◇「それでは、これから個別撮影に移ります。まずはレオくん!」「はい!」 その後―― Ign:s は喫茶店の中で撮影を開始した。なんでも、とある雑誌の特集らしい。 その特集の名前は……「” Ign:s の休日デートはこんな感じ♡大特集”……って」 これは誰が得するんですか⁉ 世界三大不思議に匹敵する謎の深さ……! だけどクウちゃんたちファンは「こんな特集を待っていた―!」と目をハートにしそうだ。メンバーの気合の入った服を見ると、さらに喜びそう。 もし Ign:s とデートしたらこんな服で来てくれるんだ~って妄想が捗ること間違いナシ。「そういえば皇羽さんと買い物に行った時も、今の玲央さんと似た服を着ていたなぁ。スッキリしたズボンに、ニット服だった気がする。」 じゃあ裏を返せば、皇羽さんにとってあの日は「デート」だったって事? あの時から、既に私を好きだったのかな?「〜っ」 想像するとどうしようも無く恥ずかしくなっちゃって、持っていた菷をカランと床へ落としてしまう。 少し遠くにいた玲央さんが「大丈夫~?」と笑いながら心配してくれた。いや、からかったと言った方が正しいか。「ご、ごめんなさいっ」 まだ撮影前だから良かったものの、もし撮影中だったら進行をストップさせちゃうよね? せ、責任重大すぎる! 気を抜かないように頑張らなきゃ! 外野の私が気合を入れたところで、撮影の準備も整ったらしい。スタッフさんが、撮影スポットからどんどんと散っていく。「カメリハOKでーす!」「マイクOKです!」「 レオさん入られますー!」 スタッフさんたちが慌ただしくお店の中を行き来する。今度こそ邪魔をしないように、隅で撮影風景を眺めた。 玲央さんはトップバッターだというのに全く緊張していなかった。むしろ水を得た魚のように、キラキラとした表情をカメラに向けている。撮影の合間にスタッフとトークもして余裕そうだ。「なんだか玲央さん、すごく楽しそうだなぁ」実は「もしかして玲央さんはアイドルを辞めたいから練習しないのかも」と思っていた。 だけど撮影中の玲央さんを見る限り、とてもそうに は見えない。心の底から楽しんでいる様子が、全身から見て取れる。「俺を見てとか、俺にかかってこいみたいな気迫を感じるなぁ」「打倒 Ign:s !みた
「な、何の用ですか? 玲央さん」「お〜! 今のレオが俺(玲央)だって見抜いている。さすがー」「いくら変装しても、玲央さんと皇羽さんの違いくらい見分けられます!」「最初は全く疑問を持たなかったのにね」「ゔ……!」「でも、そこからは進歩したってことだ。えらいえらい」 さして褒めてもいなさそうな言い草で、パチパチと手を叩く玲央さん。そんなテキトーな姿を見ていると、さっきまで覚えた吐き気もどこかへ吹っ飛んだ。 吐き気よりも怒気が勝る。もちろん、私が怒っている理由は……「見ましたよ、コンサート」「知ってる。来てくれたんだって? 皇羽から聞いたよ」「仕方なく、です」「それでも嬉しいよ」 ニコリと、ファンを一撃必殺するスマイルを浮かべる玲央さん。そんなものに騙されるほど私は甘くない。 コンサートが終わってから、ずっとこの日を待っていた。玲央さんにチクリと言う日を!「コンサートの感想を言ってもいいですか?」「……うん」 頷いた玲央さんが、僅かに元気ない。私の気のせいかな? すると心配する私をよそに、玲央さんはまたアイドルスマイルを浮かべる。「どうだった? コンサートの俺カッコよかったでしょ〜?」「むしろ逆です」「え」 鳩が豆鉄砲を食らった顔をした玲央さんに、ズバリと感想を伝える。「玲央さん、私は怒っているんです。コンサートでのあなたの体たらくぶりに」「……体たらく?」 玲央さんの眉毛がピクリと動く。どうやら機嫌を損ねたらしいけど、構わず続けた。「早い段階で皇羽さんと入れ替わったことです。一曲目の後、既に入れ替わっていましたよね?」「驚いた。気づいていたんだ」 なるほどね――と。意外にも反論してこなかった玲央さんは、近くの山積みになった段ボールへ腰かける。 店長が「後でまとめて紐で括ろうか」と言って放置しっぱなしの段ボールたちだ。積み上げられただけのソレに座っているのに、なぜか奇跡的に崩れない。相手が玲央さんなだけに悔しい。 しかも玲央さんと段ボールの組み合わせが壊滅的に似合わない。混ぜるな危険を具現化しちゃっている。この光景をクゥちゃんに見せてあげたいよ……。 すると「なんとなくだけど」と、玲央さんが口を開く。「萌々ちゃんの言いたい事は分かる。皇羽を使いすぎるな、でしょ?」「……そんな言い方はやめてください。皇羽さん
