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52.

Author: 美桜
last update Last Updated: 2025-07-07 21:58:49

長谷直也は、珍しく酔っている親友の那須川悠一の姿を見つけて、すぐさま近寄って行った。

「悪いね」

そう言うと、今まさに彼の胸に身を寄せようとしていた女性が不満気に眉を顰め、直也に言った。

「私で大丈夫です。助けはいりませんよ」

そのきっぱりとした声は、暗に〝邪魔するな〟と伝えている。

でも直也は知っていた。

今、もしこの女性がこのまま悠一とどうこうなったとしても、それはその時だけの事で、悠一が正気を取り戻した時、彼女の人生は終わりを告げる。

「やめておけ」

「いいえ。私もチャンスが欲しいの」

化粧でしっかりと強調した瞳を強く直也に据えて、彼女は悠一の腕に自らの胸を押し付けた。

その時、今の今まで確かに酔っていたはずの悠一が突然身体を起こし、自分の腕に纏わりついている女を払い除けた。

「誰だ?」

目を眇めて隣に立つ女性を眺める。

彼女はパールホワイトのロングドレスを身に纏い、その曲線美を余す所なくさらけ出したスタイルの良い女性で、その色白な肌を強調した真っ赤な口紅と、しっかりとメイクした目元が印象的な、勝気そうな美人だった。

黒髪は緩くお団子にして、わざと垂らした後れ毛が長い首筋に沿って色っぽかった。

彼女も自分の魅力をわかっているのだろう。

悠一がじっと彼女を見つめて誰何するのを平気で見つめ返し、美しく微笑んだ。

「悠一さん。私のことは麗美(れみ)と呼んでください」

と言った。

それに対して悠一は何も返さず、ただジロジロと彼女を上から下まで眺めて、やがて興味を失ったように視線を外した。

「悠一さん?」

もう一度彼女が呼ぶと、彼は不快感も露わに口を開いた。

「馴れ馴れしいな」

「……」

その冷たい瞳の色に、彼女の身体が一瞬、硬直した。

そして信じられない言葉が自分に告げられるのを、聞いた。

「俺を簡単に考えた罪は重い。今日中にこの街を出ろ。二度と俺の前にその顔を見せるな」

「わ、私……」

震える声で悠一に縋ろうとしたが、避けられた。

「聞こえなかったのか?」

ぶるぶる震え出した彼女に周りにいた誰もが気の毒に思いながらも、気軽にあの〝那須川悠一〟に手を出そうとするからだ、と彼女自信の自業自得だとも思っていた。

この街の絶対的な不可侵。それが那須川悠一だった。

「後2時間もないぞ」

足下に座り込んでしまった女に、自信の腕時計を指しながら悠一は言った。

「……」

「頭が悪
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  • もう一度あなたと   56.

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