、王冠が刻まれた白い盾の紋章が転写される。

「本物みたいですね。どうぞ、よい旅を」

審査官は笑顔で三人を見送る。だが、丁度交代の時間が来た彼は、地下にある待機室で、

「オルメアの黒白目、何度見ても不気味だね」

と嘲笑を交えて語った。

さて、ゲートを通り、三人は街に出た。

「騎士ってのは便利だよな」

肩を回しつつ、ガリヤが口にする。

「ああ。手荷物検査も無しに、武器を持ち込める。悪意のある蒼騎士がいれば、どうなることやら……」

「でも、これからどうするんですか? スタンプ押されたら、他の国で使えなくなっちゃいますよ」

「それのことか」

サルロは、地図看板を見に行ったガリヤを眺めながら、答える。

「国境を決める結界を抜ければ、このスタンプは自然と消える。そういう魔法だ」

「はあ……」

わかったのかわかっていないのか。まるで判然としない返事に、彼は苦笑を浮かべた。

「おーい!」

そんな二人を、ガリヤが呼ぶ。

「ステーキ食おうぜ、ラムのさ」

「なら、そうしよう。セキ、好き嫌いはあるか?」

「いえ、何でも食べます!」

元気なセキを連れ、新米騎士二人は静かなステーキハウスへと足を運んだ。盾を見た店員に奥へと案内される中、セキが、

「サルロ様は、こういうお店ってよく行くんですか?」

「いや、修行中の内は外食などあまり許されなかったな。剣技大会でいい成績を出した帰りに、特別に連れて行ってもらったことはあるが……」

店員にメニューを渡され、騎士二人は読み始める。だが、セキは言葉を知らなかった。隣に座るサルロの袖を、軽く引く。

「どうした?」

「その、あたし、外国語って交易共通語くらしか……」

「そうか、なら代わりに頼んでおこう」

ラムステーキを三人前頼んで、暫し待つことになる。

「剣技大会、って言ってましたよね。そういうのがあるんですか?」

「そうだな。違う師に就く従騎士──修行中の若者は、時折試合を行う。そうすることで、互いに腕を磨くんだ。単に剣技だけではなく、魔法の腕も競うがな」

「俺とサルロは、最強タッグなんて言われてたんだぜ。俺が祈ってサルロが斬る。魔物相手なら、それで勝てなかった試合なんてねえよ」

「まあ、現役騎士を交えた、純粋な剣技の試合では準優勝に甘んじたが……」

強いんですねぇ、とセキが呟いた。そこで、茶が三杯持ってこられた。

「ありゃ、葡萄酒じゃねえのか」

「任務中だぞ」

笑顔を浮かべるガリヤを見て、彼女は俯いてしまった。語るべき過去も、誇るべき友人も、持ち合わせていない。この旅で、何かを見つけることはできるか。

騎士二人が机の下から紙エプロンを取り出したのを見て、彼女は倣う。

「セキは、どこの孤児院にいたんだ」

何気なく、サルロは問いかける。

「ダルセのはずれです。ちょっと力が強かったので、戦士にならないかって誘われて、稽古をつけてもらってました」

「オルメアってのは頑丈で怪力だもんなあ。それにしちゃあ、嬢ちゃんは小さいな」

「混血だろう。珍しいことではない。それも……小柄で魔法を使うことに向いた、アシェリス」

「って言われても、あたしはわからないんですけどね」

エヘヘ、と困り笑いをセキがした時、扉がノックされた。

「お料理をお持ちしました」

クローシュを載せた鉄板が運ばれてくる。六本腕の店員は、三人前をコトン、コトンと机に置いた。

「エプロンのご用意は、よろしいですね?」

「ああ」

サルロの一声に合わせ、店員は全ての蓋を同時に取った。ラム独特の匂いが広がる。そこに香辛料が混ざって、空になったセキの腹を、もう一度鳴らす。

加えて、パンが提供される。

「白いパンだ……」

少女の呟き。

「それでは、ごゆるりと」

店員が出て行くと、セキは恐る恐る白パンに手を伸ばす。ふわり、指が沈む柔らかさだ。

「ホントに白いパン食べてもいいんですか?」

「当たり前だろう」

隣の少女にフォークとナイフの正しい使い方を教え、サルロはステーキを切る。ミディアムレア、といった具合。ゆっくりと口に運んだ。淡白な中に、仄かな甘み。香辛料の馨しさ。かなり上質なものだった。

「当たりだな」

ガリヤが言った。

「やっぱ、俺の嗅覚は信頼に値する。だろ、サルロ」

「世俗のことに関しては、な」

「こいつ……」

和やかな食事に浸った彼らは、ひと時の休息を終える。従騎士時代の給金を貯め込んでいた二人だが、それでも少し懐が痛くなる値段だった。

外に出れば、とっぷりと日が暮れていて、月が東の空から登り始めている。魔力灯が輝き、光の道を作り出す。

「どこに泊まりましょう」

セキが言う。

「騎士館に行くとしよう。急ぐぞ」

この時間になれば、馬車も走っていない。だからと言って、飲み歩く者の姿があるわけでもない。

急ぎ足で進み、恰幅のいい上質な建物の門を開く。その上には、『ケック騎士館』という意味の、ターリシュ語で書かれた看板が出ていた。

受付の老人は、無愛想な顔で本に夢中だった。

「すまない」

一度目の呼びかけは、空しい。

「すまん!」

二度目は声を強くした。

「タグを」

老人がそう告げる。一行は鞄のタグを見せた。

「鍵」

それだけ言って、老人は鍵を投げ渡した。二階の奥にある部屋、とキーホルダーの数字からサルロは推測する。

「男女が同じ部屋というのは……」

「しゃあねえよ、俺が床に寝る」

「いや、私が──」

そう話しながら入った部屋は、ホテルで言う所のスイートルームにも近しい者だった。ベッドルームが二つ。片や二人用、片や一人用だ。シャワールームまである。

「私は手紙を書いてから浴びる。セキ、先に使ってくれていい」

「はい!」

少し浮かれて歩く彼女を、サルロは微笑ましい気持ちで見ていた。

ベッドルームの机に文房具を広げ、国王への手紙を書き始める。挨拶。魔王の遺体を回収しに来たこと。そのために魔物や魔族の情報を提供してほしいこと。そして、『青の背徳者』に関する情報が欲しいこと。できることなら宿や食事の面倒を見てほしいこと、などを書き記し、便箋へ。魔法で封をする。序にもう一通書いた。

「ガリヤ、郵便屋に預けてくる」

「あいよ~」

ガリヤはいつの間にやら新聞を持ち込んで、ベッドの上で読んでいた。

再び暗い街に出たサルロは、空気が一層冷たくなったように感じた。

(先生、また会いましょう)

父への日記のような手紙と、国王への正式な手紙。両者を郵便屋に預け、彼は眠りに就く。

これが長い旅の第一歩であった。

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