◇「いらっしゃいませ~」「今日も元気だねぇ萌々ちゃん! でも、ちょっと顔が赤くない? 大丈夫?」「あはは……! 大丈夫です!」 現在、バイト中。 皇羽さんがコンサートで家に帰らない間に私はバイトを見つけ、借金返済のためにせっせと働いている。ちなみに何のバイトかと言うと……「にしても、娘の作った服がこんなに似合うなんてねぇ。娘の趣味に付き合ってくれてありがとうねぇ、萌々ちゃん」「いえ! 私こそこんな可愛い服で働けるなんて嬉しいです!」 ここは小さな喫茶店『Lotory』(ロトリー)。店長は60代後半の優しい紳士な男性で、真島 正浩(まじま まさひろ)さん。娘さんは秋奈(あきな)さん。 秋奈さんは服を作るのが趣味だけど、その趣味を活かせる機会がなかったらしい。 その時に店が軌道に乗り、人手不足を解消するため私を雇ったのだけど「作った服を制服にしちゃえばいいんじゃない?」と秋奈さんが提案。 よって私は、毎日ちがう服を着てお仕事をしているというわけです。「秋奈さん天才ですよね。こんなにかわいい服が作れるなんて!」「モデルがいいんだよ。可愛い萌々ちゃんだから着こなせるんだろうね」「またまた〜。秋奈さんの腕がいいんですよ!」 秋奈さんが作る服のテイストは「不思議の国のアリス」のアリスが着ているような服に近い。女の子なら憧れちゃうような、可愛いがギュッと詰まった服。何枚もレースのヒラヒラが重ねてあって、バイト服とは思えない可愛さ! コスプレさせて貰ってる気分だよ。「今まで作り貯めてたからねぇ。今年一年、同じ服を着ないと思うよ」「い、一年!?」 つまり365着はあるって事!? どこに収納しているの⁉ っていうか、そんなに服を作るお金があるんだ!「どうりでお店もお家も広いと思った。真島家、お金持ち……!」 ほぅと感心する私に、店長は優しく笑ってくれた。「よかった、本当に元気そうだ」と安心した顔でお店の奥へ入っていく。「(もしかして店長……)」 私の顔が赤いから、体調が悪いのに無理して働いてないかと心配してくれたのかな? 優しい。店長、ありがとうございます! そして、すみません……!「顔が赤いのには理由があって……っ」 思い出すのは昨日のこと。 皇羽さんとバスルームで色々あった後。 あれから私たちがどうなったかというと――・
私の足の間に、皇羽さんの足が強引に割り込まれる。背中に手を回され、ギュッと隙間なく抱きしめられた。その密着感たるや。どちらともない息遣いが、熱気のこもったバスルームに艶やかに響く。 「なぁ萌々、さっきから服が透けて下着が見えている。まさか、わざと?」 「え! 違いますよ……!」「ふぅん? でも俺に〝嫌いじゃない〟とか言うし。どうだかな」「ひゃっ!」 私を抱きしめたまま、皇羽さんは器用に手を動かす。スタート地点は私の太もも。そこからツツツと上がっていき、腰、お腹、おへそと蛇のように左右へ這う。 だけど胸まであと一歩というところで。時間が止まったように動かなくなった。 「あ……な、にっ?」 「なぁ萌々、自分の顔がどうなってんのか分かるか?」 「え?」 鏡に目をやると、モクモクと湯気が立ち込める中。顔を真っ赤にして、物欲しそうな表情を浮かべる私がいた。「これが、私……?」 しかも同じような顔つきの皇羽さんと鏡越しに目が合ってしまう。ぎらついた視線を浴びて、ようやく意識が戻った。「 や!」 恥ずかしくて両手で顔を覆う。だけど皇羽さんは「問題ない」と言わんばかりに、冷静に私の指へ順番にキスを始めた。親指、人差し指、中指……まるで一つずつ鍵を開けていくみたいだ。 皇羽さんの唇の感触がくすぐったくて、ついに顔から手を退ける。すると彼の興奮した顔が真正面にあって――熱っぽい皇羽さんの視線が、私の顔の隅から隅まで突き刺さる。 