LOGIN背の高い蒸気船が、要塞化された港へと入った。夕焼けに照らされる、コンクリートで固められた砲台に、ライフルを担いで見回りをする兵士。中でも目立つのは白塗りの盾を持った、鎧の騎士だろう。
「いやあ、立派なもんだ」 舷梯を降りながら、ガリヤが言った。 「あの騎士がターリシュ王国の、護国騎士団ってわけか。どうよ、サルロ。ターリシュの剣技大会でチャンピオン取るってのは」 「我々は国王陛下に謁見するんだ。もっと態度をだな……」 ヘッ、とガリヤは軽く笑う。 「じゃ、まずは飯だな。旅と言えば美味い飯! そうだろ、サルロ」 「観光をするつもりはないんだが……」 サルロが呆れて応じると、クゥウ、とセキの腹が鳴った。 「あ、あの……」 「そうか」 微かに、彼は笑む。 「なら、食事としよう。空腹では手紙も書けないからな」 「俺相手と言ってること違うじゃねえか」 が、その前に入国の手続きがある。審査官の待つゲートに並び、四十分。ガリヤが退屈に欠伸を見せる中、やっと順番が回ってきた。 騎士二人と従者一人は、トランクケースに同じような金属製のタグをつけていた。教会から派遣された、ということを示す、祈りの手を模した紋章が刻まれたものだ。 入国審査官は、それに書かれた文言を読み上げる。 「『此の者、龍斬りの蒼騎士サルロ・ファージなり。アレシウム教会の誇りと太陽神グレルヴァルドの聖名に於いて、身元を保証する』……蒼騎士様が、何の御用で?」 「魔王の亡骸が力を強めていると聞いてな。回収の旅をしている」 「へえ……そりゃあ大変なことで」 審査官は、インクをつけていない、掌ほどはあろうかという大きなスタンプを持ち上げた。ポン、と押されれば、金属のタグへ、王冠が刻まれた白い盾の紋章が転写される。 「本物みたいですね。どうぞ、よい旅を」 審査官は笑顔で三人を見送る。だが、丁度交代の時間が来た彼は、地下にある待機室で、 「オルメアの黒白目、何度見ても不気味だね」 と嘲笑を交えて語った。 さて、ゲートを通り、三人は街に出た。 「騎士ってのは便利だよな」 肩を回しつつ、ガリヤが口にする。 「ああ。手荷物検査も無しに、武器を持ち込める。悪意のある蒼騎士がいれば、どうなることやら……」 「でも、これからどうするんですか? スタンプ押されたら、他の国で使えなくなっちゃいますよ」 「それのことか」 サルロは、地図看板を見に行ったガリヤを眺めながら、答える。 「国境を決める結界を抜ければ、このスタンプは自然と消える。そういう魔法だ」 「はあ……」 わかったのかわかっていないのか。まるで判然としない返事に、彼は苦笑を浮かべた。 「おーい!」 そんな二人を、ガリヤが呼ぶ。 「ステーキ食おうぜ、ラムのさ」 「なら、そうしよう。セキ、好き嫌いはあるか?」 「いえ、何でも食べます!」 元気なセキを連れ、新米騎士二人は静かなステーキハウスへと足を運んだ。盾を見た店員に奥へと案内される中、セキが、 「サルロ様は、こういうお店ってよく行くんですか?」 「いや、修行中の内は外食などあまり許されなかったな。剣技大会でいい成績を出した帰りに、特別に連れて行ってもらったことはあるが……」 店員にメニューを渡され、騎士二人は読み始める。だが、セキは言葉を知らなかった。隣に座るサルロの袖を、軽く引く。 「どうした?」 「その、あたし、外国語って交易共通語くらしか……」 「そうか、なら代わりに頼んでおこう」 ラムステーキを三人前頼んで、暫し待つことになる。 「剣技大会、って言ってましたよね。そういうのがあるんですか?」 「そうだな。違う師に就く従騎士──修行中の若者は、時折試合を行う。そうすることで、互いに腕を磨くんだ。単に剣技だけではなく、魔法の腕も競うがな」 「俺とサルロは、最強タッグなんて言われてたんだぜ。俺が祈ってサルロが斬る。魔物相手なら、それで勝てなかった試合なんてねえよ」 「まあ、現役騎士を交えた、純粋な剣技の試合では準優勝に甘んじたが……」 強いんですねぇ、とセキが呟いた。そこで、茶が三杯持ってこられた。 「ありゃ、葡萄酒じゃねえのか」 「任務中だぞ」 笑顔を浮かべるガリヤを見て、彼女は俯いてしまった。語るべき過去も、誇るべき友人も、持ち合わせていない。