「本当に便利な時代ですよね。
欲しいと思えばネットで何でも揃うし、買い物にも行かなくていい。 食べたいと思うものもデリバリーで揃うし、見たいものも動画で見れちゃいますし。 お陰で仕事以外はこうやって侑さんと時間を共有できるわけですから。最高です。」 「…そんな貴重な時間を何も私と過ごさなくても。 ただでさえ綿貫くんは多忙でしょ?」「そんな貴重な時間だから侑さんと過ごしたいんです。」
「全く……
どうして綿貫くんはこう私に優しくするの? 私…あなたに何かした?」「どうして?うーん。
それは侑さんが自分の胸に手を当てて、良く考えれば分かる事ですよ。」一生懸命考えてみてください、と昴生は言う。
どうやら正解は教えてくれないらしい。 良く分からないから聞いてるし、戸惑っているというのに。 ただ私がその答えを探し続ける、それすらも昴生は楽しんでいるようだった。 ピロリ菌などの薬を服用して1週間もすると、潰瘍だった胃の調子も良くなってきた。 4週間後にはまた再診して、除菌できたか確認すれば治療は終わる。 治療が済んだら私は……? 彼はいつまで私を、ここに引き留めるつもりなんだろう。*
昴生はその日もドラマの撮影にバラエティ番組のゲスト出演に、とにかく大忙し。
遅くに帰宅し、少し眠そうな目を擦る。 それでも私を見れば嬉しそうな顔をする。 「侑さん………次のステップに移りましょうか。」いよいよ何か見返りを求められるのかと思わず身構えてみたけれど。
「次のステップ……?」
「はい。侑さん。
侑さんの&helとにかく昴生は、仕事以外の時間はほとんど私と過ごしているようだった。 「本当に便利な時代ですよね。 欲しいと思えばネットで何でも揃うし、買い物にも行かなくていい。 食べたいと思うものもデリバリーで揃うし、見たいものも動画で見れちゃいますし。 お陰で仕事以外はこうやって侑さんと時間を共有できるわけですから。最高です。」 「…そんな貴重な時間を何も私と過ごさなくても。 ただでさえ綿貫くんは多忙でしょ?」 「そんな貴重な時間だから侑さんと過ごしたいんです。」 「全く…… どうして綿貫くんはこう私に優しくするの? 私…あなたに何かした?」 「どうして?うーん。 それは侑さんが自分の胸に手を当てて、良く考えれば分かる事ですよ。」 一生懸命考えてみてください、と昴生は言う。 どうやら正解は教えてくれないらしい。 良く分からないから聞いてるし、戸惑っているというのに。 ただ私がその答えを探し続ける、それすらも昴生は楽しんでいるようだった。 ピロリ菌などの薬を服用して1週間もすると、潰瘍だった胃の調子も良くなってきた。 4週間後にはまた再診して、除菌できたか確認すれば治療は終わる。 治療が済んだら私は……? 彼はいつまで私を、ここに引き留めるつもりなんだろう。 * 昴生はその日もドラマの撮影にバラエティ番組のゲスト出演に、とにかく大忙し。 遅くに帰宅し、少し眠そうな目を擦る。 それでも私を見れば嬉しそうな顔をする。 「侑さん………次のステップに移りましょうか。」 いよいよ何か見返りを求められるのかと思わず身構えてみたけれど。 「次のステップ……?」 「はい。侑さん。 侑さんの&hel
