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Author: 美桜
last update Last Updated: 2025-06-11 09:28:28

U市中心部繁華街。

ファッションビルが建ち並ぶこの街は昼間若者たちで賑わう活気ある場所だったが、夜になるとその様相をネオン煌めく大人の街へと変える。

その中でも『Shangri-La』(シャングリ・ラ)というクラシカルな趣きのバーには2階にVIP個室があり、あらゆる層のお金持ちが夜な夜なお酒を酌み交わし、商談であったり、単に友好を深めたりと利用していた。

ただ、同じ階の奥にあるVIP室は特別で、利用できる人間がある程度決まっていた。

那須川悠一はその個室を年間で予約しており、彼の招待がなければ誰であろうと使うことが許されなかった。

その部屋には専用のバーカウンターがあり、専用のバーテンダーやウエイター、そして接客要員の女性たちがいた。

彼らは特に教育が施され、この部屋を利用する特別な人物たちに対応すべく、店側との秘密保持契約まで結ばれていた。

つまり、ここであったこと、見たこと、聞いたことは全て"見ざる 言わざる 聞かざる"という事を徹底していた。

もし万が一にもリークされるような事があった場合、店もそこにいた者も全てが平穏な人生を送ることができなくなる覚悟がいる…という事だった。

それを堅苦しいと思う人間は利用しないし、安心できると思う人間は集ってくる。

悠一は元来真面目な性格なので、酒を注いだり話し相手になったりというような女性は必要としなかった。が、必要とする人間もいるということでいつも人数を揃えているが、決して自分に近づけようとはしなかった。

それは今夜も同じで、彼の友人が彼の結婚を祝してパーティーを開いてくれていたが、彼自身は親友といえる長谷直也(はせなおや)とずっと静かに酒を飲んでいるだけだった。

「那須川悠一さんの結婚を祝して、かんぱ~い!!」

弟分を自称する並木廉(なみきれん)の音頭で皆がグラスを合わせ、何度目かの乾杯をする。

あちこちから掛けられる「おめでとうございます!」という言葉にグラスを掲げてお礼とし、主役である悠一は一時落ち着かなかったがやがてそれも次第に静まって、皆が思い思いに騒ぎ始めていた。

それを見回し、悠一は一つ息をついた。

「どうした?」

親友の長谷直也に問われて彼は「いや…」と言い、だがその顔には疲れが滲んでいた。

悠一は長年、自身の事情についてこの親友以外にはほぼ誰にも語っておらず、今夜も内心の複雑な心境を吐露したいと、そし
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