Share

105.

Author: 美桜
last update Last Updated: 2025-08-29 22:41:25

3年後ー

「雪乃、ただいま」

出張から戻った悠一が、迎えに出た雪乃を優しく抱きしめ、額にキスをした。

「おかえりなさい」

それに微笑んで彼を見上げる雪乃に、邸の使用人たちも皆優しく微笑んでいた。

悠一が言った。

「雪乃、ことりを連れてスキーに行かないか?」

「スキー?」

首を傾げると、悠一は嬉しそうにある一枚の写真を出してきた。

「君、子供の頃スキーに行ってみたいって言ってただろ?ちょうど良さそうな別荘があったから、買ったんだ。リフォームも済んだし、この冬はここで過ごさないか?」

「……」

一気に話す悠一の声を聞き流しながら、雪乃は写真を見て呆然としていた。

そこはー

彼女が絶望の中、その生を終えた場所だった。

写真には懐かしい景色が写っていて、雪乃の指は微かに震えていた。

悠一はそれに気づき、心配そうに尋ねた。

「どうした?嫌だったか?」

「ううん…そうじゃないの……」

緩く頭を振ってそう言う彼女に、彼は眉を寄せた。

雪乃はそんな彼を安心させるように微笑み、もう一度写真を見た。

大丈夫。屋根の色も違うし、扉の形も違う…。

「倉庫…食糧庫みたいなものは、ある…?」

「倉庫?いや、ないな。必要なら作らせるが?」

そう言われて、ホッと息をついた。

そして顔を上げて言った。

「いらない。その代わり、大型の冷蔵庫と冷凍庫が必要ね」

「わかった。用意しよう」

雪乃の何か吹っ切れたような、何か分からないがいつもと同じ微笑みに、悠一もホッとして微笑った。

雪乃は思った。

もしかして、前世も彼は、私の為にあの別荘を手に入れたのかもしれないわね。

子供の頃に言ったっていう、私ですら忘れていた言葉を覚えてたのかも…。

そう思うと、雪乃の気持ちは明るくなった。

「そうだ!ことり用に、ソリもいるわ」

楽しそうにそう言う彼女と悠一が、揃って2階に上がる階段に足をかけると、タタタッと小さな足音が駆けてきた。

「パパ!」

その声に振り向いた悠一が、満面の笑みでしゃがんで両腕を広げた。

そして、全力でその中に飛び込んで来る可愛い娘に、言いようのない愛おしさを感じた。

「ただいま、ことり」

優しく頭を撫でて、抱き上げてやる。

2歳になる娘はニコニコ笑ってギュウッと悠一に抱きつき、お土産をねだった。

それを雪乃に窘められて、彼女は小さな舌をべッと出した。

「ママばっかりずるい!ことりのパパなのっ」

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • もう一度あなたと   108.

    「何するのよ!!」次の日の夕方。ボディーガードに連れられた春奈が、悠一の前に乱暴に投げ出された。「痛っ!」ドサッと床に倒れ込み、春奈は目の前に綺麗に磨かれた革靴を目にした。顔を上げると、そこには底冷えのするような冷たい眼差しの悠一がいて、咄嗟に身を引いた。だがー「きゃあー!」髪の毛をガッ!と鷲掴みにされ、無理やり顔を上向けにされた。「痛い…」涙目で訴えたが、ふんっと嗤われた。「この程度で泣き言を言うな」「……」どんなに哀れを誘うような顔をしても、見つめる瞳には嫌悪と憎しみしか宿っていなかった。なんで…?春奈は、自分がなぜこんなにも悠一に憎まれたのか、分からなかった。だから、怯えながらも尋ねずにはいられなかった。「どうして?どうして、こんなひどい事するの?」「分からないのか?」悠一の瞳に、益々憎しみが込められた。「お前が、あのガキ共に余計な事を吹き込んだせいで、雪乃は死んだんだ」「え…」死んだ?誰が……。お姉ちゃんが…!?呆然としていた春奈が、急に意識を取り戻して叫んだ。「待って!お姉ちゃん!?お姉ちゃんが死んだって、そう言ったの!?なんで!!」「……」悠一は目を眇めて、目の前で焦ったように喚いている女を見つめた。まるで、自分に罪がないみたいに言うんだな…。だが、「どうしてお姉ちゃんが死ななきゃいけないの!?」彼女がそう言った途端、湧き上がる怒りが抑えられなかった。「お前だ!!お前が!あいつらに雪乃がいなければって言ったんだろうが!!」「!」ゼイゼイと肩で息をして、怒りを吐き出す悠一の目には、涙が滲んでいた。ああ…そうか…。あの子たちまだ小さいのに。そんなことしちゃうんだ…。春奈の目から光が失われた。そして、ふふっ…と小さく笑うと突然立ち上がり、ここに来た時から目に映っていた子供たちに向かって、怒鳴った。「この人殺し!!」咲良は驚愕に目を見開いて固まり、陽斗は地団駄を踏んだ。「なんだよ!僕はママの為にやったんだぞ!」「うるさい、バカ!あんたのせいで、お姉ちゃん死んじゃったじゃん!!」「バカって言うママがバカ!!」2人の罵り合いに咲良は泣き、悠一はイライラと歯を食いしばっていた。そしてダンッ!!と床を踏み鳴らし、3人それぞれに視線を据えた。「お前ら全員が人殺しだ。母子3人、仲良く罪を

