「おお、久しいなオルランド。儂が来てやったぞ」
「お、お、お前は……クロウリー!?」オルランド皇帝はとても驚いていて、今にも膝から崩れ落ちそうだった。それにしてもクロウリーさん、皇帝陛下相手に馴れ馴れしいな。アレンさんのように王の名を持つ冒険者はみんな皇帝陛下に馴れ馴れしいのだろうか。「まあ貴殿には用はない」
「ならどうして謁見の間に飛んできたんだ!」それはそう。今のはクロウリーさんが悪い。オルランド皇帝に僕は同意見だ。「あー済まないねオルランド。まさかここに転移するとは思ってなかったよ」
「む、アレンか。そもそもどうしてここに転移してきたのだ?」「話せば長くなるけど、簡潔に言うと神域に行くためさ」アレンさんは掻い摘んで話した。いや、掻い摘みすぎてオルランド皇帝が口を開けて呆けているよ。「し、神域!?待て待て待て!そんな大事な話を適当に流すな!」
「でも話すと長くなるからさ」「長くなっても構わんわ!頼むから話してくれ、神域が絡むとなると国として体裁がいるだろう!」神域ってそういう場所なんだな。結局僕らは場所を移し、皇帝陛下含む六人で話をする事となった。
「それでは神域にはどうやって入るつもりだ?言っておくが余も神族の知り合いなどおらんぞ」
「まあそこはクロウリーの策があるみたいだよ」皆の視線が一人へと集中すると、クロウリーさんは咳払いをした。「おほん!そうじゃ、儂に策がある」
「どうやって入るつもりだ。あそこは勝手に立ち入ろうものなら即座に始末される領域だぞ」「分かっておるわ。儂だって命からがら逃げてきたんじゃからな。……結界を強行突破する」またオルランド皇帝が目を見開いた。「待て待て!そんな事をすれば無事では済まんだろう!アレンやクロウリーお前達ならなんとかなるかもしれんが他の面子では死ぬぞ!」
「もちろん儂とアレンが全力で守る。この国最強が二人もおるのだぞ?万皇帝陛下は渋々ながら首を縦に振った。いや、振らされたというのが正しいだろう。「ソフィア……お前まで着いていくつもりなのか」「ええ、もちろん。カナタは危なっかしいですから」「ううむ……神族と対話をするつもりなら確かに皇族がいた方がいいかもしれんが……ううむ」オルランド陛下は頭を抱えていた。僕を守る為というのは多分建前だ。普通に神族をその目で見たいというのがソフィアさんの本音だろう。「あまり無茶な真似はしないでくれよソフィア」「ワタクシが今までにそんな真似をした事がありまして?」あるから言ってんだろ、とでも言いたげな表情でソフィアさんを見つめるオルランド陛下。「……頼むぞほんとに。アレン!ソフィアに傷一つでもつけるな」「なかなか厳しい事を言うね。まあ一応細心の注意は払うつもりさ。でもソフィアが勝手に動いて勝手に怪我をする分までは保証できないよ」「……致し方ない。それでいつ出発するのだ」「準備は万端にしておきたいからね。明日出るつもりさ」え、明日?そんな急に?確かに早い方が僕としては有り難いがそんな突発的な工程でいいのだろうか。「早いな……分かった。幸運を祈る。あわよくば神族と懇意にしてくれたら我が国としても嬉しい」「その辺りは運が絡むかもね。神族だって個性があるだろうし、当たりの神族に出会う事を祈るばかりさ」偏屈な神族が出てこなかったらいいな。アレンさんみたいな神族だったら大歓迎なんだけど。僕らは城を後にし宿り木まで戻ってきた。神域を目指すなら十分な準備が必要になる。アレンさんとフェリスさんは各々装備や野営道具を揃え、僕とアカリは適当に時間を潰せと言われ放り出された。「あれ、ソフィアさんも何か準備とかって……」「ワタクシはこの
