実は去年出演した我妻監督のあの映画。 私が殺人鬼を演じた役が、何とアカデミー賞の助演女優賞にノミネートされたのだ。 そのため正式に今回授賞式に招待され、今まさにレッドカーペットを歩こうとしている。 しかも、我妻監督もまた脚本賞にノミネートとされている。 さすが我妻監督だ。昔から才能に溢れている人だから。 むしろ私の方は海外で名前が知られてるとは思ってない。 でも今この場にいる奇跡、私を支えてくれた皆に心から感謝している。 もう二度と、こんな華やかなスポットライトを浴びるなんて夢にも思ってなかったから… それもこれも、全部。愛しいあの人のおかげ。 やがて運転手がドアを開ける。顔を上げ、イメージトレーニング通りに微笑しながら降りる。 その場に打ち合わせ通りに我妻監督が立っていて、降り立った私にエスコートの手を差し出した。 「侑。今夜も完璧だな。」 タキシードを着た、正装着姿の我妻監督が、にこりと笑いかける。 「そうですか?ありがとうございます。」 彼の手を取り、レッドカーペットを歩こうとすると。 「アガツマ!!」「great!!」 「ユウー!!ユウー!!」「It's beautiful!」 と、金属製のバリケードの向こう側にいる数人の外国人が叫んだ。 「ほお。侑もすっかり有名人じゃないか。」 どこか監督は得意げに笑う。 「まさか私の名前まで呼ばれるなんて。」 「相変わらずお前は、自己肯定感が低いなあ。いいか、侑。堂々としていろよ。お前は世界に認められてもおかしくはない俳優なんだから。」 「…はい。」 我妻監督はさり気なく褒めてくれて、レッドカーペットの上を、私を慣れた様子でエスコートしながら歩き始めた。 私達の先には、本場のハリウッドスター達が勢揃いしていた。 どこもかしこも煌びやかで、スポット
私⃞だ⃞っ⃞て⃞嫉⃞妬⃞く⃞ら⃞い⃞す⃞る⃞よ⃞ 私は今、強烈に緊張していた。 と言うのもこの日私は日本を抜け出し、アメリカのカリフォルニア州、ロサンゼルスにいるからだ。 一体なぜそんな場所にいるのかって?それは——— 「侑さん!わあああ!すごく綺麗です!まるで本物のハリウッドスターみたいです!」 一緒にホテルに滞在していた鳥飼さんが、会場に向かう少し前、ドレス姿に着飾った私を見て、やや興奮気味に叫んだ。 「鳥飼さん。本当に?その、大胆じゃない?」 私が戸惑うのも無理はない。 今私が着ているのは、ブランドひんの黒のロングドレス。だが、それだけならむしろ地味な色のはず。 しかし実際は、シンプルながらも随所に特徴があって、背中は広く開き、片足の方は大きくスリットが入っている。 さらに左肩には吊り紐がわりのリボンが付いていて、もう片方は大胆にも肩が露出している。 高価なプラチナのピアスやネックレス、ブランド品のバッグに宝石のついたヒールの靴という有様だ。 これだと、どう考えても、目立つ。 まあ確かに、私は派手な色よりかは黒いドレスの方が好みだけれど…少し派手すぎない? 「何言ってるんですか!今からレッドカーペットを歩くんですよ!このくらい、いえ、もっと派手でもいいくらいです!」 興奮気味に鳥飼さんがそう言う。 「そう?鳥飼さんがそう言うなら…」 「そんな事より急ぎましょう
皆酔っ払って、リビングで眠ってる。 私と昴生はほろ酔い気分で、ベランダに出た。 夜風が気持ち良い。私が外に出ると昴生はすぐに私に上着をかけてくれた。 「侑さん。ずっと言おうと思ってたんだけど」 「どうしたの?改まって。」 なぜか緊張していそうな昴生の手を取る。 いつだってこの手は温かい。 そう思って逞しい手を眺めていたら、逆に手を取り上げられて、指に何かがスッとはまった。 キラキラと輝く、シルバーの指輪だった。 多分いくつものダイヤが付いてる。 私は驚き、すぐに昴生を見上げた。 黒髪が風に揺れ、昴生の綺麗な瞳が輝いている。 「昴生、これって………」 「——————侑さん。 俺に一生、飼われるって約束してくれたよね?」 「言ったね…………」 「それなら、俺と結婚しないとだよね?」 「まさか、それってプロポーズ?」 何とも大胆で。昴生らしい。 「私、年上だよ?売れない女優だし。 今はあれでも……この先仕事無くなったらどうするの?」 「大丈夫だよ。社長の俺がそんな事させないし。 それに、もし侑さんの仕事が無くなったとしても。 それはそれで構わないよ。 その時は侑さんは、ただひたすら3食昼寝をして、ブクブク太って、どうしようもなくなれば良いいんだから。」 ……それ、他の人が聞いたら絶対いじられてるって思うだろうね。 「醜い私でも愛せると?」 「当たり前でしょ。 だってどんな侑さんも、俺が愛する侑さんなのに変わりはないんだから!」 そう言って昴生は嬉しそうに笑う。もう返事を聞いたみたいに。本当に子供みたいに。 「私を一