この旅で、何かを見つけることはできるか。 騎士二人が机の下から紙エプロンを取り出したのを見て、彼女は倣う。 「セキは、どこの孤児院にいたんだ」 何気なく、サルロは問いかける。 「ダルセのはずれです。ちょっと力が強かったので、戦士にならないかって誘われて、稽古をつけてもらってました」 「オルメアってのは頑丈で怪力だもんなあ。それにしちゃあ、嬢ちゃんは小さいな」 「混血だろう。珍しいことではない。それも……小柄で魔法を使うことに向いた、アシェリス」 「って言われても、あたしはわからないんですけどね」 エヘヘ、と困り笑いをセキがした時、扉がノックされた。 「お料理をお持ちしました」 クローシュを載せた鉄板が運ばれてくる。六本腕の店員は、三人前をコトン、コトンと机に置いた。 「エプロンのご用意は、よろしいですね?」 「ああ」 サルロの一声に合わせ、店員は全ての蓋を同時に取った。ラム独特の匂いが広がる。そこに香辛料が混ざって、空になったセキの腹を、もう一度鳴らす。 加えて、パンが提供される。 「白いパンだ……」 少女の呟き。 「それでは、ごゆるりと」 店員が出て行くと、セキは恐る恐る白パンに手を伸ばす。ふわり、指が沈む柔らかさだ。 「ホントに白いパン食べてもいいんですか?」 「当たり前だろう」 隣の少女にフォークとナイフの正しい使い方を教え、サルロはステーキを切る。ミディアムレア、といった具合。ゆっくりと口に運んだ。淡白な中に、仄かな甘み。香辛料の馨しさ。かなり上質なものだった。 「当たりだな」 ガリヤが言った。 「やっぱ、俺の嗅覚は信頼に値する。だろ、サルロ」 「世俗のことに関しては、な」 「こいつ……」 和やかな食事に浸った彼らは、ひと時の休息を終える。従騎士時代の給金を貯め込んでいた二人だが、それでも少し懐が痛くなる値段だった。 外に出れば、とっぷりと日が暮れていて、月が東の空から登り始めている。魔力灯が輝き、光の道を作り出す。 「どこに泊まりましょう」 セキが言う。 「騎士館に行くとしよう。急ぐぞ」 この時間になれば、馬車も走っていない。だからと言って、飲み歩く者の姿があるわけでもない。 急ぎ足で進み、恰幅のいい上質な建物の門を開く。その上には、『ケック騎士館』という意味の、ターリシュ語で書かれた看板が出ていた。 受付の老人は、無愛想な顔で本に夢中だった。 「すまない」 一度目の呼びかけは、空しい。 「すまん!」 二度目は声を強くした。 「タグを」 老人がそう告げる。一行は鞄のタグを見せた。 「鍵」 それだけ言って、老人は鍵を投げ渡した。二階の奥にある部屋、とキーホルダーの数字からサルロは推測する。 「男女が同じ部屋というのは……」 「しゃあねえよ、俺が床に寝る」 「いや、私が──」 そう話しながら入った部屋は、ホテルで言う所のスイートルームにも近しい者だった。ベッドルームが二つ。片や二人用、片や一人用だ。シャワールームまである。 「私は手紙を書いてから浴びる。セキ、先に使ってくれていい」 「はい!」 少し浮かれて歩く彼女を、サルロは微笑ましい気持ちで見ていた。 ベッドルームの机に文房具を広げ、国王への手紙を書き始める。挨拶。魔王の遺体を回収しに来たこと。そのために魔物や魔族の情報を提供してほしいこと。そして、『青の背徳者』に関する情報が欲しいこと。できることなら宿や食事の面倒を見てほしいこと、などを書き記し、便箋へ。魔法で封をする。序にもう一通書いた。 「ガリヤ、郵便屋に預けてくる」 「あいよ~」 ガリヤはいつの間にやら新聞を持ち込んで、ベッドの上で読んでいた。 再び暗い街に出たサルロは、空気が一層冷たくなったように感じた。 (先生、また会いましょう) 父への日記のような手紙と、国王への正式な手紙。両者を郵便屋に預け、彼は眠りに就く。 これが長い旅の第一歩であった。サルロの背から、するりと赤い刃が抜かれる。それを覆うは、黒と赤の混じった雷霆。バチリ、バチリと不吉に鳴る。「行こう」 サルロは、ガリヤを待たずに山城へと踏み込む。ダンケルがセキを連れて飛び立つ。それを見送ることもしない。 門を蹴り飛ばした彼を待っていたのは、鋼を纏った魔物の群れだった。