三人で街をぶらつくと、やはりというか当たり前だがかなり目立っていた。黄金の旅団自体有名なのは僕も知っている。中でも二つ名持ちであるアカリがいれば目立つ事は当然といえた。それに加えてソフィアさんまでいる。街行く人達はみな、あの男は何者なんだと言わんばかりの視線を向けてきていた。まあそれも仕方のない事だ。僕はというとフードを被りできるだけ顔を隠しているとはいえ、眼帯をしているのは見えてしまう。怪しい人物ですと言っているようなものだ。「どうしたのカナタ」「いや……あの、気にならないんですか?」「何が?」ああ、この方は慣れてしまっているようだ。そりゃあそうか。皇女様なんだから人の目に晒されるなんて日常茶飯事だろうし。「なんでもないです」「カナタは今、目立っているのが気になってる」アカリが補足説明を入れてくれた。やっと理解したのかソフィアさんは納得した表情を浮かべた。「慣れればいいわよ。貴方のいた世界でも目立っていたのでしょう?話を聞いたところそっちの世界には魔法という概念がないようだし」「そうそう慣れるものでもありませんよ。僕は芸能人でもありませんから」ただの一般人なんだよ僕は。大多数の人の目に晒される機会なんて殆どなく生きてきたんだ。「とりあえず食事を済ませたいわね。この近くにワタクシの行きつけのお店があるからそこに行きましょう」皇女様の行きつけ?嫌な予感しかしないが。連れてこられたお店というのは、外観からして庶民は出入り禁止と思えるような豪華絢爛さだった。あちこちに金の装飾があるし、案内の為の店員さんと思われる女性が微動だにせず突っ立っている。めちゃくちゃ高級料理店じゃないのか。「さあ、行きましょ」ソフィアさんはそんな僕の気など知らずサッサと店内へと入っていく。アカリも慣れているのか澄ました顔でソフィアさんに付いていく。
出てきた料理はどれもこれも見たことがないものだった。美味しそうなのは分かる。でも僕には食事のマナーなんて何もない。どうやって食べるのか悩んでいると、アカリがフォークを使い始めた。僕も真似をする。アカリが今度はスプーンを使い始めた。また僕は真似をする。それを数回繰り返したところでソフィアさんがフッと鼻で笑った。「別に好きな食べ方をしてもいいのよ?ここは個室だし誰も見てはいないわ」「あ、そうですか……じゃあ」もういいか。ソフィアさんに言われてから僕は自分なりの食べ方で食事を堪能した。味は絶品だった。落ち着かなかったが、料理の質は僕が今まで食べてきた中でも三本の指に入るレベルだ。「そういえば一つ聞きたかった事があるの」唐突にソフィアさんは口を開いた。「カナタは世界樹で願いを叶えると言っていたわね。それが時間を巻き戻す事だって」「はい、そうですね」「時間を巻き戻せば恐らく全て忘れてしまう。今ここで出会った人達との記憶も思い出も。この世界に来ることになってしまった原因はそのゲートとやらを作ってしまったからでしょう?また同じ過ちは繰り返さないのかしら?」僕は固まってしまった。異世界ゲートをまた作ってしまえば悲劇は繰り返されてしまう。絶対に次は作らないという保証なんてどこにもない。僕が黙って考え込んでいると、ソフィアさんは話を続けた。「せめて貴方の記憶の一部だけでも残して貰わなければならないわね。それも世界樹に願えば叶えれくれるのだったらいいけれど」「記憶……そうですよね。記憶を引き継がなければまた僕は異世界ゲートを作ってしまう。もう二度とあんな悲劇は起こしたくありません」もしも記憶が引き継げなければどうすればいい。僕の頭の中はその事で一杯になり後半の食事が喉を通らなかった。高級料理店から帰る道中、アカリが僕の脇腹をつついた。