私達があの後どうなったかと言うと。 実は八重樫が私を追い出したくて、嫌がらせや、業界に残れないように妨害工作を働いていた事が発覚し………何とか昴生と引き離したかったんだろう。 だけど、そんな時に昴生が言った。 「侑さん。芸能界が侑さんを捨てるなら、侑さんが芸能界を捨てればいい。」 「それって、どう言う………」 「俺、あの事務所を侑さんと一緒に辞める。 それで。 新しく事務所を作ろうと思うんだ。」 またいつものように昴生が、勝ち誇ったように笑った。相変わらず綺麗な顔で。 誰も昴生に敵う人なんていない、そう実感せずにはいられなかった。 「侑ちゃんがあの時、弟をブシャーって!」 「あははは、米本さん〜!分かりますよ、すごい迫真の演技でしたよね! 侑さんの殺意がもう何とも」 お酒が進み、すっかり出来上がってきた米本さんと鳥飼さんが盛り上がっている。 「こら〜!鳥飼。お前酔いすぎ。」 「何ですかー、佐久間さん?そう言う佐久間さんこそ、侑さんの演技見て泣いてたくせに」 「わ、バカ、鳥飼〜」 実はあの後、事務所を辞めた昴生が本当に芸能プロダクションを設立した。 小規模な会社だったけれど、昴生が社長というのは案外宣伝効果が絶大で。 しかもそこで私も女優として在籍してる。 さらには、昴生のマネージャーである佐久間さんと、私のマネージャーの鳥飼さんまで引き抜いてしまったのだ。 何だかんだありながらも、私達は充実した日々を送っている。 「皆、本当にありがとう。」 改まって私が頭を下げると。 昴生が真っ先に私に笑いかけ、言った。 「お礼なんていいよ。 皆侑さんの演技が好きで、侑さん自身が好きでこうしてるだけなんだから。ね。」 「そうですよ〜、侑
日⃞本⃞の⃞芸⃞能⃞界⃞が⃞侑⃞さ⃞ん⃞を⃞捨⃞て⃞る⃞な⃞ら⃞、⃞侑⃞さ⃞ん⃞が⃞日⃞本⃞の⃞芸⃞能⃞界⃞を⃞捨⃞て⃞れ⃞ば⃞い⃞い⃞。⃞ 去年撮った殺人鬼を題材にした映画は、大ヒットを収めた。 コロナもだいぶ終息し、映画館に人も戻った。 相変わらず昴生は人気俳優で、多忙な日々を送っている。 実はあの会見の後、あれよりすごい騒動が起こった。 発端はあの浅井まりかと、あの時昴生を追っていた不気味な記者から。 まりかはゴシップ週刊誌の記者であるその男に、昴生がストーカーだという虚偽内容を売っていたのだ。 写真や音声は全て合成。 昴生にふられた腹いせにやったとつぶやく音声がネットに晒され、拡散された。 その事により昴生は無実だと言う擁護派が一気に盛り上がり、また芸能トップニュースに。 結局裁判があり、浅井まりかは今度こそ本当に芸能界から姿を消した。 一体誰が浅井まりかを尾行し、音声まで録音したのか分からない。 ちなみに八重樫の方も———。 私を不正解雇しようとした事がネットに晒されて会社は叩かれ、大打撃を受けた。 それに。 「侑さんを辞めさせるなら、俺も辞めます。 俺の大切な侑さんにこんな扱いをする会社は、俺には必要ないんで。 違約金?払いますよ。 人気俳優には、大した額じゃないですよね。」 「昴生、待ってくれ……!! 今お前にまで辞められたら、事務所は!!」 八重樫がみっともなく泣いて昴生に縋ったけど、昴生は冷たく突き離した。 そんな騒動がやっと終息して———。 「侑さん。映画すごく良かったよ。」 私達は、今日も一緒にいる。 あのマンションに帰るとすでに昴生がいて、米本さんもいた。 それに佐久間さんに、鳥飼さんまで。 私が家に入るなり、3人はクラッカーを
そう思って俺は芽衣子に気づかれないよう、こっそり侑に連絡した。 久しぶりに侑の住むマンションで、侑に会えて本当に嬉しかった。 家の中は以前よりもあまり物が無かったけど。 だけど侑の顔は少しふっくらして、いつもより健康そうに見えた。 思い切ってよりを戻したいと伝えたけど、侑はハッキリ拒否した。 「私は隣の部屋にいるから……出て行きたかったら勝手に出て行って。」 侑。侑。 お願いだよ。俺を見てよ、もう一度。 苦しかったから別れようとしたって事を分かってよ。 侑を幸せにするのは俺だったのに。 幸せ………………なんだな、侑。 俺がいなくても侑はもう、寂しくないんだな。 あの時教室で寂しそうにしていた侑も、近頃は俺と会いながらも寂しそうにしていた侑も…… もうどこにもいないんだな。 侑が俺の事を愛してくれていて。 俺が侑の事を愛していたのなら、それだけでよかったはずなのに。 どうして俺は侑を手放す事を選んだんだろう。 その後も、もう一度だけ侑に会いたくてマンションに来ていた。 でも結局ためらって。 もう侑には会えなかった。 あの日言われた事が胸に突き刺さって、会えなかったんだ……………。 家に帰ると、今日は来ないと言っていたはずの芽衣子が合鍵で部屋に上がり込んでいた。 「……芽衣子?」 芽衣子は部屋を薄暗くしたままソファに座っていた。 「小野寺くん。今日、常盤侑に会いに行ったでしょ。」 そう言われてドキッと心臓が脈打った。 この時芽衣子は、いつもよりどこかおかしかった。 顔を上げると、急に早口になった。