ガルル、と唸る魔物と、それから降りる鎧の騎士たちを前に、魔剣を握り締める。「撫で斬りにしてくれる」 そう呟いて、走った。 まず、魔物たちが彼に向かわせられた。黒を帯びた銀色の装甲と、馬並みの体躯を持つ魔物だった。その突撃を鎧で受けた彼だったが、かなり押し戻される。 だが、横に転がって受け流し、側方を取る。そこで魔剣を横腹に突き立て、横に振り抜くことで一体を屠った。 その背後から、もう一体。冷静に、彼は前脚を払う。前のめりに転倒したそれは、次の瞬間には首を刎ねられていた。「行け、行けよ、狼ども!」 騎士たちの横には、狼大の、四足歩行の魔物がいた。鋼の鎧で武装したそれらは、一斉にサルロへと駆け出す。 サルロは、剣を左肩の上に持っていった。間合いを見定め、十分近づいた所で、一閃。雷が幕のように広がって、狼たちを飲み込み、消し去った。蒼騎士剣術と赤き雷霆の融合。それを実現させた一撃だった。 が、それで終わる戦でもない。波濤めいて押し寄せる魔物の群れが、まだそこにある。長丁場にしたくはないサルロ。その彼の背後から、声が響いてきた。「そこで、あなたがたに幾らかでも──」 聖典の詠唱だ。魔物の足は僅かに緩み、速度を落としつつある。
帝国と共和国の国境に、古い山城がある。その頂上で、隻眼の男と緑髪のダブルシードが話していた。「ケラック、サルロ・ファージには気を付けろ」 ダブルシードは、立ち去り際に、ケラックという隻眼の男に告げた。「奴の魔剣は、我々の鎧を容易く斬り裂く。致命傷を負うぞ」「ダブルシードは、随分と弱気になったものだな」 ケラックは低い声で笑った。「まあ、撤退用の転移魔法は仕込んでおくとするか。ダブルシード、お前の助けは要らん」「ほう? 爆裂魔法を仕込んでやろうと思ったのだがな」「正面から殺し合いたい……そうすれば、俺が魔剣を手に入れることもできる」 古い様式を維持する玉座の間の扉を、彼女は開く。「死ぬなよ、ケラック」 バタム、と閉じた扉。「面白くなりそうだ、鉄殻戦団の、試運転としてはな……」◆『蒼炎だ』 魔剣ゼイドは、サルロにそう告げる。『汝から、蒼炎の力を奪った。そちらの方が、面白いものを見られそうだからな』 面白い、一体何が。彼はそう問う気力もなく、ガタガタと震える手を止めることすらできなかった。『取引の条件を精査しなかった汝の責任だ。精々面白い破滅を我に見せてみろ、蒼騎士』 サルロは、壁を殴る。ピシリ、コンクリートに罅ができる。『が、汝次第で返してやってもい
シャワーを浴びながら、彼は壁に手をついていた。(この肉欲から、どう離脱すればいい) 湯が流れていく。赤い髪が排水口に掛かっている。感じたことのない、下腹の熱。思い浮かぶのは、セキのことばかり。(私は、蒼騎士だ) 欲望に流される存在であってはならない。それは、民の模範ではない。それは、教会を信奉する者たちの進むべき道ではない。それは、なんだ? 彼の蒼い目は、頻りに瞬きを繰り返す。あるべき姿。人がそうなろうと望む、信徒の嚮導者としての姿。それが蒼騎士のはず。 焼き切れそうな思考回路を抱え、シャワールームを出る。鍛え抜かれた肉体に、パンツの一枚。メイスを手入れするセキが、ベッドの上に腰掛けていた。「武器は大事にしろよ」 そう告げて、サルロは彼女を後ろから見つめていた。薄着。ふわりとした寝間着だ。柔らかな首筋が見える。気づけば、そこに手を伸ばしていた。 跳ねるセキの体。困惑する声も無視して、胸へと抱きかかえる。「セキ」 耳元で、彼は囁く。「君と、一つになりたい」 それから数時間過ぎた、真夜中。疲れ果てたセキは、真っ赤な顔で息を切らしながら横たわっていた。一方のサルロは、自分のやってしまったことについて、肺を潰されそうな思いだった。 後ろから抱き締め、小さな熱を体全体で感じる。「あの、あたし、変じゃなかったですか」 セキが消え入りそうな声で問うた。「私も初めてなんだ、わからないさ」 過ちだっ