夜が明けると各々準備万端で宿り木の前に集合していた。”黄金の旅団”が所有する馬車で行けるところまで向かい、そこからはクロウリーさん頼りの旅程だ。「さてと、みんな準備は大丈夫かな?」アレンさんが集まっているメンツを見回しそう言うとみんな頷く。僕は準備といっても大した装備はない。防具だって革製のものでなければ動きが鈍くなるし、武器もライフルと魔道具数個程度だ。馬車で移動するのもだいぶ慣れた。この世界に順応していたといっても過言ではない。ただ、やっぱり自動車と比べると遅いし揺れるし乗り心地でいえば自動車に軍配が上がる。馬車に揺られる事数時間。帝都を出て最初に到着したのは中規模の街だった。「ここは商業都市ルフランさ。ここで少しばかり休憩といこうか」初めて来た街は高い建物が多く、帝都とはまた違った雰囲気だった。「カナタ、はぐれてはだめよ」「僕も子供じゃないんですから……」「興味津々といった目をしていたわよ。だからワタクシから離れないように」ソフィアさんは僕の母親か?と思えるような発言をする。確かに興味はある。だからといってフラフラと歩き回るほど僕は馬鹿じゃない。まあソフィアさんには何を言っても無駄なので僕は黙って従う事にした。「凄いですね……道路、というのか道も綺麗に舗装されてますし建物も白っぽい色が多いですね」「商業都市だからよ。あまり奇抜な色は商人が好まないのよ」そうなのか。案外奇抜な色の方が目立っていいと思ったんだけどな。「悪目立ちしても商人にとっては一利にもならないわ」「そういうもんなんですね」「この街にいるはずの彼に会いに行こうか」アレンさんの知り合いがこの街に住んでいるそうだ。僕ら一行は目的の人物に会う為、見慣れない高層ビルような建物へと入った。「やあ、彼はいるか
僕だけ別室に連れていかれると女性が二人綺麗な立ち姿で待機していた。一体何が始まるんだ。戦々恐々と僕はリオンさんに尋ねた。「あの……何かするんですか?」「ん?アレンから何も聞いていないのかい?私はこう見えて服飾関係の仕事をしているんだ。だから君に合う服を見繕ってくれという内容だと思ったのだが、違うのかい?」ああそういう事か。アレンさんは僕が装備している革製のしょぼい防具ではなく、今まで着ていたような服で頑丈なものを用意してもらおうという考えだったらしい。「ってことは採寸ですかね?」「そういうことさ。君も察しがいい、アレンが気に入るのも納得したよ」「気に入られているのかどうかは分かりませんよ」「いや、気に入っている者でなければ私に紹介などしないよ。さあ、君達始めてくれ」リオンさんが先程の部屋へと戻ると僕はあれよあれよとされるがまま、採寸を行った。全裸にされるなんて聞いていなかったぞ……。採寸を終えてみんなの待つ部屋へと戻ると、話は区切りがついていたのか帰り支度をしていた。採寸だけしてもらっただけだけど、もう帰るのかな。「じゃあ明日もう一度来るからよろしく頼むよ」「任せろ。私が完璧に仕上げてみせよう」支払いとかどうするのかな。アレンさんに聞こうとも思ったが無粋な真似はしないでおくかとやめておいた。事前に予約していたのか、宿に到着すると一人一部屋用意されていて僕は束の間の一人の時間を楽しむ事ができるとうれしくなった。ここ最近は誰かとずっと一緒にいたからな……。別に誰が悪いとかではないんだけど、たまには一人の時間も欲しくなるってものだ。「カナタ、私と同じ部屋」「え?」「私の部屋はクロウリーが亜空間の中にある荷物を整理する為に使うって」ああ、残念だ。結局一人部屋ではなくなった。アカリと同じ部屋で泊まる事になっ
「完成したよ」リオンさんの所にいくなり、掛けられた言葉だ。まさか昨日採寸してもう出来上がったのだろうか。リオンさんの部下であろう女性が手に黒い服を持ってくる。まさかとは思うが黒いスーツか?「これは私が独自に開発した特殊な繊維でできた高機能型防護服だ。まずはサイズに問題がないか着てみてくれ」言われるがまま僕はその服へと着替える。着替えててすぐに分かったよ。これはスーツだって。着替えてアレンさんの前に姿を見せると拍手された。「おお!いいじゃないかカナタ!凄い似合ってるよ」「まあ、そうですよね。何度か日本でも着てましたし」研究発表会などでは必ず着ていたし、まあ着慣れているといえば着慣れている。「これは特殊な繊維を使っているから、ナイフ程度で切りつけたところで切れ目一つ入らない頑丈さがある。