LOGIN食堂に入ると予想通りリチャードがそこにいた。
「おはようございます、リチャード」
「っ、あ、ああ、おはよう」
少し驚いた顔をしている彼が私の旦那様だ。
かなりの小柄で丸顔の太った体。
女性と比べてもさらに小さくて子どものような大きさ。
本人はすごく気にしているけど私はかわいいと思っている。
手にはコップを持っている。
リチャードは朝食前に必ずミルクを飲むのでまだ朝食を済ませていないんだろう。
一緒に食べることが出来ると思い椅子に座ろうとするとリチャードが私を抱きしめた。
「リタ……よかった……」
そう言って背伸びして唇を合わせてくる。
なんとなくいつもと唇の感触が違う。
それにベタベタしたがるのはいつものことだけど今日は抱きしめる力が強い気がする。
「覚えてないかい? 君は馬車で事故にあったんだよ」
「え?」
「ほら、僕と一緒に買い物に出かけて」
事故?
そういえばリチャードと一緒に買い物に行ったんだ。
いろいろ買ってそこから記憶がない。
「数日間目覚めなかったんだ」
え……?
全然そんな意識がなかった。
普通に寝て起きただけだと思っていた。
「まだ怪我が治りきっていないから安静にしてないといけない」
「そうなのですね」
体が重いのもそれが原因なのかもしれない。
肩を回してみるとちょっと違和感がある。
「あああ、無理しちゃいけない」
「これくらい大丈夫ですよ、心配性ですね」
「だってまだ事故からそんなに経ってないから」
相変わらず心配性な人。
私が熱を出した時はずっと私のそばで手を握っていて自分に感染したら『リタから病気を奪えてよかった』というぐらい筋金入り。
すごくかわいい。
「朝食は食べられそう?」
「あまり食欲がわきませんね」
「ならミルク粥にしてもらおうか」
体調を崩した時は必ず作ってもらう私の大好物。
リチャードがさっそく鈴を鳴らしたけど誰も来ない。
そういえば屋敷の塗装で大勢駆り出されてるって言ってたな。
それなら厨房まで行こうと思い立ち上がろうとしたらリチャードが慌てて駆け寄ってきた。
「僕が頼みにいくからいいよ」
「でもそれぐらいは私が」
「体調が戻ってないんだから旦那さんに任せなさい」
普段甘えたがりなのにこういう時は年上っぽく振舞いたがる。
後でいっぱい甘えさせてあげよう。
「ならお願いしますね」
「任せて」
ドンと胸を叩いて良い返事が返ってきた。
だけど胸をはってる姿はカッコよさよりかわいさの方が際立つかな。
・・・
作ってもらったミルク粥は味が薄く感じた。
体調がまだ戻っていないから舌もおかしくなっているのかも。
安静にしたほうがいいかな。
「私は部屋に戻りますね」
「うん、安静にしてるんだよ」
食事を終え部屋に戻る途中でイリーシャを見かけた。
たくさんの小物類を壁に沿って並べているようだ。
「あら、イリーシャ」
「ひっ」
声をかけると驚きと共に後ずさった。
一歩間違えれば小物を蹴飛ばしそうな勢いだった。
「お、お、奥様?」
「驚かせてごめんなさい」
屋敷が暗いのに後ろから声をかけたから驚かせてしまった。
怖がりなのは知ってるのに失敗だったな。
「イリーシャは大掃除を担当しているの?」
「そうですね、いろいろ片づけています」
今は小物類を拭いているらしい。
結婚した時に持ってきた小物が懐かしい。
「改築と大掃除をまとめてなんて大変ね」
「『やるならまとめてがいい』と旦那様が」
面倒なことはまとめてしようというリチャードの性格が出ている。
その結果人手不足になっているのはご愛敬かな。
「廊下にある姿見までないのはびっくりしたわ」
「あ、えーと、『細かな傷が入っていたから研磨しなおす』そうです」
へー、そんなに傷があったんだ。
普段から見てるから気づかなかったのかな?
「そういえば全部の窓が塞がれているのね」
「あ、その、えーと『窓に塗料がつかないようにするため』です」
ん? 何か違和感がある。
普段のイリーシャはもっとはきはきと答える。
でも今はまるで事前に想定された答えを読み上げているような感じがある。
「奥様、ここにいらっしゃいましたか」
遠くから私を見つけたアナが駆け寄ってきた。
何かあったのかな?
