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第74話

last update Last Updated: 2025-05-23 08:42:19

「もう休め、交代だ、玲央」

「ッ!!」

 そう言われた時の玲央さんの表情は凍り付いていて、瞳は色を失っていた。まるで時間が止まったように咳込みもせず、この場に沈黙だけが流れる。

 だけど皇羽さんが部屋を去った後。私にまで伝わってきそうな怒気が玲央さんから溢れていた。

「く、そ……クソ、くそ……っ!!」

 持っていたスプレーを、力強く床へ叩きつける。衝撃が加わったスプレーは音もなく止まった。

 再び静寂が訪れた部屋で、煙さえ出なくなったスプレーを見て。一瞬だけ我に返った玲央さんは、座ったままダランと首を垂れる。

「知ってたよ、こうなるって分かっていたよ……っ。ゴホッ……。

 トップバッターは皇羽がやればいいって、皆はそう言ったけど……。

 でも、それじゃぁ……

 俺がピンチヒッターみたいだろ……。

 俺じゃなくて、皇羽のレオになるだろ……!!」

「ッ!!」

 この時。私は初めて、玲央さんの本当の姿を知る。

――いつか皇羽さんにとられますよ?

 あんな言葉、言うんじゃなかった。だって玲央さんは、誰よりもそのことを危惧していたのに。自分が一番よく分かっていたのに。

「ゴホ……ゲホッ!ゲホ……っ!!」

 あぁ私、最低だ……っ。

 ごめん、ごめんなさい玲央さん……っ。

 言ってはいけない事を言った。

 私が言った事は、最低な言葉だ。

「ゴホ……っ、何で俺じゃないんだよ……。いつも交代交代って言いやがって……。

 頼むから……

 俺を、諦めさせないで……っ」

「……っ」

 胸が締め付けられると同時に、頭では玲央さんと自己紹介した時のことを思い出していた。

――俺の調子が悪いときや気分がノらない時……おっと。気分が悪い時は、皇羽にレオ役をしてもらっている

 聞いた時は「ちゃらんぽらんだ」と思ったけど、今なら分かる。あれはウソだ。

 本当は、こうやって玲央さんが動けなくなった時。皇羽さんから「交代」と言われ、強制的に〝レオ〟を休まされる。

 玲央さんの意志とは関係なしに。

 全ては、自分の体が弱いせいで――

「逃げ癖がついていたんじゃない。玲央さんは、レオから離れざるを得なかったんだ」

 玲央さんの周りが、レオを続けさせなかった。玲央さんの体の事があるから。玲央さんに無理はさせられないから。それは全て、彼を心配しているからこそ。

 その配慮は間違っていない。だって目の前にいる玲央
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