魔法に対しても多少の抵抗力を持たせているから革製の防護服に比べればより防御力は高い」「ありがとうございます。オーダーメイドってこんなにすぐできるもんなんですね」「今回はアレンからの依頼だからね。そりゃあ全力で作るさ」アレンさんからの依頼は基本最優先にしているらしい。「これで神域に挑めるね。ありがとうリオン。はいこれ、今回の依頼料」「よし、十分だ」アレンさんはパンパンに貨幣が詰まった袋をそのまま手渡すとリオンさんは中身も見なかった。信頼しているのは分かるけどチラッと中くらい見たらいいのに。まあ多分中身は金貨ばっかりなんだろうけど。リオンさんと別れ僕らは帰路につく。着替えてそのまま出てきたが歩きやすさといい、とても快適な気分だ。ただ、少しばかり目立つのが玉に瑕だが。「準備はこれで完全に整ったよ。さあいよいよ神域を目指すわけだけど、長旅になるよ~」「大体どれくらいかかるもんなんですか?」「うーん、多分だけど順調にいって一週間は確実にかかると思った方がいいね」それは確かに長旅だ。それだけの
宿に戻ると既に準備が整っているのかみんな馬車の前で談笑していた。クロウリーさんが小粋なトークでもしてるのか、会話の中心にいるのは魔導王だった。「お待たせ、さあ行こうか!」「おお、カナタ似合っているではないか!ふむふむ……機能的でありながら魔法防御にも秀でているときたか。流石はリオンの商会じゃな」クロウリーさんのお眼鏡にも叶ったようで概ねいい評価だった。アカリは無言でグッと親指を上に向けてポーズをとる。似合っているらしい。「あら、案外似合っているのね。いいじゃないの、ちょっと奇抜だけれど」「奇抜……なんですねやっぱり。これ僕のいた世界では凄く普通の服なんですが」こっちの世界の人からしてみれば奇抜に映るようだ。まあ僕としては着慣れた服だし機能も盛り込まれているし構わないけど。「いいわね!日本にいたのを思い出すわ!」フェリスさんは日本を懐かしんでいるが、ついこないだまでいたんだから懐かしさもクソもあったものではない。雑談もそこそこに馬車へ乗り込みいよいよ出発する。ここからは長旅だ。平和的に事が進んでくれればいいが、結界を強引にこじ開けるのだからそう上手くはいかないだろう。「クロウリー、馬車には結界を張ってくれたかい?」「当然じゃ。中級程度の魔物なら触れただけ消滅するわい」とんでもなく恐ろしい会話が耳に入って来たが、聞こえなかったフリをしておこう。……魔物じゃなくて人間も触れたら消滅するんじゃなかろうか。ルフランの街をもう少し堪能したかったな。店も色んな種類があった。
ふと目を開けると外はほんのり薄暗くなっていた。少しだけ眠るつもりが結構長く寝てしまったらしい。横を見るとアカリやソフィアさんは既に起きている。「あら、やっと起きたのね」「どれぐらい寝てたでしょうか?」「数時間、といったところね。そろそろ野営のポイントに着く頃よ」ソフィアさんは僕の横で凛とした顔で座っていた。寝起きで見ると余計に美しさが際立つな。「よし、この辺でいいかな。野営にしようか」アレンさんの指示通り、僕らは馬車から降りてクロウリーさんの亜空間魔法により出されたテントなどを設営していく。テントの設営は慣れないながらもなんとか一基作ることができた。額の汗を拭いながら後ろを振り向くと僕が一基作る間に三つのテントが建っていた。「あら、やっと終わったのね」「ええ……早すぎません?」「これくらい冒険者やってれば目を瞑ってもできるわよ」ソフィアさん凄いな。皇女とは思えぬ技術だよ。テントどころかキャンプ道具まで用意されていて、手際がいいというかもう何やってもソフィアさんに勝てる気がしないよ。焚火を囲んで座ると不意に静寂が訪れる。静かになると色々と考える事が脳裏に浮かんできて、センチメンタルな気持ちに陥った。今頃日本はどうなっているんだろうか。本当にあの日に戻す事ができるのだろうか。「どうしたの?」僕が浮かない顔をしていたからかアカリが心配そうな表情で覗き込んできた。「いや、姉さんとかどうしてるのかなって」「紫音は元気にやってる。多分」アカリなりの励まし方なのだろう。僕はフフッと笑ってしまった。「そうだな、でも今一番心配なのは記憶までなくなってしまう事かな」「時間を戻した弊害?」「そう。結局元の時間軸に戻れたとしても僕らの記憶まで消えてしまっていたら悲劇は繰り返される。それが怖いんだ」「忘れなければいい。私は忘れない」ア