「食堂にいらっしゃいませんでしたので」
「部屋に戻る途中でイリーシャと話し込んじゃって」
「イリーシャ?」
アナがイリーシャをにらんでいる。
それは非常に珍しい光景でイリーシャは完全にすくみ上っている。
もしかして仕事をさぼっていると思ったのかな?
それなら否定しておかないと。
「私が話しかけただけでイリーシャは悪くないの」
「そうでしたか」
私の反応を見て少しほっとした顔をするアナ。
でもすぐ真顔に戻る。
「でもイリーシャ、
「は、はい」
「ならすみやかに掃除に戻りなさい」
「はい、失礼します!!」
なぜか目の前の小物類を置いてどこかに去っていった。
掃除って小物類の掃除じゃないのかな?
「奥様もお体が万全ではないのですから立ち話は避けてください」
「そうね」
たしかにちょっと体がふらつく感じもする。
安静にしておいた方がよさそうだ。
アナに手を引かれて寝室に向かう。
部屋で休むより寝室のベッドで横になってる方が良いとアナから言われたためだ。
ベッドで横になるとすぐに眠気が襲ってくる。
嫌な夢を見なければいいんだけど……。
「あれ……、私?」「もう朝だよ」「え!?」 目が覚めるとリチャードがベッドの隣の椅子に座っていた。 どうもベッドで横になってそのまま寝入ってしまったらしい。「久々にリタの寝顔を堪能できたよ」 目じりを下げて満面の笑みを浮かべるリチャード。 普段は私の方がリチャードの寝顔を堪能するのに今日は堪能されてしまったらしい。 何か悔しいのでほっぺたをタプタプしておく。「おおお、やへるんだ(やめるんだ)」「恥ずかしい思いをしたからお返しです」 昔より贅肉が増えている気がする。 もう少し運動してもらわないと駄目ね。 ……そういえばしばらく夜の営みをしてないし、今日の夜に誘ってみようかな。 十分にほっぺたを堪能した後に離す。「つらいなら無理して起きてこなくていいからね」「大丈夫ですよ」 そう言ってベッドから降りて立ち上がる。 その瞬間、頭の血の気が引く感覚があった。 あ、駄目、立ち眩みが……。「ほら、危ない」 でもリチャードが私を支えてくれた。 まるで私が体勢を崩すのが分かっていたみたいだ。「今日はずっとここで一緒にいようか」「お仕事はいいのですか?」「リタの看病より大事な仕事はないよ」 穏やかに、でも強い意志で答えるリチャードを見て結婚が決まった時のことを思い出した。------------------------------------------------------------------------------------------「いきなり貴族の嫁になると言うのは大変でしょうが、必ず幸せにします」 リチャードは私の家に来て結婚を申し込んだ。 ただの平民の家にわざわざ貴族様がやってくるなんて普通ありえない。 ましてや"申し込む"なんて考えられない。 ほとんどは貴族の指示でやってきた部下が"金で買っていく"であり最悪の場合はお金すら支払われず攫われるだけ。 でもリチャードは自分でやってきて私に選択肢を与えた。「断っても不利益が生じることはない」「受け入れれば家に対する十全な支援と君への幸せを約束する」 普通なら喜んで受ける話だけど、母や姉は執拗に『断れ』と言ってきた。 その理由は彼の容姿にあるのだと思う。 小柄で丸顔で太った姿は貴族どころか大人にすら見えない。 せめて童顔ならまだしも顔自体は
