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営業フロアの斜め向こう

مؤلف: 中岡 始
last update آخر تحديث: 2025-07-06 12:35:29

営業フロアには、午後特有の重たさが漂っていた。昼食を終えた社員たちが、書類とパソコンに向かいながら、それぞれの業務に戻っていく。ブラインド越しに射し込む陽光が、テーブルの縁や椅子の背に薄く影をつくっていた。

鶴橋はモニターを睨みながら、先ほどの商談のメモを整理していた。集中しているつもりだったが、どうにも思考が散る。指先でマウスをつまんだまま、ふと目線だけを動かした。

視線の先、フロアの斜め向こう。今里が静かにデスクに向かっていた。

いつもと変わらない姿勢、無駄のない動き。資料を一枚めくるたび、紙の端に沿う指先がわずかに弧を描く。書きつけるペンの筆圧は一定で、文字の流れは整っている。肩の傾きすら、奇妙なほど均整が取れているように見えた。

(……なんやろ)

別に不思議なことではない。ただ、仕事をしている。それだけのはずなのに、なぜか目が止まってしまう。何を見ようとしたわけでもないのに、気づけば目線が引き寄せられていた。

今里は、その視線に気づいた様子もなく、書類の右端に小さな付箋を貼る。その動作は極端に静かで、けれど、どこかしら“癖”のように見える繰り返しだった。人差し指と中指で軽く紙を押さえて、左手でメモを取る。誰に教えられたでもない、身に沁み込んだ仕草。けれどその丁寧さが、鶴橋には、時折妙に胸を衝いた。

咳払いをして、自分の席に視線を戻す。モニターの数字がぼやけて見えた。仕事に集中しろ、と自分に言い聞かせるように、鶴橋はペンを握り直す。

だが数秒後には、また目だけが、無意識に今里の机を探していた。

今里がほんの少し椅子にもたれかかり、顎を引いて書類に目を通す。その瞬間、光の加減で髪の分け目が浮き上がり、こめかみの肌がやや透ける。前髪の奥、伏せがちのまぶたの影に、鶴橋はまた視線を奪われた。

(別に……興味なんか、あるわけちゃうのに)

心のなかで言い訳のように呟いたが、その声はすぐに霧散した。興味がないなら、なぜこんなふうに、何度も視線が向くのか。なぜ、その指先の動きすら、覚えてしまいそうになるほど目に焼きつくのか。

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  • もう一度、隣に立つために~傷ついた先輩と僕の営業パートナー再出発記   彼がいない日常

    翌朝、ビルの自動ドアが開く音に、何人かの社員が足早に入っていく。曇ったガラス越しに差し込む陽光はどこか淡く、昨日より少し肌寒く感じた。鶴橋は、自分の足音が床に吸い込まれていくような感覚のまま、いつも通りの時間に出社した。エレベーターの中、特に話す相手もいないまま、数人の背中をぼんやりと見つめていた。頭のなかは、昨日の引き出しと、名刺の手触りで満たされている。エレベーターが営業フロアのある階で開いたとき、空気の匂いが昨日までと何も変わらないことに、かえって胸がざわついた。コピー機の始動音、PCの起動音、どこかから聞こえてくる軽口と笑い声。そのすべてが、日常の風景を正しく演出しているはずだった。けれど、そのどこにも、今里の気配がなかった。席に着いた瞬間、視界の端に、今里が座っていたあのデスクが映った。誰かが一時的に資料を広げて使っているようだった。鶴橋は、思わず視線を逸らし、唇を結ぶ。その椅子が引かれる音ひとつで、心臓が跳ねたのが、自分でもおかしかった。あの席に、誰が座っても構わない。そう思いたいのに、名前すら知らない同僚がその机の上で紙をめくっている姿を見るだけで、胸の奥がきしんだ。仕事の手につかないまま、午前中の会議が始まった。会議室のドアを開けた瞬間、ふいに記憶が戻ってきた。以前、今里とふたりでこの会議室に入った日のこと。資料の順番を確認するため、向かい合って座りながらも、どこか距離のあったあの静けさが蘇る。部屋に入った瞬間、目が自然と右側の席に流れた。そこに、かつて今里が座っていた。あのとき、指先でキーボードを打つ音、少し低くて落ち着いた声、机の上で揺れるネクタイの端――それらが今は、完全に“音のない残像”としてそこにあるだけだった。鶴橋は、空いている椅子の背に触れた。一瞬だけ、呼吸が止まった。椅子は何も語らない。ただ、そこにいたという事実だけを、確かに残しているように思えた。会議の内容は半分も頭に入ってこなかった。周囲が笑いながら冗談を交わしている間、鶴橋はひとり沈黙していた。ペンを回していた手が止まり、いつの間にか、机の端を指でなぞっていた。(何してんねん、俺)

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