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第3話

Author: みっつ
玲奈だけが、首元の三日月形のネックレスに触れながら小さく笑った。

ほんのわずかな笑い声だったのに、私にはひどく重く響いた。

私はすっと立ち上がる。

「私、薄味が好きなんじゃないよ。辛いものが好きなの」

尋が一瞬固まり、驚いたように私を見る。

私はその顔を見ず、バッグを手に取った。

「二人で食べて。私、用事があるから先に帰るね」

そう言ってから、私は少しだけ足を止め、尋を見る。

「今日はちゃんと帰ってきて。話があるから」

離婚のことを、もうはっきりさせなければならない。

午後はずっと家で荷造りをしていた。

必要なものをまとめ、送る荷物は先に発送する。

そんな作業の最中、10年前の古いDVDが出てきた。

充電して再生してみると、当時の映像が流れ出した。

画面の中では、まだ若かった尋が北州の街角に座っていて、目の前には唐辛子がたっぷり入ったラーメンが置かれている。

尋は汗だくになりながら、それでも箸を止めずに食べていた。

私はティッシュで彼の汗を拭きながら、呆れたように言っている。

「ねえ、尋。辛いの苦手なんだから、そんなに無理しなくてもいいんだよ」

尋は口元を拭い、眩しいくらいの笑顔を見せた。

「仕方ないだろ。北州出身の嫁をもらうんだから。

それに、寧々の料理があんなに辛いのに、今から慣れとかないと一生付き合えないだろ?」

辛さに息を吐きながら、私のほうへ器を押してくる。

「一口食べてみろよ。これ、めちゃくちゃうまい」

あの頃の風には、唐辛子の香りが混じっていて、尋の髪を揺らしながら吹くその風に、私の心まで柔らかくほどけていったことを思い出す。

私は、その映像を何度も繰り返し見た。

ぼんやりしているうちに、尋が帰ってきた。

玄関で上着を脱ぎ、私の手元にあるDVDを見るなり足を止める。

「それ、どこから見つけたんだ?」

上着も片づけないまま、すぐにこちらへ来た。顔には懐かしそうな笑みまで浮かんでいる。

「これ、10年前のだろ。まだ付き合い始めたばっかりで……」

途中で言葉が止まった。

視線はモニターの上にある。

そこでは、20歳の尋が笑いながら――一生、寧々と辛いものを食べられるようになる。そんなことを言っていた。

尋の喉が小さく動いた。

その瞬間、彼がようやく何かを思い出したように見えた。

昼間の気まずいやり取りなのか、それとも、昔の自分なのか。

しばらく黙ったあと、尋はポケットから小さなジュエリーケースを取り出した。

「誕生日おめでとう。本当は昨日渡すつもりだったんだけど、忘れてた」

私は少し驚きながら受け取った。

こんな状況でも、誕生日プレゼントを用意していたことが意外だったのだ。

けれどケースを開けた瞬間、胸の奥がまた冷えた。中に入っていたのは、玲奈がつけていたものとまったく同じネックレス。

これは何なのだろう。

埋め合わせ?それとも施し?

私は何も言わず、ただ尋を見た。

尋は少し言いづらそうに視線を逸らした。

「玲奈に勧められたんだ。今流行ってて、若い子に人気らしい。

昼のことは気にするなよ……俺はあいつのこと、妹みたいに思ってるだけだ。俺たちもう10年も一緒にいるんだぞ。それでも俺のこと信じられないのか?」

10年だ。

人生に、あと何回10年があるのだろう。

10年前、私は尋のために迷うことなく北州を離れ、東都へ来た。

そして10年後。やっぱり尋がきっかけで、今度は自分を縛っていた結婚を手放すことにした。

私はネックレスから視線を逸らした。

すると尋が肩を抱いてくる。

「来週、会社のパーティーがあるんだけど、社長は家庭円満な人をすごく評価するタイプでさ。

寧々、その日は少し協力してくれないか。俺が昇進できるかどうか、この一回にかかってるんだ」

彼は期待するように私を見る。

私は心の中で自嘲した。

こんな心のこもっていないプレゼントにさえ、最初から打算がついていたらしい。

「分かった」

淡々と返し、私は箱を閉じた。

「……え?いいのか?」

私があまりにもあっさり返事をしたからか、尋は驚いたあと、嬉しそうな顔をした。

明らかにほっとした様子で、私を抱きしめようと手を伸ばす。

「寧々、ありがとう。このチャンスを俺はずっと待ってたんだ。

昇進したらちゃんと埋め合わせする。辛味噌鍋を食べたいって言ってたよな。どれだけ辛くたって、全部付き合うから」

尋の目にはうっすら涙まで浮かんでいて、まるで10年前の、私を大切にしてくれていた尋に戻ったようだった。

私は静かに微笑んだ。

そしてバッグから離婚協議書と離婚届を取り出し、尋の前へそっと差し出す。

「勘違いしないで。分かったって言っただけで、パーティーに一緒に行くとは言ってないから。

あなたの昇進なんて、私には関係ない。尋、離婚しよう」

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