無傷のヨハネさんは不機嫌そうな表情を浮かべて口を開く。「くだらん……この程度で私に勝てるだと?ペトロ、貴様も知っているはずだろう。使徒統括である私との差を」ヨハネさんの余裕の態度は崩れる事がない。ペトロさんも苦笑いを浮かべており、力の差は歴然だった。「それはどうかのぅ?これを食らっても平気か?エンドオブカタストロフィ!」準備が整ったクロウリーさんが両手を頭上に掲げるとおどろおどろしい黒と紫色の雲が突如として現れた。見ただけで分かる、ヤバいやつだ。僕は咄嗟に数歩下がり、自分の安全性を確保した。ブラックホールのような渦がヨハネさんを飲み込むとそのまま圧縮するように黒い円は縮んでいく。やがて人の大きさ程まで小さくなったところで、何処からともなく指を鳴らす音が聞こえてきた。「人間にしては凶悪な魔法を使うではないか。しかしこの程度で私を滅するなど片腹痛いぞ」その言葉通り、黒い円は霧散し中から無愛想なヨハネさんが出てきた。クロウリーさんの渾身の魔法ですら傷一つ付けられないとなれば正直打つ手はない。「これで終わりか?すべて出し切ったのか?」「いえ、まだ僕がいます!」ここからは僕の番だ。僕は握り締めていたギガドラさんの爪を地面に叩きつけた。「それは……まさか」「お願いしますギガドラさん!」僕が叫ぶと真っ白な空間である部屋に稲妻が走り、雷雲が立ち込める。「承知した」部屋に響き渡る低い声と共に雷鳴が轟き、白い虎が姿を現した。「人間に手を貸したかギガドラ」「ほう?これは面白い!ヨハネと相対し
先に動いたのはアレンさんだった。片手を上げたまま魔法を発動させる。「消し飛べ、バニシングブラスト!」あの四天王グリードを跡形もなく消滅させた魔法だ。最初からフルスロットルで戦うようだ。「私に触れることは誰であろうと許されざる行為だと知れ」ヨハネさんが片腕を払う仕草をすると、アレンさんの魔法は何事もなかったかのように掻き消された。「今のを消すのか……なるほど、使徒というのは格が違うとは聞いていたけどこれほどとはね」アレンさんも苦い表情だ。多少のダメージを与えるどころか魔法がヨハネさんに触れることすらできなかったのだから、当然の反応といえる。「どけ人間!その程度の攻撃では小鳥のさえずりにしか感じんわ!牙城崩落!」今度はシモンさんが全力の一撃を放った。砲撃を思わせるその音に僕は耳を塞ぐ。凶悪なまでの一撃がヨハネさんに襲い掛かるが、やはり相変わらず突っ立ったまま微動だにしない。「シモン、貴様のそれは威力だけなら脅威だ。しかし……直線的すぎると何度も伝えたはずだぞ」ヨハネさんがそう言い終わるや否や目の前に黒い円の空間が生まれた。砲撃と錯覚する程の一撃は黒い円に飲み込まれていき、音すら消えてなくなった。「流石はヨハネ!じゃあこれならどう!?」次に動いたのはアンデレさんだった。周囲に浮かぶ無数の水晶から繰り出されるレーザーは某アニメに出てくるような全方位攻撃だ。流石にこれなら一発くらい掠ってもいいのではないか、そう思っていた僕はまだ考えが甘いことを思い知らされた。ヨハネさんが指を鳴らすと、自身に向かってくるレーザーを歪曲させ一発たりとも被弾す