  • もう一度あなたと   107.

    邸の中は耳が痛くなるほどの静寂と、悠一の怒りのオーラが支配していた。小高を始めとした全ての使用人、邸のボディーガード、運転手、庭師に至るまで、全ての人間が集められた。「誰だ?」悠一の傍には先日の、雪乃を運んだという運転手が跪き、その彼の横には陽斗が転がされていた。まだ10歳程度の子供の頬は赤く腫れ上がっていて、泣きすぎて声も枯れていた。「うう…」「陽斗!大丈夫!?」連れて来られた咲良が横たわる弟に駆け寄り、目の前の使用人たちをギロリと睨みつけた。「誰よ!?」彼女は、弟が使用人の誰かに虐められたと思った。そして父親が、その犯人を今探し出している最中なのだと思った。だが…。「お前もそこに跪け」「え…」そうじゃなかった。悠一の冷たい声音に怯えながらも、彼女は納得がいかなかった。なんで私が…?だから、そう言った。すると、普段優しい訳ではないがひどくもない父親が、「あ"?」と睨みつけてきた。それにビクつきながら、それでもまた言った。「なんで私がそんなことしなきゃいけないの?私は、陽斗を虐めてなんかないわ!」「……」悠一はただ黙って、本邸から連れて来たボディーガードにクイッと顎をしゃくった。すると、そのボディーガードは咲良に近づいて来ると、ドンッと一切の容赦なく突き飛ばしてきた。「きゃあ!」床に強く膝を打ちつけて、痛みに涙が出た。「なにするの!?パパ!コイツをやっつけてよ!!」そう訴えたけれど、そこには彼の冷めた眼差ししかなかった。「パパ…?」そこで初めて何かがおかしいと気づき、咲良はキョロキョロと辺りを見回したのだった。だが誰もが彼女と目を合わせようとせず、怯えたように俯いていた。「ねぇ…これ、なに…?何が起こってー」「うるさい」その時、悠一の低い声が彼女の疑問を遮った。「いつまでもペラペラと…。少しは黙っていられないのか?」「パパ…」呟くと、一刀両断された。「俺はお前たちの父親じゃない」「!」「!!!!」そこにいる全ての人が皆、驚いて目を見開いた。泣いていたはずの陽斗さえ、ピタリと泣き止んだ。それを見た悠一が、皮肉げに嗤った。「確かに、お前たちには那須川の血が流れている。けど、それは俺の血じゃあない」「そ、それは…」小高が代表するように尋ねた。「どなたのお子さまなのでしょうか…?」

  • もう一度あなたと   106.