「何というか……場違いな気がしてきたよ」 夕暮れ、大統領官邸。燕尾服のダンケルが呟いた。サルロ一行に加え、リゼルもいた。「場違い、か。だが、私たちはやり遂げたんだ。それを評価してくれるなら、応えようじゃないか」 前庭を貫く石畳の上、サルロは啓行しながら言った。「ダンケルがセキを運んでくれなければ、魔剣を奪う隙は作れなかった。感謝してもしきれない」「全く、人を褒めるのが上手いね」 が、そのダンケルも悪くない心地だった。「大事な役割を任せてくれた君に、僕こそ感謝したい」 サルロは、誰にも顔を見せたくなかった。下腹部で渦巻く怒りの熱が、表情に出ているのでは、と。 肚の竈門の炎を食い止める、何か壁のようなものが取り払われたような思い。閂を外された城門が、騎兵の突撃を止められないままに開いたような思い。「──ロ様」 下から細い声。「サルロ様!」 ハッとする。扉の前に立っていた。「疲れてるんですか?」 横に、セキがいた。「……かもしれないな」 銃を持つ歩兵たちが、一斉に歓迎の動作をとる。ライフルを縦に持つ、捧げ銃というものだ。槍を持つ騎士が、その石突で地面を叩くと、扉は自ずから開いた。 サルロは、斜め下に視線を動かす。赤いイブニングドレスを纏ったセキがやけに綺麗に見えて、落ち着かない。子供だぞ、と言い聞かせても、どうしても肉体的な欲望が浮かぶ。蒼騎士として、相応しくな
「一騎討を、させてください」 サルロは、リゼルにそう告げた。今しがた鞘に納めたばかりの魔剣ゼイドを、再び抜く。血を吸ったような刃が、よく晴れた空に輝く。「魔剣使いってのは、いいモンだよな」 呂色の鎧を纏うシゲレルは、大ぶりな戦斧片手に言った。背後に控えていた配下たちが、魔域を攻略したばかりの一行を妨害し始める。「俺も憧れたさァ……だから、頂くぜ、お前の剣」 斧が、黒炎に覆われる。揺らめいて、魂を焼く邪悪な炎。蒼騎士として、サルロはそれを断たねばならないことを理解していた。 先に動いたのは、その斧だった。左から右へ、サルロに横薙ぎが襲い掛かる。後ろに跳んだ彼だが、連撃だ。檜の棒か何かか、とでも思わせるほどに、斧は速い。 蛇騎士の重斧が振り下ろされ、石畳を打つ。その度に、バキンッという派手な音が鳴ると共に、白い礫が飛散する。 風を切る斧が、迷いも躊躇いもなく、サルロの頭を狙った。彼は本能的に剣を翳し、その一撃を受け止める。赤き雷霆は、そこにはない。腕に響く、斧の質量。痺れる両腕を伴って、彼は少し距離を作る。「ゼイド、何故だ、何故赤き雷霆を使えない!」 魔剣に問う。「力を貸せ、あの蛇騎士の鎧とて、お前の雷霆なら斬れるのだろう⁉」『見届ける、とは言ったが、全てをくれてやるとは言っておらん。一撃は繰り出させてやったのだ、その分の感謝をしてほしいものだな』 詭弁だ、とサルロは呟く。『小僧、何を差し出す? 我が力欲しくば、相応の供物が必要であろう』「なんだ、何を求める。くれてやるから言え!」 どす黒い嘲笑が、聞
「ガリヤ、本当に助かった」 地下への階段を降りながら、サルロは親友に向け、感謝を口にした。「お前の詠唱が無ければ、私たちは帰れなかった」「おうよ。戻ったら飯奢れよ」「いや、私が持とう」 リゼルが、少し毒の抜けた顔で言った。「年長者らしいことをさせてくれ」 消えない過去を見つめながら、彼女は先頭に立っていた。 さて、石戸の前。ダンケルが弾倉に弾を送り込む、カチャンという音が反響した。「ガリヤ、仮に魔剣が魔王の遺体を取り込んでいた場合……詠唱で援護しつつ、遺体の在り処を探ってくれ」「はあ⁉ そんな簡単に──」 サルロの頼みに言い返そうとしたガリヤ。だが、それより早く、リゼルが扉を押し開いた。ズズズッ、と音を立てながら動いた扉の向こうには、大聖堂か、という広い空間が待っていた。だが、参拝者のいない聖堂に椅子などない。随分と寂しい広間だ。ただ、一点を除いては。 聖堂の奥、金銀で彩られた祭壇がある。赤い両手剣を持った痩身の男が、聖なる祭壇に、不遜にも腰掛けている。「随分と、活きのいい挑戦者だ」 男は、裸だった。ただ、蒼騎士のヘルムだけが唯一の装身具。右手の剣で、ビュンと風を切り、立ち上がる。「我が名はゼイド。古龍の作りし魔剣」 魔剣によって意識を乗っ取られたか、とサルロは判断した。何にせよ、斬らねばならない。「来い、我を打倒した者に、この剣をくれてやる」「なら、頂く!」 サルロの剣を、黒と蒼の混じった炎が覆う。心は、風のない海にも似