ヨハネさんの部屋は、真っ白な何も無い空間が広がっていた。距離感も分からない、どれだけ広いかも認識できない上も下も右も左も全てが真っ白だった。「これが……部屋?」むしろ部屋の概念が崩れてしまいそうになるような空間だ。「突然ゾロゾロと現れたかと思えば……何用だペトロ」白い空間に白い服で奥から現れたのは背の高いキリッとした顔付きの男性だった。恐らくあれがヨハネさんなのだろう。「久しいねヨハネ。今日は少し頼みたい事があってね」「頼みたい事?お前の言う頼みとやらは人間をゾロゾロ連れてこなければならないものなのか」「まあそういう事さ。端的に言おう、世界樹へ行く為の許可が欲しい」ヨハネさんにダラダラと説明は必要ないらしい。ペトロさんがただそれだけを伝えるとヨハネさんの顔付きが更に険しいものへと変わった。「世界樹へ行くという意味がお前に分からない訳ではないだろう。何故行かねばならん」「彼が世界樹に用があってね」そう言いながらペトロさんは僕へと視線を移した。当然ヨハネさんの視線も僕へと向く。その目はゴミでも見るかのような眼つきだった。「卑しい人間を世界樹の元に行かせるだと?正気か?」「正気だよ。ただ君が許可をくれないだろうと思ってね、他の使徒も連れてきたって訳さ」ヨハネさんは集まっている面子を一度見回し鼻で笑った。「有象無象が集まった所で私に勝てるとでも?」「勝てば許可をくれるかな?」「ああ、構わん。私に勝てたのなら、な」そういう事か、ペトロさんは普通に許可を出そうとしないヨハネさんを上手く誘導したんだ。数だけなら圧勝できる。
ヨハネさんの治める都市はあまり他の使徒と差異はなかった。ただ、若干の違和感を覚えた。この違和感が何なのかはこの後分かることになる。街を歩いていると遠くの方に視線が動く。すると本来見えないはずのものが視界へと飛び込んできたのだ。雲だ。別に見上げている訳でもないのに、なぜか遠くの方に雲が見える。「もしかして気付いたかな?カナタ君」「えっと……ここって空の上、だったりしますか?」僕がそう言うとアレンさんも驚いたような表情を浮かべた。歩いている感じもフワフワしたような感じはない。「そう、ここは天空に浮かぶ空島なのさ。ヨハネの治める街は全て空の上なんだよ」塔に行く前に寄り道しようとペトロさんの計らいで僕らは島の端まで歩く事になった。島の端は近い距離でもなかったが、本当に浮いているのかどうか知りたい。その興味本位からか誰も反対する者はいなかった。島の端に到着すると、各々足取りはゆっくりになった。「これは……凄い光景だね」アレンさんが立ち止まり驚きと感動が入り混じったような声で視界に広がる景色を眺める。僕らも足を止め眼下を眺めた。視界に入ってきたのは雲と遥か遠くに見える地面だった。本当に天空に浮かぶ大地にいるのだとその時初めて実感できた。「空に浮かぶ大地……これが、神域なのね」ソフィアさんも初めて見た光景に言葉が途切れ途切れになっている。こんな光景は一生見る機会のないものだろう。ファンタジーという感じがして僕は心
「やあ!カナタ、よく眠れたかな?」「はい、ベッドもふかふかでよく眠れました。ありがとうございます」気付けば寝落ちしていたみたいで、朝起きた時にはアカリは既に部屋から居なくなっていた。まあ目を覚まして真横で寝ていたら気まずかったし結果的には良かったよ。一番大きい広間に集まると、みな準備万端なのか装備はしっかりと装着されていた。「使徒との戦いかぁ。流石にボクも初めてだからね、どれだけ善戦できるか」「儂とて長年生きてはおるが使徒との戦闘は初じゃ。魔導の真髄を極めたつもりじゃがそれがどこまで通用するかのぉ」アレンさんとクロウリーさんがいれば心強いが、相手はアレンさんをも一蹴したペトロさんが恐れる使徒。あまり楽観視はできなかった。「人間にあまり期待はしていないけど、あまりに無様な戦いをするようだったら、許可は貰えないと思ってくれよ。私としてはカナタ君が気に入っているからなんとかしてあげたい気持ちはあるが、君達が無様すぎればヨハネも首を縦に振らないだろうから」要はペトロさん達に頼り切りにならないようある程度戦ってみせろということか。