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第2話

Author: みっつ
結婚して7年。毎日の食事を尋の好みに合わせていたから、キッチンの唐辛子には埃が積もった。それでも、彼は「違う味」を試そうとはしなかった。

それが今になって、たった一言。「違う味も悪くない」そんな言葉が、裏切りの言い訳になるらしい。

私はその写真を開き、保存した。

もう一度画面を更新すると、投稿は消えていた。

ようやく私に見られないよう設定することを思い出したらしい。

尋とのトーク画面を開く。

【隠さなくていいよ。もう見たから】

そう送ろうとして、手が止まった。最後のやり取りは一昨日だった。

私の地元である北州風の辛味噌鍋店のオープン記事を送り、【最近地元の料理が恋しくなっちゃった】とのメッセージも添えていた。

でも、尋から返ってきたのは、一言だけ。

【気持ち悪い】

そして今日、尋は別の女性とその味を楽しんでいた。

画面を見つめているうちに、笑いが漏れた。

自分が惨めで仕方ない。

10年という時間に、故郷まで捨てて手に入れたのがこれだった。

そのとき、母から電話がかかってきた。

「寧々、前に送った唐辛子と山椒で煮込んだあのお肉食べた?美味しかった?

東都じゃ、なかなか地元の味は食べられないでしょ。また送ったから、明日届くよ。自分で温めて食べなさい。尋の好みにばっかり合わせてちゃだめよ」

母はしばらくあれこれ話したあと、ふと声を落とした。

「寧々。幸せじゃないなら、帰っておいで。お母さんがご飯作ってあげるから」

目の奥が熱くなった。込み上げるものをどうにか堪えながら、私は頷く。「うん」

爪が手のひらに深く食い込んだ。

電話を切ったあと、私は尋に電話をかけた。

いつ帰ってくるのか尋ねると、辛いものを食べたせいか、掠れた声が返ってきた。

「先に寝てて。友達といるから、待たなくていい」

直後、女性の声が聞こえた。

「ねえ、これも食べてみて。辛さ倍にしてもらったの」

「ああ」

そこで電話は切れた。

私はスマホを置き、すっかり冷えて固まった料理を見つめた。

母の言う通りだ。

私、本当にもう帰ったほうがいいかもしれない。

翌朝、私は早く起きて荷物をまとめると、それから法律事務所へ離婚協議書を受け取りに行った。

その帰り、尋の会社の前を通りかかったところで、昨日の女性と尋に出くわした。

私に気づいた尋が足を止める。

「寧々、どうしたんだ?」

ただ通りかかっただけで、すぐ帰るつもりだと説明しようとした。

けれどその前に、女性が私の前へ出てきて、にこやかな笑みを浮かべる。

「奥様だったんですね。私、尋さん……浅野さんの秘書をしている相沢玲奈です。初めまして。よかったら一緒にお食事しませんか?」

相沢玲奈(あいざわ れいな)は尋を見上げて尋ねる。

「いつもの激辛の鍋料理屋さんにする?」

「尋は辛いもの食べないよ」

反射的に口から出た。

尋の指先がわずかに強張り、表情が変わる。

玲奈も私を見た。彼女の目に一瞬、何とも言えない色が浮かび……そして笑った。

「それは、前の話ですよ」

さらりと告げられた一言に、胸を強く掴まれたような息苦しさを覚えた。

そうだ、あれは前の話なのだ。

今の尋は辛いものを食べる。それどころか、喜んで食べているのだから。

私は何も言わず、二人について店へ入った。

注文する際は玲奈がメニューを受け取った。

そして、鍋の味を指差す。「尋さんは鶏出汁が好きだから、いつもこの味を頼むんですよ」

北州の実家へ尋と帰省したときのことを思い出した。母の得意料理のひとつに、鶏出汁と唐辛子や山椒をたっぷり使った鍋料理がある。

あの頃の尋は一口食べただけで、「舌が痺れる。まずい」そう言っていた。

なのに今は、笑顔で頷いている。「ここのは火の通し方がちょうどいいんだよな」

玲奈はさらに激辛なサイドメニューを注文すると、尋を見て笑った。

「この前なんて唇が腫れるくらい辛かったのに、おいしいって意地張ってたよね。私と食の好みが合わないのが嫌だったの?」

尋はちらりと私を見た。それから声を落として答える。

「玲奈に合わせただけだよ」

二人の掛け合いを前に、私は相席させられた他人のようだった。

ふと玲奈がメニューを私に差し出してくる。

「奥様も、お好きなものをどうぞ」

私が口を開こうとすると、尋が先に言った。

「寧々は何でもいいから、気にしなくていい。寧々には……」

そこで言葉が止まった。

尋はメニューの上で指を止め、眉を寄せる。

「……寧々って、何が好きだったっけ?」

私は俯いたまま、目の前のスープを静かにかき混ぜた。立ち上る湯気で、視界がぼやける。

「私、辛いものが好きだよ……」

「辛くない料理を二品お願いします」尋はメニューを閉じ、店員に渡した。「彼女は薄味が好きなので」

尋は最後まで、私を見ることはなかった。

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