それからの日々を一体どう表現すればいいのだろう。 昴生は相変わらず人気俳優で、多忙な合間を縫って私の世話を焼いていた。 食事は米本さんが来ない時は昴生が準備し、なぜか私の服の洗濯に部屋の掃除まで全てやっている。 下着だけは自分で干すと言うと嫌だと取り上げられたりして、もう散々だ。 「あ、これが侑さんの下着なんですね。 あはは。想像以上にエロいなぁ。なので俺が干しますね。」 「わ、綿貫くん……!!」 乾燥機能という便利なものを使わず、そんな良く分からない昴生との攻防が連日続いた。 結局私は何もできず、いよいよ駄目人間になっていってる。 相変わらず仕事はないし、家でただひたすらにゴロゴロしているからだ。 普通ならそんな女は嫌でしょう。普通の男なら。 なのに彼は……ただ家でゴロゴロとダラける私を見ては嬉しそうに笑う。 「いいですね。 もっと、もっとダラダラして生きてくださいよ。 もっと駄目人間になって下さい。 そして沢山食べてもっと太って下さいね。 太った侑さんを抱けるの…楽しみにしてるんで。」 「もう……綿貫くんの考えてる事はやっぱり良く分からない。」 「分からなくてもいいですよ。 俺の野望は少しずつ叶ってきてるんで。」 野望とは……? また勝ち誇ったように彼は笑う。 少しは分かってきたつもりだが、やっぱりこの綿貫昴生という人物は今だに謎だ。 物凄く意地悪にも思えるし、実は何かの罠なのかと疑う事もある。 太らせて、駄目人間になった落ち目女優の私を、どこかに売るとか? だとしても、具体的にはその企みすら思いつかないけれど。 ただ最近は無意識に笑えるようになってきた自分がいる。 気がつくと私は、彼
その後、別人のように変装して私は昴生と自分のマンションに荷物を取りに行った。 久しぶりの我が家はほとんど物がなくて、今までこんな所に本当に人間が住んでいたんだろうかと目を疑ってしまう。 本当に驚くほど何もない。 思えば無意識に死にたいと考え始めてからずっと、物欲が湧かなかった。 冷蔵庫には水しか入ってなかった。 あるとすればお酒や乾麺、缶詰とかだけ。 万が一の災害時の備えだけ。 クローゼットには数ヶ月ほど前に買った何着かの服が無造作に掛けられている。 メイク道具も靴もバッグも……一体いつ購入したものか分からない。 物がないリビングには、人が生活していたような痕跡がなかった。 カウチの上に置いてあるドラマの台本だけが人が生きていた事の証明みたいだった。 それでも仕事になるとメイクはしたし、ファッションもそれなりに整えてはいたと思う。 かろうじて私の意識を繋ぎ止めていたのは、やはり仕事だったのだろう。 後ろから着いてきて、昴生はテレビ台の上のフォトフレームに触れる。 「寂しい家。 ……侑さんがここに1人で居たと思うと。」 「思うと……何?」 聞き返すが、それ以上昴生は何も言わなかった。 かと思えばそのまま、自然とダイニングキッチンにある冷蔵庫に手をかける。 「本当に何もない。……侑さん、今まで一体何食べてたの? だからそんなに痩せてるんですよ。」 なぜか悔しそうに、何もない冷蔵庫の中を眺めていた。 「……あはは。本当に何を食べてたんだろうね。」 「馬鹿だなあ。そこ、笑うとこじゃないでしょ。」 冗談じみた顔して苦笑いすると、また少し叱られた。 この状況を見て心配……してくれてるんだ
あ⃞な⃞た⃞の⃞側⃞は⃞、⃞心⃞地⃞が⃞い⃞い⃞。⃞ *** 「侑さん、ただいま。」 「お帰りなさい……?」 普通に、今まで何年も共に暮らしてきたかのように「ただいま」と言う昴生に、私はまた不可解な感情を抱いた。 靴を脱いだ彼のコートを自然と受け取る自分にも驚いている。 「今日ね…撮影でリテイクが結構続いて疲れたんですよ。」 「大変だったね。お疲れさま。」 「だけど侑さんの顔見たら全部吹き飛んだ」 「私の顔で…どうしてかは分からないけど回復できたんだったら…良かった。 もしかして私の顔が面白い…とかで?」 何て言ったらいいんだろう。 彼の求めてるものが今だに良くわからなくて。 「ぷっ…侑さんの顔が面白い? 何それ…… 侑さんの顔は凄く美人さんですよ。」 何かウケたらしい。でもやっぱり最後の一文は理解できなかった。 「ねえ、侑さん。 ちょっと甘えてもいいですか……? 俺が抱きつくのは平気?」 口元は笑ってるのに。疲れた顔に疲れた声。 最近、私の事でもバタバタさせたしドラマの撮影も忙しい筈だ。 こんな私に抱きついてやはり彼が得するとは到底思えないけど。 「……大丈夫だと…思う。」 「やったあ。」 ————弾むような声が聞こえた瞬間、私の体は昴生の腕の中に包まれていた。 久しぶりに誰かに抱き締められて、心臓がバカみたいに早くなる。 「うわあ。侑さんの抱き心地、さいこう。」 「そ、そんなに……?」 「うん、興奮する。」