正直僕はギガドラさん頼りになるが、これも僕の力としてカウントしてもらえるのだろうか。「ああ、それと。カナタ君、そのギガドラの爪は君の力として扱うといい。彼が君にそれを託した時点でそれは君の力なんだからね」「分かりました。いざという時は使います」ペトロさんがそう言ってくれたお陰で少し気が楽になった。「緊張してきたわね……アカリ、カナタ君を絶対に死なせてはだめよ」「大丈夫フェリス。片時も目を離すつもりはない」アカリが僕を守ってくれるようだが、一度僕は使徒同士の戦いを目にしている。だからたとえアカリが守ってくれていたとしても意味を成さないであろう事は分かっていた。
「手伝ってもらうといってもそう大した事ではない。次に許可を貰いに行くのは使徒の中でも一番力を持っている第一使徒ヨハネだ。彼の許可さえ貰えれば正直他の使徒が何を言ってきても意味を成さない」え?じゃあ今まで一人ずつ許可を貰っていった過程は無駄だって事かな……。ペトロさんは僕がなんとも言えない表情になっているのを一目見て、そのまま話を続けた。「ではどうして他の使徒の許可を得る必要があったのかと、そう思っているかもしれないがこれは必要な事だったんだ。ヨハネは確実に許可を出しはしないからね」「確実に、ですか?」「そう。人間を世界樹に近づけるなんて絶対に許しはしないだろう。しかし、ヨハネと戦い勝利する事ができれば彼は渋々ながら頷く」「本当ですか?」「ああ、本当さ。ただしさっきも言った通り使徒の中でも隔絶した力を持っているからね。私達五人の使徒と君達にも協力して貰う必要があるんだ」ヨハネさんと呼ばれる使徒は特に面倒臭い性質を持つらしい。僕らが戦い勝利を収めれば許可を得る事ができる。しかし現実的にそれは不可能であり、その為に手を貸してくれる五人の使徒と協力して勝たなければならないそうだ。使徒の力を借りなければそもそも触れることすら出来ない程の力を持つそうで、無駄に思われた他の使徒の許可を先に得たようだ。「それ……ボク達役に立てるのかい?」「役に立つ立たないではない。やらなければ許可は降りないだろう」「なるほど……あくまで、ワタクシ達人間が勝利する事に意味があるのですわね」やらなければならないのなら僕も覚悟を決めないとな。いざとなればギガドラさんに力を貸してもらおう。「最高の状態で挑みたい。君達は今日ここで一泊して英気を養うといい」ペトロさんから一
次の使徒を訪ねる前に一度ペトロさんの塔に戻ろうという話になり、僕ら一行は最初の塔へと向かった。転移門があるからすぐとはいえ、今や五人の使徒と人間一人の大所帯だ。街行く神族達も何事かと言わんばかりに驚いていた。塔に入るとペトロさんが僕の仲間がいる部屋へと案内してくれた。扉を開けると僕の視界に飛び込んできた光景は、ソファで寛ぐアレンさん達だった。「な、何してるんですか……?」「あ、おかえりー」「いやおかえりじゃなくて」「いやぁいいよーここは。居心地が凄くいい」でしょうね。もう態度で分かってしまった。アレンさんだけじゃない、クロウリーさんも背もたれに背中を預け読書と洒落込むほどだ。よほどここで待機しているのが居心地良かったのか、ソフィアさん達女性陣も談笑に花を咲かせている。「遅かったねーカナタ。どうだい、首尾は順調?」「順調ではありますけど……アレンさん、吹き飛ばされてましたよね。どうやってここに戻ってきたんですか、いえ、それよりも何してたんですかここで」「ん?あああれかい?あれはビックリしたねー。突然吹き飛ばされたから一瞬僕も何が起きたか分からなかったよ」ケラケラと笑っているが僕は苦笑いだ。まあ五体満足で無事だったから良しとするか。「ここは食べ物も美味しいし空気も美味いんだよ。ずっと神域で暮らしたいねボクは」「本懐とズレてますよ……」アレンさんはもう駄目だ。自堕落極まれりだな。「おい貴様ら!ダラダラしすぎだぞ!」流石に見るに見兼ねたのだろう、最初に僕らを案内してくれたガブリエルさんが吊り目になって怒っ