「もっと見せろ、俺を欲しがるその顔を」 「欲しがって、なんか……っ」「じゃあキスしなくていいのか?」 「ッ!」 トントンと。まるでノックするみたいに、皇羽さんは私の唇を指でつついた。「素直になれ、萌々。どうしてほしい?」「~っ」「キスしてほしい? それとも、キスしないでほしい?」「わ、私は……っ」 答えなんて簡単だよ。「キスしないで」。この答え以外にない。 絶対に、間違えようがない。 そう思っているのに―― 「皇羽、さん……」 「ん?」「キスして、お願い」 「……了解」 あぁ、間違えちゃった。なんで、どうして――そんなことを思っていると、皇羽さんが顔を近づけて、私のソレと重ねた。柔らかくて、温かくて、どうしようもないくらいヤミツキになりそうなキス。 気持ちいいと、そう思ってしまった。もっと
あの皇羽さんが素直に謝るなんて。まるで天然記念物を見たような衝撃が走る。「萌々を一人にさせた。悲しい思いをさせた。後は、コンサートのことも。全部悪いと思っている」「そんなにスラスラと謝られると、逆に〝悪い〟と思っているように聞こえません」「……」眉を下げて「手厳しいな……」と、困った顔をした皇羽さん。私を抱きしめたまま、はぁと短くため息をつく。「コンサートの後、ミヤビに怒られた。脱ぐのは〝ミヤビのキャラだから勝手にキャラブレするな〟って。確かに、今まで一度も脱いだことなかった。今日が初めてだった。萌々が見えたから、つい……」「私?」「そーだよ。まさか萌々がいるなんて思わないだろ。あれだけ Ign:s を嫌っているのにコンサートを見に来てくれてるなんて、夢にも思わないだろ。 だけど萌々がいた。俺を見てくれていた。手作りのうちわまで持って」「あ、あれは友達が!」 言い訳をする私を、皇羽さんは更に強く抱きしめた。そして「知ってるよ」と。本当に全ての事を知ってるような、落ち着ついた声のトーンで話す。「萌々がどういう経緯でコンサートに来てくれたか、何となく分かっている。まだ Ign:s を嫌っているのも分かるし、レオの代役を務めている俺を好きになるわけないって分かっている。 分かっている、つもりだけどな」 皇羽さんは私を引きはがす。切れ長の瞳を細め、眉を下げて笑った。「己惚れるつもりはない。だけど萌々が〝嫉妬した〟なんて言うから、俺は嫌でも期待してしまう。萌々は俺に気があるんじゃないか?ってな」「え……、あっ」 急いで自分の口に蓋をした私の手を、皇羽さんは上から握る。そしてちゅッと、控えめにキスを落とした。「今この場で、俺の事を〝嫌い〟って言え。じゃないと俺は、またお前に告白してしまう。飽きずに何度だって伝えるぞ。この口から〝好き〟って言葉を聞くまで、萌々を離さないからな」「!」 瞳を揺らす皇羽さんを見て、改めて自分が犯した過ちに気付く。 私を好きだと言ってくれた皇羽さんに、「嫉妬した」と言ってしまった。その言葉は、裏を返せば「好き」と言っているようなものだ。でも私は……皇羽さんの告白に応える気はない。まだ皇羽さんを〝恋愛対象として〟見られていない。 ファンに嫉妬したのも、連日一人だった寂しさから来る怒りからかもしれないし。再び一
「皇羽さん、シャワーがもったいないので早くバスタブを洗いたいのですが……」「……たのか?」「え?」 シャワー音で、皇羽さんの声がかき消される。何を言っているのか聞こえない。 皇羽さん、いつもの大きな声を出してよ。そして私を解放してください! 壁ドンされたままだと落ち着かないんです……っ。 だけど皇羽さんは私の願いとは裏腹に、シャワーのホースを指でつまんで意図的に回した。するとホース先のヘッドまで回ってしまい、今までバスタブめがけていたシャワーが私たちの頭上から降って来る。 これにより私と皇羽さんは、着衣のままお湯をかぶる羽目に。「わあ⁉ ちょっと皇羽さん何をしているんですか、服がビショビショじゃないですか! 退いてください、タオルをとりますからっ」 皇羽さんの両腕から強引に抜け出し、バスルームの端を通って出ようとした。だけど皇羽さんに手をつかまれ、されるがまま彼の腕の中へ戻る。 しかも、それだけじゃなく。 