*** 撮影は予定より随分遅くに終わった。 アイドルの子のリテイクが続いた為だ。 スマホの時計を確認して、昴生は足早にその場を離れようとする。 「綿貫さん、お疲れ様です。」 共演者が互いに挨拶を終えて解散、スタッフが機材などを片付ける中、足を止めたのは、人気女優の浅井まりかだった。 「今日の撮影もすごく良かったです〜 さすが綿貫さんですね。」 「浅井さん。ありがとう。 浅井さんも良かったよ。」 やたら距離感の近い彼女。人当たりの良い昴生は営業用の顔で笑ってみせる。 「ねえ…綿貫さん。この後ひま…ですか? まりかと、飲みに行きません?」 ちらり、とまりかは昴生を上目遣いで見上げる。 一瞬、昴生も彼女を見下ろし、身振りをつけて口を開いた。 「あー…ごめんね。俺の帰りを待ってる人がいるから。」 全く隠す様子もなく、昴生は笑顔でまりかの誘いを断る。 「え……それって……」 「うん。そう。大事な人。」 「え、待っ……綿貫さん、もしかしてお付き合いしてる人がいるんですかっ?」 追撃を逃れるように身を躱した昴生の前に、まりかはひつこく食い付いた。 背の高い昴生を、うるうるとした瞳でじっと見上げた。 両拳を握ってあくまでもいじらしく、可愛らしく。 「それって一般人の方ですか? それとも————」 進行方向を遮るまりかの行動に、昴生は普段見せない、冷ややかな瞳をした。 「浅井さん————人のプライベートはそうやって暴くもんじゃないよね。 それくらい、浅井さんなら分かるでしょ?」 口元は微笑んでるのに。
温かい。だけど人の家のお風呂で私は一体何をやってるんだろうと思う。 湯気でぼやけた視界の中で、微かに汲み上げた湯を見つめる。 手の中から少しずつお湯は溢れていく。 それでもまたすくえば、湯は必ず私の手の中に。 光に反射して揺めきながらも存在していた。 日本一売れてる俳優は今はいないのに。 1人なのはいつもと変わらないのに。 なぜ彼の家にいるというだけで、こんなにも気持ちが変わってくるのだろう。 死にたかった。 ————あの夜は、確かに死にたかった。 もう全てが終わりだと思った。 空っぽの自分が嫌になって、この世から消えてしまいたかった。 なのに今は… 何もかもを失って、自分には価値がないという焦燥感は確かにあるのに。 それでも何で、こんなに穏やかな気持ちでいられるんだろう。 * 夕方————家事代行サービスの人がやってきた。 「あらあ。もしかして常盤侑さん!? 初めて生で見た!何てラッキーなのかしら。 可愛い〜可愛い〜わあ〜。 あ、ご紹介が遅れました。私家事代行サービスの米本って言います。 どうぞ宜しくね!」 お茶目な…乙女心を持った男性《ひと》だった。 見た目は中年のイケメンなのだが、自分はLGBTだとあっけらかんと明かす人だった。 ここが昴生の家だと分かっている人に、私の存在が気づかれてもいいんだろうか。 「うふふ。私はねえ、昴生くんとは旧知の仲なの。 だから彼のプライベートな事を誰かにベラベラ話したりしないから心配しないで♡」 「…そうなんですか。……助かります。」 もし今私がここにいる事をマスコミとかにリークされたら、間違いなく昴生に迷惑が掛