    前世ーキキーッ!!邸の前に、急ブレーキと共にバンッ!という乱暴にドアが閉められる音がしたと思ったら、玄関扉までが勢いよく開けられた。中にいた使用人や執事が一斉に振り向くと、そこには髪を乱して息を荒げた悠一が立っていた。「旦那さー」「雪乃は!?」小高の言葉を遮り、厳しい口調でそう問い詰める彼に、誰もが顔色を失くして俯いた。「答えろ!!雪乃はどうした!?」「……」「小高!」この邸の管理は彼が一手に引き受けている。その彼にも分からなかった。使用人たちが、奥さまを蔑ろにしていたことには気がついていた。あまりにもひどい時にはそれとなく注意していたが、悠一の態度が彼女に冷たいことから、彼(彼女)たちは、雪乃を粗雑に扱ってもいいと勘違いしていたのだ。小高は答えた。「申し訳ございません。私の落度です…」そう言った途端、悠一が拳を壁に叩きつけて怒鳴った。「そんな言葉で納得できるか!!」「……」「……」「……」鬼のような形相で皆を睨みつける悠一に、そこにいる人々はガタガタと震えていた。なんで…?奥さまのこと、嫌いなんじゃなかったの…?今まで何も言わなかったじゃん…。奥さま、どこに行ったんだよ…。雪乃が行方不明となって、既に5日が経っていた。2日間は待ってみた。どこか気晴らしにでも行っているのかと思ったから。だって、陽斗坊ちゃんが「ママは一人で遊びに行っちゃった」て言ったから…。そこへ、悠一の友人である長谷直也がやって来た。彼も急いで駆けつけたのか、服装が少し乱れていた。「悠一…」彼は、ソファに座って、両手で頭を抱え込んでいる親友の肩に手を置き、力強く言った。「こっちでも方々探してる。きっと見つかるさ」「……」悠一の眉間には深いシワが刻まれ、怒りのオーラが漂っていた。もしかして、雪乃は逃げたのか…?俺を嫌って?考えれば考える程、心が締め付けられる。わかっている。自分が、彼女にとっていい夫ではないことくらい。でも、彼女は自分を愛しているんじゃなかったのか!?本当に嫌いになったのか!?なぜ、俺から逃げようとするんだ!?悠一は、ギリギリと歯を食いしばって耐えていた。全ての使用人が集められ、何か気づいたことはないのか、誰も彼女を見ていないのか、一人ずつ厳しく問い詰められた。そんな時、一人の運転手が青い顔をしておずおずと

  • もう一度あなたと   105.

    3年後ー「雪乃、ただいま」出張から戻った悠一が、迎えに出た雪乃を優しく抱きしめ、額にキスをした。「おかえりなさい」それに微笑んで彼を見上げる雪乃に、邸の使用人たちも皆優しく微笑んでいた。悠一が言った。「雪乃、ことりを連れてスキーに行かないか?」「スキー?」首を傾げると、悠一は嬉しそうにある一枚の写真を出してきた。「君、子供の頃スキーに行ってみたいって言ってただろ?ちょうど良さそうな別荘があったから、買ったんだ。リフォームも済んだし、この冬はここで過ごさないか?」「……」一気に話す悠一の声を聞き流しながら、雪乃は写真を見て呆然としていた。そこはー彼女が絶望の中、その生を終えた場所だった。写真には懐かしい景色が写っていて、雪乃の指は微かに震えていた。悠一はそれに気づき、心配そうに尋ねた。「どうした?嫌だったか?」「ううん…そうじゃないの……」緩く頭を振ってそう言う彼女に、彼は眉を寄せた。雪乃はそんな彼を安心させるように微笑み、もう一度写真を見た。大丈夫。屋根の色も違うし、扉の形も違う…。「倉庫…食糧庫みたいなものは、ある…?」「倉庫?いや、ないな。必要なら作らせるが?」そう言われて、ホッと息をついた。そして顔を上げて言った。「いらない。その代わり、大型の冷蔵庫と冷凍庫が必要ね」「わかった。用意しよう」雪乃の何か吹っ切れたような、何か分からないがいつもと同じ微笑みに、悠一もホッとして微笑った。雪乃は思った。もしかして、前世も彼は、私の為にあの別荘を手に入れたのかもしれないわね。子供の頃に言ったっていう、私ですら忘れていた言葉を覚えてたのかも…。そう思うと、雪乃の気持ちは明るくなった。「そうだ!ことり用に、ソリもいるわ」楽しそうにそう言う彼女と悠一が、揃って2階に上がる階段に足をかけると、タタタッと小さな足音が駆けてきた。「パパ!」その声に振り向いた悠一が、満面の笑みでしゃがんで両腕を広げた。そして、全力でその中に飛び込んで来る可愛い娘に、言いようのない愛おしさを感じた。「ただいま、ことり」優しく頭を撫でて、抱き上げてやる。2歳になる娘はニコニコ笑ってギュウッと悠一に抱きつき、お土産をねだった。それを雪乃に窘められて、彼女は小さな舌をべッと出した。「ママばっかりずるい!ことりのパパなのっ」

  • もう一度あなたと   104.