食堂に入ると予想通りリチャードがそこにいた。「おはようございます、リチャード」「っ、あ、ああ、おはよう」 少し驚いた顔をしている彼が私の旦那様だ。 かなりの小柄で丸顔の太った体。 女性と比べてもさらに小さくて子どものような大きさ。 本人はすごく気にしているけど私はかわいいと思っている。 手にはコップを持っている。 リチャードは朝食前に必ずミルクを飲むのでまだ朝食を済ませていないんだろう。 一緒に食べることが出来ると思い椅子に座ろうとするとリチャードが私を抱きしめた。「リタ……よかった……」 そう言って背伸びして唇を合わせてくる。 なんとなくいつもと唇の感触が違う。 それにベタベタしたがるのはいつものことだけど今日は抱きしめる力が強い気がする。「覚えてないかい? 君は馬車で事故にあったんだよ」「え?」「ほら、僕と一緒に買い物に出かけて」 事故? そういえばリチャードと一緒に買い物に行ったんだ。 いろいろ買ってそこから記憶がない。「数日間目覚めなかったんだ」 え……? 全然そんな意識がなかった。 普通に寝て起きただけだと思っていた。「まだ怪我が治りきっていないから安静にしてないといけない」「そうなのですね」 体が重いのもそれが原因なのかもしれない。 肩を回してみるとちょっと違和感がある。「あああ、無理しちゃいけない」「これくらい大丈夫ですよ、心配性ですね」「だってまだ事故からそんなに経ってないから」 相変わらず心配性な人。 私が熱を出した時はずっと私のそばで手を握っていて自分に感染したら『リタから病気を奪えてよかった』というぐらい筋金入り。 すごくかわいい。「朝食は食べられそう?」「あまり食欲がわきませんね」「ならミルク粥にしてもらおうか」 体調を崩した時は必ず作ってもらう私の大好物。 リチャードがさっそく鈴を鳴らしたけど誰も来ない。 そういえば屋敷の塗装で大勢駆り出されてるって言ってたな。 それなら厨房まで行こうと思い立ち上がろうとしたらリチャードが慌てて駆け寄ってきた。「僕が頼みにいくからいいよ」「でもそれぐらいは私が」「体調が戻ってないんだから旦那さんに任せなさい」 普段甘えたがりなのにこういう時は年上っぽく振舞いたがる。 後でいっぱい甘えさせてあげよう。「ならお願いしま
「奥様、もうお時間ですよ」 メイド長のアナスタシアの声で目が覚める。 嫌な夢だった。 体がばらばらに引き裂かれる夢。 手足がちぎれていく感覚はものすごく生々しくて、起きた今でも思い出せる。 思わず体を身震いさせてしまう。「どうされましたか?」「なんでもないの、アナが起こしに来るなんて珍しいわね」「ちょっと事情がございまして」 少し困った表情をしているので何かあったのだろう。 普段ならスフィーナやイリーシャが起こしに来るはずで、わざわざアナが起こしに来る必要なんてない。「それにどうしてこんなに真っ暗なの?」 あまりの暗さで夜かと思ってしまった。 窓を見ると外側から何かで塞がれているようだ。「今改築中でして一週間ほどこの状態になります」 そんな話聞いてなかった。 教えてもらえなかかったのは何か理由があるのかな? でもリチャードとアナが決めたことならきっと大丈夫だ。 ただ改装ってかなり大がかりだけど、一週間で済むのはすごく早い。 もしかして外壁を塗りなおすだけとかなのかな?「改築は何をする予定になっているの?」「窓の雨避けの改修と屋敷の外壁塗装ですね」 聞かれるのは想定済みらしくスラスラと答えが出てくる。 うん、大体想像通りの内容。 外壁の一部だけ塗装がはがれていたからあそこを修繕するんだろうな。「そのためメイド含めて大勢駆り出されています」「ああ、そういうことなのね」 でもけっこう人手不足みたいね。 わざわざ屋敷の人間まで駆り出すなんて。「え、でもそんな状況で本当に一週間で終わるの?」「契約魔術が交わされておりますので問題ありません」 一瞬納得しかかったけどすぐ疑問が浮かんだ。 え? 契約してるっていうことは間に合わなかったらメイドとかも処罰される? そう思ったのが顔に出ていたようでアナがさらに説明を加えてくれた。「契約は業者との間に交わされたものなので屋敷の人間は関係ありません」「でもメイドたちのやる気がなかったから間に合わなかったとか言われたらこちらのせいにならない?」「心の中は証明できないので大丈夫ですが、実際に動きが悪ければなるかもしれません」「じゃあ……」 お手伝いみたいな仕事で処罰される可能性があるなら、やらない方がいいんじゃないかな? どうしてアナは屋敷の人間を手伝わせたりした