気づけば私は、後ろからギュッと皇羽さんに抱きしめられていた。絶妙な力加減により、私の力では振りほどけない。例えもがいても、力を入れて静止させられる。 キツく抱きしめられると、皇羽さんの体のラインをいやでも意識してしまう。ゴツゴツした筋肉が、私の体の至る所で当たっていた。しかも服までずぶ濡れだから、余計に……!「皇羽さん、せめてお湯を止めてください。もったいないです……っ」 どんどんと温かくなるバスルームにつられて、私の顔も赤みを増す。この〝のぼせていく感覚〟。まるで大きな湯船につかっているみたい。現実は、服ごとずぶ濡れなのに。 異様な空間が、私の意識を勝手に操作している。これでもかと皇羽さんを意識してしまう。「なあ萌々、聞いて良い?」「な、なんですか……?」 クルリと向きを変えられ、皇羽さんと向かい合う。 その時に見た皇羽さんは髪がシャワーで濡れていて、いつもと違う見た目になっていた。服を着たまま濡れているからか、お風呂あがりとも違う色っぽい顔だ。 水もしたたるいい男、なんていうけど。もともと爆発的にいい男が水(シャワー)に濡れたら、一体どうなるのか。その答えは、バスルームに設置されている鏡にあった。 鏡に写っているのは、真っ赤な顔をした私。今まで見たことないほどの赤みを帯びている。これが本当に私の顔? まるで全力で皇羽さ
◇ ドサッ「あー疲れた……」 帰ってきて、一番にソファへ寝転ぶ。疲れない靴で行ったはずなのに、足がジンジンして痛い。それにむくみもすごくて、一回り厚みを増している。まるで私の足じゃないみたいだ。「コンサートって体力勝負なんだね……」 喋りながら、意識が遠のいていくのが分かる。どうやら疲れすぎたらしい。眠気を我慢できない。今にも目を瞑ってしまいそう。「皇羽さん、今日は帰ってくるよね……ふわぁぁ」 お昼から始まったコンサートは二時間ほどで終わり、もう夕方。いま寝たら夜に眠れなくなってしまうからダメなのに――そう思うも体がソファへ沈んでいく。夕寝待ったなしだ。 だけど目を閉じると、瞼の裏に今日の皇羽さんが浮かび上がる。 家にいる時は誰でもない、ただの皇羽さん。 だけど今日の皇羽さんは、皆の「レオ」だった。 皆から注目されて、熱い視線を向けられて……。「しっかりしてよ玲央さん。あなたが頑張ってくれないと、皇羽さんはずっと〝皆のレオ〟だよ……」 代打でもピンチヒッターでもなく、本物のレオになってしまう。そうしたら、もうこの家に帰って来ない気がする。そう思うと不安で仕方がない。……私だっていつまでこの家にいるか分からないくせに。 そのくせ自分がココにいる間は、皇羽さんにそばにいてほしいと思う。ワガママだなぁ私。ここまで〝こじらせちゃう〟なら、人のぬくもりなんて覚えなければ良かったのに。 でも覚えてしまった。皇羽さんと一緒に過ごす時間が、あまりにも心地よくて――「ふー……ダメだ。ちょっと落ち着こう。せっかくクウちゃんとコンサートに行ったんだし、変なことばかり考えて終わっちゃダメだよね。もったいないよ」 コンサートに行って、良かったことがある。 今まで皇羽さんと玲央さんの見分けがつかなかったけど、今日のコンサートで何となくレオの特徴を掴んだ。 いつもキラキラして王子様のような、玲央さんのレオ。 たまにダークな笑みや雰囲気を纏う、皇羽さんのレオ。 今日は圧倒的に、皇羽さんのレオが多かった。 玲央さんはダンスの激しくない曲に戻ってきて、一曲歌ってまた暫く引っ込むという行為を繰り返していた。そんな玲央さんに、私が不満を抱いたのはいうまでもなく……。「しんどくない時ばかりに出てくるんだから。全くもう。次に会ったらクレームをいれてや、る……ス