    新婦控室に、悠一が現れた。今日の彼はいつもと違ってダークカラーではなく、眩しいほどの白いタキシードを着て、そのスタイルの良さを見せつけていた。雪乃は以前の結婚式で着たものをまた少し形を変えて仕立て直し、透き通るような肌との境界線が曖昧なドレスに身を包んでいた。何度新しく作ろうと言ってもこれがいいと言うから、好きにさせていたが…なるほど、よく似合っている。悠一は思わず控室の入り口で立ち止まって、雪乃に見惚れていた。「どうしたの?入って」不思議そうに首を傾げるその仕草も、なにもかもが愛おしい。スタスタと近寄って来て、悠一にふわりと抱きしめられた雪乃は、慌てて彼の胸を押し戻した。「お化粧が服に付いちゃうわ」「構わない」構うわよっ。……まったく。雪乃はため息をついて、そっと顔を上げた。「悠一」と呼びかけると、「ん?」と目を合わせてきた。「前のお式の時、すっごく嫌そうだったのは、なんで?」「それ、今訊く?」頷くと、不貞腐れたように答えた。「君を騙す為の式なんか、嫌に決まってる」雪乃は微笑み、心から囁いた。「悠一、あなたを好きになってよかった」「雪乃…」そっと近づいてくる悠一の唇を、雪乃は慌てて両手で塞ぎ、押し戻した。「まだ早いわよっ」「……」眉を寄せて抗議する悠一だったが、ふと、彼女の目の縁が赤くなっていることに気づいて目元を緩めた。そして自分の唇を押さえている彼女の柔らかな手を取って、その指先に口付けた。「!」顔を真っ赤に染めてその手を引っ込めようとするが、悠一は許さなかった。「君は俺のものだ。例え君自身でも、それを否定することは許さない」「悠一…」ガツッ…!次の瞬間、雪乃に頭突きをされた。「痛いよ、雪乃…」非難がましくそう言うと、彼女は腰に手をあてて言った。「私が誰のものか、決めるのは私よ!あなたじゃないわっ」「……」無言で額を擦る悠一に、続けて言った。「今は、私は私のもの。でもこの式が終わったら、あなたのものにもなるわ」その滲み出るような愛情の籠もった声を聞いて、悠一は満足そうに微笑んだ。「全部?」そう言うと。「バカ!」その言葉と共に、ゴンッと今度は頭に拳骨が落ちてきた。「痛いよ、雪乃…」上目遣いで見上げると、彼女は「まったく…」と呆れたようにため息をついた。「〝那須川雪乃〟はあなた

  • もう一度あなたと   103.

    ここに来てどれくらい経ったのか、全然分からない。最初は数えてたけど、変わり映えしない毎日にだんだんと面倒くさくなって、やめてしまった。ある意味、ここは楽園だった。嫌なことをしてくる人も、言ってくる人もいない。自分以外、誰もいないから。何もしなくてもご飯が出て来る。美味しくないけど。イジメみたいなものもないし、自由にしていられる。部屋の中だけだけど。雨の日以外は1日のうち30分、中庭に出て運動もできる。狭いし、囲われてるし、1人だけど。テレビもないし、ゲームもない。新聞も、雑誌も、何にもない。でも一日中ぼーっと過ごしてても、誰も文句を言わない。私…何してるのかしら…。春奈は今日も大きなため息をついて、今ではすっかり身体に馴染んだここの服を見下ろした。ダサ…。でも誰も見ないし、もう気にならなくなった。その時ー。カシャン…とドアの横にある小さな、猫とか犬が外に行く時に出入りするような大きさの、スライド式の扉?が開いた。そして、無言で食事の乗ったトレーが入れられた。見ると、もう見慣れた質素な食事が乗っていた。野菜スープにおにぎりが2つ。今日の中身は梅干しとおかかみたい。それからチキンの塩コショウ焼きと、目玉焼き。今日はソースが付いてた。あれ?どうしたんだろう?今日はデザートに果物が付いてる。3粒だけ春奈が首を捻っていると、いつもは無言の食事係が説明してくれた。「今日は那須川家の悠一様と、その婚約者の藤堂家ご令嬢、雪乃様の結婚式だ。朝食にはデザート、昼食にはジュース、夕食は、なんと祝膳が供される。ありがたく頂くように」「……」あなたが出す訳でもないのに、威張らないでよねっ。……そっか。お姉ちゃん、悠一と結婚するのね…。春奈はふっ…と笑った。おめでとう、お姉ちゃん!そうして春奈はトレーを手に取り、テーブルまで運んだ。始めはまったく口に合わなくて食べなかった食事も、お腹が空けば美味しく食べられる。それも今は普通に食べてる。春奈は所作だけは美しく、黙々と食事を口に入れた。そしてー「ん…」デザートに出された果物を口に入れて咀嚼した途端、彼女の頭の中に懐かしい記憶が再生された。「お姉ちゃん、私、まだ食べたいの。ちょうだい?」春奈が姉と一緒に那須川家に遊びに行った時、昼食の後出された果物が、驚くほど美味しかった。お姉ち

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status