どちらが先に動くか。緊張感が高まる中、最初に動きがあったのはシモンさんだった。「我が一撃、その身で受けるがいい!牙城崩落!」正拳突きから繰り出されたその一撃は爆撃のような衝撃波を生み出し僕らへと放たれた。当たればどころか余波だけで僕の身体は消し飛ぶであろう威力。「無駄ですよ絶対領域!」対するトマスさんが展開した結界は僕らを包み込み、シモンさんの一撃を受け止めた。しかしミシミシと嫌な音を奏でて拮抗している。「うぐぅ!!流石はトマスの絶対領域か!しかし!吾輩とて無策というわけではないわ!牙城崩落・重ね!」今度は逆の拳から二撃目が放たれた。先程と同じく凶悪な威力であろうその攻撃はトマスさんの結界にヒビを入れた。「む……やります、ね……」歯を食いしばり何とか耐えているトマスさんだが、かなりキツそうだ。手を貸したい所だが僕が何かを手伝った所で何の役にも立たないだろう。お互いが譲らない状況が続くと、ペトロさんがおもむろに指を鳴らした。その瞬間、トマスさんの結界もシモンさんの攻撃も消え去ってしまった。「な、何をするんですか!」「それ以上やると塔が壊れてしまうよ。だいぶ加減していたのは分かるけど熱くなりすぎて本懐から離れてきてるんじゃない?」あれで加減だというのか?建物ごと消し飛ばさん程の威力だったぞ?使徒は人間が太刀打ちできる相手ではないというのがよぅく分かった気がする。「ふうむ……仕方あるまい。ここは引き分けといこう」「引き分け?それはおかしいですね。加減していたとはいえ私の結界を破ることが出来なかった以上、私の勝ちです」「なんだと!?」あーあーまた煽るような事を言ってるよ。シモンさんも青筋立ててキレちゃったじゃないか。「じゃあ次は俺の出番だぜ!」ヤコブさんまで参戦しだしたよ。どうやって収拾をつけるつもりだろうか。
五人となり割と大所帯となった僕らが街を歩くと相変わらずみんな平伏していく。 もうこの光景も慣れた。 今の僕は神族から見て謎の人物に映ってるだろうけど、仕方のない事だ。街を出歩かず一瞬で次の使徒の塔まで飛べればいいが、僕は翼を持たない故に地道に歩いて転移門までいくしかない。 それはペトロさん達も理解しているようで、何も言わず僕に合わせてくれていた。二度目となる転移門の前までくると、またペトロさんが水晶玉に手を翳す。 しばらくして転移門がぼんやりと光り始めると各々一歩を踏み出し門をくぐっていく。 今度の街は白を基調とはしているが所々に赤色が目立っていた。 血が滾るような戦いを好むって話だから、多分赤色を使っているんだろう。 巨塔はもう見慣れた。 白い巨大な塔。 使徒の家は全部これだ。塔の中に足を踏み入れると今までと違い、一番上に行くまでの廊下も赤色をふんだんに使っていた。 「はぁ〜目がチカチカするわねぇ〜」 アンデレさんはそう言うが、僕からしてみれば貴方の塔も大概でしたよと言わざるを得ない。 だって水晶が至る所にあったんだからギラギラ感でいえばアンデレさんが圧勝だったのだから。「入るよー」 ペトロさんを先頭に部屋へと入室すると、そこはヤコブさんとはまた違った雰囲気だった。 全体的に赤っぽくていろんな武器や防具が地面に突き刺さっている風景が広がっていた。でも使徒毎に個性があって面白いな。 見慣れない剣も突き刺さってて見ているだけでも飽きが来ない。 しばらく眺めていると剣を携えた白い服の男が奥からこちらへと歩いてきた。「吾輩の部屋に無断で入るとは……」 「あ、きたきた。シモン」 「む、貴様はペトロか。何用だ」 「かくかくしかじか」 ペトロさんは掻い摘んで説明した。 うんうんと頷いて聞いていたシモンさんはゆっくりと口を開いた。「内容は理解した。だが、ただで許可は出せん」 「そういう