驚いたレオが瞳孔を開いた瞬間、中の人物がどちらか分かった。あの目つき、今のレオは皇羽さんだ。いつ入れ替わったのか分からないけど、あれは皇羽さんで間違いない。「萌々ー! レオがヤバい! 服を脱いでる! 一枚ずつ脱いでる!」「う、うん……」「暑いんだねぇ、それなら仕方ないねぇ!私がその服を受け止めますー!レオ、こっちに投げてー!!」「……」私のすぐ近くに、一週間ぶりの皇羽さんがいる。一緒に住んでいるのにろくに会えなくて、その会えなかった日数が不思議と寂しさを募らせて……。そう、私は寂しかったんだ。皇羽さんの姿が見えなくて声も聞けなくて、少しだけ凹んでいた。だからこそ今日は皇羽さんに会えるのを、ちょっとだけ楽しみにしていたのに。それなのに……「まだまだいくよ、ハニーたち!ついてきてるー⁉」「キャアあぁ!」「レオ―!」「投げてー!」「服でいいから抱きしめさせてー!!」「……っ」あの広い部屋で一人過ごした私のことなんて忘れてしまったように、目の前で皇羽さんは楽しそうに笑っている。歌って踊り、アイドルとしての自分を無遠慮に見せつけてくる。これでもかっていうほどに。彼の輝きは、暗い観客席にいる私とはすごく対照的だ。まるで光と影、決して交わらない二つ。そんなことを考えていると、今日埋まるはずだった胸の穴は、なぜか大きくなった。それがさっきから切なく軋んで……あぁ、なんでだろう。皇羽さんを、すごく遠くに感じるよ。「~っ!!」なんか、無理!限界を超えた私は静かに席を立ち、トイレへ直行した。会場ではいよいよ皇羽さんが服を投げたのか「キャアアア!」と大歓声が響いている。なんだ皇羽さんってば、ちゃんとレオをやれているんじゃん。そりゃそうか。家に帰るのは短時間、学校よりも練習が優先なんだから、ちゃんと出来て当然だ。そう思いつつ、洗濯カゴに積まれた大量の服を思い出す。汗をかいて何枚も着替えたんだろう。「これを本当に一日で着たの?三日じゃなくて?」って量だった。彼の努力は理解している。玲央さんの代役なのに、充分すぎるほど頑張っている。それなのに心の隅で黒い塊が出来て、意地悪なことを言っちゃうのは、きっと――「もうやだ、何も聞こえない……っ」 耳を塞いでトイレへ急ぐ。だけどいくらキツく耳を塞いだって、ファンたちの熱い声は簡単に私の手を突き抜け鼓
ファンの熱気にあてられてか、なんだか私もザワザワしちゃって落ち着かない。皇羽さんへ抱く気持ちがなんなのか分からない。それなのに皇羽さんと距離が遠のく度、言いようのない寂しさに襲われる。今だって今日会えるかどうかわからないのに、「皇羽さんに会いたい」と願ってしまっている。あぁダメだ。こんなの変だ……っ。だってさ。これじゃあ、まるでさ。私が皇羽さんのファンみたいじゃん。早く会いたい・声を聞きたいって思う、そういうキラキラした温かい気持ち。その気持ちが、いつの間にか私にもある。ここにいる Ign:s ファンの人達と、全く同じだ。「レオ、ううん。皇羽さん……」なんでだろう。早く、早くあなたに会いたいの――胸を高鳴らせているうちにオープニング、そして一曲目が終わっていく。歌い切った後、メンバーはマイクを持ってステージに並んだ。そして、「お待たせ、ハニーたち!!」レオが、その口を開いた。「きゃあああああ!」「レオー!!」「もっと呼んで―!!」割れんばかりに歓声!メンバーが一人ずつ挨拶する度に拍手喝采!会場の熱量が、秒ごとに温度を上げていく。一方の私はというと、メンバー全員の挨拶が終わって分かったことがある。それは、一番人気はやっぱりレオだということ。彼が口を開く度にファンは絶叫していた。すさまじい声量にレオは何度もマイクを離し、喋るタイミングを測っている。だけど……「ん?なんかレオが……」Ign:s のメンバーを見ていると、レオだけ肩で息をしているように見える。まるで疲れているような……。なんで?一番よく喋ってるから?それで呼吸が追い付かないとか?でもコンサート終盤ならまだしも、一曲目が終わったばかりだ。今から呼吸が乱れているようでは、二曲目から心配すぎるよ、レオ……。クウちゃんが「 Ign:s のコンサートは10曲くらいある」と言っていた。笑っているけど、レオは明らかに疲弊している。あと九曲もあるのに体力が持つの?きっと、今のレオは玲央さんだ。雰囲気が柔らかいもん。皇羽さんの家に来て、ダラダラと過ごした日を思い出す。「体調が悪い時や気分がノらない時に皇羽さんにピンチヒッターを頼む」って自分で言っていたし、あの日もきっと練習をサボっていたんだろうな。もう!仮病を使って家でのんびりしているから本番に弱いんだよ。真面目に練習して