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第1047話

Author: レイシ大好き
手配が終えると、孝寛はようやく大きく息をついた。

一方、美月も迷いはなかった。

屋敷へ戻るなり、ボディーガードを何人も乗せた車で再び安東家へ向かう。

前回より明らかに人数が多い。

今日こそは、必ず辰琉を連れて帰る――その覚悟だった。

この問題は長く引き延ばしすぎた。

今日は結論を出さなければならない。

無駄に時間を費やすくらいなら、有意義な方に使うべきだ。

そもそも、辰琉は期待に応えられない人間だ。

緒莉は美月を見て、その決意を感じ取った。

何も言わなかった。

今回、安東一家はもう逃れられない――

そう理解していた。

美月は穏やかな人間だが、愚かではない。

自分の子が傷つけられたのに、笑顔で相手に接するなどあり得ない。

安東家に対しても、それは変わらない。

玄関で様子を見張っていた執事は、二川家の車列が再びやって来るのを見て、途端に慌てふためいた。

すぐさま門を閉め、急いで孝寛の元へ駆け込む。

「旦那様、あの人たちです!また来ました!」

孝寛の胸の奥で、いやな音が鳴る。

今日の危機は逃れたと思っていたのに、結局運命は変わらなかったらしい。

執事は取り乱し、声を震わせながら言った。

「ちらっと見たんですが、今回は前より人数が多いです。前は一台だったのに、今は三台も......」

言葉の終わりには、完全に怯えていた。

残り二台の正体など、説明するまでもない。

今回は安東家を徹底的に叩き潰すつもりだ。

辰琉が見つからなければ、引き下がるはずがない。

そのことだけは、孝寛が一番理解していた。

唇を固く閉ざし、心の底から不安が湧き上がる。

今回こそ、本当に終わりだ。

孝寛は目を閉じ、玄関を見つめ、そして抵抗をやめた。

「開けろ。不必要な被害を出すな」

執事は意味を飲み込めず、呆然とする。

あっさり諦めたということか?

それとも、何もしないつもりなのか?

執事の胸にも怒りが浮かぶ。

――どうして辰琉は出て行ったのか。

差し出せば済む話だったのに。

悪いのは彼なのだから、渡せばいいではないか。

だが彼が門に手を伸ばすより早く、庭の門は屈強なボディーガードたちによって勢いよく破られた。

執事はその場で固まる。

そうか、これが孝寛の言う「開けろ」の意味か。

経験不足は自分なのだ、と痛感する。

孝寛は
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